最年少で国家錬金術師の資格を得た
エドワード・エルリックは、老若男女を問わず、
人気がある。
標準より小柄な身体、愛くるしい顔。
あの大きな金の瞳で、はにかみながら、にっこりと微笑まれたら、
例え情け容赦のない、凶悪犯人であろうとも、一発で
落ちる事は、言うまでもない。
これは、その人気故に起こった、事件の詳細である。
作成者:リザ・ホークアイ東方支部支部長
『エドワードストーカー事件報告書』より抜粋
「車を出せ!手のあいてる者は、
全員大通り方面だ!!」
冷静沈着で、普段から常に余裕の表情を崩さない、
ロイ・マスタングの慌てた様子を、ホークアイは、
信じられないというように、じっと見つめた。
「ホークアイ中尉、私も出る。車の用意を!・・・・中尉!!」
動かないホークアイに、ロイはイライラと叱咤する。
その声に、ハッと我に返ったホークアイは、
自分の近くにいる兵士に、エドワード捜索と、車を回すように
指示すると、全てを蹴飛ばすような勢いで、玄関へと歩き出す
ロイの後を、慌てて追いかけた。
「大佐・・・・。」
なんと声を掛けて良いものかと、一瞬言葉に詰まるホークアイに、
ロイは、フーッと溜息をつくと、歩くスピードをやや遅くすると、
ホークアイに謝罪をする。
「・・・・すまなかった。中尉。君に当たったりして。」
「いえ!私の落ち度です。申し訳ありません。」
ホークアイは、キュッと唇を噛み締める。勤務中に惚けるなど、
軍人にあるまじき失態だ。一瞬のミスが取り返しのつかなくなる
場合に繋がるということを、ホークアイは、身に染みて分かっている。
しかも、今回は、実の弟のように可愛がっているエドワードと
アルフォンスの命が掛かっているのだ。失敗は許されない。
「大佐!中尉!!」
玄関では、事情を知らされたハボックが、珍しく真剣な表情で
車の前で待機している。
ロイは、ハボックに無言で頷くと、そのまま車の後部座席へと
滑りこむように乗り込む。ホークアイは助手席へ、ハボックは
運転席へと素早く乗り込むと、大通り方面へと車を走らせる。
それを見送る兵士に、まだ事情を知らされていなかった
兵士が、声をかける。
「おい、大佐達、慌てて、何処へ行ったんだ?ボビー。
タッカーの死体はどうするって?」
「それどころじゃねーよ!!リチャード!!大変なんだぞ!!」
暢気な同僚に、やや切れ気味に捲くし立てる。
「おい、落ち着けって。」
「これが、落ち着いていられるかってんだ!エドワードさんが、
襲われるかもしれねーって時に!!」
その言葉に、リチャードと呼ばれた兵士が、ピクリと反応する。
「なっ!それって、どういう事なんだ!!」
リチャードは興奮のあまり、目の前のボビーの胸倉を掴むと、
ガシガシと揺さぶる。
「く・・・くるし・・・・。」
半分白目を向くボビーに、気付き、リチャードは慌てて
手を離す。
「わ・・悪い。大丈夫か?ボビー。」
「お・・おう。そんな事よりも、エドワードさんを探さなくては!
お前、知っているか?」
半分、涙目になりながらも、ボビーは、リチャードに尋ねる。
「いや、今日はまだ会っていない。それよりも、エドワードさんが
襲われるって・・・一体、誰に?マスタング大佐か?」
大佐がエドワードにご執心なのは、東方司令部の中では、
有名な話である。先ほど慌てて出ていった大佐の姿に、
ふと、そんな事が頭を過るリチャードだった。
「いや、それならまだ良い方だ。いざとなったら、ホークアイ中尉の
怒りの拳銃が大佐の暴挙を止めてくれる。俺も、良く分からない
が、今回は、確か・・・スー・・・スカー・・・・?」
エドワードを狙う男の名前を思い出そうと考え込むボビーに、
リチャードは血走った目を向ける。
「それを言うなら、ストーカー じゃないのか!?」
「あぁ、そうだ!そのストーカーだっ!!」
スカーとストーカー。一字違いだが、二人にはどうもいい事だった。
エドワードを狙うという点では、同意語なのだから。
「そう言えば、最近、エドワードさん、誰かに見られているって
脅えてたな・・・・・。」
その時の、脅えたような儚い顔のエドワードの表情が、リチャードの
脳裏に浮かび、彼の心の中では、エドワードへの保護欲が、
メラメラと一気に燃え上がる。雨にも関わらず、背中に炎を背負っている
姿は、某雨の日無能大佐も見習って欲しいものだ。
「そりゃあ、エドワードさんは、犯罪的に可愛い!じっと見つめていたい
気持ちも、わからないではない!でも、だからと言って、エドワードさんを
恐がらせ、あまつさえ、襲うなんて奴は絶対に許せん!!
