女王試験を始めて間もない、土の曜日。9人の守護聖を始め、2人の女王候補、3人の
教官達は、ここ宮殿の謁見の間に召集されていた。
「今日、皆さんに集まって頂いたのは、他でもありません。」
256代目にして、新しき世界の初代女王アンジェリークは、にっこりと微笑んだ。
「皆さんには、明日から日記をつけてもらいます。」
「マジかよー。」
「どうして?」
「皆、静かに。」
騒ぎ出すゼフェルとマルセルを目で制すると、ジュリアスは、女王アンジェリークに尋ねた。
「恐れながら、女王試験中という大事な時期、何故そのような事を・・・・。」
その問いに答えたのは、女王補佐官のロザリアである。
「それにつきましては、後程詳しくご説明出来ると思いますわ。それでは、皆様に日記を
お配り致しますわ。」
ロザリアの合図で、扉が開かれると、手に4冊ずつ立派なノートを持った、エルンスト、メル、
商人の3人が謁見の間に入ってきた。3人は守護聖と教官に1冊ずつ配ると、謁見の間から
静かに退出した。
「女王候補達には、既に部屋に置いてあるはずです。日記の提出は28日後のこの時間。
時間厳守ですわ。」
「ねぇ、ロザリア。ちょっと楽しみよね。みんなの日常って・・・・。」
「陛下、それはまだですわよ。」
楽しそうに小声で話し出す女王と女王補佐官の様子に、その場にいた者は、一抹の不安を
感じた。
そんなことがあって9日後のことである。
「おや。ジュリアスではないですかー。珍しいですねー。何か私に用ですか?」
図書室にでも行こうかと、地の守護聖ルヴァが、執務室の扉を開けると、そこには何故か
光の守護聖ジュリアスが立っていた。ジュリアスの方も、扉が開くとは思わなかったのだろう。
悪戯を見咎められた子供のような顔で、決まり悪そうにしている。目聡いオリヴィエやゼフェル
辺りならば、そんなジュリアスの態度にチャチャを入れるだろうが、天然ボケのルヴァは、ただ
ニコニコとジュリアスを部屋に招き入れた。
「まぁー、立ち話もなんですから、中にお入り下さい。」
「あ・・・・あぁ・・・・。」
素直に部屋の中に入ってジュリアスに、ルヴァは椅子を薦めると、自分は給湯室に入って
行った。
「散らかしてありますけど、そこにお掛け下さい。あー、お茶は何がいいですかねぇ。確か
ここら辺に・・・・・・。」
そして数分後、ジュリアスの前には、湯呑みと醤油味のお煎餅が、ででんと置かれた。
そのあまりのミスマッチな光景に、もしその場に第三者が居ればあまりの事に眩暈を
覚えたことであろう。そう、例えばクラヴィスの執務室に合うように、珍しい石を贈ったはずが、
何時の間にかマニキュアやら宝石箱やらに変わっていた時のように・・・・・。
「それでー、私に何か用ですか?」
ルヴァは美味しそうにお茶を一口飲むと、にっこりと微笑んだ。
「うむ。用というほどでもないのだが・・・・。」
珍しく歯切れの悪いジュリアスに、天然ボケのルヴァもようやく気がつく。
「ジュリアス?」
訝しげに問うルヴァに、ジュリアスは意を決したかのように口を開いた。
「そなた、今回の陛下のご命令をどう考える。」
「陛下ですか?そうですねぇー。」
ジュリアスは椅子から立ち上がると、苛々と部屋の中を歩き回った。
「全く、女王陛下は一体何を考えておられるのか。女王試験も始まったばかりだというのに、
この上さらに日記など・・・・。ロザリアもロザリアだ。陛下を諌めるどころか一緒になって。
これでは2人ともまだ女王候補のままではないか。」
「私はそうは思いませんよ。」
ルヴァは湯呑みを置くと、ジュリアスに微笑みかけた。
