LOVE'S PHILOSOPHY 【番外編】

            秘密の花園

 

 

               その村にロイ・マスタングがやってきたのは、
               ほんの偶然だった。視察を終えて、東方司令部に
               戻る途中、ふと何の気なしにブラリと途中下車したのは、
               【天の園】という意味を持つ、エリュシオンという駅だった。
               「今頃、ホークアイ中尉は、怒っているだろうな。」
               長閑な田舎の村を歩きながら、ロイはクスクスと笑い出す。
               お目付け役のホークアイを列車の中に置き去りにしてしまった
               自分の大胆な行動に、ロイは驚きを隠せない。一応、
               東方司令部の実質のトップでもあり、大佐の地位についている
               自分には、何人かの護衛が付いているのだが、それら振り切って、
               1人動き出した列車から飛び降りたのは、この村が、
               愛しい少年の故郷と酷似していたからかもしれない。
               「我ながら、女々しいな・・・・・。」
               もしかしたら、旅をしている彼に、偶然出会えるかもしれない。
               そんな考えが頭を過ぎり、ロイは苦笑しながら、そろそろ駅に戻るかと
               踵を返そうとした時、眼の端を、見慣れた赤いコートが過ぎたのに
               気づき、茫然と呟いた。
               「・・・・嘘だろ・・・。」
               あまりにも彼の事を考えていたため、幻覚でも見たのかと、
               頬を抓るが、ヒリヒリとした痛みに、これは現実だと確信し、ロイは
               慌てて愛しい金の子どもを追いかけた。




