「・・・仕事が滞っておりますが。何をしてらっしゃるんですか?
准将。」
ソファーで寝ているロイの姿に、ホークアイの怒りの
拳銃が向けられる。
「フフフ。これは作戦なのだよ。」
対するロイは、不敵な笑みを浮かべている。
「作戦ですか?」
一体、こいつは何をする気なんだ?と、胡散臭そうな目で
ホークアイに見られているとも知らず、ロイは拳を握って、
力説する。
「フフフ。その通りだ。まぁ、見ていろ。私が有能だと言う事を
証明して見せよう!!」
ハハハハ・・・と、高笑いするロイに、ホークアイは深い溜息を
つくと、さっさと執務室を後にした。
「私が次に来るまでに、書類を終わらせて下さい。そうしないと、
折角の祭りに、1人仕事に追われる事になりますよ。」
執務室を去る際に、しっかりと釘を刺すことを忘れない。
ロイは慌てて時間を確認すると、執務机に鎮座している
書類の山と格闘すべく、慌ててソファーから身体を起こした。
「ロイ〜。お昼持って来たよ?」
ロイの最愛の妻である、エドワードが、
チョコンと可愛らしく扉から顔だけ出して、
執務室で仕事をしているロイに、声をかける。
いつもなら、エドが扉を開ける前に、
エドセンサーを働かせたロイによって、扉は
開かれ、すぐに熱い抱擁を受けるのだが、
今回に限って、シーンと静まり返っている
不気味な執務室を前に、エドは恐る恐る
顔だけを覗かせたのだ。
「ロ・・・・イ・・・・・?」
あまりにも静かな様子に、エドはそっと執務室の
中へと入っていく。
「ロイ・・・・?いないのか・・・・?」
巨大な書類の山を崩さないように、慎重に進みながら、
エドがふとソファーに視線を向けると、なんと、
ソファーに凭れかかる様に、うつ伏せで倒れている
ロイを見つけ、慌てて駆け寄る。
「ロイ!ロイ!!」
まさか!この暑さにやられて倒れたのか!?と、
涙でグチョグチョの目で、エドはロイを揺さぶる。
「エ・・・エディ・・・なの・・・か・・・?」
薄っすらと目を開けて、身体を起こすロイに、エドは
安堵する。
「ロイ〜。しっかりしろよ!!」
半分涙目になりながら、エドはロイの身体にしがみつく。
「エディ・・・・・。私はもう駄目だ・・・・・。」
「そんな!ロイ!!」
ポロポロと涙を流すエドに、ロイは弱弱しく微笑む。
「エディ、私のお願いを聞いてくれるかい?」
「イヤだ!ロイ!」
イヤイヤと首を横に振るエドに、ロイはその華奢な身体を
ゆっくりと抱き締める。
「そんな、最後みたいで・・・嫌だよぉおおおお。」
本格的に泣き出す、エドに、ロイはクスリと笑う。
「大丈夫だよ。君を置いて、逝きはしない。」
「ロイ・・・・・。」
本当?と縋るような目で見つめるエドに、ロイのなけなしの
理性は完全にぶち切れる。
「エディ〜〜〜〜〜〜!!」
「そこまでです!准将・・・・。」
勢いでエドをソファーに押し倒したロイの後頭部に、
冷たく固い感触が突きつけられる。
「ホークアイ大尉・・・・・?」
ソファーに押し倒されたエドは、ロイの背後に立っているホークアイに
気づき、最初は何故ここにホークアイ大尉がいるんだろうと、ぼんやり
思っていたが、直ぐに、自分がロイに押し倒されている状況に気づき、
慌ててロイから離れようとするが、ロイにきつく抱き寄せられて、
身動きが取れない。真っ赤な顔でパニックになっているエドを見かねた
ホークアイが、拳銃の柄の部分で、ロイの後頭部を強打する。
「全く・・・・・准将がエドワード君を説得すると言うから、任せたのに
何をしているんですかっ!!」
本当に、使えない無能だわ!と、怒り心頭のホークアイは、やっと
ロイの腕の中から逃れられたエドに、まるで女神のように、慈愛の
笑みを浮かべながら、エドワードに手を貸す。
「大丈夫?」
「うん!ありがとう。ホークアイ大尉。」
頬を紅く染めるエドの可愛らしい姿に、ホークアイはこのままお持ち帰り
をしようかしらと、本気で思った。
「ところで、俺を説得って・・・・何?」
いつもお世話になっているし、ホークアイの願いなら、たいていの事は、
やるけど?と、言うエドに、ホークアイは内心ニヤリと笑うが、表面上は、
とても済まなそうな表情でエドを見つめた。
「そう。本当は、エドワード君にとって、可哀想だから、私としては
着せたくないのだけど・・・・。」
と、火の粉が掛かる前に、自分だけは逃れようと、そんな事を言う。
実際は、先頭に立って指揮していたのだが、そんな事をおくびにも出さない。
「でも、准将がどうしてもって・・・・・。」
ロイが気絶している事を言いことに、罪を全てロイに押し付けようとする
姿は、流石に軍最強のホークアイ。日頃の行いの差か、エドは
ホークアイの言葉を100%信じた。
「一体、何を着せるって・・・・?」
恐る恐る尋ねるエドに、ホークアイは本当に済まなそうな顔をした。
勿論、振りだけだ。内心は、早くエドに着せたくって、うずうずしていた。
「実はね、今日は軍主催の納涼会なのよ。」
「そう言えば、そうだったね。」
もう一週間も前に、ロイがしつこいくらいに、言っていたから、耳たこで
ある。
「それでね、軍関係の人は、全員浴衣を着用する事を義務付けられて
いるのだけど、どういう訳か、エドワード君のものだけ、女物の浴衣で
送られて来てしまったのよ。」
「女物・・・・・。」
途端、エドの目が据わり始める。
「本当にごめんなさい。もっと早く気づいてあげれば良かったの
だけど・・・・・。」
しゅんとホークアイは項垂れる。勿論、これも演技だ。真相は、
ホークアイが嬉々として、エドに似合う浴衣を、一番早く申請
していたのだった。
「ホークアイ大尉のせいじゃないって・・・・・。」
落ち込んでいるホークアイに、エドは引きつりながらも、慰める。
「そうしたら、准将が、『私のエディなら、絶対に着こなせるはずだ!
