LOVE'S PHILOSOPHY 【お子様編】

     ロイ・マスタングの野望
                 〜 七夕編 〜

 

 

         「パ〜パ〜。」
         可愛い声がする方を見ると、予想通り、そこには、愛娘フェリシアが、
         小さな手をパタパタと振りながら、ロイに笑いかけている。
         「ロイ!」
         その後ろには、生まれたばかりの息子、レオンを抱いている、
         最愛の妻であるエドワードも、ニコニコと笑ってこちらに手を振っている。
         「フェリシア?エディ?」
         何故自分の側に最愛の家族がいないのか、不思議に思いつつも、
         ロイは家族の元に行こうと一歩足を踏み出そうとするが、
         いつの間にか、家族と自分の間には、大きな川が流れており、
         向こうへ行く事も出来ない。慌てて辺りを見回して橋を捜すが、全く
         見つからず、ロイは顔面蒼白になりながら、エド達に向かって叫ぶ。
         「エディ!フェリシア!レオン!!」
         雨が降っている訳でもないのに、徐々に水嵩が増してきている事に
         気づいたロイは、慌ててエド達のいる川岸へ向かおうと、躊躇せずに
         川の中へと入る。既に水位がロイの腰の辺りまで来ているが、流れが
         緩やかである為、渡れない事もないと判断したからだ。
         「待っていろ!今行く!!」
         だが、次の瞬間、ロイは襟首を掴まれ、川の中から出される。
         「マスタング少将!!ご無事ですかな!!」
         その声に、恐る恐るロイが後ろを振り返ると、キラキラと輝く肉体を、
         これでもかと晒す、アームストロング中佐が、良い事をして気持ちが良い!と
         ばかりに、微笑んでいた。
         「ア・・・アームストロング中佐・・・・。」
         顔を引き攣らせるロイだったが、直ぐに家族の事を思い出し、アームストロングを
         厳しい目で見る。
         「アームストロング中佐!上官命令だ!早く離せ!!エディが!子供達が!!」
         叫ぶロイに、今度は冷たい感触が額に突きつけられる。
         「マスタング少将・・・・・。水に濡れても無能ですのに・・・。
         一体、どちらへ?」
         フフフ・・・・と氷の笑みを浮かべるホークアイの姿を認めた瞬間、ロイは
         青褪める。しかし、ここで引き下がっては、家族の元に行けないと、ロイは
         頑張ってホークアイの底冷えする視線を真っ向から受け止める。
         「ホークアイ少佐。エディと子供達が向こう岸に!!早く行かなければ
         ならないんだ!!」
         ロイの言葉に、ホークアイの瞳がスッと細められる。
         「エドちゃんとお子様達なら、心配御無用です。ソフィア様が側に
         いらっしゃいます。」
         「何!!母さんがっ!!」
         天敵である自分の母親の名前が出て、ロイは厳しい顔を岸の向こうに
         向ける。
         「お〜ほっほっほっほっ〜。エドワードちゃん達は、私が頂いたわ!!」
         フェリシアを抱き上げ、エドの横に、まるで悪の女王のごとき、勝ち誇った
         笑みを浮かべている母の姿を見た瞬間、ロイは絶叫した!!
         「エディと子供達は私だけのものだ!!例え母さんでも許さ・・・・・・・。」
         「いい加減にして下さい!」
         皆まで言わさず、ホークアイの強烈な一撃が、ロイの後頭部を襲う。
         その衝撃で地面に顔から突っ込もうとも、ロイは薄れ行く意識の中、
         賢明に妻子に向かって手を伸ばす。
         「エ・・・エディ・・・・。フェリシア・・・・・レオ・・ン・・・・・。」
         そんなロイを無情にも、ホークアイがアームストロングに命じて、
         足首を掴み、そのままずるずると引き摺りだす。
         「全く!幸せボケして仕事を溜めるから、こういう事になるんです!!
         大総統のお怒りも凄まじく、今後一年に一度だけしか、エドちゃんと
         お子様達に逢わせないとのご命令です。」
         「なんだと!!」
         ロイはガバッと顔を上げると、近くにある岩にしがみ付く。
         「どういうことかね!それは!!」
         足をアームストロングに取られている為、ロイは必死に岩に
         しがみつきながら、ホークアイに詰め寄る。
         対するホークアイは、どこまでも醒めた目でロイを見つめていた。
         「これが大総統直々の命令書です。読みましょうか?」
         パラリとロイの目の前に突きつけている命令書には、先程
         ホークアイが語った通りの言葉が、殊更回りくどい口調で書かれていた。
         ロイの仕事振りが、かねてより、軍部内で批難されている事。
         その都度、大総統である自分が庇っていたが、それでも庇いきれない
         ほど、軍部内の不満が高まり、終には、これがクーデターの火種に
         なりかねないと言うのが上層部の一致した意見である事。
         そして、それを解消するには、マスタング少将に、それ相応の罰を
         与えなければならない事などが書かれており、上層部と兵士達の
         話し合いにより、マスタング少将には、今後一年に一度だけ妻子に
         逢わせるという事で合意したという事がタイプされた文字で記されていた。
         その後に、ロイの神経を逆なでするかのように、大総統の直筆で
         今が一番可愛い盛りの子供達とあんなに若く美しい愛妻と離れ離れに
         ならなければならないマスタング少将に、心から同情をする。妻子の事は
         私に任せておきたまえ!ハッハッハッと自画像入りで書かれているところを
         見た瞬間、ロイは発火布で燃やそうと思ったが、ここで手を離せば、
         確実に、岩に頭をぶつけ、尚且つ、自分は職場という名の牢獄へと
         連れて行かれるのは、確実だった。
         「横暴だ!!断固抗議するぞ!!」
         岩にしがみ付いて叫んでも、ちっとも恐くはない。いや、それよりも、
         静かな怒りに満ち満ちている、ホークアイの方が恐ろしいオーラを
         漂わせている。
         「・・・・・少将が、そんな我侭が言える立場にいるとお思いですか?」
         にーっこり。まるで慈愛に満ちた瞳に一見見えるが、実は全てを
         凍りつかせる程の冷気を伴った微笑みに、ロイは、半分固まったが、
         家庭を持つ父親は強い!お父さんはみんなの為に頑張るからな!!と
         気合も新たに、ロイは勇気を振り絞って、ホークアイに挑もうとするが、
         何処からともなく現れた複数の手が、ロイの手を岩から引き離そうと、
         ワラワラと纏わり付く。
         「マスタング少将〜。」
         「仕事しましょ〜よ〜。」
         「ほら〜一年なんてあっと言う間ですよ〜。多分〜。」
         「ほぉら〜、こ〜んなに書類が堪って〜。」
         まるで幽霊のように生気のない顔をして、ロイに纏わり付くのは、
         腹心の部下、ファルマン、ブレタ、フュリー、ハボックだった。
         「こら!お前たち!離さないか!!」
         岩から離され、両手をがっちりと拘束されたロイは暴れるが、
         そんなロイに、ホークアイがニヤリと笑いながら見下ろす。
         「マスタング少将、ご安心を。少将がおられない今、及ばずながら
         私とソフィア様とで、エドワードちゃんとお子様達を、幸せにしますから!!」
         「なっ!!待ちたまえ!ホークアイ少佐〜!!」
         ギョッとして顔だけ上げたロイの見たものは、フェリシアを上機嫌に抱き上げている
         己の母と、レオンを抱いたエドの肩に手を置いているホークアイだった。
         「エディ〜。フェリシア〜。レオ〜ン!!」
         ロイの絶叫が空しく響き渡った。





