大佐の結婚生活シリーズ番外編

        オレンジな2人とブラックな男達

 

 

 

          「・・・・・不条理だ・・・・。」
          昼時の軍食堂の一角で、ハボックは、深いため息をつきながら、
          4月14日限定メニューである、負け組ランチをフォークで突っついている。
          「何がですか?」
          同じく、負け組ランチを食べながら、フュリー曹長が、横に座っている
          ハボックを見る。
          「・・・・・お前、毎年毎年凝りねーなー。同じ事言ってるぜ?」
          ハボックの前に座っているブレタが、ゲタゲタ笑いながら、負け組ランチの
          最後の一口を頬張る。
          「・・・・日にちさえ気にしなければ、これはこれで、美味しいですが。」
          ブレタの横に座っているファルマンは、美味しそうに負け組ランチを口にする。
          「ったく、これを考案したのって、大佐だろ?スッゲーイヤミだよな・・・・。」
          ハボックは、ブツブツ文句を言いながら、口いっぱいに頬張る。
          「もともと、シン国の近くの国の習性ですね。彼女なしの男達が黒い
          ジャージャー麺を食べながら、お互いを慰め合うという・・・・・。」
          ファルマンの薀蓄に、ハボックは、頭を掻き毟りながら、身悶える。
          「今年!今年こそは!!俺は勝ち組になるはずだったのに!!」
          4月14日。この日こそ、軍司令部内において、男達にとって、明暗が
          はっきりと分かれる日はない。
          どこからか仕入れたネタで、当時東方司令部の大佐だった、ロイ・マスタングが、
          食堂のおばちゃん達に命じたのが、そもそもの始まりだった。
          「4月14日に、彼女がいない男達を慰める為に、黒いジャージャー麺を
          一日限定メニューとして出して欲しい。」
          その言葉に、食堂のおばちゃん達には、部下思いの優しい大佐という
          イメージを持ったようだが、彼女のいない人間に取っては、余計なお世話。
          その上、ジャージャー麺を知らなかった食堂のオバちゃん達は、
          黒ければなんでもいいだろうと、勝手に解釈して、黒いジャージャー麺の
          代わりに、イカ墨パスタを出したから大変。食べ終わった後の、鉄漿
          状態の歯では、ますます彼女が出来るのが遠ざかると言うものだ。
          ちなみに、彼女持ちの勝ち組のみなさんは、この日は恋人に
          お弁当を作ってもらって、負け組の皆様に見せびらかすのを
          忘れない。その最も如実に負け組の皆さんに対して神経を逆撫で
          するのは、首謀者のロイ・マスタングである。彼は、上官の権力をフル
          活用して、鋼の錬金術師、エドワード・エルリックを呼び出すと、
          強請って作らせた、エド特製のお弁当をいちゃつきながら食べ、さらに
          食後のデザートの【勝ち組さんオレンジ】をエドに食べさせてもらうという
          光景を、負け組でも、特にエドワードに懸想していると思われる男達の前で
          繰り広げていた。ちなみに、勝ち組の皆さんは、この日、食堂から
          【勝ち組さんオレンジ】という名前のオレンジが配られる事になっている。
          何故、オレンジかというと、4月14日には、もう一つ意味があり、
          【バレンタイン】で愛の告白をし、【ホワイトデー】でその返礼をした後で、
          2人の愛情を確かなものとする日で、お互いにオレンジのものを贈り合う
          らしいのだ。
          その日一日、ロイ個人の執務室では、オレンジの匂いが充満し、
          ハボック達負け組の皆様は、鬱々とした時間を過ごしたのだった。
          セントラルに移動になっても、黒い呪いはついて回り、今では、
          軍全体にイカ墨パスタの日は、定着していた。更に付け加えるのならば、
          セントラル司令部では、この日、負け組の皆さんは、何とか有休を
          GETしようと、2ヶ月前から凄まじいまでの争いがある。何故ならば、
          ここ、中央司令部の勝ち組代表は、ロイ・マスタングだけではない
          のだから。軍で、知らぬ者がいないくらい、超愛妻家、マース・ヒューズが
          いる。ロイとエドとのラブラブを見せつけられつつ、ヒューズの写真片手の
          家族自慢のマシンガントークが食堂内に響き渡る。拷問以外の
          何物でもない。
          「・・・・無理ですよ。ハボック少尉。あの人の側にいる限り、ボク達に
          明るい未来はありませんよ・・・・。」
          早くも現実逃避なのか、遠い目をして、フュリーは、お茶を啜る。
          「それだ!!」
          ビシッとハボックはフュリーに指を突きつける。
          「准将は去年、大将と結婚したんだぞ!!それなのに、何故俺達に彼女が
          出来ん!!」
          テーブルに懐き、滂沱の涙を流すハボックに、ブレタは呆れた顔をする。
          「それが世間てもんだよ。」
          「う〜・・・俺は絶対に認めんぞ・・・・・。そうだ!!大将に准将の
          昔の女癖の悪さを暴露してやろ!!」
          ガバッと立ち上がるハボックに、ブレタは首を横に振る。
          「駄目だ。そんな事をしてみろ。エドを悲しませたと准将とホークアイ
          大尉から、どんな仕打ちを受けるか・・・・・。」
          とばっちりは御免だと言うブレタに、フュリーとファルマンは、コクコクと
          頷く。
          「・・・・・そー言えば、准将はともかく、ヒューズ大佐の姿は、今日は
          ないな?」
          ボンヤリとハボックは食堂を見回す。いつものエリシアちゃんラブ〜の
          叫びが聞こえないのは、少し物寂しい気がする。そんなハボックに、
          ブレタは、肩を竦ませる。
          「なんだ。お前知らないのか?ヒューズ大佐なら、家族旅行だぜ?
          今日から一週間休みだ。」
          「へえ〜。良く休みが取れたなぁ。」
          この日に有休を取るのは難しい。もっとも、その原因になっている
          二大巨頭が揃って、今日から一週間有休を取るなんて、理不尽だと
          言うハボックに、ブレタは肩を竦ませた。
          「だからだろ?大勢の有休者を出すよりも、元凶2人に有休を取らせた
          方が混乱が少ないという、大総統からのお達しだ。」
          勝ち組の上に、大総統公認の有給休暇?
          ハボックは益々機嫌を降下させていく。
          「・・・・まさか、准将は最初からこうなることを狙っていたのか?」
          「・・・・ハハハ・・・ありえない・・・とは言えませんね・・・・。」
          引き攣るフュリーに、ファルマンも大きく頷く。
          「まぁ、准将の場合、今日は結婚記念日で、しっかりメモリアル休暇を
          もぎ取っていますからね。どう転んでも、オレンジデーは、エドと
          一緒に過ごせるでしょう。」
          「なーんか、納得がいかねー。」
          不貞腐れるハボックに、ブレタが肩を竦ませる。
          「まっ、俺達に出来る事と言ったら、さっさとメシを食って、今頃
          嬉々として准将に回す書類を作成しているホークアイ大尉に、
          差し入れて、准将への仕事を多く他の部署からもぎ取るくらいだな。」
          「・・・・結局は、肉体労働か・・・・。」
          ハボックは、無理矢理イカ墨パスタを胃袋に収めると、しぶしぶ席から
          立ち上がった。





