「ああ。そろそろかなぁ・・・・。」
ふと時計を見ながら呟くアルに、エドはフェリシアにミルクを
飲ませながら、首を傾げる。
「何がだ?アル。」
アルは深い溜息をつくと、読んでいた本をパタンと閉じた。
「んー?そろそろ嵐が来るんじゃないかなぁと・・・・。」
「嵐?」
訳が分からずにエドが聞き返したのと、玄関が荒々しく
叩かれたのは、同時だった。
「・・・・・来たみたいだね。」
アルは溜息をつくと、ヨッと掛け声を上げながらソファーから
立ち上がると、玄関へと向かう。
「ロイ義兄さん。あんまり叩くと扉が壊れるので・・・・・。」
「エディ!!フェリシア!!何処だっ!!!」
アルが玄関を開けると、案の定、肩で息を整え血走った眼をした
ロイが、アルに挨拶もそこそこ家の中へ入り、最愛の妻と娘の姿を
探す。
「あの〜。あんまり騒ぐとフェリシアが泣き出しますよ。」
控えめなアルの主張を無視すると、ロイはズカズカとリビングへと
足を向ける。
「エディ!!フェリシア!!」
「ロイ!?」
いきなり現れた夫に、エドは驚いて眼をパチクリさせている。
「ああ!エディ!!会いたかったよ!!フェリシアは元気か?」
ロイはソファーに座ってフェリシアにミルクを飲ませているエドに
気づくと、駆け寄って2人を抱きしめる。
「ちょっ!!苦しいよ。ロイ!!」
「ああ、すまない。大丈夫か?」
抗議するエドに、ロイは慌てて少しだけ腕の力を緩めるが、
それでもエドを離す気はさらさらなく、エドに頬擦りをする。
「君がいきなり私から離れるから、心配したよ。」
ストライキ中に、アルからエドとフェリシアがリゼンブールに向かったと
聞いたロイは、あの後、3時間で仕事を全部済ませ、准将の権限を
フルに活用して、ここリゼンブールまでの超最速の直行列車を
走らせたのだった。勿論、妻子を連れ戻すつもりで。
「さぁ、列車を待たせている。急いで家に帰ろう。」
蕩けるような笑みを浮かべると、ロイはフェリシア毎エドワードを
抱き上げる。
「ちょっ!ロ・・ロイ!?」
いきなり現れて家に帰ろうと言うロイに、エドの頭は状況が掴めず、
パニックに陥る。
「では、アルフォンス君。私達はこれで失礼するよ。ああ、荷物は
悪いが後で送ってくれ。」
そう言って、嬉々として帰ろうとするロイの後頭部を、何かが直撃した。
「誰だ!!」
流石に身重の妻と子どもを落とすような失態だけはしなかったが、
エドを静かにソファーに下ろすと、痛む後頭部を抑えながら、後ろを
振り返った。足元を見ると、どうやら後ろから飛んできたお玉が直撃
したらしく、少し変形したお玉が、床に転がっていた。
「ホホホ・・・・。注意力散漫ね。ロイ。」
不敵な笑みを浮かべている豊かな黒髪を一つにゆるく束ねた中年女性が、
左手に鍋の蓋を持ちながら、仁王立ちで立っていた。
その女性を一目見るなり、ロイの顔から表情が消える。
「・・・・・なんで、あなたがここにいるのですか?」
忌々しそうに呟くロイに、女性は勝つ誇った笑みを浮かべた。
「それは、勿論、私のエドワードちゃんが心配だからに
決まっているでしょう?」
さりげなく付けられた所有格に、ロイは眉をピクリと上げる。
「・・・・・・どうやら、お互いに話し合わなければならないようですね。」
「私には、話などはないわよ。さぁ、エドワードちゃんにアルフォンス君、
こんな馬鹿など放っておいて、夕飯を頂きましょうね〜。」
女性は、蕩けるような惜しみない微笑みを、エドとアルに向けるが、
その前をロイが立ちはだかる。
「お退きなさい。ロイ!!」
「いいえ!あなたがここにいると知った今、エディとフェリシアは一刻も
早く連れて帰ります!!」
両者一歩も譲らず、お互いを睨みつけている姿に、アルはこっそりと
溜息を洩らす。
「あ〜あ、始まっちゃったよ。姉さん争奪戦が・・・・・。」
アルは、ふと脳裏に数ヶ月前に起こった悪夢が蘇り、一人身震いした。
そう、あれは忘れもしない今を遡ること数ヶ月前・・・・・。
「さぁ、着いたぞ!エディ。フェリシア。」
嬉々として新居の前に車を止めると、ロイは後部座席に
座っているエドに声をかける。