         「エディ!フェリシア!レオン!!」
         ゴンという音と共に、我に返ったロイは、自分が執務室の机に、頭を
         ぶつけている事に気づいて、恐る恐る顔を上げる。
         「夢・・・・?」
         周りを見ると、相変わらず書類の山もウンザリな、自分の机であることに
         気づき、先程の光景が全て夢であることが分かったロイは、安堵のため息を
         つく。
         「何で・・・あんな恐ろしい夢を・・・・。」
         今、思い出しただけで、三日三晩、いや、1ヶ月は確実に魘されると思われる
         光景が夢であることに、ロイは心から感謝した。どうやら、昨日フェリシアに
         七夕の絵本を読んで聞かせたから、こんな夢を見たのかもしれない。
         「良かった。」
         そう言えば、今日は七夕祭りで、この後、家族と待ち合わせをしているのだと
         ロイは気づいた。時計を見ると、定時まであと1時間を切っている。ざっと
         積まれた書類の量を確認すると、カタンと椅子から立ち上がる。
         「逃げよう。」
         幸いホークアイの姿はない。このままでは、定時に仕事が終わらないし、
         何よりも、ホークアイの怒りの銃弾をぶち込まれ、確実に家族との時間を
         潰されてしまう。結婚して以来、派手な女性問題が無くなり、落ち着いてきた
         という評価を周りから一応得ているロイだったが、仕事をサボる事に関しては
         以前と全く変わらない。例え、結婚しようが、二児の父親になろうとも、
         これだけは譲れないとばかりに、仕事をサボっては、家族と共にいようと
         する。それが、ロイ・マスタングのロイ・マスタングの所以であろう。
         もっとも、サボる場所が家族が側にいる場所限定である為、以前のように
         街中を銃を片手に探し回る事がなくなったので、その分楽にはなった。
         しかし!場所が特定出来た事に反比例するかのように、抜け出す回数が
         大幅にUPしたのだ。これには、流石のホークアイも切れた。
         「いい加減にして下さい!私はあなたのベビーシッターではないんです!!」
         既に30を超えた男を捕まえて、赤ん坊扱い。ホークアイの怒りの度合いが
         知れようというものだ。しかし、そんなホークアイの怒りも軽く受け流し、
         ロイは現在逃亡を企てる。抜き足差し足忍び足。ロイは慎重な足取りで
         ゆっくりと扉に近づくと、そっとドアノブに手を伸ばす。
         「ロイ・マスタング少将?どちらに?」
         人間、悪い事は出来ない。今まさに部屋から出ようとしていたロイの
         背後に、隣の続き部屋から入ってきたホークアイが、静かな怒りを内に秘め
         つつ立っていた。勿論、ホークアイの後ろでは、荷物持ちのハボックが
         追加の書類を抱えて、呆れた顔をしている。
         全く・・・この人に学習能力っていうのは、あるのか?
         ハボックの心の声を正確に読み取ったロイは、ムッとしてハボックを
         睨み付けるが、ホークアイが二人の間に立った事で、次の瞬間には、
         顔面蒼白になって、視線を泳がせる。
         「少将、必ず仕事を終わらせると、エドちゃんと約束なされていましたよね?」
         破るおつもりですか?
         ニッコリと微笑むホークアイに、ロイは懇願する。
         「頼む!今日だけは見逃してくれ!待ち合わせに間に合わないんだ!!」
         「そんな無駄口を叩く暇があったら、一枚でも多く書類にサインして下さい。
         そうすれば、エドワードちゃん達に逢える時間が少しでも速まりますが?」
         ホークアイの言葉に、ロイはこの世の終わりのような顔をする。
         「ホークアイ少佐、今日は特別な日なのだよ!!なんと言っても今日は
         エディとフェリシアが・・・・・。」
         「・・・・初めて浴衣を着る日・・・・・ですか?」