「あー、とにかくお掛けなさい。ジュリアス。」
ルヴァの言葉に、ジュリアスは椅子に座り直した。
「ジュリアス。あなたも私も守護聖になって、かなりの年月が流れましたよね。当初、私は
日記をつけていたんですよ。ですがね、そのうち書くのを止めてしまったのです。何故だと
思いますか?」
ジュリアスは答えずに、ただじっとルヴァを見つめた。
「空しくなってしまったんですよ。ここ聖地では女王陛下のお力により、他とは時間の流れが
違います。ですがね、時間が止まった訳ではないのですよ。日記というのは日々の記録です。
記録が溜まれば溜まるほど、私は時間というのを強く意識してしまうのですよ。勿論、守護聖に
なったことを後悔したということではありません。それだけ好きな本を読むことが出来るのですか
ら。」
ルヴァはそこで一旦言葉を切ると、椅子から立ち上がり、窓辺へと移動した。そして、開け
放たれている窓を閉めると、外を眺めながら言葉を繋げた。
「ですからね、最初、陛下から日記をつけるように言われた時、正直言って、止めさせようと
思いました。」
「だが、ルヴァは何も言わなかったではないか。」
ジュリアスの言葉に、ルヴァは振り返ると、にっこりと微笑んだ。
「言えなかったんですよ。陛下と女王補佐官、いえ、アンジェリークとロザリアの顔を見ていたら、
2人とも女王とその補佐官とではなく、女王候補の顔をしていましたから。その顔を見て、私は
気づいたのですよ。何故、日記を私達に書かせようとしているのかをね。」
「私には理解できぬ。」
ジュリアスは腕を組むと、不機嫌そうに言った。そんなジュリアスにルヴァは笑った。
「多分、2人は今回の女王試験と、前回の自分たちの女王試験を重ね合わせていると思う
のです。前回は試験に一生懸命で、彼女達にとって一瞬の出来事だったことでしょう。ところが、
今回は女王とその補佐官としての立場から、冷静に女王試験を見ることが出来るわけです。」
「それと今回の日記とはどういう関係があるのだ。」
「えー、つまりですね。先ほども言った通り、日記というのは日々の記録です。その記録を読む
ことによって、前回の女王試験とを比べることが出来ますからね。2人は前回の女王試験を
冷静に考えることができ、なおかつ、今の自分達の立場も自覚できるのではないでしょうか。
まっ、それは表向きで、ただ女王候補時代が懐かしいのでしょうね。」
じっと考え込むジュリアスに、ルヴァは重ねて言った。
「新しい宇宙の女王候補達も勿論ですが、私達の宇宙の女王陛下と女王補佐官も、見守って
いきましょうではありませんか。ねっ。ジュリアス。」
「ルヴァがそこまで言うのならば、今回のことは黙って従おう。邪魔したな、ルヴァ。」
ジュリアスはそう言うと、部屋から出て行った。後に残されたルヴァは机に向かうと、引出しの
中から例の立派なノートを取り出した。
「ジュリアスは本当に判ってくれたのでしょうかねぇ。」
ルヴァはパラパラとページを捲る。
「あぁ、そうでした。この日はマルセルに花の種をあげたのでしたね。うまく育ててくれています
かねぇ。あー、この日はゼフェルがジュリアスに説教をされたのですね。まさか、ゼフェルが
聖地の門を壊すなんて・・・・・。信じられませんが、一応ゼフェルに守護聖としての自覚を諭さ
なければなりませんかねぇ。自覚と言えば、この日記も陛下と補佐官も見られるのでしたね。
昨日読んだ本に、2人に役立つような話が載っていましたから、今日はそれについて書くことに
しましょうか。日記ってこんなに楽しいものだとは知りませんでしたよ。うんうん。」
