中央のロイの家から車で約4時間。既に日付が
変わる時刻になっていた。
「今日は私とエディの結婚式だと言うのに!!」
ロイは忌々しげにアクセルを力一杯踏むと、さらに
スピードを上げる。幸い、一本道の平坦な道。
人影も対向車の影もないことを良い事に、
ロイは法定速度を無視して、先程からアクセルを
踏みっぱなしだ。最愛のエドワードを攫われた事と、
本来ならば、独身最後の夜を、エドワードと2人だけで
濃厚に過ごそうと、アレコレと立てた計画が、全てパァに
された事で、ロイの中の怒りは火山噴火直前よりも
すごい事になっていた。
「絶対に許さん!!」
血走った目で前方を睨みつけると、だんだんと森が近づいてきた。
「あそこかっ!!待っていろ!エディ!!」
ロイは再びアクセルを全開にした。
ロイが指定された場所まで行くと、そこは、鬱蒼と茂った
森の中に佇む、一軒の洋館。
既に住人がいなくて久しいのか、廃墟と化しているそこは、
何故か合成獣がうようよとしており、ロイは焔を練成しながら、
襲い掛かってくる合成獣を倒していった。
「一体、エディはどこへ・・・・。」
イライラしながら、ロイは洋館を隈なく調べていると、背後から
いきなりナイフが飛んできて、ロイは間一髪で横に転がって
避ける。
「何者だ!!」
体制を立て直して、ロイが後ろを振り返ると、覆面をした男が、
ナイフを片手に立っていた。
「・・・・・お前は・・・・・まさか・・・・・。」
じっと、男を睨みつけていたロイは、ふとある事に気づき、
表情を険しくすると、覆面の男は何も言わずに、くるりと
背を向けると、駆け出した。
「おい!待て!!」
「ホークアイ大尉、准将、スゴイッスよ。」
たった今入ってきた情報を聞いたハボックは、感心した表情で
ホークアイを振り返った。
「洋館に費やした時間、わずか5分。その後、第一の刺客を
3分で倒し、アイテム1をGET!隠し部屋の存在に気づき、中に
いた合成獣を倒しつつ、地下道へと降りて行き、第二の刺客が
練成したトラップを無傷でクリアー。そのまま第二の刺客を
倒し、アイテム2をGET!ここまでかかった時間は約23分です!」
ハボックの報告に、ホークアイは苦笑する。
「もっと複雑なルートを用意していたのに、准将の本能は恐ろしいわね。
最短コースを突き進んでいるわ。」
ハボックの報告と見取り図を見比べながら、ホークアイは溜息をつく。
「愛の力ッスね。」
ハボックの言葉に、ホークアイは、醒めた目で呟いた。
「ただの煩悩よ。あの、煩悩の塊のような男に、エドワードちゃんが
毒牙にかかるなんて・・・・・。」
阻止出来なかったなんて、一生の不覚だわ!!と、怒り心頭の
ホークアイに、ハボックは引きつった顔を向ける。
「と・・ところで、このままのペースで行くと、そろそろ准将がここに
現われるのでは・・・・・。」
今頃、花嫁を奪われたロイの怒りはピークに達している頃だろう。
このままロイがこの部屋に雪崩れ込んだ瞬間、中に入る自分達は
有無を言わせず消し炭になるかもしれない。そうなる前に、
避難をしたいハボックだったが、ホークアイは不敵な笑みを浮かべた
ままだ。
「大丈夫よ。今頃は、第三の刺客が・・・・最強の主婦を相手にしている
から、いくら大佐でも、あと一時間は・・・・・・。」
だが、ホークアイの余裕の表情も、次の瞬間、厳しいものに変化すると、
音もなく素早く椅子から立ち上がると、扉に向かって、愛用の銃を
構える。扉の向こうから聞こえる荒々しい足音と、ホークアイの素早い動きに、
本能的に危険を察知したハボックが、部屋の隅に逃れたのと、扉が
激しい音を立てて開かれたのは、同時だった。
「ホークアイ大尉!エディはどこだっ!!!」
血走った目をしたロイに、ホークアイは、構えていた銃を下ろすと、腕時計で
時間を確認する。
「29分37秒。・・・・・ギリギリ合格ですね。准将。」
「何だと?」
不審そうなロイに、ホークアイは醒めた目でロイの頭からつま先まで、じっと
見つめた。
「30分を例え一秒でも過ぎた場合は、私の銃にかけても、阻止するつもり
だったのですが、残念です。」
本当に残念そうに溜息をつくホークアイに、ロイの怒りが爆発する。
「一体、これはどういうことなのだね!!エディは何処だっ!!」
つかつかと歩み寄るロイに、ホークアイは、ニヤリと微笑んだ。
「エドワードちゃんなら、ヒューズ大佐のお宅ですが?」
