「ねぇ!アンタ、誰って聞いてんの!!」
固まったまま動かないロイに、エドは痺れを切らしたように、
イライラと服を引っ張る。
「エ・・・エディ・・・?」
ギギギギ・・・・とエドの顔を覗き込めば、不機嫌そのものの
眼と出会う。
「何だよ!エディって!俺の名前か?」
ムーッと不機嫌も露に唇を突き出すエドに、ロイは後ろに
いるであろう義弟に、助けを求めるように、振り返る。
「・・・・兄さん、記憶喪失みたいです・・・。自分の名前すら
覚えていません。」
肩を竦ませて、首を横に振りながら、アルはため息をつく。
「・・・・なぁ。アンタ、一体誰何だよ・・・・・。」
その声に、再びエドに視線を向ければ、エドは困ったように
顔を歪ませる。
「・・・・私の名前はロイ・マスタング。地位は准将。君の夫だ。」
「・・・・あっ、そう。」
ロイの言葉に、すんなり頷くエドに、慌てたのはアルだった。
「ちょっと!そんなにアッサリと納得していいの!?」
普通、もっとこうリアクションが・・・と言うアルに、エドは
キョトンと首を傾げる。
「・・・アンタ、俺を騙してるのか?」
「まさか!!私達はれっきとした夫婦だ!その証拠に!!」
ババン!!
一体、どこにそれだけの量が入っていたかと言うくらい、
ロイは胸ポケットから夥しい数の写真を取り出す。
「これは、君と初めてデートした時の写真だ。そして、これが
結婚式の時の写真と披露宴の時の写真だ。君は本当に
美しかった!ああ!今でも勿論美しいよ!エディ!!
そうそう、これは君と夫婦になって初めてのデートで・・・。」
延々と写真についての説明を繰り広げているロイの姿に、
アルは呆れたように隣に立っているホークアイに話しかける。
「准将のポケットって、一体どうなっているんですか?
まさか、異次元にでも繋がってって・・・あれ?大尉?」
隣にいると思っていたホークアイが、いつの間にか姿を
消している事に気づいたアルは、キョロキョロと辺りを
見回す。すると、床に散らばった写真を、せっせと
拾い集めている事に気づき、アルはキョトンと首を傾げながら
近づく。
「大尉?一体何をしているんですか?」
「見て!アルフォンス君!超レア写真よ!!」
普段クールビューティを売りにしているはずが、まるで
子どものように目をキラキラさせながら写真に魅入っている。
「本当だ!!兄さん、すごく可愛い!!一体、いつこんな
写真を!!」
ホークアイの後ろから写真を覗きこむと、ホークアイが
興奮するのも無理もない、エドの超可愛い笑顔全開の
写真だった。普段のエドとは考えられないくらい、
頬を紅く染め、潤んだ瞳で全開の笑顔は、エドワードフリークで
なくとも、生唾ゴックンものだ。
「それは、企業秘密だ。」
ところが、残酷にも、横から伸びた手が、垂涎ものの写真を
奪い取る。
「「准将!?」」
折角のお宝写真を!!と非難轟々のアルとホークアイに、
ロイは勝ち誇った笑みを浮かべ、大切に奪い取った写真を
胸ポケットに仕舞う。
「フッ。これも夫の特権だよ。さて、ホークアイ大尉、
まだ隠し持っているだろ。早く返したまえ!」
さぁさぁと手を差し出すロイに、ホークアイはニッコリと微笑む。
「何のことでしょうか?」
「しらばっくれるな!No37、エドワードの寝姿と
No.88、寝ぼけ眼のエディとNo.103、ちょっと恥ずかしそうに
上目遣いでおねだりするエディと、それから・・・・。」
「・・・全部に番号がついているんですか・・・?」
ウンザリとした顔のアルに、ロイは当然と胸を張る。
「エディに関する事なら、誰にも負けん!!」
「あのさ・・・・・。」
はっはっはっと高笑いするロイに、エドはうんざりとした顔で
声をかける。
「で?冗談は置いといて、一体アンタは何者・・・。」
「エ〜ディィィィィィィィ!!」
ロイは慌てて振り返ると、ガクガクとエドを揺さぶる。
「何を言っているんだね!これだけの証拠を見ても、
まだ私の妻だと認めないというのか!?」
「・・・・俺、男だけど。」
胡散臭そうな顔のエドに、ロイは大きく頷く。
「ああ、そんな事は十分知っているとも!!
