守ってあげたい。
あなたを苦しめる全てのものから・・・・・・。
庭を一望出来るソファーに座りながら本を読んでいたロイは
ふと肩に掛かる重みが増した事に気づくと、顔を上げる。
「エディ?」
自分の肩に頭を預けて、じっと空ろな瞳を庭に
向けている最愛の妻に、ロイはそっと声を掛けるが、
その声が届かないのか、エドはロイの声に反応せず、
ひたすら庭を見続けていた。
そんなエドに、ロイは気分を害する事無く、優しく肩を
抱き寄せると、本を閉じて、じっと庭を見つめる。
カチコチカチコチ・・・・・・・
部屋には、時計の音だけがやけに大きく聞こえる。
この家がこんなに静かなのは珍しい。
本来ならば、二人の大切な宝である、フェリシアとレオンが
庭を駆け回って遊んでいる時間なのだが、二人の姿は、
今はこの家にはいない。
祖父母の家へ遊びに行っているのだ。
最愛の子供達を自分の両親、特に自分の母親であるソフィアに
渡したくないのは、ロイの偽らざる気持ちである。
しかし、この日ばかりは、子供達を泣く泣く両親に預けるのは、
今日が10月3日だから・・・・・。
この日だけは、エドワードは自分の殻に閉じ篭る。
最初にロイがエドワードの異変に気づいたのは、一緒に暮らし始めて
直ぐの頃だった。
急に元気の無くなったエドワードに、最初ロイは、馴れぬ子育てに
疲れての事と思っていた。実際、親の庇護を受けていなければならない、
まだ16歳になったばかりの子どもが、子どもを産み、育てるなど、
想像を絶する事だろう。それを思うと、エドワードに対して
罪悪感で一杯になるのだが、それよりも最愛のエドが自分の
子どもを産んでくれた事の喜びの方が勝っていた。だから、ロイは
出来る限り、エドの負担を減らそうと、なるべく家事や育児を
積極的に手伝ったのだが、それが自分の勘違いである事がわかり、
愕然とした。
フェリシアを寝かしつけて、キッチンで洗い物をしているであろう
エドの元へと急いだロイは、そこで信じられない光景を見て、
固まってしまった。
「エ・・・・エディ!?」
エドが、電気も点けずに、暗いキッチンの隅に座り込んで、
一人静かに涙を流し続けているのに、ロイは我を忘れてエドに
近づくと、その両肩を掴んで、激しく揺さぶる。
しかし、そうされても、心此処にあらずというように、空ろな眼で
ただ静かに涙を流し続けるエドの姿に、ロイはパニック状態に
なっていた。
「エディ!何があった!!」
何も映さない瞳に、ロイは足元が崩れ去る恐怖に、エドの
名前を叫びながら、ただきつく抱きしめるしか出来なかった。
「と・・・とりあえず病院に!!」
少し落ち着いてきたロイは、何かの病気かもという事に気づくくらいに、
漸く思考が働いてきた。
「エディ。とりあえず、病院へ行こう。」
何の反応も示さないエドを抱き上げると、ロイは安心させるように、
その額に口付けを落とす。そして、フェリシアをホークアイに
頼む為にも、壁に掛けられた時計を確認する。
「まだ八時か・・・・。この時間帯なら、まだ司令部・・・・・・。」
時計を見上げながら、素早くホークアイのスケジュールを
頭の中でチェックしていたロイは、時計の下に掛けられた、
カレンダーに気づいて、その眼を細める。
「10月3日・・・・・。そうか・・・・今日が・・・・・・。」
ロイは、唇を噛み締めると、エドを抱き上げたまま、ゆっくりとリビングへと
歩き出した。
「エディ・・・・・・。」
ゆっくりとソファーにエドを下ろすと、ロイは心配そうにその顔を覗き込む。
相変わらず、静かに涙を流し続けるエドに、ロイは切なそうに顔を
歪めると、そっとその華奢な身体を抱きしめる。
「気づいてやれなくて、すまない。エディ。」
今日、10月3日は、エドが自分の家を焼いた日だった。
まだ親の庇護を受けるべく12歳と11歳の子どもが、どんな思いで
己の生家を焼き払ったのか。
そして、その決心をつけさせたのが、他ならぬ自分である事に、
ロイはエドに掛ける言葉が見つからず、ただエドの身体を
抱きしめる。
いつも、肉体を失った弟に気兼ねしていたのだろう。
こんなに静かに涙を流すのが身に付いてしまった。
泣き声を挙げる事ができない心は、浄化できずにエドの心に
留まり続けて、こんなにもエドを雁字搦めに捕らえて離さない。
「エディ・・・・・・。」
ロイは堪らなくなって、エドの身体をきつく抱きしめる。
済まなかったという事は出来ない。
それでは、まるで後悔しているようではないか。
だが、愛していると囁いても、今のエドには届かないだろう。
ならばと、ロイは立ち上がると、エドの横に座り、自分の膝に
エドを乗せると、ただ強く抱きしめる。
君は一人じゃない。
私が側にいるから。
だから一人で泣く事はないんだ。
そんな想いを込めながら、ロイは一晩中エドを抱きしめるのだった。
翌朝、気分が浮上してきたエドが、真っ赤な顔でロイにお礼を言うのを
聞きながら、ロイは一つの決心をした。
側にいること。
その翌年から、ロイは必ずその日に有休を取り、一日中、エドの
側を離れなかった。ただ、エドが一人で泣かないように、側で
寄り添うようになったのだ。
”だが、今年は特に酷いな・・・・。”
ロイは、エドの肩に回した手で、優しくエドの髪を梳きながら、チラリと
エドの横顔を盗み見る。
ここ数年、10月3日でも、徐々に心を開いていたエドだったが、今年は
最初の頃に戻ったかのように、一週間前くらいから、情緒が不安定に
なっていた。あまりの危うさに、ロイは渋々子供達をソフィアに預けた
くらいだ。
”何が君をここまで縛り付ける?”