そうだろ!ボビー!!」
「おう!勿論だ!!よし!他の奴らにも言って、エドワードさんを
探そうぜ!また後でな!」
ボビーとリチャードは、お互い頷き合うと、それぞれ別々の方向へ
走り出して行った。
「ほーっ、豆はみんなに愛されてるなー。」
物陰から、一部始終見ていたヒューズは、ニヤニヤと笑いながら、
走り去る二人の後ろ姿を見送って言った。
「ふむ。皆にそれほど好かれる、エドワード・エルリックという者、
早く会ってみたいですな。」
ヒューズの傍らに立つアームストロングの言葉に、ヒューズは
ニヤリと笑う。
「じゃあ、俺達もエド捜索に向かうか。」
「了解。」
ヒューズ言葉を受け、アームストロングは、敬礼をしながら、
心の中では、まだ見ぬエドワード・エルックに思いを馳せ、
ワクワクしていた。
こうして、リチャードとボビーから事情を聞いた、東方司令部の面々は、
仕事を放り出して、アイドルエドを救おうと、エドワード捜索に
全力を尽くした。最初、必死の形相でエドワードを探している
大勢の軍人の姿に、街の人達も遠巻きに眺めていたが、
エドがストーカーに狙われると聞き、エドを密かに思っていた
人や、純粋にエドに好感を持っている街の人たちも、エドワード
捜索隊に、次々と加わり、何時の間にか、イーストシティ全体を
巻き込んだ、大捜索隊へと、どんどん膨れ上がっていくのに、
時間は掛からなかった。
「鋼の・・・エディ・・・・。一体何処へ・・・・・・。」
街がそんな状態になっているとは、思っていないロイは、
まだ見つからないエドの姿を捜し求めて、雨を憎々しげに
思いながら、眼を皿の様にして、窓にへばり付いて、
外を見ていた。
「大佐!あれ!!」
ハボックの言葉に、ロイは前方を見ると、手を大きく振り上げて、
こちらを呼んでいる一人の兵士の姿が飛びこんできた。
「よし!そちらへ回せ。」
ロイの指示に、ハボックは男の元へ車を寄せると、窓を開ける。
「マスタング大佐!エドワードさんの居場所が分かりました。」
敬礼する兵士に、ロイは無言で先を促す。
「大時計台から西へ約500Mほど行った、路地裏だそうです。
建物が破壊されているので、直ぐに分かります。
今、捜索隊全員がそちらへ向かっています。以上!」
「ご苦労だった。ハボック・・・。」
敬礼する兵士に、労いの声をかけると、そのままハボックに
出るように指示を出そうとした所、兵士の言葉が割り込んできた。
「大佐、後で自分も向かいます。エドワードさんをストーカーする
輩は、許しておけませんよ!!」
興奮気味の兵士の言葉に、ロイはピクリと反応する。
「ス・・ストーカー・・・・?」
ロイの言葉に、兵士は大きく頷く。
「はい!最近、ストーカーに狙われてるって、エドワードさんも
言って・・・・・・。」
「ハボック、直ぐに車を出せ!急げ!!」
兵士の言葉を遮り、ロイはハボックに車を出すように指示を飛ばす。
「イエッサー!」
ハボックは、車を急発進をさせると、大時計台の方向へと
急ぐ。
「どういうことでしょうか・・・。」
ポツリと呟くホークアイの言葉に、ロイは憎々しげに呟いた。
「スカーだけでなく、ストーカーも私のエディを狙っていたとはな・・・。」
「大佐、所有格をつけるのは、お止め下さい。」
一体、何時からあなたの”エディ”になったんですかっ!と、
ルームミラー越しにロイを睨むホークアイの眼が訴える。
「あれじゃないんッスか?ほら、良くあるじゃないですか。
行きすぎたストーカー行為で、相手の周りの人間を攻撃するって、
やつ。」
ハボックが、咥えタバコをピクピク振りながら、会話に割り込む。
「今まで殺された、国家錬金術師とエディの接点はないが?
