「あぁ、なんて退屈なのかしら・・・・。」
新しい宇宙の女王陛下、アンジェリーク・コレットは、今日何度目かの溜息と
共に呟いた。今朝も良い天気で、庭園散歩と洒落込んだはいいが、ついつい
溜息をついてしまう。要するに、暇を持て余しているのだ。レイチェルと「天使の
悪戯社」というツアー会社をやっていた時は、充実した日々を送れたが、一旦
軌道に乗ると、難しいことは全てレイチェルや商人に押し付け、もとい、任せて
いるので、アンジェリークはやることがないのである。
「別に、ここでの生活が不満って訳じゃないけど、何かこう、ワクワクするような
事はないのかしら・・・・。例えば・・・・冒険とか・・・・。なぁんて、今の私にできる
訳ないか・・・・。」
アンジェリークは溜息をつくと、そろそろ宮殿に戻ろうかと思った時、
アンジェリークの背後で突如時空が開いた。ハッとしてアンジェリークが振り返ると、
時空の裂け目から人が倒れこんできた。慌ててアンジェリークが助け起こすと、
それは良く知っている人物だった。
「あ・・・あなたは、女王補佐官のロザリア様!」
アンジェリークの声に、ロザリアは薄く目を開けると、震える手を空に伸ばした。
慌てて、その手をアンジェリークは握った。
「しっかりして下さい!ロザリア様!」
「誰・・・・か・・・・。陛下を・・・助け・・・・・て・・・・・・。」
ロザリアはそれだけ言うと、気を失った。
「ロザリア様!」
アンジェリークは茫然とロザリアを見下ろした。そんな二人を風が取り巻き、
去って行った。
「一体、何があったというの?」
手当てを受けて、今はベットで寝ているロザリアの枕元に、レイチェルと
アンジェリークが、心配そうに立っていた。
「ロザリア様は、気を失う直前、「誰か陛下を助けて。」と仰ったわ。きっと向こうの
宇宙で何かがあったのよ。私、ちょっと行って来る。ロザリア様を頼むわね。」
そう言うと、アンジェリークは部屋から出ていこうとしたが、レイチェルに腕を
取られた。
「離してよ!レイチェル!」
「落ち着きなさい!アンジェリーク!今、陛下が行ったところで、何ができるって
言うの?それよりも、ロザリア様から詳しい事を聞いて、対処法を考えた方が
いいわ。」
「でも・・・・・。」
なおも言い募ろうとするアンジェリークに、レイチェルはビシッと言った。
「でも、じゃない。敵の正体も判らないのに、突っ走って、陛下にもしものことが
あったら、どうするの!そうなったら、この宇宙の危機なんだよ!自覚あんの?」
しゅんと項垂れるアンジェリークの姿に、流石に少し言い過ぎたかもと、
レイチェルがフォローのために口を開こうとしたとき、ロザリアが目を醒ました。
「あ・・・こ・・・・ここは・・・・・。」
「ロザリア様!」
「気がつかれました?」
ロザリアは初めボ−ッとしていたが、やがてその瞳に意思が戻ってくると、
慌てて起き上がろうとした。だが、急に動いた為か、一瞬眩暈に襲われ、
倒れそうになった所を、アンジェリークに身体を支えられた。
「急に動いてはいけません。ロザリア様。」
「あり・・・がとう・・・・。アンジェリーク・・・・・。」
「一体何が起こったというんですか?ロザリア様。」
レイチェルの問いに、ロザリアは首を振った。
私にも訳が判らないのです。ある日突然、悪の皇帝と名乗る者が現れて、
陛下と私、それに、たまたまその場に居合わせた、光の守護聖ジュリアスの
三人を浚ったのです。陛下のお力によって、私だけ隙を見て逃げ出せたの
ですが・・・・・。今頃陛下達は・・・・・。」
落ち込むロザリアに、レイチェルはさらに尋ねた。
「ジュリアス様だけですか?他の守護聖様達は・・・・・。」
ロザリアは首を傾げた。
「さぁ・・・・。そう言えば、どうしたのかしら・・・・・。私一人逃げるので精一杯