ロイがやるせなさに、エドの肩を引き寄せたとき、ポツリとエドが
呟いた。
「フェリシアは、12歳。レオンは11歳になったんだな・・・・・。」
寂しそうに呟くエドの言葉に、ロイは金槌で頭を殴られた
ショックを受ける。
そうだ。子供達が、あの頃のエドの年齢に達したのだ。
その事に思い至って、固まるロイに、エドは悲しそうな顔で
ロイを見上げる。
「ロイ・・・・俺、あの子達に、言おうと思う。」
己の罪を。
そのせいで、ずっと10月3日に、心を閉ざして、子供達に
寂しい想いをさせてしまったこと。
「あの子達に嫌われるかもしれないけど・・・でも、俺、
このままロイに・・・・みんなに甘えたままでいたくない。」
エドは、一瞬眼を閉じると、ゆっくりと眼を開ける。
「エディ・・・・。」
そこには、国家錬金術師になると決めた時と同じに、
焔が点いた眼をしたエドがいた。
そんなエドに、軽い既視感を覚えながら、ロイは
優しく微笑む。
「大丈夫。子供達は君を嫌ったりしない。」
諭すように、ロイはエドに囁く。
「それに、こんな事で壊れるような絆ではないだろ?エディ。」
ロイは、エドの右手を掴むと、そっと手の甲に口付ける。
「君の罪よりも私の方が何倍、いや、何千倍も罪深い。」
命令という名の下に、多くの人間の命を奪った。
そして、幼いエドを過酷な運命へと歩ませた。
どれを取っても、救いようがない罪人なのは、自分の方だ。
だが、そんな罪人を、君は許してくれた。
それだけではない。
心の傷を癒してくれた。
「君に救われた私だから言うよ。エディ。」
ロイは、そっとエドの頬に手を添えると、真摯な眼で見つめる。
「もう、自分を許しても良いのではないのかね?」
「・・・・ロイ・・・・・。」
ポロポロと涙を流すエドに、ロイは優しく舌で涙を掬う。
「大きな声を上げて泣いても良いんだよ。エディ。」
「うっ・・・・くっ・・・ロ・・・ロイ〜!!」
エドは嗚咽を洩らすと、ロイに抱きつく。
「本当は・・・つら・・・ウッ・・・辛くて・・・ずっと・・・押しつぶさて
・・・ウック・・・・しまいそうで・・・・。」
ロイは、優しくエドの髪を撫で続ける。
「ずっと・・・・恐かった!!
うわああああああああああああああああああああ。」
「エディ。良く我慢したね。偉いよ。」
優しいロイの言葉に、エドは更に大きな声で泣く。
家を焼いてから、漸くエドが声を上げて泣けた瞬間だった。
「エディ。眠ってしまったのかい?」
ヒックヒックとヒャックリをあげていたエドは、泣き疲れたのか、
今は穏やかにロイの腕の中で眠ってしまっていた。
「漸く君を解放できたみたいだ。」
これで、もう10月3日に捉われる事はないだろう。
明日、帰ってきた子供達の顔を真っ直ぐに見れるはずだ。
「愛している。君をずっと守るよ。」
ロイは、エドの額に口付けると、宝物を守るように抱き直し、
そっと眼を閉じる。腕の中の大切な宝をこれ以上傷つけない
ように、守ると誓いながら。
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ロイ・マスタングの野望以外のLOVE'S PHILOSOPHYシリーズ番外編です。
10月3日に間に合わなかった・・・・・。
LOVEシリーズのロイなのに、何故かヘタレではありません。
書いていて、誰これ?を連発。別人になってしまいました。
ロイの壊れた姿が見たい方は、かなり物足りないと思いますけど。【笑】
まぁ・・・・たまには・・・ね?