ルヴァはそう言うと、白紙のページに何やら書き始めたのだった。
一方、ジュリアスといえば、ルヴァの執務室から、自分の私邸に帰るため、中庭を通っていた。
“そうか・・・・・日記とは、日々の記録、つまりスケジュールのことだったのか・・・・。では早速
秘書に命じて、スケジュールのコピーをノートに貼らせるとしよう。”
ふふふふ・・・・・とジュリアスの顔に、自然と笑みが零れ落ちる。生まれてから、
日記などというものの存在を知らなかった彼にとって、日記提出を求められてから
今日までの間、悩みに悩んだのであった。それならば適当な、例えばオスカー辺りに
日記とは何だと尋ねてみれば良いものを、生来のプライドの高さから、他人に聞くことが
出来なかったのである。
「流石、地の守護聖。的確なアドバイスだ。こんなことならば、初めからこうすれば良かった。」
高笑いしながら歩く、ジュリアスの姿ほど不気味なものはない。不幸にも、その場に居合わせて
しまった、鋼の守護聖ゼフェルは、強く思った。ゼフェルは木の上から、茫然とジュリアスを
見送るとポツリと呟いた。
「ジュリアスの奴、とうとう頭にきたか?四六時中、厳めしい面してっからなぁ。・・・・っと、
そんなこと考えている場合じゃねー。えっと、これがこうなって・・・・。ちっくしょー、また
書き直しかよ!」
ゼフェルは立派なノートのページを破ると、クシャクシャに丸めて下に放り投げた。
「ちょっと!ゼフェル!」
名を呼ばれて、ゼフェルは下を見下ろすと、そこには怒りを露にした緑の守護聖マルセルが
立っていた。
「よぉ。マルセルじゃねーか。」
「マルセルじゃねーか、じゃないよ!なんなの?このゴミは!捨てるんだったら、ちゃんと
ゴミ箱に捨ててよね!」
「ったく・・・・。うるせーな・・・・。わかったよ!」
ゼフェルは木の上から飛び降りると、自分が出したゴミを拾った。
「これでいいんだろ。これで!」
「分かればいいんだよ。」
にっこりと笑って頷くマルセルに、ゼフェルは小声で呟く。
「・・・・・ったく。だんだんランディ野郎に似てきたな・・・・。」
「何か言った?ゼフェル。」
「な・・・・何でもねーよ。」
耳聡いマルセルに、ゼフェルは慌てて否定する。さらに何か言おうとしたマルセル
だったが、向こうから来る風の守護聖ランディの姿を見つけて、声をかけた。
「ランディ!」
ランディの方もマルセル達に気づき、近寄ってきた。
「どうしたんだ?2人ともこんな所で。あれ、それは・・・・。」
ランディは2人の手にしている、立派なノートに気がついた。その様子で、マルセルも
つられるように自分が手にしているノートを見た。
「あぁ、これだね。この前、ルヴァ様に植物の種を頂いたんだ。それで、その成長を
記録しようと思って、これから花壇に向かう途中なんだけど・・・・・。」
マルセルは、そこで一旦言葉を切ると、横にいるぜフェルに視線を移した。
「ゼフェルったら、木の上からゴミを捨てるんだもん。注意をしていたんだ。」
ゼフェルは横を向きながら、文句だけはしっかりと言う。
「ったく・・・・。うっせーなー。ちゃんとゴミは拾っただろー。」
「何だ。ゼフェル。その態度は!」
ゼフェルの態度に、ランディが食ってかかる。それを慌ててマルセルが止めに入った。
「そんなことよりも、ランディ。これからどこかに行くんじゃなかったの?だいぶ急いでた
みたいだけど・・・・・。」
マルセルの言葉に、ランディはハッとなった。
「いけない!オスカー様との約束の時間が・・・・・。ごめんな!2人とも。」
ランディは慌てて駆け出して行った。後に残された2人は、ランディの後ろ姿を見送ると、