「なっ!!」
絶句するロイに、ホークアイの笑みが深くなる。
「当然でしょう。結婚式は女の一世一代の晴れ舞台。それを前夜に准将に
身体を酷使されて、辛い表情で式をさせるようなことを許す私に見え
ますか?」
エドワードちゃんが万全の体調で式に臨めるようにするのが、私の
役目ですからと、しれっとした顔で言うホークアイに、ロイの顔が
引きつる。
「フッ。君はまるで分かっていない。独身最後の夜だから、最愛の人と
一緒にいたいと思うものなのだよ。」
ロイの自分勝手な言い分に、ホークアイのこめかみがピクピク動く。
「だーっ!!ここで殺人はまずいですよ!ホークアイ大尉!!」
ロイに向かって銃を乱射しようとするホークアイを、ハボックは涙を
流しながら止める。ここで殺人が起こった場合、その後始末をするのは
自分だ。肉の塊になった死体など、誰が片付けたいものかっ!!
必死にホークアイを止めながら、ハボックはロイに情けない声で
懇願する。
「准将も、機嫌直してくださいよ〜。俺達はただ准将達に、
幸せになってほしくてですね〜。」
その言葉に、ロイは不機嫌そうに言う。
「面白がっての間違いだろ?」
プイと横を向くロイに、ハボックはマジで泣きそうになった。
切れたホークアイと拗ねたロイ。
どちらも自分ではどうすることもできない。半分諦めかけた時、
ハボックの前に救世主が現われた。
「おーい。結果どうなったー?」
片手を上げて能天気に部屋に入ってきたのは、ロイの親友ヒューズ。
その後ろには、不機嫌な表情のアルフォンスと、疲れた顔のイズミの
姿があった。
「ヒューズ大佐!!」
ほっと安堵するハボックに、ヒューズは、訳知り顔でウンウンと頷く。
「そっか。ハボック中尉。お前の気持ちは良く分かった。」
「ヒューズ大佐!!」
キラキラと期待を込めた眼を向けるハボックに、ヒューズは徐に胸ポケットから
一枚の写真を取り出すと、ハボックに向けた。
「いいか、この写真はだな〜、エリシアちゅわんの〜。」
「だーっ!!ヒューズ大佐!状況を良く見てくださいよ!!」
滂沱の涙を流すハボックに、漸く状況を理解したヒューズは、不貞腐れた
表情のロイと切れてロイを撃とうとしているホークアイに気づき、
首を傾げる。
「何でこの2人は喧嘩しているんだ?」
「おい!ヒューズ!!」
そんなヒューズに、ロイはイライラしながら、怒鳴りつける。
「何をそんなに怒っているんだよ。ロイ。」
「これが、怒らずにいられるか!エディを誘拐したと嘘の呼び出しで
ここに呼んだかと思えば、エディはお前の家だとぉおおおおお!!」
胸倉を掴むロイに、ヒューズはゲラゲラ笑いながら、ロイの肩を
叩く。
「なんだ、漸く気づいたのか。案外遅かったな。」
ロイは、ヒューズを乱暴に離すと、胸ポケットからエドの部屋に置かれていた
脅迫状を取り出した。
「君たちがエディを攫った事は、最初から知っていたさ。この脅迫状を
書いたのは、お前だろ、ハボック。」
チラリと横目でロイはハボックを見ると、真っ青な顔でハボックは、固まった。
「・・・・だから、あれほど、手書きではなく、タイプで打つように言ったのに。」
ジロリとホークアイに睨まれて、ハボックは縮こまる。
「それさえ分かれば後は簡単だ。君たちならエディを危険な目に合わせないから、
精神的に余裕が出来た。それに、この場所は6年ほど前に、テロリスト達の
潜伏していた場所だ。見取り図など頭の中にインプットされている。どこに
どんな仕掛けをすれば効果的かも分かるからね、無駄な時間を取られずに
すんだよ。」
ニヤリと笑うロイの顔は、有能な軍人のそれで、内心アルフォンスは
感嘆の声を上げる。
(だから、最短ルートを通ったんだ・・・・・・。)
「で?私をこんな場所までわざわざ呼び出した、本当の理由は
何だね?」
返答次第では、消し炭だと、凄むロイに、ヒューズは、ふと表情を緩めると、
一言呟いた。
「・・・・・Something Fourだ。ロイ。」
その日、真っ白なウエディングドレスを身に纏い、ヴェールを被った
幸せな花嫁は、あと数分で行われる結婚式に、緊張を隠せないでいた。
「どうしよう。どうしよう。心臓がバクバク言っている〜!!」
ウロウロと控え室を歩き回るエドに、ウィンリィが苦笑する。
「ったく。らしくないわね。エド。あーっ!!ちょっと!折角私とリザさんと
グレイシアさんの三人がかりで綺麗に着飾らせたって言うのに!!