               「・・・・全く、こんなところで何をしているのだね?」
               村を一望できる小高い丘の上にある小さな教会。
               その近くに立っている大きな木の根元に、腰を降ろして、
               蹲るように泣いていたエドは、突然頭上から聞こえてきた声に、
               驚いて顔を上げた。
               「大佐・・・・・。どうして・・・・・。」
               泣いて目が真っ赤になっているエドに、ロイは一瞬痛ましそうな
               顔をしたが、直ぐにニヤリと人の悪い笑みを浮かべると、エドの横に
               腰を降ろした。
               「・・・・何でこんなとこに、アンタがいるんだよ・・・・。」
               エドはゴシゴシと眼を擦ると、何も言わずにじっと村を見下ろしている
               男を横目で睨みつけた。
               「・・・・・鋼の。人にはそれぞれ許容範囲というものがある。それを
               超えてしまうと、人間は何もかも放り出したくなるものなのだよ。」
               「・・・・要するに、サボリか?」
               呆れたようなエドの声に、ロイは不敵な笑みを浮かべる。
               「失礼な。次の仕事を円滑に行うためにも、身体に休息を与えている
               と言いたまえ。」
               「ふん!アンタの場合、休息の方が長いって噂だぜ?」
               ニヤリと笑うエドに、ロイは溜息をつく。
               「全く、誰が君にそんなことを吹き込んだのだろうね。」
               「んー?ほとんどの人間が口を揃えて言っているぜ?」
               エドの言葉に、ロイは面白くなさそうに肩を竦ませる。
               「なぁ、アンタは司令部に戻らなくていいのかよ。今頃、中尉が
               銃の手入れをしながら、待っているんじゃねーの?」
               一瞬、その光景を想像してしまい、ロイの背筋に冷や汗が流れ落ちる
               が、表面上は何でもない振りをしながら、ロイは横目でエドの様子を
               観察する。
               ”そろそろ限界か?”
               明らかに寝不足だと分かる顔色をしている。眼には隈が出来、三ヶ月前
               まではふっくらとしていた頬も、幾分やつれている。黄金の髪には艶が
               全くない上、ロイが焔を点した金の瞳が、濁っている現実に、ロイは
               唇を噛み締める。まだまだ親元にいるべき年齢なのに、弟と2人、
               あるかどうかも怪しい伝説の【賢者の石】を探す毎日に、そろそろ
               疲労が出てきたのだろう。精彩を欠いているエドに、ロイは溜息を
               つく。本当ならば、この腕の中に閉じ込めて、真綿に包む様に
               大切に愛しみたい存在。だが、そんな事を彼は望んでは
               いない。ならば、自分が出来る事は一つだけだ。
               「なんだ?溜息ばっかだな。そんなに中尉が怖いなら、サボらなきゃ
               いいのに・・・・・。」
               ロイの溜息を勘違いしたエドは、呆れた顔をする。
               「君は本当に無粋だね。休憩中は、頭を空っぽにして
               ぼんやりとするのが一番いいのだよ。」
               ロイの言葉に、エドは眉を顰める。
               「良く言うぜ。さっきから溜息ばかりついているくせに。」
               「まぁ、それは置いておいて・・・・。ところで鋼の、ここには、
               何か有力な情報でも?」
               途端、エドの顔色が変わる。
               だが、ロイはそんなエドの変化に気づかない振りをして、さらに言葉を
               繋げた。
               「弟君は、図書館かね?」
               「・・・・それは・・・その・・・・・。」
               良い澱むエドに、ロイはフッと口元を綻ばせると、そっとエドの頭を
               撫でる。
               「触るな!背が縮むだろ!?」
               「そう怒るな。鋼の。折角の可愛い顔が台無しだぞ?」
               「可愛いって言うな!!第一、男に可愛いなんて失礼だぞ!
               大佐!!」
               憤慨するエドに、ロイはハッハッハッと笑い出す。
               「もう!俺は行くからな!!」
               怒って立ち上がろうとするエドに、ロイはニヤニヤと笑いながら
               腕を掴むと、己の方に引き寄せる。
               「おい!離せよ!大佐!!」
               真っ赤な顔でジタバタ暴れるエドに、ロイはニヤリと笑うと、エドの
               足元に生えている草を摘む。
               「見なさい。鋼の。【四葉のクローバー】だぞ。」
               「へっ!本当だ!!」
               眼を輝かせて喜ぶエドに、ロイは穏やかな笑みを浮かべる。
               「・・・案外、幸せなんてものは、足元に転がっているものだね。」
               「は?」
               キョトンとなるエドに、ロイは苦笑する。
               「私が引き止めなければ、君は【四葉のクローバー】の存在すら
               気づかなかったのだよ?」
               「そ・・それがどうしたんだよ・・・・。」
               いきなり何を言い出すのかと、身構えるエドに、ロイは【四葉の
               クローバー】に口付けしながら、エドをチラリと見る。
               「がむしゃらに突っ走るだけが最善ではないという事だよ。
               鋼の。時として、立ち止まる事も必要だと言う事だ。」
               「俺達には・・・そんな暇は・・・・。」
               唇を噛み締めるエドを、ロイはじっと見つめながら言った。
               「鋼の。立ち止まる事は悪い事ではない。むしろ悪い事は、
               立ち止まったままでいることだよ。君は何の為に機械の手足を
               付けたのだね?立ち止まっても、また歩き出すためでは
               ないのかね?」
               その言葉に、エドはハッとロイを見る。
               ロイはニヤリと笑うと、胸のポケットから手帳を取り出すと、
               数枚破り、その中の一枚に何やら錬成陣を書くと、土の上に置く。
               そしてその上に紙とクローバーを乗せて、そっと手を置く。途端、
               練成の光が起こり、【四葉のクローバー】の栞が完成した。
               「これは、お守りだよ・・・・。」
               そう言って、ロイはエドの手に栞を乗せる。
               「・・・大佐って、焔以外にも練成出来たんだ・・・・・・。」
               マジマジと栞を眺めるエドに、ロイの顔が引き攣る。
               「君は私を何だと思っているのだね!?」
               「ん?仕事をサボってばかりの雨の日は無能男。そんでもって、
               人を慰めるのが上手い男・・・かな?」
               真っ赤な顔で照れるエドに、ロイは唖然とした顔を向ける。
               「・・・・・ありがとう。」
               小声で呟くエドに、ロイはふと顔を綻ばせると、クシャリとエドの
               髪を撫でた。
               






               
               君に渡した【四葉のクローバー】の本当の意味を
               言える日が来るのだろうか。
               14も年が離れていて。
               おまけに同性で。
               でも君を【想う気持ち】に嘘はなくて・・・・。
               君の願いが叶う時、この【想い】を告げよう。
               例え拒絶されても、この【想い】をなかったことにしたくない。




               だから
               今はまだこの【想い】を秘めていよう。




               カチャリ
               ロイの心の花園に、鍵が掛けられた音がした。






                                             FIN