大佐の結婚・番外編

          バレンタイン・ラプソディ





  「やぁ。よく来たね。鋼の。」
  ニコニコと、一見すると人の良さそうな、だがじっくり見ると
  何か良からぬ事を企んでいるような笑みを浮かべながら、
  東方司令部若き司令官、ロイ・マスタング大佐は、
  自分と同じ国家錬金術師、二つ名を『鋼』と言う、
  エドワード・エルリックを、上機嫌で執務室に迎え入れた。
  「大佐〜。資料〜。」
  普段のエドであるならば、上機嫌のロイに、本能的嫌悪感を
  感じ、近寄らないのだが、間が悪い事に、長時間の列車の
  旅や、ここ数日の夜更かしで、正常な思考回路というもの
  が、著しく低下していた。加えて、ロイに取り寄せして貰った
  資料と言うものが、絶版でもう手に入らないものと、
  半ば諦めていただけに、エドの頭は資料の事で一杯で、
  他の事に気づく余裕などなかった。
  焦る気持ちを押さえつつ、エドは嬉々としてロイに両手を
  差し出す。だが、そんなエドの態度に、ロイは面白くないと
  ばかりに、顔を顰める。
  「久し振りに会ったのに、その態度なのかい?
  まずは、挨拶ではないのかな?鋼の?」
  「う〜。ゴ無沙汰シテマス。大佐。」
  以前、ロイの機嫌を損ねて、なかなか資料を渡して
  貰えなかったという苦い経験から、エドは渋々挨拶を
  口にする。
  「久し振りに会ったんだ。お茶でも一緒にどうかね?
  今、用意させよう。」
  そう言うと、ロイは机の上ある電話に手をかける。
  「いいって。大佐は忙しいんだし。」
  本当は、茶など飲んでいられるかーっ。と怒鳴りたい
  エドだったが、これまた以前の経験から、穏便に
  遠回りの断りを入れるのだが、ロイにそんなことが
  通用するわけもなく、結局エドは、ロイとお茶を飲む
  ことになる。
  目の前に出されたお茶を飲むエドを、満足気に見つめながら、
  ロイはふと思い出したかのように、机の引出しの中から
  ラッピングされた箱を取り出すと、それを持って
  エドの左隣りに腰を降ろす。
  「眼の下に隈が出来ている。ちゃんと休んでいるのかね?」
  そっとエドの頬に手を添えながら、ロイはエドの顔を
  覗き込む。
  「だ・・だ・・大丈夫だって!!」
  至近距離で見るロイの顔に、エドはドキリとして、
  慌ててロイの手を振り払う。真っ赤な顔で
  顔を反らせるエドに気づかれないように、
  ロイはクスリと微笑むと、手にした
  箱をエドに差し出す。
  「?」
  訳が判らず首を傾げるエドに、ロイはニコリと笑う。
  「チョコレートだ。疲れている時は、甘い物がいい。」
  「チョコレート!!」
  甘い物大好き人間エドの顔が、パッと輝く。
  「開けてもいい?」
  可愛らしく首を傾げながら尋ねるエドに、ロイも
  微笑みながら頷く。
  「やったー!!」
  エドは、左手に嵌めている白い手袋を外す。
  嬉々としてラッピングを外して、中のチョコレートを
  頬張るエドに、ロイはニヤリと笑いながら尋ねる。
  「鋼の。」
  「何?」
  ニコニコと上機嫌でエドはロイに顔を向ける。
  「好きかい?」
  何がとはあえて言わないロイの問いに、エドは
  疑いもせずに、ニコニコと微笑みながら
  思いきり首を縦に振る。
  「うん!大好き!!」
  「そうか。好きか・・・・・。」
  満足げに頷くロイに気づかず、エドは再び
  チョコを食べようと、箱からチョコを一つ取り出す。
  「鋼の。」
  それを見たロイはニヤリと笑うと、
  チョコを手にしたエドの左手首を掴む。
  「た・・大佐!?」
  いきなり手首を掴まれ、呆然とするエドに、
  ロイは蕩けるような笑みを浮かべると、
  そのままエドの左手を自分の口元に運ぶ。
  「美味しそうだ。私も一つ貰ってもいいかね?」
  そう言うと、エドの返事も待たずに、
  そのままエドの左の指毎チョコを口の中に入れる。