そんなに熊のようにウロウロ歩き回ったら、コケるでしょうがっ!!」
と、ウィンリィの言っている側から、エドはドレスの裾を踏んづけて、
転びそうになる。
「うわああああ。」
「大丈夫かい?エディ。」
派手にスッ転ぶところを、いつの間に来たのか、白いタキシードを着て、
普段は下ろしている前髪を後ろに撫で付けたロイが、エドを後ろから
抱きしめていた。
「・・・・ありがとう。ロイ。」
「どういたしまして。」
クスクス笑いながら、ロイはエドから腕を離すと、ゆっくりとエドの身体を
反転させて、上から下までじっくりと眺める。
「思ったとおりだ。世界で一番綺麗だよ。エディ・・・・・。」
「ロイ・・・・・・。」
真っ赤になって俯くエドに、ロイは幸せそうな笑みを浮かべで、じっくりと
自分の花嫁の姿を堪能する。
「・・・お邪魔のようだから、私はそろそろ式場へ行くわね。」
2人だけの世界に、ウィンリィは苦笑すると、控え室から出て行こうとする。
「あっ、そうだ!忘れるところだった!!」
部屋を出て行こうとして、ウィンリィはある事を思い出し、慌ててテーブルの
上に置いておいた、白い百合とブルースターのブーケをロイに渡す。
「マスタングさん。これが私とリザさんからのSomething Biueです。」
途端、ロイは優しく微笑んだ。
「ありがとう。ウィンリィさん。君も私を認めてくれたと解釈しても?」
ロイの言葉に、ウィンリィは、肩を竦ませた。
「私はエドさえ幸せなら、誰でもいいんです。・・・・泣かせたら、特大スパナを
味わってもらうだけですので、良く覚えておいて下さい。」
「・・・・・・肝に銘じておこう。」
多少引きつった笑みのロイとニヤリと笑う幼馴染を見て、エドはキョトンと
なる。
「ねぇ、何の話?」
「うふふふ。それは、今からマスタングさんが教えてくれるわよ。じゃあ、
また後でね!」
ウィンリィは、言いたいことだけ言うと、さっさと部屋を出て行く幼馴染に、
エドは困惑気味に、ロイを見上げる。
「ロイ?」
「君はSomething Fourを知っているかい?」
「何?それ?」
首を傾げるエドに、ロイは微笑むと、ウィンリィから渡されたブーケと
自分が持ってきた3つの箱をテーブルの上に並べる。
「これが、Something Fourだよ。まず一つ目は、Something New。」
一番右端の箱の蓋を開けて、中から白い手袋を取り出すと、ロイは
エドの手に嵌める。
「この結婚式の為に、新しく誂えたものだ。これは、イズミさんと旦那さんの
シグさんからだよ。」
「師匠の!?」
驚いて、じっと手袋を見つめるエドに、ロイは優しい笑みを浮かべると、今度は
その横に置いてある小さな小箱の蓋を開ける。中からは、イヤリングケースが
入っており、珊瑚で作られた薔薇の花の形をしているイヤリングを取り出すと、
ロイは身体を屈めて、エドにイヤリングをつける。
「これは、Someting Old。君のお母さんが結婚式の時につけたものらしい。
アルフォンス君から預かったものだ。」
「お母さんの・・・?」
母の形見と分かり、エドは、そっとイヤリングに手を添えながら、瞳を潤ませる。
そんなエドに、ロイは優しく額に口付けると、三つ目の箱の蓋を開ける。
中からは、ペンダントが入っており、ロイはエドの首につける。
「これは、Something Borrow。幸せな結婚生活を送っている人から
借りたものだ。」
繁々とペンダントヘッドを手に取って、眺めているエドの手に、自分の手を
添えると、ペンダントヘッドを開いてみせる。中には、ヒューズ一家が
