月の裏側シリーズ番外編

          遥か、君のもとへ・・・・ 

 

 

                    後編 

 

 

 

            三日で戻ると言っていたロイが、一週間も経つのに、
            城に戻ってくる事はなかった・・・・・。






            「エドワードちゃん!!」
            血相を変えたホークアイの声に、エドは何をそんなに
            慌ててるのかと、ぼんやりと顔を上げる。
            「リザ姉様・・・?」
            どうしたの?とキョトンと首を傾げるエドに、ホークアイは
            青褪めた顔でツカツカ近づくと、エドの手を持ち上げる。
            「一体、何があったの!?傷だらけじゃない!!」
            早く手当てを!と女官達に指示を出すホークアイを
            ぼんやりと見上げながら、ふと視界に、ホークアイに
            掴まれている自分の腕に気づき、視線を向ける。
            血まみれの自分の手に、ああ、薔薇の棘で傷付いたのかと、
            ぼんやりとした頭で考える。
            「エドワードちゃん?」
            エドの焦点の合っていない瞳に気づいたホークアイは、
            眉を顰めながら顔を覗き込む。
            「エドちゃん!?しっかりして!!」
            何の反応も示さないエドに、ホークアイは焦れたように
            肩を掴むと揺する。
            「リザ姉様・・・・・。俺・・・・・。」
            抑揚のないエドの声に、ホークアイは揺すっていた手を止める。
            「ロイと結婚しなければ良かったかなぁ・・・・・・。」
            「エドワードちゃん!!」
            グラリと倒れ込むエドの身体を抱きしめながら、ホークアイは
            悲鳴を上げた。






            「・・・・・ストレスですな。」
            昏々と眠り続けているエドの寝顔を見つめながら、マルコーは、
            痛ましげに顔を歪ませる。
            「ストレス・・・・・・。」
            傍らでエドの手を握り締めていたホークアイは、マルコーの言葉に、
            表情を暗くさせる。
            「ったく!!あの無能・・・・・。」
            やつれたエドの寝顔を見つめながら、ホークアイは低く呟く。
            ロイから暫く城に戻れない連絡を受けたエドワードが、
            日に日に精彩を欠いていく様子に、ホークアイを始め、
            城にいる者達は全て、心を痛めていたのだった。最愛の妻を
            ほったらかしにして、何が幸せにするだ!と此処にいない
            ロイに、内心悪態をつく。全身怒りに満ち溢れている
            ホークアイに、マルコーは、言い辛そうに口を開いた。
            「このままでは、エドワード様はお命に関わるほど、衰弱して
            しまいます。どうでしょうか。ご実家に戻られて、静養してみては・・・。」
            「実家へ!?」
            ホークアイは息を飲む。
            「ま・・・待って頂戴!そんな・・・実家だなんて・・・・。陛下が
            戻ってくるだけでは、駄目だというの!?」
            ロイがいないからこその、ストレスではないのか!と詰め寄る
            ホークアイに、マルコーは、困ったように首を横に振る。
            「何故だかは存じませんが・・・・エドワード様は、陛下のお名前を
            お聞きになった途端、ひどく興奮なされて・・・・・。」
            暴れて仕方がなかったので、薬で眠らせたのだと言うマルコーに、
            そこまで、精神的に追い詰められているのかと、ホークアイは、
            眼を見開く。
            「あの無能は、一体
    私のエドワードちゃんに
    何をしたの!!

            「リザ姫!!エドワード様が目を醒ましてしまいます!!
            落ち着いて下さい!!」
            そのままロイへ制裁を与えに、銃を片手に飛び出そうとする
            ホークアイを、マルコーは、半分涙目になりながら、慌てて止める。
            だが、興奮しているホークアイは、簡単には収まらない。
            側に控えている女官へ振り返ると、低く呟くように命じる。
            「エドワードちゃんとカイル殿下を連れて、私はフルメタル王国へと
            行きます。準備を。」
            「リザ姫!?陛下になんと伝えれば!!」
            ホークアイの言葉に、ギョッとして女官は、口を挟むが、
            ギロリと睨みつけられ、口を閉ざす。
            「あなたもマルコー先生の診断を聞いたでしょう?今のエドワードちゃんに
            必要なのは、陛下ではありま
    せん!!