宜しい!エディの説得なら、私に任せたまえ!』と、自信たっぷりに
おっしゃるから、つい任せてしまったのだけど・・・・・。」
それがあの暴走かと、エドは溜息をついた。
「本当にごめんなさい。」
頭を下げるホークアイに、今度はエドが慌てる。
「ホークアイ大尉のせいじゃないって!!いいよ!俺、それ
着るから・・・・・。」
「本当にいいの・・・?」
じっと探るような目でエドを見るホークアイに、エドは一瞬言葉に
詰まるが、自分がそれを着なければ、ホークアイが気にすると
思い、引きつった笑みを浮かべながら頷く。
「ありがとう!エドワード君。では、お昼を食べ終わったら、
着替えましょう。私が着付けをしてあげるから、心配しないでね。」
そう言って、エドワードの手を握ると、ホークアイは、そのまま
執務室を出て行こうとする。
「あっ!ロイ!!」
すっかりとロイの存在を忘れていたエドは、慌てて振り返るが、
その前を、ホークアイが立ち塞がる。
「大丈夫よ。あと数分もすれば、目が醒めるから。先に行って
お昼を食べましょうね。」
そう言って、ずるずると引き摺るように、ホークアイはエドを
連れて今度こそ執務室を出て行った。
「すごい人だね〜。」
錬兵場が、祭りの会場になっており、色とりどりの
提灯明かりや出店で賑わっていた。
「こんなに大規模な祭りって、初めて!!」
にっこりと微笑むエドに、ホークアイは嬉しそうな顔で
微笑む。
「今日は、一般の方達もいらっしゃっているから、
いつもとは、違う雰囲気でしょう?」
「「うん!!」」
元気良く頷く兄弟を独り占め出来て、ホークアイの機嫌は
最高に良い。
「昼間、暑くって、ちょっとぐったりしてたんだけど、
夜は風が出て気持ち良い〜。」
上機嫌なエドワードに、アルフォンスも頷く。
「そうだね。なんで夏ってこんなに暑いんだろうって、
いっつも思うけど、昼間が暑かった分だけ、夜は涼しいと
感じるから、これはこれでいいのかもね。」
微笑ましい兄弟の会話に、ホークアイもうんうんと頷く。
「それにしても、とても、浴衣が良く似合うわ!エドワード君!」
「うん!!ボクもそう思うよ!兄さん!!」
自分の作品であるエドの姿に、ホークアイは満足そうに
微笑む。その隣では、アルフォンスが、興奮気味に同意する。
エドは、ホークアイとアルフォンスの絶賛を受けて、
頬を紅く染めた。
エドは、紺地に赤い金魚の柄の入った、オーソドックスな
浴衣で、帯は赤である。普段は一つに三つ編みにしている
長い髪は、後ろで一つにおだんごにしていた。どこからどう見ても、
美少女である。
「ホークアイ大尉と、アルの方が良く似合ってるぞ。」
エドは2人を見つめながら言った。
ホークアイは緑地に花が描かれた、清楚な浴衣で、黄色の帯を
していた。髪は、後ろに一つに纏めてバレッタで止めた、いつもの
髪型だったが、襟足の美しさに、女の色気を感じ、エドはドキドキ
していた。
アルフォンスは、軍属ではないが、ロイとエドの家族という事で、
特別に浴衣が支給されていた。遠くから見ると、紺の無地のようで
あるが、実は細い紺のストライブの模様である。黒の帯を締めた
アルは、普段よりずっと大人っぽく見えて、内心エドは面白く
ない。
”俺だって、ちゃんと男物の浴衣を着れば、大人っぽく
見えるのに・・・・・・。”
「どうかした?エドワード君。」
だんだん不機嫌になるエドに気づき、ホークアイは顔を覗き込む。
「ん?大丈夫。着慣れないもの着てるから、ちょっと疲れた
だけ。」
「そう?帯はきつくないかしら?」
「うん!大丈夫!!ところで、ロイは?」
さっきから、探しているのだが、ロイの姿が見えない。人にこんな
格好をさせたのだ。絶対に奢らせる気満々だった為、
姿の見えないロイに、エドは少し機嫌が悪くなる。
「准将なら・・・・・・。」
きっとどこかでサボっているのよ。気にせず私達だけで
楽しみましょう!というホークアイの言葉は、いきなり
エドの背後から伸びた腕に、遮られる。
「良く似合うよ。エディ・・・・。」
「ロイ!!」