君の体の事なら、君よりも知って・・・・。」
「何恥ずかしい事
言っているんですか!!」
バコンとホークアイは銃の柄でロイの後頭部を強打する。
「だ・・・大丈夫か!?」
バタンと音を立てて頭から床に倒れ込むロイに、エドは
真っ青な顔でホークアイを見る。
「大丈夫よ。頑丈だけが取り柄ですから。あと数分で目覚めるわ。」
ホークアイの言葉に、エドは心配そうにロイを見つめる。
「大尉、大尉、」
じっとロイを見つめているエドに気づかれないように、アルフォンスは、
小声でホークアイの腕を引っ張る。
「何?アルフォンス君。」
「これは、チャンス!だと思いません?」
フフフと黒い笑みを浮かべるアルに、ホークアイは怪訝そうな顔を
向ける。
「今なら、兄さんを准将の手から奪回するのが容易だと思うのですけど!」
アルの言葉に、ピカリと鷹の目が光る。
「・・・つまり、私達の都合の良いように、エドワード君を丸め込んで
しまおうと、そう言うのね?」
ホークアイはニヤリと笑うと、スタスタとエドへと近づく。
「エドワード君。私の事も忘れてしまったのかしら・・・・。」
憂いを帯びた顔で、おずおずとエドに声を掛けるホークアイ。
普段を見慣れている者にとっては、一発で演技をしていると看破されるが、
今のエドは記憶喪失。憂いを帯びた美女を目の前に、真っ赤になって
俯いてしまう。
「えっと・・・その・・・ごめんなさい。」
俯くエドに、ホークアイは、フルフルと首を横に振る。
「いいえ。事故ですもの。エドワード君が悪いわけではないわ。
それに、記憶を失って、一番不安なのは、エドワード君ですもの。
気にしないで・・・・ただ・・・・。」
フッと憂いを帯びた目を伏せて、ホークアイはこれ見よがしなため息をつく。
「私を・・・・恋人の私を忘れるなんて・・・・。」
「こ・・・・恋人ぉおおおお!!」
恋人という言葉に、エドは慌てて顔を上げると、真っ赤な顔で
ホークアイを凝視する。
「え・・・だって・・・俺・・・こいつと結婚って・・・えええ!?
あなたと恋人!?」
混乱して頭を掻き毟るエドの両手を、ホークアイはそっと優しく握り締める。
「エドワード君・・・・・。」
「え・・・えっと・・・あの・・・・。」
真っ赤な顔でオタオタするエドに、ホークアイは優しく微笑む。
「リザよ。私の名前は、リザ・ホークアイ。」
「リザ・・・さん・・・?」
戸惑うエドに、ホークアイはあともう一息とばかりに、ギュッと
握る手に力を込める。
「エドワード君・・・・。」
「何をしているのかね!!