            ホークアイは、一喝すると、今だ青褪めた顔で眠り続けている
            エドの顔を覗き込む。
            「可哀想に・・・。こんなにやつれて・・・・。」
            乱れた髪を直すと、今だ立ち尽くしている女官に、命じる。
            「何をしているの!さっさと支度を・・・・。」
            「エディ!!大丈夫かっ!!
            そこへ、バンと扉を蹴破って入ってきたのは、噂のロイ。
            顔面蒼白。
            頭や腕に包帯が巻かれ、服はボロボロ。
            髪はボサボサでおまけに、無精ひげまで生えている。
            一瞬、賊かと思い、とっさにエドを庇うように間に立ちはだかった
            ホークアイ達だったが、それが満身創痍のロイだと気づくと、先ほどまでの
            怒りを忘れて、ポカンと口を開けて凝視した。
            「エディ!!エディ!!」
            唖然となっているホークアイ達を押しのけて、ロイはエドの元へと
            素早く近づくと、寝ているエドをギュッと抱きしめた。
            「エディ!!こんなにやつれて・・・・。」
            暫くエドの身体を抱きしめていたロイだったが、エドを抱きしめたまま、
            後ろで佇んでいるホークアイ達を睨みつける。
            「私の留守中、お前達は
    一体何をしていた!!

            ギリリと相手を射殺さんばかりに睨みつけるロイに、ハッと我に返った
            ホークアイは、負けじと睨み返す。
            「それは、こちらの台詞!!陛下!!
    エドワードちゃんに一体
    何をなさったんですかっ!!
    陛下と別れたいと言っている
    んですよ!!