「すご・・・・・。」
フェリシアを抱いたまま、エドは車から降りると、あんぐりと
眼を見開いた。
「本当に・・・・ここなの・・・・?」
全面リフォームが済んで、以前よりも豪華に生まれ変わった
新居を見上げながら、エドは戸惑ったようにロイを見た。
「ああ。君とフェリシアに相応しい家だろ?」
アルと一緒に荷物を下ろしていたロイは、困惑気味なエドに
気づくと、優しく抱きしめた。
「でも・・・こんなに豪華だなんて・・・・。」
すっかり萎縮するエドに、ロイは苦笑する。
「大丈夫だよ。直ぐに慣れる。いや、慣れてもらわなくてはな。
未来の大総統夫人。」
途端、真っ赤な顔になるエドに、ロイは愛しそうに口付けようと
した瞬間、鋭い声が飛ぶ。
「遅いわ!ロイ!!」
突然の事に、三人は声のした方へ顔を向けると、黒髪の
中年女性が、怒りも露に玄関の前で立っていた。
全身から溢れる怒りのオーラに、エドは怯えたように一歩
後ろに下がりロイの背中に隠れる。
「な・・・なんであなたが・・・・・。」
驚くロイが一歩前に出ると、女性は不敵な笑みを浮かべながら、
ふとロイの後ろに立っているエドに気づき、まるで値踏みするような
眼で頭からつま先まで、無遠慮に眺める。その視線にエドは
ますます怯えたようにギュッとフェリシアを抱きしめたまま、一歩
後ろに下がる。
「エディが怯えるから、止めてくれ。」
ロイは自分の背に隠れるように女性とエドの前に立つと、不機嫌も
露な眼を女性に向けた。
「・・・・・・母親に向かって、いい度胸じゃないの。ロイ。」
チラリと横目で見ながら、爆弾発言をする女性に、エドとアルが
驚きの声を上げる。
「「ロイ(准将)のお母さん!?」」
ロイの母親は、クルリと背を向けると、ロイに顎で鍵を開けるように
促す。
「全く、何時間待たせれば気が済むの?すっかりと待ちくたびれたわ。」
「・・・・・・そういうのは、連絡を一度でも、してから言ってください。」
ロイに鍵を開けてもらうと、母親は、地面に置きっ放しにしていた
ボストンバックを持つと、さっさと中へと入っていった。
「・・・・相変わらずだな。あの人は・・・・・。」
苦笑するロイに、エドは不安そうに声をかける。
「ロ・・・ロイ・・・・・。」
その声に気づいたロイは、優しく微笑むと、エドに安心させるように
頬に口付ける。
「大丈夫だ。何も心配する事はないんだよ。エディ・・・・。」
優しく抱きしめられても、エドの不安は消えなかった。
数分後、リビングでは、お茶会が開かれていた。
優雅な仕草で紅茶を飲むロイの母親の前には、
テーブルを挟んでロイとフェリシアを抱いたエドが座り、
アルフォンスは、そんな3人から離れた場所で
事の成り行きを見守るように、暖炉の前に腰を降ろしていた。
「・・・・ロイ。あなた、確か婚約者を一度連れて帰ると
言ったわね・・・・。」
不機嫌を隠そうともしないロイの母親の言葉に、エドはピクリと
身体を揺らす。そんなエドの肩を抱き寄せると、ロイは
神妙な顔を母親に向ける。
「確かに言いました。ですが・・・・・。」
「言い訳は結構。」
ピシャリとロイの言葉を遮ると、母親はティーカップをソーサーに
戻す。
「待てど暮らせど婚約者を連れてこないと思ったら、いきなり
入籍して子どもが生まれたと手紙を貰って、私がどんなに驚いたか、
あなたには分からなかったようね。」
ギロリとロイを睨みつける母親に、エドは泣きそうな顔で
叫んだ。
「待って!ロイは・・・ロイは悪くない!!」
「エディ・・・・。」
いきなり叫んだエドに、ロイと母親は驚いてエドを見た。エドは、
フェリシアをギュッと抱きしめながら、ロイの母親に向かって
訴えた。
「全部俺が・・・俺が弱いからいけなかったんだ・・・・。ロイを
信じられなくて、俺が逃げ出したから・・・・・。」
ポロポロと涙を流しながら、エドは母親を真っ直ぐに見つめた。
「お母さんに挨拶もなく入籍して・・・・そして勝手に子どもを産んで、
お母さんが怒るの無理ないと思う。でも・・・でも、俺、ロイが
好きなんです!!どうしても。ロイとの子どもを産みたかったんです!