君は!!」
だが、次の瞬間には、復活したロイがエドの身体を抱きしめて、
ホークアイを威嚇していた。チッと舌打ちするホークアイを
ギリリと睨みつめると、ロイは蕩けるような笑みをエドに向ける。
「エディ!君は私の妻だ!!絶対に離さん!!」
ぎゅううううううううと抱きしめるが、次の瞬間、パンと頬を殴られる。
「エディ!?」
「な・・・何何だよ!あんた達・・・・。」
唖然となるロイの身体を乱暴に引き離すと、エドはユラリとベットの上に
立ち上がる。
「妻だ!?恋人だぁあ?人が記憶がないからって、おちょくるのも
いい加減にしろよ・・・・。」
「ご・・・誤解だ!!エディ!」
「そうよ!エドワード君!私はあなたを救おうと!!」
本気で怒っているエドに、ロイとホークアイはフルフルと首を横に振る。
「もういい!!あんた達なんて、信じるもんか!!」
うわぁあああああああんと盛大に泣きながら病室を飛び出していくエドに、
慌てて後を追おうとするロイとホークアイだったが、練成の光に
視力を奪われ、咄嗟に眼を庇う。
「・・・・記憶を失っても、練成は出来るのか。流石は私のエディ・・・。」
光が収まって見た先には、ドアノブが奇妙なオブジェに変化している
扉。
「だが、逃がさないよ。」
ロイは、素早く発火布をつけると、パチンと指を鳴らす。
途端、エドが練成したオブジェ以外の部分が吹き飛ぶ。
「エディの作品を壊すのは忍びないからな。ホークアイ大尉、
このオブジェは、私の家に運んで置くように。盗るなよ?」
ロイは不敵に笑うと、エドの後を追うべく、走り出した。
「ヒック・・・。ヒック・・・・・。馬鹿野郎・・・・。」
エドは、流れる涙を袖で拭いながら、トボトボと路地裏を歩いていた。
どこをどう走ったのか分からないが、どうやら、治安の悪そうな
区域に迷い込んでしまったようだ。しかし、自分の事に一杯一杯のエドは、
その事に気づかない。泣きながら、ロイに悪態をついていた。
「・・・ロイ・マスタングが・・・。」
そんな時、ふとロイの名前が耳に入り、反射的にエドは顔を上げる。
ボソボソと小声で何を話しているのか。
そして、【ロイ・マスタング】という名前に、エドはフラリと声のする方へと
足を踏み出す。
ヒョッコリと顔だけ出すと、袋小路になっている場所に、10名ほどの
屈強な男達が、身体に似合わず小さくなって何やら密談をしている。
”確か・・・今、【ロイ・マスタング】って・・・・。”
先ほど逢った男の顔を思い出し、エドは不機嫌そうに眉を顰める。
”人をおちょくることしかしない男なんて、知るもんかっ!!”
などど思いつつも、男達の不穏な雰囲気に、エドはロイに
何かあるのではと、恐る恐る男達に近づいた。
「よし!じゃあ、マスタングの奥方を人質に・・・・。」
「待て!やはりその計画はまずい。」
全員が大きく頷く中、その中で一人の男が待ったをかける。
「何故だ!マスタングを陥れるには、奴のウィークポイントを
狙うしかねぇ!!」
その言葉に、ウンウンと回りの男達も頷く。
「だからだ!!あいつは、マスタングのウィークポイントと同時に、
ジョーカー(切り札)だ!!」
負けじと、反対意見の男が叫ぶ。
「フン!女の一人に何を怖気づいている。」
仲間の一人のあざ笑う言葉に、反対意見の男は、眉を顰める。
「女?お前達、マスタング夫人が誰だか知らないのか!?」
呆れたと言う男に、回りの男達は顔を見合わせる。
「エドワード・エルリックだ!」
男の言葉に、回りがどよめく。
「何ィィィィ!!国家錬金術師の!?」
「奴を怒らせた犯罪者はボコボコの再起不能にされるって・・・。」
「確か・・・豆の錬金術師!!」
ポンと手を叩く男の後頭部に、石が直撃する。
「どわぁああれが、
豆かぁあああああ!!」
いきなり乱入した声に、男達が振り返ると、そこには、顔を真っ赤にして
激怒するエドの姿があった。
「金の髪に金の瞳・・・あんた・・・まさか、悪名高い、
もとい、御高名な鋼の錬金術師様!!」
へへーッとひれ伏す男達を、エドは凶悪な笑みを浮かべて見つめる。
「ほほう。俺を知っているのか・・・。」
ボキボキと指を鳴らしながら、近づくエドに、ザザザと土下座しながら
器用に後退る男達。
「何か、俺を誘拐するとか何とか聞こえたんだが・・。」
どういう事かなぁ?とニッコリと微笑む姿は、凶悪そのもの。
「い・・・いえ!お聞き違いかと・・・。」
ヒェエエエエとブンブン首を横に振る男達。
「俺の耳がおかしいと言うのか?」
更に凶悪な笑みを浮かべるエドに、男達はサッと顔を青褪める。
「いえ・・・誘拐だなんて・・・そんな命知らずな・・・いえ!