幸せそうな笑みを浮かべている写真が収められていた。
「これ、ヒューズ大佐から借りたの?」
驚いてロイを見上げるエドに、ロイは苦笑した。
「ああ。早く自分達のように可愛らしい子どもを作れと言われたよ。」
途端に、真っ赤な顔で俯くエドの頬に、ロイは優しく口付ける。
「そして、最後がSomething Blue。」
ロイは、先程ウィンリィから渡されたブーケを、エドに渡す。
「ホークアイ大尉とウィンリィさんからだ。Something Fourというのはね、
結婚式の時に、花嫁が身につけると幸せになれると言われる四つのものの
事を言うんだよ。みんなの愛情がたくさん詰まっているものを身につけるんだ。
絶対に、幸せになろう。エディ・・・・・・。」
「ロイ・・・・。」
嬉しそうに、何度も頷くエドを、ロイは幸せそうに微笑むと、きつく抱きしめた。
「愛しているよ。エディ。このSomething Fourに誓って、絶対に
君を幸せにする!」
「オレも、ロイを幸せにする!!」
2人は、ふと笑い合うと、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
「リザさん!渡してきました。」
席についているリザを見つけると、ウィンリィは、横に腰を降ろした。
「ご苦労様。ウィンリィちゃん。」
にっこりと微笑むホークアイに、ウィンリィは、感心したように、溜息を
ついた。
「さっき、マスタングさんに会いましたけど、全然疲れていませんでしたね。
アルから聞いた話だと、ほとんど無傷で最短記録を樹立したって、
ことでしたけど・・・・・。」
ウィンリィの言葉に、ホークアイは溜息をついた。
「昔から、エドワードちゃんが絡むと、准将は人間離れした運動神経を
発揮するとは思っていたけど、あれほどとは・・・・・。」
ホークアイの言葉に、ウィンリィは苦笑する。
「こんな事を企画して、マスタングさんに怒られるかなぁと、ちょっと
身構えていたんですけど、その心配はなかったですね。」
「あら?私達のアイドルを攫っていくんですもの。これくらいの苦労は
するべきでしょう?それに、幸せは、自らの手で掴む事を
実践できたんですもの。感謝されて当然よ。」
というか、感謝していなかったら、今すぐ銃をぶっ放す!と、笑顔で
ホークアイに言われ、それもそうねと、ウィンリィも笑顔で返す。
その2人の仄々とした雰囲気で行われた、物騒な会話を後ろの席で
聞いてしまったハボックが、顔を引きつらせていた事は、誰も
気づかなかった。
こうして、みなの暖かい気持ちを身につけたエドは、その日
幸せな花嫁として、ロイと永遠の愛の誓いをしたのだった。
***********************************
やっと完結しました!!本当は、10話で終わらせるはずでしたが、「Something Four」を
書きたいが為に、ここまで話を引っ張りました。長々とお付き合いくださいまして、
本当にありがとうございました!「Something Borrow」を、イズミ夫婦にするか、
ヒューズ夫婦にするか、最後の最後まで悩みましたが、花嫁が身につけられるものを
貸せるという点で、ヒューズ夫婦に決定しました。このサムシング・フォーの他に、
6ペンスコインを左脚の靴の中に忍ばせると、2人は一生豊かに暮らせるという
のもありますが、鋼錬の世界に、6ペンスコインはないだろうということで、これは
お話には入れませんでした。実際、6ペンスコインは、製造中止みたいですしね。
感想などを送って下さると、とても嬉しいです。