          クシュン!!
          「ロイ?風邪?」
          心配そうに顔を覗き込むエドに、ロイは安心させるように、微笑んだ。
          「いや。誰かが私の悪口を言っているのかもしれんな。」
          「・・・・昔の彼女達・・・とか?」
          クスクス笑うエドに、ロイはコラッと軽く頭を小突く。
          「違うな。君を独占している私への嫉妬だろう。」
          ロイは、エドの身体を抱き上げると、自分の膝に据わらせる。
          テーブルの上には、皮を剥いたオレンジがあり、ロイは一房を手に
          取ると、自分の口の中に入れ、そのままエドに口付けをする。
          「んっ・・・・ふ・・・・ん・・・。」
          舌でエドの口の中にオレンジを押し込みながら、ロイは思う存分
          エドの柔らかな唇を堪能する。
          「愛しているよ。エディ。」
          ゆっくりと唇を離すと、ロイは幸せそうに微笑む。
          「俺も・・・・。愛してるよ!ロイ!!」
          はにかんだように微笑むエドの左手を取ると、薬指に嵌められた、
          結婚指輪に、そっと口付ける。
          「これからも宜しく。奥様。」
          「これからも宜しく。旦那様。」
          2人は、クスリと笑い合うと、再び唇を重ね合わせた。








              4月14日、オレンジデー。
              愛する人と、愛を確かめ合う日。
              オレンジの匂いに包まれながら、エドはウットリと
              目を閉じて、ロイに全てを預けた。








                                                FIN