大それた事を!!」
私達は善良な市民です!テヘッ!と可愛く首を傾げても、
人相の悪い男達がやっても可愛くない。
エドは、スッと眼を細める。
「もう一度聞く。何で俺を誘拐しようとした。」
逆らう事は許さないその声に、男達は顔を見合わせる。
「それは・・・・。」
ゴクリと唾を飲み込みながら、先ほど反対意見を
言った男が、オズオズと口を開きかけるが、次に聞こえた声に
表情を硬くする。
「・・・・私にも聞かせてもらおうか?」
低く呟かれる声に、その場にいた者は、反射的に声のする方へ
顔を向ける。
「ロイ・・・マスタング・・・・。」
男達が苦虫を噛み切ったように、顔を顰める中、エドは
唖然とロイを見つめる。
「人が折角、忠告をしたというのに・・・・・無駄だったようだな。」
クッと鼻で笑うと、ロイはエドの近づき、その華奢な身体を
腕に閉じ込め、男達を一瞥する。
「それどころか、私のエディを誘拐・・・?根性があると褒めるべきか、
馬鹿者と貶すべきか・・・・・。」
ロイはスッと右手を翳す。
「覚悟は出来ているだろうな・・・・・。」
恐怖の大魔王降臨に、男達はパニック状態になる。
「誰だ!マスタングを陥れようとしたのは!!」
「俺達じゃねぇ!!だいたい、西方司令部のアーチャー中佐が
言い出したことじゃねーか!!」
「うわああああん!お助けを!!」
阿鼻叫喚の中、男の一人が言った、【アーチャー中佐】の言葉に、
ロイの目が細められる。
「アーチャーだと?その話を詳しく話せ!」
近くにいた男の鼻先に発火布の手袋を嵌めた右手を突きつけながら、
ロイは剣呑な瞳を向ける。
「は・・・はい!俺達は、元々ウエストシティで、盗みをしていたのですが・・・。」
男は、こう前置きを言うと、涙ながらに話し始めた。
男の話によると、こうだった。
例のロイの全国放送に、恐れをなした犯罪者ご一行様は、ロイの管轄で
なければOKだろうと、中央司令部の管轄以外、要するに、北方、東方、
西方、南方へと、四方に散って行ったから、さぁ!大変!!
年末はある程度犯罪が多発すると言っても、例年に比べ、
明らかに10倍近く犯罪発生率が上がってしまった。取締りを強化すれば
よいのだが、もともと検挙率がすこぶる悪い地方の司令部は、
増加した犯罪に、対応しきれないのが現状だ。
「全く情けない!折角私が地方に埋もれた優秀な人材に、
手柄を立てさせてやろうと、手を尽くしたというのに。」
眉を顰めるロイに、エドはキョトンと首を傾げる。
「フッ。優秀な人材程、上層部の狸ジジイ達は、お気に召さない
ようでね、何だかんだとイチャモンを付けては、地方へと追いやって
しまうのだよ。私にも覚えがあってね。何とか彼らを中央に
戻したいのだが、そう簡単に人事異動が出来ないのだよ。
だから、わざと犯罪者達を地方へと流させる事で、彼らに
手柄を立てさせようとしたのだよ。」
だが、私の期待外れだったようだと、憂いのある瞳で、
ジッとエドを見つめると、エドは感動したように、頬を紅く染める。
だが、ここにもしも古参の側近達がいたならば、嘘だと
速攻ツッコミを入れることだろう。
何故ならば。
優秀な人材を地方へと飛ばしているのは、誰であろう、
ロイ・マスタング、その人だからである。
理由は極めて簡単。
曰く。
「私のエディを見るな
触るな話しかけるな!