だから・・・・・。」
「・・・・エドワードちゃんは悪くないわよ。」
母親は、それまでの怒りの形相が嘘のように、優しくエドワードに
微笑みかけると、次の瞬間、眼で人が殺せるのではと思うくらいに
鋭い瞳で息子を睨みつけた。
「私が怒っているのは、エドワードちゃんではなくて、この馬鹿息子の
方なのよ!!よくもこんなに可愛いエドワードちゃんを泣かせるような
マネをしたわねぇええええええええ!!」
「えっ!?」
母親はそう叫ぶと、いきなりスクッと立ち上がると、ズカズカとテーブルを
回り、ロイとエドの間に割り込むように腰を降ろすと、唖然としている
エドの手を握りながら、優しく微笑む。
「ああ。ホークアイ大尉から話を聞いていたけど、エドワードちゃんは
なんて可愛らしいのかしら・・・・。この子が私の娘なのね・・・・。」
うっとりとした顔でエドに微笑みかけている母親の姿を見て、アルは
ああ、やっぱりロイ義兄さんと親子なんだなぁと、妙に感心していた。
「母さん!!私のエディから離れてくれませんかっ!!」
例え血が繋がっていようとも、最愛のエドを取られて面白くない
ロイは、椅子から立ち上がると、母親に向かって抗議の声を上げる。
だが、母親はそんな息子を無視すると、可愛い嫁にメロメロ状態で
話しかけていた。
「そして、この子が私の孫なのね・・・・。エドワードちゃんに似て、
なんて可愛い子なのかしら。名前はなんと言うの?」
「え・・・えっと・・・・。フェリシアです・・・・。」
戸惑うエドに、母親はフェリシアに優しく微笑みかける。
「フェリシアちゃ〜ん。お祖母ちゃんですよ〜。」
母親は、優しく孫の手を握る。
「母さん!!」
「うるさいわね!!あなたは黙っていなさい!!私は、可愛い可愛い
可愛い嫁と孫に会いに来たのです!!あなたにとやかく言われる
筋合いはありません!!」
きっぱりと言い切ると、再び孫と嫁に現を抜かす母親に、息子は
静かに闘志を燃やす。
「負けませんよ。母さん・・・・。」
「ふふふ・・・・。返り討ちよ。」
こうして、エドワードとフェリシアを巡って、親子対決の幕は
斬って落とされたのであった。
最近になって、アルを恐怖のどん底に陥れたマスタング親子の
エドワード&フェリシア争奪戦が漸く落ち着きを見せたと
思ったら、再び勃発しようとしている現実に、アルは内心
親子喧嘩は他でやってほしいと切実に願っていた。
「なぁ、アル。ロイとお義母さん、どうしちゃったんだ?」
天然鈍感娘のエドは、フェリシアを抱いたまま、きょとんとした顔で
夫と夫の母親を交互に見ていた。そんなエドの血を引いたのか、
エドの腕の中のフェリシアも、険悪な空気に臆することなく、スヤスヤと
気持ち良さそうに眠っており、大物振りを発揮していた。
「姉さん・・・・・。」
がっくりと肩を落とす弟を、エドはニコニコしながら暢気に言った。
「今日の夕飯なんだろうな〜。お義母さんの料理、とっても美味しい
よな〜。」
うっとりとした顔で夕飯に想いを馳せているエドに、アルは言い知れぬ
脱力感を覚えてその場に座り込んだ。
そんなほんわかムードのエドの側では、壮絶なる親子喧嘩が
始まっていた。
「だいたい、なんで母さんがこの家にいるんですかっ!!人の迷惑を
考えてください!」
「何を言っているの?うちの大事大事な大事な可愛い嫁が
妊娠中なのよ!!姑として世話をするのは当然のこと!フェリシアの
時は、出来なかったけど、今度こそは私が付きっ切りで世話を・・・・。」
その言葉に、ロイは全てを察した。
「まさか、エディをリゼンブールへ来させたのは、エディとフェリシアを
独り占めするための母さんの策略では・・・。」
「策略とは人聞きの悪い。私はただエドワードちゃんの精神的な不安を
取り除く為にも、気心の知れた人たちに囲まれて出産した方が良いと、
そう言っただけよ。」
勝ち誇った笑みを浮かべる母親に、ロイのこめかみがピクピク動く。
「エディの精神的な不安は、この私が取り除きます!」
「出来るわけないでしょ!この馬鹿息子!」
「なっ!!馬鹿と言う方が馬鹿なんです!!」
だんだんと子どもの喧嘩レベルにまで、落ちていく2人の言い争いに、
アルは、無事に子どもが生まれる前に、自分が心労で倒れるかもと、
達観した笑みを浮かべる15歳のアルフォンスだった。
だが、そんなアルの心配は杞憂に終わった。次の日の早朝、
銃を片手にエルリック家に乱入したホークアイ大尉の銃声によって、
親子喧嘩に一応の終止符が打たれたからである。
「ほら、行きますよ。准将!!」
ホークアイに銃で脅されながらも、ロイは最後の抵抗とばかりに、
最愛の妻と娘の名前を声の限りに叫ぶ。
「エディ〜!!フェリシア〜!!」
だがそんなロイに、エドはフェリシアを抱っこしたまま、にこやかに
ロイに手を振る。
「いってらっしゃ〜い!ロイ〜!!」
「しっかりと仕事をしなさいよ〜。ロイ〜。」
エドの横では、満足気に微笑む母親の姿があった。
「はぁ〜。ロイ義兄さんも大変だなぁ・・・・。」
未練がましく何度も振り返りながら駅へと向かうロイを、アルフォンスは
同情気味に見つめた。
「絶対に大総統になって、夫婦が離れて暮らしてはならないという
法律を作ってやる!!待っていろ!エディ!!」
中央へ向かう列車の中、ロイの絶叫が響き渡った。
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ロイ・マスタングの野望第二弾。またしても、大総統になる理由が増えました。
今回はオリキャラのロイの母親が登場。(ちなみに名前はソフィアさんです。)
ソフィアさんとホークアイが裏でタッグを組んで、ロイを苛めているという裏設定も
あったりします。