コノ雪ニ祈ル

 

 

         「・・・陛下・・・。お身体の具合が悪いのでは・・・・。」
         心配そうに、金の髪の女王、アンジェリークの顔を覗き込む、女王補佐官のロザリアに
         向かって、アンジェリークは、安心させるように、にっこりと微笑んだ。
         「うふふ。心配性なんだから。ロザリアは。大丈夫。これくらい、どうって事ないわ。」
         「・・・・・わかったわ。今日は、雪を降らせたりして、大変だったでしょう。ゆっくりと
         休んで頂戴。後で、元気になる特効薬を持ってくるわ。」
         アンジェリークの気性を一番知っているロザリアは、溜息をつきつつ言うと、アンジェリークの
         私室から、静かに出ていく。ロザリアを笑顔で見送っていたが、その姿が見えなくなると、
         途端に、アンジェリークは、ソファーに、倒れるように座り込んだ。
         「こんな所、ロザリアに見せたら、心配かけちゃう・・・。しっかりしろ!アンジェ!!」
         アンジェリークは、自分で自分を叱咤すると、ゆっくりと身体を起こすと、窓の外に降っている
         雪を眺めた。
         「今宵は、雪祈祭・・・・。みんな・・・いえ、あの人にも、この雪が届くかしら・・・・。」
         この“雪”に込めた想いも・・・・・。
         アンジェリークは、そっと眼を閉じると、そのまま崩れるように、眠りについた。



         「全く、アンジェったら・・・。言い出したら、全然聞かないんだから・・・・。」
         アルカディア存続の為、空間の狭間に“力”を送り続けているのですら、アンジェリークの
         身体を酷使しているというのに、その上、“雪祈祭”だという理由で、雪まで降らせて
         しまった。
         最初、ジュリアスを初め、全ての人間が反対したのだが、アンジェリークは、頑として
         譲らなかった。
         何故、雪を降らせることに、あれほど固執しているのだろうか・・・。
         最初、理由が判らなかったが、聡明なる補佐官は、女王の、いや、アンジェリークの
         “想い”に気づいた。そして、雪を降らせたかった理由も・・・・。
         「・・・・馬鹿よ・・・。アンジェ・・・・。」
         涙で視界がぼやけそうになるのを、ロザリアは乱暴に拭う。
         補佐官というより、親友の立場から、ロザリアは、アンジェリークの為に、ある目的を持って、
         廊下を駆け抜けていく。普段の彼女らしからぬ姿だが、
         幸い、皆、祭に誘われるように、外へ出かけているのだろう。人目につくことなく、とある部屋の
         前に辿りつく。そこは、何の変哲もないただのサンルーム。だが、限られた人にのみ知られている、
         アンジェリークのお気に入りの場所だった。暇を見つけては、決まってアンジェリークは
         ここに来て、置かれている草花に水を与えていた。
         「・・・・絶対にここにいるはず・・・・。」
         ロザリアは、一瞬祈るように目を閉じると、意を決して、扉を開け放した。
         「・・・・・やはり、ここでしたのね。」
         目的の主を捜し当てて、ロザリアはゆっくりと微笑む。
         月明かりの中、大きな硝子窓の前に立つ、長身の影に、ロザリアはゆっくりと近付いて行った。




         「・・・・アンジェリーク・・・・・。」
         “この声は・・・・・。”
         夢現の中、アンジェリークは、想い人の声を聞いたような気がして、幸せそうに微笑んだ。
         「起きてくれ。アンジェリーク・・・・。」
         “これは・・・・夢・・・・?”
         現実の<あの人>なら、自分を名前で呼んだりはしない。これはきっと<夢>なのだ。
         アンジェリークは、<夢>から醒めたくなくて、ギュッと眼を閉じる。
         「・・・・仕方のない、お嬢ちゃんだ・・・・。」
         全然変わらないんだな・・・・。
         呟きを耳元で聞き、アンジェリークはゆっくりと覚醒する。
         が、その前に、顎を持ち上げられると、何かが唇に触れた。
         息苦しさに、ゆっくりと瞳を開けると、目の前に、想い人の顔のアップがあり、
         アンジェリークは、一気に覚醒する。
         「んんんん!!!」
         アンジェリークが眼を覚ましていることに、気づかない振りをしながら、想い人は、
         思う存分、アンジェリークの唇を堪能する。漸く唇を離されると、アンジェリークは
         ボーッとした眼で、想い人を見つめる。
         「・・・・オスカー・・・・さま・・・・・。」
         「アンジェリーク。」
         オスカーは、優しく微笑むと、アンジェリークの身体を抱き上げると、そのまま
         部屋を出ていく。
         「オスカー様?どこへ?」
         だが、オスカーはアンジェリークの問いには答えず、ゆっくりとした歩調で、
         廊下を歩いている。
         「あ・・あの・・・オスカー様・・・。私、自分で歩けますけど・・・・。」
         控えめなアンジェリークの言葉に、オスカーは微笑むと、アンジェリークの
         耳元に、唇を寄せた。
         「駄目だ。手を離したら、君は何処かへ行ってしまう。俺の手の届かない所へ・・・・。」
         「オスカー様・・・・。」
         真っ赤になるアンジェリークの頬に、軽くキスをすると、オスカーは、ある部屋の前で
         立ち止まった。
         「さぁ、着いたぜ。」
         オスカーは、アンジェリークを抱き上げたまま、器用にドアを開けると、部屋の中に、
         その身を滑り込ませた。
         「まぁ!」
         雪と月明りの中、サンルームは、幻想的な光景をアンジェリークに見せていた。
         「綺麗・・・・。」
         硝子張りの部屋の外に降り積もる雪に、アンジェリークは感嘆の声を上げる。
         オスカーは、窓に向かい合わせに置いてある長椅子に、アンジェリークを座らせると、
         自身もその横に腰を下ろす。暫く二人は、降る雪に、言葉もなく、ただ眺めていたが、
         やがてオスカーは、傍らに座るアンジェリークの頬をそっと触れた。
         「・・・・アンジェリーク。」
         自分の頬に触れているオスカーの手を、そっとアンジェリークは握る。
         「・・・・オスカー様。」
         「アンジェリーク。今宵一晩、女王とその守護聖という立場から、一緒に逃れてくれないか?」
         驚くアンジェリークを、オスカーは、その腕に抱き締める。
         「アンジェリーク・・・。宇宙の女王。願わくば、今宵、この時だけでいい・・・。俺だけの
         天使でいてくれ・・・・。」
         「オスカー様・・・・。嬉しい・・・・。」
         アンジェリークは、そっと身体の力を抜くと、オスカーに預ける。
         「ねぇ、オスカー様。アルカディアでは、<雪>って、とっても神聖なものなんですって。」
         アンジェリークは、窓の外の雪を見つめながら呟いた。
         「特に、“雪祈祭”に降る雪は、願い事を叶えてくれるんですって・・・。だから・・・。」
         みなまで言わせず、オスカーは、アンジェリークの唇を塞ぐ。
         「・・・・・俺の<願い>、今、叶ったぜ・・・・。お嬢ちゃんは・・・・?」
         「私も・・・・。オスカー様・・・・。」
         アンジェリークは、微笑むと、オスカーの首に腕を絡ませると、自分から顔を近づけて
         いく。一つに重なる影を、雪は静かに見つめていた・・・・・。




                                                    FIN