ヒソヒソと話し始めた。
「ねぇ、ランディってさぁ、今日も負けるのかなぁ。」
マルセルの問いに、ゼフェルは腕を組みながらキッパリと肯定した。
「あったりめーだろ。相手はあのオスカーだぜ?始めっから勝負は分かるってーのに、
アイツもこりねー奴だよなぁ。そう言えば知ってるか?アイツの日記の内容を。オスカー
との勝負に負けたって以外、全部特になし、だぜー。笑っちまうよなぁ。」
ゲラゲラと笑うぜフェルに、マルセルは溜息をついた。その様子に、流石のゼフェルも
気にかかる。
「なっ・・・・何なんだよ。溜息なんかついてよー。」
「ランディ・・・・・。オスカー様との勝負に負けると、すっごく暗くなるんだよねー。」
「だが、直ぐに能天気に戻るぞ。」
マルセルは首を振った。
「気づかない?最近、元気になるまでの日にちが、長くなっていることに。絶対に連敗続き
で、相当参っているんだよ。」
そう言われて、ゼフェルも思い当たる事がある。以前はオスカーとの勝負に負けても、次の日
にはケロッとしていたのが、最近2・3日は落ち込んでいることが多くなった。
「まっ、ランディの野郎が好きでやってんだから、俺には関係ないぜ。それに俺は暇な
ランディとは違って、忙しいからな。」
スタスタとそのまま行こうとしたぜフェルの背中に、マルセルは声をかける。
「ふーん。僕知ってるよ。ゼフェルの忙しい訳。アンジェにプレゼントを作ってるんでしょう。」
ゼフェルの足が止まる。マルセルは構わずポケットからクシャクシャになった紙を広げる。
「さっき、拾っちゃったんだよね。これ。ふーん。オルゴールを作るんだ。」
ゼフェルは慌てて振り返った。
「お・・・おい、マルセル。」
「おや、ゼフェル様とマルセル様ではありませんか。こんにちは。何をしていらっしゃるん
ですか?」
ゼフェルがマルセルから、紙を奪い返そうとした時、2人に声をかける者がいた。<品位>の
教官、ティムカである。ティムカは、ニコニコしながら2人に近付いてきた。
「な・・・・何でもねーよ。」
ゼフェルはマルセルの一瞬の隙をついて紙を奪うと、そのままスタスタと行ってしまった。
「僕、何かゼフェル様の気を悪くなされることを、したのでしょうか。」
心配げなティムカに、マルセルは首を振る。
「そうじゃないよ。ちょっと僕がゼフェルをからかいすぎちゃったんだ。」
「そうですか・・・・。」
ぺロッと舌を出すマルセルに、ティムカは安心したように微笑んだ。そこでマルセルは、
ティムカの手に持っている立派なノートに気がついた。
「あれ、そのノートは・・・・。」
「流石、聖地と言うだけあって、ここは不思議な所ですよね。色々な方から不思議な事を
伺っているうちに、それを纏めてみたくなったんです。」
「そうなの?じゃあさ、こんな話って知ってる?」
マルセルがとっておきの話を言おうとした時、2人に声をかける者がいた。
「あらぁ、マルセルにティムカじゃない?元気?」
そこには夢の守護聖オリヴィエが、ニコニコと立っていた。
「こんにちは。オリヴィエ様。」
ティムカが礼儀正しく挨拶する横で、マルセルの顔が引きつった。それを目聡く見つけた
オリヴィエは、人の悪い笑みを浮かべながら、マルセルに近付いてきた。
「マ・ル・セ・ル♪何だか顔色が悪いみたいだねぇ。」
何時の間にか、手に愛用の化粧セットを握り締めたオリヴィエに、マルセルは嫌な予感が
して一歩下がった。
「顔色をよく見せるメイクってしたいと思わない?思うよねぇ。」
「い・・・いえ!あっ、僕これからティムカさんに、聖地を案内しなくっちゃ!ごめんなさい!