  視線をエドから離さずに、ゆっくりとチョコで汚れた
  左の人差し指と親指を丁寧に舐めるロイに、エドは
  瞬間真っ赤になって、動きが固まる。
  そんなエドにクスリと笑いながら、漸くロイはエドの
  指を解放すると、ニッコリと微笑みながら言った。
  「おめでとう。これで私達は晴れて恋人同士だ。」
  「・・・・・・はぁああああ!?」 
  突然のロイの言葉に、エドは絶叫すると、椅子から
  立ち上がる。
  「・・・・・落ち着きたまえ。鋼の。」
  「これが、落ち着いていられっか!
  どこをどうやったら、そんな馬鹿な話に
  なるってんだっ!!!!」
  キャンキャンと喚き出すエドに、ロイは
  余裕の笑みを浮かべながら、エドの問いに答える。
  「鋼の。今日は何日だったかな?」
  「何日って・・・・確か・・・・2月の・・・・・。」
  そこで、ハッとなるエドに、ロイは
  大きく頷く。
  「そう。今日は2月14日。バレンタインだ。」
  途端、顔面蒼白になるエドとは対照的に、
  ロイの機嫌はさらに良くなっていく。
  「チョコレートを贈って、愛の告白をする日なのだよ。
  鋼の。」
  「・・・・いつ告ったんだよ・・・・。」
  むーっと頬を膨らませるエドに、おやおやと
  ロイはわざとらしく肩を竦ませた。
  「おやおや。君は自分が言った事も覚えていないのかね?
  先ほど『好きかい?』と尋ねたとき、『うん!大好き!!』と
  満面の笑みで頷いてくれたではないか。」
  「あ・・・あ・・あれはっ!!チョコが好きかって!!」
  真っ赤になって怒鳴るエドに、ロイはニヤリと笑う。
  「何時、私がチョコが好きかと尋ねたのかね?」
  「う・・・・。」
  言葉に詰まるエドに、さらにロイは追い討ちをかける。
  「それに、君からのチョコレートも貰った事だし、
  これで、私達は立派な恋人同士になったのだよ。」
  分かったかね。と、ロイはエドの左の甲に唇を寄せる。
  真っ赤になりながらも、エドは最後の抵抗を試みようと
  口を開きかけるが、それよりも早く、ロイは口を開く。
  「エドワード。」
  ドキリ。
  普段は『鋼の』としか呼ばないのに、いきなり名前を
  呼ばれ、エドは激しく動揺する。
  (大佐の馬鹿〜。こんな時に名前なんか呼ぶな〜!)
  真剣な表情のロイに、エドは眼が離せなくなる。
  「エドワード。愛している。」
  一字一句、丁寧に、誠実にロイはエドへの想いを込めて、
  囁く。そして、まるで壊れ物にでも触れるかのように、
  エドの身体を抱き締めると、エドの肩口に頭を乗せる。
  「愛しているんだ。誰にも渡したくない・・・・・。」
  悲痛なまでのロイの言葉に、エドはそっとロイの首に
  両手を回すと、ギュッと抱き締めた。
  普段は憎らしい程余裕があるロイが、こんなに余裕のない
  姿を自分だけに晒してくれるという事実に、エドの心は
  徐々に満たされていく。
  「俺・・・俺も・・・大佐が・・・ロイが好き・・・・。」
  今まで、ロイが女性といるだけで、モヤモヤとした感情に
  悩まされていただけに、ロイへの想いを自覚した今と
  なっては、エドは素直にロイへの想いを口にする。
  「エドワード!!」
  途端、エドはロイに力強く抱き締められる。
  「好き。大好き。ロイ・・・・。」
  エドは、そう呟くと、そっと眼を閉じて、幸せそうに
  ロイの口付けを受け入れるのだった。




  「あれから、1年が経つのか・・・・。」
  カレンダーを見ながら、ロイは感慨深げに呟いた。
  エドワードと想いを通じ合わせてから、1年。
  再びバレンタインの季節が巡ってきた事に、
  ロイは微笑みながら、ふと窓の外を眺める。
  旅に出ている恋人を頭に思い描きながら、
  今年は何を贈ろうかと真剣に悩むロイの顔には、
  幸せそうな笑みが広がっていた。


                                FIN.