            「な・・・何だとぉぉぉぉぉ!!
            何を言っているんだとばかりに、絶句するロイに、ホークアイはブチ切れた。
            「大体、何で視察でこんなに時間が掛かるんですか!!
            まさか、浮気・・・・・。」
            「・・・・・・エディ以外に誰を愛するというのだ。」
            ホークアイの一喝に、ロイの目が凶悪に細められる。
            ロイは腕の中のエドを離すまいと、ぎゅゅぅううううと抱きしめる。
            「渡さん!エディは私のものだ。絶対に渡さない・・・・・。」
            ブツブツと低く呟くロイの様子に、ホークアイはハッと息を飲む。
            「へ・・・陛下・・・・。少し落ち着きましょう。」
            ロイの態度に、嫌な予感を覚え、ホークアイは恐る恐る声を掛けるが、
            ロイは更にエドを抱きしめる。
            「エディ・・・。どうすればいい?どうすれば、私から離れないんだ・・・・。」
            こんなに愛しているのに・・・と、呟くロイの腕を、弱々しくエドは掴む。
            「エディ?」
            「エドちゃん!?」
            エドが目覚めた事に気づいたロイとホークアイは、驚いてエドの顔を
            覗き込む。
            「ロ・・・ロイ・・・・?ごめん・・なさ・・い・・・。許して・・・・。」
            エグエグと泣きながら謝罪し続けるエドに、ロイは優しく抱きしめながら
            顔をエドに摺り寄せる。
            「謝らなければ、ならないのは、私の方だよ。すまなかった。寂しい
            想いをさせたね。」
            もう二度と離れないよと、甘く囁くロイの言葉に、エドはクシャリと
            顔を歪ませる。
            「エディ?」
            何故悲しそうな顔をするのか分からず、ロイは困惑する。
            「・・・ごめん。俺、何にも知らなくて・・・・。」
            「何がだい?エディ?」
            フルフルと頭を振りながら俯くエドに、ロイは辛抱強く話を聞く。
            「ロイ・・・好きな人がいるんだろ?子どもだって・・・・。」
            「ああ!勿論、私は君を愛しているよ!カイルが生まれてくれて・・・。」
            「そうじゃない!!
            フルフルと首を横に振りながらエドは、怒鳴る。
            「ウィクルドにいる人・・・・。」
            言いづらそうに顔を背けるエドに、ロイはキョトンとなる。それとは
            逆に、ホークアイは、ハッとロイを睨みつける。
            「陛下!!まだあのことをエドちゃんに言っていなかったのですか!!」
            「・・・やっぱり・・・・。」
            食って掛かるホークアイの態度に、自分の予想が当たったと、エドは
            再びポロポロと泣き出す。
            「ちょっと待て!何を怒っているんだ?グレイシアがどうした?」
            本気でわかっていないロイに、舌打ちすると、ホークアイは更に
            落ち込むエドに、優しく語り掛ける。
            「エドワードちゃんが思っているような事ではないのよ。」
            「でも!でも!子どもまでいるんだろ?俺、何も知らなくって・・・。
            自分の幸せしか考えてなかった。相手の女の人と子どもに、酷い事した・・・・・。」
            もう、ロイの側にいられないと、小さく呟くエドに、ロイは慌てる。
            「待ちたまえ!君は何か勘違いしている!!ウィクルドの領主は、
            ヒューズの奥方だ!!」
            「ヒュー・・・ズ・・・?」
            泣き腫らした顔でロイを見上げるエドに、ロイは優しく微笑む。
            「私の親友だよ。マース・ヒューズ。」
            その名前に、エドはアッと声を上げる。ロイがクーデターを起す
            切欠となった人物。確か、親友だと聞いていた。
            「それじゃあ・・・子どもっていうのは・・・・。」
            「ヒューズと奥方グレイシアとの間に出来た子どもだ。
            間違っても、私の子供ではないよ。」
            ロイの言葉に、エドはカァアアアアアと顔を赤らめる。
            自分はとんだ勘違いをしていたと、穴があったら入りたいと、アタフタと
            ロイの手から逃れようとするが、ロイがそれを許すはずもなく、
            きつく抱きしめる。
            「エディ?私から離れてどこへ行こうと?」
            「ご・・・ごめんなさい!!最近、ロイの様子がおかしいし・・・みんなの
            噂話を聞いたら・・・てっきり・・・・。」
            ごめんなさいと、シュンとなるエドに、ロイはチュッと音を立てて
            頬に口づけする。
            「いや、私も君に誤解を与えるような態度をしてしまって、すまない。
            だが、決して君が考えているような事ではないのだ!むしろ、
            その逆だ!!」
            ロイは、エドの顔を覗き込む。
            「君と迎える初めてのクリスマスだから・・・・君に何を贈ろうかと、
            そればかりを考えていた。決して愛情がなくなった訳ではない。
            むしろ、日々君への愛情が溢れてくる。」
            ロイはエドに優しく微笑みながら、胸のポケットから小さな布袋を
            取り出す。
            「ずっと考えていた。君に少しでもこの想いを伝えたいと・・・・。
            そこで考え付いたのが、この宝石だ。」
            キョトンとなるエドの目の前で、ゆっくりと布袋から指輪を取り出す。
            「この宝石は、ウィクルドでしか取れない宝石でね、名前を
            【ドルーガ】という。」
            「【ドルーガ】?確か・・・消えない焔って意味の・・?」
            驚くエドに、ロイは笑う。
            「ああ、宝石の意味は、【永遠の愛】。」
            茫然としているエドの左手を取ると、結婚指輪の上に、そっと
            嵌めて、その上から口付ける。
            「まるで雪に閉じ込められた焔のように紅い宝石に、人々は、
            永遠に消えない恋の焔を見たのだろう・・・・。」
            「そんな・・・ドルーガは、氷に閉ざされた地でしか取れなくて・・・。
            ロイ!?まさか、その怪我は!!」
            青褪めてガタガタ震えるエドの身体を優しく抱きしめる。
            「君への愛の為には、これくらい・・・・。」
            「どうして!!どうしてなんだよ!!」
            エドは泣きながら、何度もロイの胸を叩く。
            「俺・・・俺・・・ロイに怪我して欲しくない!!
            それに!俺、ロイにそこまで思ってもらえる人間じゃない!!
            ロイを信じられなかったし・・・それに、カイルにも寂しい思いをさせた!」
            最低な人間だ!!と泣き叫ぶエドを、ロイはギュッと抱きしめる。
            「違う!!君は最低なんかじゃない!最低なのは私だ。
            君を心配させ、寂しい想いをさせた・・・・。」
            でも、君を思うこの想いだけは、否定しないでくれと
            呟くロイに、エドは感極まって、ロイの首に腕を回す。
            「ロイが好き・・・・何もいらない。ロイしかいらないよぉおおおお。」
            「エディィィィィ!!
            固く抱きしめ合う馬鹿ップル、もとい、フレイム国国王夫妻に、
            ホークアイ達は、口から砂を吐き続ける。
            「・・・リザ姫、我々はお邪魔のようなので・・・・。」
            おずおずと耳打ちするマルコーに、ホークアイははぁああああと
            深いため息をつくと、マルコーと女官を振り返る。
            「・・・暫く二人だけにしましょう。その代わり・・・・。」
            キラリンとホークアイの目が光る。
            「カイル殿下を我々が独占しましょう♪」
            転んでも只では起きない。
            ホークアイ達は、この隙に、カイルを独占しようとそそくさと、
            部屋を後にする。
            だが、その数分後、
            「俺ね・・ロイやカイルといられて幸せなんだ♪」
            と夢見るように囁く愛妻の言葉に、カイルを迎えに来たロイが、
            愛息子をホークアイを始め、城の者達に独占されているのを
            目の当たりにして、キレルのは別のお話。
            果たして、誰にも邪魔されず、親子三人でクリスマスを向かえる事が
            出来たのかは、月だけが知っている。