一つの終焉に赤い花束を

 

 

              

                  自分にとって、赤い花束とは、
                  終焉を意味していた。




                  「母さん・・・・・長い間、来れなくて、ごめんね。」
                  リゼンブールの小高い丘の上にある、墓地に、
                  エドワードは、手にしてた、赤いカーネーションの
                  花束をそっと供える。
                  その後ろでは、穏やかな顔をしたアルフォンスが、
                  同じく赤いカーネーションの花束を手にしていた。
                  念願だった、身体を取り戻してから、既に10数年の
                  歳月が流れおり、それぞれ家庭を持っている二人は、
                  セントラルとリゼンブールに分かれて暮らしている。
                  最後に姉がここを訪れたのは、末の娘が生まれてから
                  だから、もう5年くらい前になるはずだ。
                  「仕方ないよ。こればっかりは。」
                  母の墓前で、シュンと俯いている姉に、苦笑すると、
                  アルフォンスは、その隣に腰を降ろし、同じように、
                  そっと花束を供える。
                  「ロイ義兄さん、よくここに来るのを許してくれたね。
                  大総統の就任式の準備で忙しいのに。もっと落ち着いて
                  からでも良かったんじゃないの?」
                  仮にも大総統夫人になるのでしょう?
                  そう言って、アルフォンスは、隣の姉をチラリと
                  横目で見る。
                  「・・・・だからだよ。」
                  母の墓標を見つめながら、エドはフッと笑みを浮かべる。
                  「?姉さん?」
                  訝しげな視線を向けるアルに顔を向けると、エドは
                  真摯な目で見つめる。
                  「・・・・・・覚えているか?母さんの葬式の日を。」
                  エドの言葉に、戸惑いながら、アルはコクリと頷く。
                  「あの日、俺達は、母さんの棺の中に、真っ赤な
                  赤いカーネーションの花束を入れたよな。」
                  エドは、視線を墓標に戻すと、懐かしむように、目を
                  細める。
                  白い花に埋もれるように、棺に横たわる母の手に、
                  二人がそれぞれ、赤いカーネーションの花束を
                  入れたのは、大好きな母への追悼と、感謝の表れだ。
                  穏やかに微笑む口元に、母がそのまま目を開けるのではと、
                  棺が閉じられる瞬間まで、期待を込めて、ジッと母の
                  死に顔を凝視していたのを思い出す。
                  「あの日から、俺の中では、赤い花束は、【終焉】の
                  象徴となった。」
                  どんなに願っても叶えられない望みというものがある。
                  それを認めたくなくて、無理を通した結果が、
                  自分達の肉体の喪失だ。
                  あの時、幼いという理由が免罪符とはならず、
                  罪は今でも己の胸に深く刻み込まれている。
                  その事に、そっと目を伏せるアルに、エドは
                  晴れ晴れとした顔を向ける。
                  「でも・・・・終わりがあるから、始まりがあるんだよな。」
                  「姉さん・・・・・。」
                  ハッと顔を上げるアルに、エドは照れたような顔で
                  優しく微笑む。
                  「【終焉】が必ずしも悪い事じゃない。新に始める事でも
                  ある。・・・・・以前、ロイに言われた事なんだ・・・・・。」
                  そう言って、頬を紅く染めたエドに、アルは、ハハハ・・・と
                  乾いた笑いを浮かべる。これ以上詳しい事を聞くと、
                  いつものごとく延々と惚気話を聞かされると、本能で
                  察知したアルは、ゴホンと咳払いをして、話を逸らす。
                  「そ・・それで、姉さんの始まりの為にも、母さんの
                  お墓参りに来たんだね。」
                  「それもあるし・・・それに、何だかんだ言って、俺は
                  ちゃんと母さんにありがとうって感謝をしてなかったと
                  思って。」
                  取り戻す事しか頭になかった過去の自分。
                  でも、まず最初にしなければならなかったのは、
                  追悼と心からの感謝なのだ。
                  「母さん、俺の旦那様は、今度大総統になるんだ。」
                  墓標を見つめながら、エドは愛しそうに囁く。
                  「笑っちゃうよな・・・・。この俺が、大総統夫人と
                  呼ばれるなんて・・・・・。」
                  フッと自嘲した笑みを浮かべるが、次の瞬間、エドは
                  真剣な眼差しを向ける。
                  「母さん。俺を産んでくれてありがとう。母さんが精一杯
                  生きたように、俺も精一杯生きていく。」
                  だから、見守っていてください。
                  そう言って、深々と頭を下げるエドに習い、アルも
                  深々と頭を下げる。
                  これで漸く母の死を受け止める事が出来た。
                  そう二人が心の中で同時に思った時、遠くから、
                  子供達の声が聞こえ、振り返る。
                  「母様〜。」
                  トタトタと先頭を切って走っているのは、エドの末娘の
                  アンジェだ。その直ぐ後ろを、アルの息子で、アンジェより
                  2歳年上のルイが走る。二人は、時々じゃれ合うように、
                  クルクルと道の真ん中で回っている。その二人から少し
                  離れたところを、エドの双子の娘達である、長女のマリアと
                  次女のサラが続き、その直ぐ後ろを、エドの長男、レオが、
                  アルの長女で、今年2歳になるフローラを腕に抱いて
                  歩いている。
                  「母さんに、見せたかったね。」
                  可愛い子供達の姿に、アルはポツリと呟く。
                  もしも、まだ母が生きていたら、どんなに喜んでくれただろう。
                  今が幸せであればあるほど、そう思ってしまう自分がいる。
                  「でも、母さんは知っていると思うよ。」
                  エドは、子供達を見つめながら呟く。
                  「・・・・そうだね。」
                  以前、魂だけの存在だったからこそ、アルはエドの言葉を
                  信じられる。例え肉体が滅んでも、魂は消えない。
                  きっと母は今でも自分達を見守っているはずだ。
                  エドは、アルに微笑みかける。
                  「さて、子供達が迎えに来たことだし、帰ろうか。
                  家に。」
                  「そうだね。姉さん。」
                  【家に帰ろう。】
                  家を焼いた時、その言葉が言える事が、こんなに幸せだとは
                  思わなかった。
                  それに気づかせてくれたのは、回りの人達だった。
                  自分達は孤独じゃない。
                  回りの人の温かさは、母を失い孤独に震える子供を
                  優しく癒す。
                  だからこそ、自分達は、母の死を乗り越える事が出来たのだ。
                  「「帰ろう。家に。」」
                  噛み締めるように、二人は呟くと、子供達へ向かい、ゆっくり
                  歩き始めた。
                  【未来(はじまり)】に向かって。