オリヴィエ様!!」
マルセルはティムカの腕を掴むと、脱兎のごとく駆け出した。
「あらあら、逃げられちゃった。」
「あんまり良い子を悪の道に引き摺り込むなよ。極楽鳥。」
肩を竦ませるオリヴィエに、背後で声がした。振り返るとそこには炎の守護聖オスカーが
立っていた。
「あら、オスカーじゃないか。アンタこそ、こんな所で何してんのさ!」
「俺か?俺は見回りをしているに決まっているじゃないか。」
オリヴィエはニヤリと笑った。
「嘘おっしゃい。大方、どこかの女の子の所へ向かう途中でしょ。その手に持っている
ノートには、女の子とのデートのスケジュールで一杯と見たね。いいのかねぇ。それ、
陛下や補佐官も見るんだよ。下手するとジュリアスに筒抜けかもね。」
「う・・・煩い。これは適当なノートがなかったからつい・・・。だが、提出する時は書き直す
ぞ。」
「ふーん。やっぱそーなんだ。」
オリヴィエの言葉に、オスカーはハッとした。
「カマかけたな。だがな、お前も人のこと笑えるのか?そっちも化粧品のチェックとかしか
書いてないんだろ。」
オスカーの言葉に、オリヴィエはケラケラと笑った。
「私のは大丈夫。陛下達にも見られることを考えて、2人に合う最新のメイク法とかが
書いてあるからさ。」
「話にならんな。」
オスカーは肩を竦ませると、オリヴィエをその場に残して歩き出した。暫く歩いていると、
前方から<感性>の教官、セイランが歩いてくるのが見えた。
「よぉ。セイランじゃないか。散歩か?」
セイランの方もオスカーに気がついた。
「オスカー様ですか。ちょっとね。」
そこでオスカーは、セイランがかなり機嫌が悪いことに気がついた。
「なんだ?ご機嫌ナナメのようだが。」
「オスカー様のせいで、とんだとばっちりを受けてしまいましてね。」
訳が分からないオスカーに、セイランはさらに言葉を繋げた。
「オスカー様、今日のランディ様との剣の約束、すっぽかしたでしょう。」
オスカーはポンと手を打った。
「そう言えばそうだった。すっかり忘れていたぜ。」
ハハハ・・・・と笑い出すオスカーに、セイランが冷ややかな目を向けた。
「約束されていた場所って、僕が特に気に入っている場所でもあるんだ。いつもあそこで
詩を書いたりしているんだけどね。」
セイランはそこで一旦言葉を切ると、手に持っていたノートを広げると、白紙のページを
オスカーの目の前に突き付けた。
「折角いい詩が浮かんで書こうと思ったら、ランディ様がやってきて、僕にあれこれ話し
かけるんだよ。気が散ってしょうがないね。」
「そ・・・そうか・・・。そいつは悪かったな。あぁ、そうだ。大事な用を思い出したぜ。じゃあな。」
オスカーは、顔を引きつらせながら、そそくさとその場を逃げ出した。
「全く・・・・。信じられないね。まっ、折角のいい天気だし、気分転換に庭園の方にでも
行ってみるかな。」
セイランがクルリと元来た道を引き返し、庭園へと向かった。東屋の方にでも行こうかと思い、
足を向けたが、近くまで来てそこに先客がいることに気がついた。
「なんだ。クラヴィス様とレイチェルじゃないか。ふーん。そういう事か・・・。」
セイランは、そのまま学芸館へとスタスタ歩き出した。さて、そこに闇の守護聖クラヴィスと
女王候補レイチェルを物陰からジッと見つめている、1人の人物がいた。水の守護聖、
リュミエールである。リュミエールは、2人を観察しながら、ノートに何かを一生懸命に
書き込んでいた。
「クラヴィス様・・・・。今朝、私が庭園へお誘いした時には、気が進まぬとお断りなさったのに、
あの小娘なら良いのですか・・・・。リュミは、リュミは悲しゅうございます。いえ、クラヴィス様は、
そのような非情な事をするお方ではありません。きっとあの小娘が強引に誘ったのですね。