         呆れた顔をするホークアイに、ロイは我が意を得たりとばかりに、ブンブン
         首を縦に振り続ける。
         「今日は、エディとフェリシアが、初めて浴衣を着て見せてくれる日なのだぞ!
         話によると、2人は御揃いの浴衣を着るというではないか!これを写真に
         取らずして、一体どうしようと言うのだね!?」
         だから今は仕事どころではない!と断言するロイに、ホークアイの笑みは
         深まる。
         「少将・・・・。ご安心下さい。写真なら、先程、ソフィア様が山のように
         取られておりました。」
         「母さん・・・?まさか!来ているのか!!」
         驚愕するロイに、ホークアイは何を今更とばかりに肩を竦ませる。
         「ソフィア様と私とで、この間、エドちゃんとフェリシアちゃんの浴衣を
         買いに行ったのです。ちなみに、ソフィア様と私は、エドちゃんと
         フェリシアちゃんの浴衣と色違いです。」
         ふふーんとばかりに笑うホークアイに、ロイはショックのあまり固まる。
         それに追い討ちをかけるように、ハボックがニヤニヤ笑いながら
         爆弾発言をする。
         「エドとお姫さん、すごく似合っていましたよ。」
         その言葉に、ロイは素早く反応する。
         「何!私ですら当日のお楽しみ(はぁと)と言われて、まだ見ていないと
         いうのに、貴様は、もう見たと言うのか!!」
         激昂するロイに、ホークアイは冷やかな目を向ける。
         「ハボック大尉だけではありません。司令部の殆どの人間が目にしています。
         先程、大総統がエドちゃん達と、嬉しそうに記念写真を撮っていましたが。」
         「だ・・・大総統までも!!こうしてはいられん!!」
         ロイは慌てて執務室から飛び出そうとするが、それよりも前に、ホークアイの
         拳銃から火が吹く。
         「どちらへ?」
         顔のスレスレに弾丸が飛んできた恐怖に固まるロイに、ホークアイは
         ニッコリと微笑む。
         「いや・・・だから・・・・・エディ達に・・・・。」
         「仕事を終わらせるのが先です。」
         キッパリと言うホークアイに、ロイはまるで捨てられた子犬のような目を向ける。
         だが、ホークアイは情に絆される事無く、死刑宣告にも似た最後通告を
         ロイに向かって言い放つ。
         「少将、ここで仕事を素直に終わらせて、エドちゃん達と心行くまで祭りを
         堪能するのを選ぶか、二度とご家族に会えない事を選ぶか。お好きな方を
         お選び下さい。」
         ゆっくりと銃をロイの心臓に照準を合わせながら、ホークアイは壮絶な笑みを
         浮かべる。
         「今!今すぐに!!」
         ロイは、顔面蒼白になりながら、机に戻ると、まるで千手観音を背負っている
         のかと思われるくらいに、猛スピードで書類を処理していく。
         こうして、晴天にも関わらず、書類という名の巨大な川に行く手を阻まれた
         ロイは、危うく、一年に一度どころか、永遠に家族に会えないという史上最悪の
         事態になるところを回避して、無事家族の元にたどり着いたのは、定時を
         僅か15分過ぎた頃だった。屍同然の身体で辿りついた先に見た、エドと
         フェリシアの凶悪なまでに可愛らしい浴衣姿に、一気に復活したロイは、
         ずっと家族を腕の中から放さず、嫉妬に狂ったソフィアとホークアイの
         両方から嫌がらせを受けるのは、また別のお話。
         「・・・・大総統になった暁には、イベントの日は、仕事を休みにするぞ!!
         それから、エディ達の浴衣姿を、勝手に写真に撮らせないようにしなければ!」
         後日、『大総統になったら絶対に行う事』を書いた手帳に、ロイはぶつぶつ
         呟きながら書き足した。
         ロイ・マスタングの野望はまだまだ続く。