ニコニコと微笑んでいるロイに気づき、先程まで機嫌が悪かった
のが嘘のように、エドは嬉しそうにロイに抱きつく。
「俺!俺!焼きそば食べたい!!後、たこ焼きとかも!!」
「ああ。何でも好きなものを買ってあげるよ。エディ。」
ロイはそう言うと、素早くエドの手を引くと、人ごみの中に
紛れ込んだ。その間、約45秒。
「しまった!!」
「やられたわ!!」
ハッと我に返ったアルとホークアイだったが、とき既に遅し。
人込みに紛れ、2人の姿が見えなくなった後だった。
「ロイ!次はあれ!!」
嬉々として、あれこれ強請るエドに、ロイは微笑みながら、
言うとおりに色々と買い与えていたが、やがて懐から
銀時計を出して、時間を確認すると、そっとエドの
手を引いて、建物の中へと入っていく。
「ロイ?何処へ行くんだ?」
不思議そうな顔をするエドに、ロイはにっこりと微笑むだけで、
どんどん建物の中を進んでいく。
「なんか、忘れ物?」
ロイ個人の執務室の前まで来て、エドは首を傾げるが、
ロイは黙ってエドを執務室の中へと誘う。
「ロイ?」
ロイは後ろ手で扉の鍵を閉めると、困惑するエドを抱き抱えて、
明かりをつけずに、自分の椅子へと歩き出す。
「ロイ!?どうしたんだよ!!」
いつもの違うロイの様子に、エドは半分泣きそうになりながら、
ロイを見上げるが、ロイはただにっこりと笑うだけで、
何も話さない。
「ロイ〜。」
不安そうな顔で自分を見上げるエドに、ロイはそっと
口付けを贈ると、エドを横抱きにしたまま、自分の椅子に座る。
そして、くるりと椅子を窓の方に反転させると、自分の膝の上に
エドを座らせる。
「もうそろそろだよ。エディ・・・・。」
エドの耳元で囁くロイに、訝しげにロイを振り返ろうとして、
それは起こった。
窓の外に大輪の花火を見つけて、エドはびっくりしたように、
茫然とそれを眺めた。
「今日の祭りの締めくくりに、花火を上げるのだよ。」
「・・・・綺麗・・・・・・。」
夜空に大輪の花を咲かせる花火に、エドは魅入られたように、
じっと見つめていた。
「気に入ったかい?ここからの眺めが最高に見えるように、
花火を設置する場所に拘ったのだよ。」
「ロイが?」
驚くエドに、ロイはにっこりと微笑んだ。
「この花火は、大総統が、奥方の為にと用意されたものだ。
今頃、この窓の下に設置した、特別席でご鑑賞されている
だろう。」
ロイは、エドの髪を優しくキスしながら、後ろから優しく抱き締める。
「私も、大総統になった暁には、エディの為に最高の花火を
プレゼントするよ。だから、今は便乗で許して欲しい。」
エドは首を横に振る。
「ロイは俺の為に最高の場所を用意してくれた。
それだけで、俺はすごく嬉しいんだ。」
エドは、クルリとロイを振り返ると、そっとロイの首に腕を
回した。
「ありがとう。ロイ・・・・・。」
エドはゆっくりと瞳を閉じると、そっとロイの唇に重ね合わせた。
FIN
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後編は、エロが含まれる為、【隠れ月】にUPしてあります!!
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「焦った〜。アルに気づかれたかと思ったぜ〜。」
安堵の溜息をつくエドに、ロイは苦笑する。
「全く・・・・酷い兄だね。アルフォンス君に知られたら・・・・。」
「だって、仕方ないじゃん!アル、邪魔なんだもん。」
クスクス笑いあう兄夫婦の会話を、ドア越しに耳にしたアルフォンスは、
ショックで目の前が真っ暗になる。
史上最悪の兄弟喧嘩、勃発かっ!!
それとも、これはロイの陰謀なのか!
次回、『大佐の結婚生活シリーズ 9月 ・・・アルフォンスに気づかれたかも』を、
お送りします。乞うご期待!!
なお、予告もなく内容が変更する場合があります。
ご了承下さい。
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