エディは、私だけの
ものだ!! 」
・・・とまぁ、理不尽極まりない理由なのだが、そんな事は
知らないエドは、素直に感動したようだ。
「あんた・・・すごく優しいんだな・・・・。」
ウットリとロイを見つめる瞳に、先ほどまでの嫌悪感はない。
「エディ・・・。私を君の夫だと、認めてくれるかい?」
悲しそうな目で見つめられ、エドは困惑したように、視線を
泳がせる。
「う・・ん・・なんか、この人達の話を聞いてると、そーみたい
なんだけど・・・・。」
「けど?」
俯くエドに、ロイは続きを促す。
「俺、男なのに・・・何であんた俺と結婚したんだ?」
こんなに優しいんだし、アンタは俺なんかと結婚しなくても・・・と
小声で呟きながら、ますます俯くエドを、ロイはギュッと抱きしめる。
「君だからだ!結婚とは、真に愛し合っている者同士が
行うのと、相場が決まっている!!」
「だから!俺はっ!!」
何故分からないんだと訴えるロイに、エドは抗議するために、
顔を上げるが、ロイの顔を見た瞬間、固まる。
「アンタ・・・・なんで・・・泣いて・・・・。」
恐る恐るロイの頬に手を伸ばすエドだが、その手を強く握られ、
驚愕に眼が見開かれる。
「君が記憶を失くしたのは、分かっている。それによって、
君の精神状態がとても不安だということも・・・。
だが。」
ロイは、そこで言葉を切ると、エドの手を頬擦りする。
「私の・・・・君を愛するという私の気持ちだけは、
否定しないでくれ・・・・。頼む!!」
まるで神に祈るように、眼を閉じて懇願するロイに、
エドはポロポロと泣きながら、その首に抱きつく。
「ごめん!ごめんなさい!!」
自分の一言がこんなに目の前の男を傷つけたのかと思うと、
エドは申し訳ない気持ちで一杯になる。
ブルブルと震えながら謝るエドに、ロイは感極まったように
きつくエドを抱きしめる。
「私こそすまない!エディ!!」
「ロイィィィィ!!」
人目も憚らない熱い抱擁に、最初は唖然としていた男達は、
今のうちに逃げた方が良いという事に気づいたのだろう、
コソコソとその場を離れようとしたのだが、運の悪い事に、
進行方向を塞ぐ形で、二人の男女が現れた。
「兄さん!!」
「エドワード君!!」
息を切らせてやってきたのは、アルフォンスとホークアイ。
二人は、目の前の男達の後ろで、ピッタリと抱き合っている
ロイとエドに気づくと、ダダダダダと近づき、二人を引き離す。
「エドワード君!さっきはごめんなさい!!記憶をなくしたく
なるほど、准将が嫌いなのかと思って、つい嘘を!!」
「ごめんね!兄さん!!ボクも昨日の二人の様子から、
ありえないけど、もしかしたら、もしかしたらで、そうなのかな?って
思って・・・・。」
二人に勢いよく謝られ、エドは眼を白黒させる。
「昨日?俺とロイがどうかしたのか?」
まるで昨日、記憶を失いたくなるような事が起ったという
二人に、エドの目が半目になる。
「覚えていないかもしれないけど・・・昨日、准将が
兄さんに、サンタクロースのミニ・・・・。」
「ああっ!!
アルフォンス君に
ホークアイ君!
エディを誘拐しようと
していた極悪非道な
悪人達が逃げるぞ!」
アルの言葉を遮るように、ロイが大声を出す。その言葉に、
グルリンとアルとホークアイが顔ごと向けると、そこには、
いかにも俺達あ・く・や・く!と言わんばかりの人相を
した男達が、コソコソと逃げ出そうとしているところだった。
「あーっ!!兄さんに怪我させた人達!!」
「何ィィィィィィィ!!」
アルの言葉に切れたのは、ロイだった。
ロイは素早く発火布の手袋をした右手を悪人達に向けて、
指を擦り合わせようとするが、それよりも銃声の方が早かった。
ドキューーーーーーーーン
「た・・・大尉・・・?」
殺気を放つホークアイに、アルは青い顔で声を掛ける。
だが、怒りに我を忘れているホークアイは、アルの言葉が
届かないのか、ひたすら悪人達に向けて、不敵な笑みを浮かべると、
低く呟く。
「そう・・・あなた達なのね?諸悪の根源は・・・・・。エドワード君に
怪我を負わせたばかりか、誘拐!?そんな事がまかり通る世の中だと、
思っているのかしら?」
随分と見くびられたものねと、不敵に笑うホークアイに、
男達は声も出せずにガタガタと震え出す。
「覚悟は宜しくて?」
ジャキーーーーン
ホークアイは、絶対零度の笑みを浮かべながら、ゆっくりと
銃を男達に向ける。
「ちょ!待てって!!」
それに慌てたのはエドだった。自分を誘拐しようとした男達で
あっても、流石に目の前で人が傷付くのを見たくはない。
それに、どうやら彼らは軍の誰かに利用されただけのようだし、
何よりも、黒幕の事を聞きださなければ!!
