「はぁあああああ〜。」
がっくりと肩を落とし、深い溜息をつく、
東方司令部の司令官、ロイ・マスタングの様子に、
有能な側近、ホークアイ中尉の、形の良い眉は、
顰められる。
「大佐。その目の前にある、書類の山は、全て
本日中に決済をしてもらいたいものですが・・・・。」
直訳すると、さっさと仕事をしろとなるのだが、
対するロイは、ホークアイの言葉を右の耳から左の耳へ
思いきり素通りさせている。
「鋼の・・・・・。」
滂沱の涙を流しつつ、いつのまに撮ったのか、
明らかに隠し撮りと思われる、エドワードの
写真を眺めている。
「大佐・・・・・。」
そんなロイの様子に、ホークアイは溜息をつく。
1ヶ月腑抜けになっても大丈夫なくらい仕事をさせて
いたのだが、そろそろ本気に仕事をしてもらわなければ、
冗談では済まされないくらい、仕事が堪りつつある。
「やはり、エドワード君を呼び戻した方がいいのかしら・・・。」
ホークアイは、溜息とともに呟くが、3ヶ月もエドをロイに
1人占めされたアルが、すんなりエドをロイの元に
寄越すとは限らないだろう。いや、仕返しに、
エドをロイに会わせないように、見せてもらった
アルが作成した旅のプランは、少なくとも半年は
東方司令部に寄らなくてもよいくらいの、
過密スケジュールになっている。
どうしたものかと、思案気に、ホークアイは
眉を顰める。
と、そこへけたたましく、ロイの机の上の電話が
鳴り出す。コンマ1秒にも満たないくらいの速さで、
ロイは電話を取る。
「もしもし!はがね・・・・なんだ・・・・ヒューズか・・・・。」
電話の相手が悪友のヒューズであることが分かった瞬間、
ロイは再び落ち込んだように、肩をガックリと落とす。
「気の毒ッスね。大佐・・・・。」
あまりの落ち込みように、その場にいたハボックは、
心底同情した眼を、ロイに向ける。
「・・・・・これは、使えるわね・・・・。」
「中尉!?」
驚いて振り返るハボックが見たものは、ふふふふ・・・・と、
不気味な笑みを浮かべているホークアイの姿だった。
「なんなんだね。これは・・・・。」
本当は、仕事などサボりたいのだが、もしもエドが
帰った時、一番出現率の高い場所が、
幸か不幸かこの執務室であるため、一応、
真面目に、出勤だけはするロイだった。
「電話ですが。」
しれっと、ホークアイは答える。
「私が聞いているのは、何故、この机に
電話が乗っているかなのだが?」
バンと叩いたのは、自分の机ではなく、
つい1ヶ月前まで、エドが使っていた机だった。
エドに繋がる物だけに、片付けさせるのを躊躇った
ロイは、ずっと自分の机の横にピッタリと
置いたままにしていた。
ところが、今朝出勤してみたら、エドの机は、
自分の机から離され、何故か少し離れた、
向かい合わせに並べられたホークアイとハボックの
机の横、一般に、お誕生日席と呼ばれる位置に、
置かれ、なおかつ、その上には、今まで無かった
電話が、一つ鎮座していた。
「早く電話を片付け、机を元に戻したまえ。」
最悪に機嫌の悪いロイに、珍しくにっこりと微笑みながら、
ホークアイは書類をロイの机の上に置く。
「これらの書類は、全て今日中に仕上げてもらうものです。」
「中尉、私が言っているのは・・・・。」
うんざりしたようなロイの言葉を遮り、ホークアイは
ロイに仕事をさせるための、切り札をつきつける。
「本日より、毎日午後6時に、鋼の錬金術師のエドワード・
エルリックから、電話がくることになっています。」
「何!!エ・・エディから!?」
最愛の恋人の名前に、ロイは驚きに眼を見張る。
「はい。この、エドワード君専用の電話で。」
そう言って、ホークアイは、エドの机の上にある、
電話をロイに見せるようにずずっと前に出す。
「そ・・そうか。ご苦労ホークアイ中尉。」
嬉々として、エドの机に向かおうとするロイの前に、
ホークアイが立ち塞がる。右手に拳銃を持って。
「中尉?」
「大佐、この電話には、使用上の注意があります。」
「使用上の注意?」
いきなり、何を言い出すのかと、訝しげなロイに、
ホークアイは、それこそ悪魔のような笑みを浮かべつつ、
銃の照準を合わせる。
「午後6時までに、全ての業務を終えて頂ければ、
エドワード君からの電話に出てもらっても結構です。
しかし・・・・。」
ゆっくりと、ホークアイはセーフティを外す。
ゴクリと、ロイは生唾を飲み込む。
「たとえ一枚でも書類が残っている場合、
エドワード君と話せないばかりか、このホットラインも、
永遠に消滅することになります。宜しいですか?」
宜しくないのだが、鬼気迫るホークアイの姿に、
ロイは逆らえる訳も無く、ただ大量の汗を流しながら、
コクコクと首を縦に振るしか出来なかった。
「では、仕事を始めて下さい。大佐。」
漸く下ろされた銃に、ロイは無言で机に向かうと、
眼にも止まらぬ速さで、次々と書類を仕上げていく。
「これで、暫くはまた持ちそうね・・・・・・。」
真面目に仕事をするロイに、ホークアイは満足そうに
微笑むのであった。
FIN