                     〜おまけ〜




                  「姉さん・・・・・。」
                  アルは、隣で笑顔のまま固まった姉に声を掛ける。
                  「何も言うな。弟よ。」
                  「姉さん、あれは僕の見間違いだよね。」
                  まさか、こんなところにいる訳がないよね〜と
                  ハハハ・・・と乾いた声で笑うアルに、エドは前方を
                  睨んだまま、ブルブルと震え出す。
                  愛しい子供達の集団の最後尾。
                  大きな赤い花束を抱えている、ここにいるはずのない、
                  いや、絶対にいてはならない、黒髪の男の姿に、
                  エドは真っ赤な顔で怒鳴る。
                  「あんの、馬鹿亭主!!何でこんなトコにいるんだよ!」
                  一発殴ってくる!!
                  そう言って、ダダダッと駆け出す姿は、4人の子供が
                  いるとは思えないほど、子供のようで、アルは
                  その後姿に、旅をしていた頃を重ね合わせ、懐かしさに
                  瞳を揺らす。
                  「母さん、見ている?」
                  花束ごと、ロイに抱き込まれ、アタフタしているエドの
                  様子を見つめながら、アルは小声で呟く。
                  「色々あったけど・・・・・・。」
                  人目も憚らない馬鹿夫婦の様子に慣れきっている
                  子供達は、何事もなかったように、笑いながら自分の
                  方へ歩いてくる。その様子に、アルは自然笑みを零す。
                  「僕達は元気です。」
                  だから、安心して見守っていて・・・・。
                  「さて、行こう。」
                  アルは、ゆっくりと歩き始めた。
                  【幸せ】に向かって・・・・・。







                                                     FIN