エドはロイの手を振り払うと、ホークアイの元へと駆け出すのだが、
運が悪い事に、エドが一歩踏み出した先には、ワインの空き瓶が
転がっていた。
「エ・・・エディ!!」
慌ててロイが転びそうになるエドを支えようとするが、エドが
倒れる方が早かった。
ゴン!!
引っくり返ったエドは、またしても後頭部を強打してしまうのであった。
「今日はクリスマスなんッスよぉおおおおおお!!」
定時をあと5分を切った司令部では、ハボックが悲鳴を上げていた。
「あら?暇だから仕事を下さいと言っていたではないかしら?」
ニッコリとホークアイに微笑まれて、一瞬背筋が凍ったハボックは、
逆らってはいけないと、すごすごと、定時ギリギリに飛び込んできた
【ロイ・マスタング准将夫人傷害及び誘拐未遂事件】についての
報告書を作成すべく、席につく。
「それにしても、話を聞いてみれば理不尽な話ですよね・・・。
全て准将が撒いた種じゃないですか・・・・。」
ふうと深いため息をつくハボックに、ホークアイは眉を顰めたまま
大きく頷く。
「そのせいで、エドワード君が傷付いたんですもの。やはり、犯人確保の
ドサクサに、准将にも制裁を加えるべきだったわ。」
悔しそうホークアイは言った。
「ところで、報告書をどうします?まさか馬鹿正直に書く訳には
いかないでしょう?」
タバコの代わりにペンを咥えると、上下にピコピコ動かすハボックに、
ホークアイは、思案する。
結局、全ての原因はロイなのだ。
エドに対して異常なまでの執着を持つロイは、クリスマスを、
誰にも邪魔をされないために、まず仕事を失くそうと、
犯罪者達を脅すという、暴挙に出た。そしてそれには、もう一つの
効果も狙っていたりする。つまり、地方へと飛ばした、エドワード
フリーク達への嫌がらせである。
仕事を他の支部(=エドワードフリーク達)へ押し付け、自分は最愛の妻と
ゆっくりのんびりイチャイチャベタベタ、周囲が砂を吐こうが
構わず、二人だけの世界を築くのが、ロイの計画であった。
ちなみに、軍で発行されている小冊子『軍部友の会 新春特別
増刊号』に、特集!ロイ・マスタング准将の素顔という
記事を掲載させ、自分がいかにエドと幸せに暮らしているかと
まるまる一冊使って、エドワードフリーク達へ、トドメを刺そうと
していたりする。
そんなロイの計画だったが、誤算が生じてしまった。
地方へと飛ばしたエドワードフリーク達は、元々エドワード・
エルリック親衛隊だったが、そのあまりにも常軌を逸した
行動に、脱退させられるという経歴を持っている。そんな
彼らが切れるとどうなるのか。
「おのれ!ロイ・マスタング!!我らがエドワードさんを
独り占めしやがって!!邪魔してやる!邪魔してやる!!」
とばかりに、何とか捕まえた犯罪者達を使って
ロイに嫌がらせをしようとした。その中心人物が、
フランク・アーチャー中佐。
もともと中央司令部勤務で、ロイほどではないが、
将来を有望視された、エリート。エドワード親衛隊の中でも、
あと一歩で幹部にまでなれるほど、有能な男だったが、
行き過ぎたエドへのストーカー行為に、ホークアイを始め
他の親衛隊メンバーの怒りを買い、親衛隊を除籍。軍内部に
おいても、地方へ飛ばされたのだが、もともとめげない性格なのか、
反省するどころか、更にエドへの執着を強めていった。
軍内部では、セントラルのロイ、ウエストのアーチャーと、
エドワードフリークの二大巨頭と囁かれていたりする。
そんなアーチャーが中心となって計画した今回の事件。
釈放を条件に、辛うじて捕まえた犯罪者達を使って、
セントラルで複数の大きな事件を起す。そして、
その混乱に乗じて、エドワードを拉致するという、
仮にも市民の平和を守る軍人にあるまじき行為に、
報告書作成者のハボックは、頭を抱える。
だからと言って、それをそのまま記録に残してはまずい。