だったから・・・・。」
アンジェリークは暫く考え込んでいたが、やがて意を決すると、扉に向かって
歩き始めた。そんなアンジェリークの行動に、ハッとしてレイチェルが引き止めた。
「陛下!」
「とにかく、私は向こうの聖地に行ってみるわ。そして、他の守護聖様達を
見つけ出して、必ず女王陛下を救い出してみせる!だから、レイチェルは
ロザリア様をお願いね!」
そう言うと、アンジェリークは部屋を飛び出して行った。後に残されたレイチェルは、
やれやれと溜息をつくと、ロザリアに向かって再度尋ねた。
「ところで、悪の皇帝の名は・・・・?」
「確か・・・・・。レヴィアスと・・・・・・。」
「・・・・・なーんて、言って出てきたけど、これからどうしよう・・・・。」
ここは現宇宙の聖地。半壊姿の宮殿を前に、アンジェリークは途方にくれた。
この状況からみて、敵はかなりの武力を持っているようだ。それを、この前まで
女子高生だったアンジェリークが太刀打ちできる訳がない。
「あぁ、せめて戦力になるオスカー様やヴィクトール様やゼフェル様がいて下さった
ら・・・・。」
あーぁ、と溜息をつきつつ、辺りを見渡すと、右斜め前方に人影を発見した。
その見覚えのある後姿に、アンジェリークは慌てて駆け寄った。
「ご無事だったのですね!ゼフェル様!」
「お・・・・俺じゃねーぞ!こんなにしたのは・・・・。そりゃあ、ちょっと火薬の量を
間違えて、爆発は起こったかもしんねーけど、ここまで破壊する威力はねーよ!」
アンジェリークの姿を一目見るなり鋼の守護聖ゼフェルは、慌てて言い訳をした。どうやら、
実験失敗の爆発音と、聖地が襲われた時が同一で、気がつかなかったらしい。アンジェリークは
頭痛を覚えながらも、何とかゼフェルに状況を説明しようと、口を開きかけた時、背後から声を
かけられた。
「アンジェリークではありませんか。今日はどうしたのですか?」
振り返ると、そこに水の守護聖リュミエールと闇の守護聖クラヴィスの姿があった。
「クラヴィス様!リュミエール様!ご無事だったのですね!」
「ゼフェル、また実験に失敗したのですね。庭園の方まで爆発音が聞こえていましたよ。」
リュミエールの言葉に、アンジェリークはまたも頭痛を覚えた。リュミエールもクラヴィスも、
いつものゼフェルの実験が失敗したという程度にしか、認識していなかったらしい。そのお陰で
浚われずにすんだのだから、何が幸いになるかわからない。アンジェリークは、なんとかざっと
三人に、悪の皇帝と名乗る者に、女王とジュリアスが浚われた事を話すと、クラヴィスに向かって
言った。
「そんな訳ですので、一刻も早く他の守護聖様達を見つけて出して、女王陛下を救い出さなければ
ならないんです。そこでクラヴィス様、その神秘の力を宿した水晶球で、皆様の場所を占って
下さいませんか?」
「ジュリアスだけなら、運が悪かったで済むが、女王陛下はそうはいかぬ。わかった。占って
やろう。」
クラヴィスはどこからか水晶球を取り出すと、それに左手をかざした。途端、水晶球は輝き
出した。
「どうやら、そう遠くない所にいるようだな。マルセル、ランディ、ティムカ、メルは森の湖に、
ルヴァは図書館に、研究所にはエルンストとヴィクトール、下界にオリヴィエ、セイラン、
オスカーがいるな・・・・。ルヴァ以外の者は、程なく戻るであろう。」
クラヴィスの言葉に、アンジェリークは複雑な気分だった。他の守護聖が無事であったのは
嬉しいことだが、結局、真面目に執務をしていたジュリアスが一人貧乏籤を引いたのだ。
正直者が馬鹿を見るのか、それとも、ジュリアスの運が人一倍悪いのか・・・・・。
“今はそんなことを考えている場合じゃないわ!とにかく、女王陛下を救い出してみせるわ!
この私がねっ!”
・・・・・・・こうして、物語が始まったのである。