クラヴィス様はお優しい方ですから・・・・。それにしてもレイチェル、先ほどから見ていると、
随分、クラヴィス様に慣れ慣れし過ぎではありませんか?こうなったら、レイチェルに惑星の
贈り物をして、新しい宇宙へやってしまうしかないですねぇ。ふふふ・・・・。」
ブツブツ言いながら、じっとクラヴィスを見つめるリュミエールの肩を叩く者がいた。驚いて
振り向くと、そこには、もう1人の女王候補、アンジェリークが、ニコニコしながら立っていた。
「こんにちわ。リュミエール様。こんな所で何をしていらっしゃるのですか?」
無邪気に問いかけるアンジェリークに、リュミエールは、とっさに誤魔化した。
「アンジェリークでしたか・・・・・。いえ、ちょっと立ちくらみを起こしてしまって、休んでいた
所なんですよ。」
「まぁ、それは大変!お屋敷までお送りします。リュミエール様。」
リュミエールは慌てて首を振った。
「いえ、1人で戻れますよ。大分具合も良くなってきたことですし・・・・。それよりも、何処かへ
行くところではありませんか?私の事は大丈夫ですから、どうか行って下さい。」
「そうですか?では、お大事に、リュミエール様!」
アンジェリークはニッコリ笑うと、そのまま学芸館へと歩き出した。目的は<精神>の教官、
ヴィクトールである。効率良く学習するには、まず親密度を上げる必要があるからである。
アンジェリークは元気よくドアを開けた。
「こんにちは。ヴィクトール様。」
「おう、よく来たな。俺にできるのは、ここで指導することだけだが・・・全力で努めよう。お前も
頑張ってくれ。で、何の用で来たんだ。」
アンジェリークはニッコリと微笑んだ。
「今日はお話に来たんです。」
「そうか・・・・。で、何を話せばいいんだ。」
「そうですねぇ・・・・。ジュリアス様について教えて下さい。」
ヴィクトールは腕を組んで答えた。
「ジュリアス様についてか。職務に非情に忠実な方だと思うぞ。その点では俺と共鳴する気が
する。だが、根本的に俺とは人間が違うんだ。シャンデリアの下でフルコースを召し上がるのが
ジュリアス様なら、野営して缶詰を食うのが俺だ。わかるだろう?つまり、根本が違う。そういう
ことだ。俺が話せるのはこの程度だ。」
「はい、ありがとうございました。ヴィクトール様!」
アンジェリークはニッコリと微笑むと、そのまま部屋を出ていった。後に残されたヴィクトールは
溜息をつくと、机の中から立派なノートを取り出した。
「さて、今日の分の日記をつけようか・・・・。」
そんな聖地の一日が、慌しく終わろうかという時刻、女王アンジェリークは女王補佐官ロザリア
の部屋にいた。
「ねぇ、ロザリア。まぁだ9日目よ。やっぱり日報にすれば良かったかしら・・・・。早く読みたいわ。
でも、守護聖様や他の人達の日常って、どんなものなのかしら。絶対私達の女王試験より
面白いことがあるはずよねぇ。」
テーブルに両肘をつけて、女王アンジェリークは溜息をついた。そんな女王の様子に、
ロザリアは苦笑すると、紅茶のお代わりを注いだ。
「全く・・・アンタって子は・・・・・じゃなかった。陛下、少しはお立場ってものをお考え下さい。折角
女王試験を把握する為という理由を無理矢理つけたというのに、実は女王のミーハー心を満足
させるためと知ったら、あるお方の雷が久々に聞ける結果となりますわよ。」
「大丈夫、分かったいるわ。」
女王アンジェリークはニッコリ微笑むと、立ち上がり大きく開け放たれた窓の側に移動した。
満天の星空を見上げ、アンジェリークは大きく伸びをした。
「早く提出日になぁーれ!」
その時、流星が一瞬キラリと光り、地平線に吸い込まれるように消えていった。
FIN.