悩むハボックに、ホークアイは的確な指示を出す。
「そうね。正式の物には、適当にでっち上げたものを
提出しなさい。そして、エドワード親衛隊へ提出するものには、
今回の経緯を事細かに調べあげ、この事件に関わった者を
徹底的に調べあげたものを提出。分かったわね。」
つまり、軍としては穏便にすませる形を取るが、実際は、
かなりの報復をするつもりのようだ。この機会に、エドワード
フリーク達を息の根を止める気満々なホークアイは、
愛銃に手を伸ばす。
「エドワード君に手を出したらどうなるか。今度こそ
きっちりと躾し直さないとね・・・・・・。」
フフフフと不気味に笑うホークアイに、ハボックは
これ以上ホークアイの機嫌を損ねないように、
さっさと報告書を提出すべく、ペンを握った。
「ん・・・・?ろ・・・い・・・?」
痛む頭に顔を顰めながら、ぼんやりと眼を開けたエドの
視界には、涙でグチョグチョのロイのドアップがあり、
アングリと口を開ける。
「どーしたんだ?ロイ?誰かにいじめられたのか?」
ヨシヨシとロイの頭を撫でるエドの手を、ロイは
ガシッと掴むと、腕ごとエドを抱きしめる。
「エ・・・エディィィ!!」
「ぐえっ!!苦しい!!」
物凄い力で抱きしめられ、エドはギブギブとロイの背中を
バシバシと叩くが、ロイはただ己の感情の赴くままに、
力一杯抱きしめ、決して緩めようとはしない。
「エディ!!良かった!!もう、眼を醒まさないかと・・・・。」
ううう・・・・と子どものように泣きじゃくるロイに、エドは
眉を顰める。
「たかが道でスッ転んだ位で大げさな・・・・。」
笑うエドに、ロイは真剣な眼を向ける。
「大げさじゃない!私が側にいながら、君が怪我するのを
止められなかった・・・・。」
すまないと、頭を下げるロイに、エドはキョトンと首を傾げる。
「何言ってんだ。アンタは、仕事だっただろ?それとも、
サボってたのか?」
「君こそ何を・・・・。」
ここにきて、漸くロイはエドと会話が食い違っている事に気づき、
眉を顰める。
「君の名前は?」
「は?何言ってんだ?」
何でそんな事を言うのかと、笑い飛ばそうとするエドだったが、
真剣な表情のロイにオズオズと口を開く。
「エドワード・マスタング。」
「では、私の名前は?私は君の何だ?」
矢継ぎ早の質問に、エドは困惑したように、ロイを見つめる。
「どうしたんだよ!おかしいぞ!!ロイ!!」
「頼む!答えてくれ!エディ!!」
再びエドを抱きしめるロイの身体が、震えている事に気づいたエドは
困惑したように肩を落とすと、優しくロイの背中を撫でながら、
小声で呟く。
「ロイ・マスタング・・・・俺の旦那様。」
「エディ!!」
その言葉を聞いた瞬間、ロイは泣きながらエドをベットに
押し倒すと、その可憐な唇を貪る。
「ちょっ!!苦しい!ロイ〜!!」
「愛してる!愛している!エディ!!」
エドの抗議の声を唇で塞ぎながら、ロイは早急な手つきで
エドの身体に溺れていった。
「・・・そっか。そんな事が・・・・。」
それから何時間もロイに求められ、体力を使い果たした
エドは、ロイの胸に凭れかかる様に抱きつくと、
無体を働いたロイに、説明を求めた。
そこで、自分が記憶喪失になっていた事を聴いたエドは
決まり悪げな眼をロイに向けた。どうやら、頭を打ったショックで
記憶が戻ったようだが、記憶を失った間の記憶は失くしてしまった
ようだ。ロイの説明に、真っ青な顔でブルブル震えている。
「ごめん・・・。記憶を失っちゃって・・・。その上、ロイを傷つけた・・・。」
エグエグと泣き出すエドの顔中にキスを送りながら、ロイは
ギュッとエドの身体を抱きしめる。
「いいんだ。君が再び私の腕の中にいるのだから・・・・。」
愛しているという囁きと共に、深く口付けるロイに、エドは
感極まって抱きつく。
「ロイ!!」
「エディィィ!!」
ぎゅぅぅぅぅぅぅうううううううと抱きしめ合う二人だったが、
ふとエドは何かを探すように、キョロキョロとし始める。
「エディ?」
「なぁ!今一体何時だ?」
少し顔を青褪めたエドに、ロイは訝しげに思いながらも、
腕時計で確認する。
「そろそろ日付が変わるな。」
「そ・・・・そんなぁああああああ!!」
ガガーンと落ち込むエドに、ロイは慌てて肩を抱く。
「折角、ロイと一緒になって初めて迎えるクリスマスだったのに・・・。」
エドはコテンとロイの胸に頭を摺り寄せると、上目遣いでロイを
見つめる。
「俺、一杯考えたんだ。料理は苦手だけど、ロイに喜んでもらおうと、
本見たり、グレイシアさんに習ったり・・・・。」
「エディ。君の料理は世界一美味しいぞ!そんなに自分を卑下しては
いけない!!」
蕩けるような笑みを浮かべるロイに、エドは真っ赤な顔で俯くと、
シーツにのの字を書くように小声で呟いた。
「そ・・・それに・・・・昨日、アンタが見てみたいって言ったから・・・
その・・・・を・・・買ったんだけど・・・・。」
「ん?何を買ったって?」
ますます俯くエドの顔を覗き込むようにロイが身を屈めると、
半分の涙目になったエドと眼が合う。
「サンタクロースのミニスカ!!お・・・男の俺が着ても
全然全くちーっとも似合わないって分かっているけど!!」
ただ、ロイを喜ばせたかったと言うエドに、ロイはジィィィィンと感動した。
「エディ!!私の為に!!」
昨日、駄目もとで言って良かったと涙を流して嬉しがる34歳。
「ど・・・どこにあるのだね!!今直ぐ着て見せてくれ!!」
鼻息も荒いロイに、エドは思いっきり引いてしまう。まさかこんなに
興奮するとは思わず、俺、選択誤った?と後悔し始める。
「でも〜。もうクリスマス過ぎちゃったしぃ〜。」
段々と冷静になってきた頭で、俺って今すごくヤバイ!!何とか
回避しようとするが、それよりもロイの行動の方が早かった。
「う〜ん。二時間?いや、三時間くらいでいいか?」
そう言って鼻歌交じりで腕時計の針を動かすと、ニヤリと笑いながら
ロイは三時間遅れの時計をエドに見せる。
「さぁ!まだクリスマスは終わっていないよ!エディ!!」
「うぎゃあああああ!!って言うか、さっき散々やっただろ!!
どーしてそんなに元気なんだよおぉぉぉぉぉぉ!!」
真っ赤な顔で暴れるエドを、ロイは嬉々として動きを封じながら、
悪魔の笑みを浮かべる。
「そんな事は決まっている!【愛】ゆえだ!エディ!!」
「ロイの馬鹿ぁあああああ!!」
毎日がアニバーサリーな新婚馬鹿ップル夫婦は、
クリスマスだからと言って、特別な事は何もなく、
いつものように、ラブラブな時間を過ごすのであった。
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「エディ!!一月といったら、夫婦最初の行事があるだろう!!」
「ああ、軍部の餅つき大会だな!今年こそはヒューズさんに勝ぁあつ!!」
拳を振り上げるエドに、ロイは表情を引き攣らせる。
「いや!そうではなく、もっとこう・・・夫婦の絆を深める・・・。」
「ヒューズさん、【俺とグレイシアは大陸一のベスト夫婦だから、
息もピッタリ!今年も優勝だぜえええええ!】とか言ってるぞ!
このまま引き下がっていいのか!ロイ!!」
エドの言葉に、ロイの目がカッと見開かれる。
「何ィィィ!!大陸一の、いや、この世界で一番のベスト夫婦は、
私とエディに決まっている!よし!今年は優勝してヒューズに
思い知らせてやる!!」
次回、『大佐の結婚生活シリーズ 1月 ・・・また新しい一年が』を、
お送りします。乞うご期待!!
なお、予告もなく内容が変更する場合があります。
ご了承下さい。
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