唯一の例外はタッカー氏だが・・・・・。」
それ以外、あってたまるかと、ロイの眼が言っているのを、
ルームミラーで確認したハボックは、肩を竦ませた。
「ストーカーには、それは関係ないと思いますが?エドと
同じ国家錬金術師である事が、許さないとか?」
それに、エドが最近出入り始めたタッカーが殺された事も
ある。可能性は否定できない。
「だが、そうなると、何故私が真っ先に狙われないんだ?
私が一番エディと親しい・・・・・。」
「・・・・と、思っているのは、大佐だけだと思いますが。」
ロイの言葉に、ホークアイは冷静にツッコミを入れる。
「まっ、大佐の場合、女性関係が激しいですからね。
ストーカーも、問題外と見なしたのでは?良かったですねー。
狙われなくて。」
ハボックの言葉に、ロイの怒りが爆発する。
「良くない!!私は、ずっとエディ一筋・・・・。」
「・・・・では、ないですね。確か、エドワード君が滞在している
日以外では、デートに忙しかったと、記憶しておりますが。」
ジトーッと、ホークアイはロイを振り返る。
「・・・・それはっ!!」
言葉を詰まらせるロイに、ハボックは同情を込めた目を向ける。
「素直になりましょうや。大佐。」
「う・・・・うるさい!ハボック!!エディが危ない!
非常事態だ。信号無視もスピード違反もやっていい。
私が許可をする!」
「・・・・イエッサー・・・・って、ホークアイ中尉、一体何を・・・・。」
黒いオーラを漂わせながら、ホークアイは自分の拳銃の手入れを
始めた。
「フフフフ・・・・。私の目の前でエドワード君達を狙う、
馬鹿な人間には、躾が必要だわ。」
こんな事なら、バズーカー砲の一つや二つを持ってくれば良かった。
この車には、他にライフル銃しか乗せていないのよね・・・・。と、
酷く残念そうに言うホークアイに、ハボックは、背筋が凍るのを
感じ、恐怖を和らげる為にも、運転に集中するのだった。
右腕を無くし、褐色肌で、顔に傷を持つサングラスをかけた
大柄な男に額を押されているエドの姿を
見つけた瞬間、ロイは車が止まるのを待たずに、
転がるように外へ飛び出すと、拳銃を片手に体勢を
整え、空に向かって銃をぶっ放す。
「そこまでだ。」
銃声の音に気付いた男とエドは、ハッとして、ロイに
視線を向ける。
「危ないところだったな。鋼の。」
「大佐!こいつは・・・・・。」
自分に縋るように見つめてくるエドの可愛らしさに、ロイは思わず
ニヤケてまいそうになる頬を引き締めると、エドを安心させるような、
包容力のある笑みを浮かべて、状況を説明する。
「その男は一連の国家錬金術師殺しの容疑者だったが・・・・・
この状況から見て確実になったな。」
ロイは、一歩前に出ると、男に向かってキッと睨み付ける。
「お前は、鋼の錬金術師エドワード・エルリックの・・・・・・・
ストーカーだな!!」
その言葉に、エドは怒鳴り出す。
「馬鹿大佐!!何訳の分かんねぇこと、言ってんだー!!」
「最近、鋼のに妙な視線を送っているのは、貴様だな!!」
ロイの言葉に、思い当たる節があるエドは、ハッとして、
男を睨む。
「・・・・・錬金術師とは、元来あるべき姿の物を、
異形の物へと変成する者・・・・・。
それすなわち、万物の創造主たる神への冒涜。
我は神の代行者として裁きをくだす者なり!」
サングラス男の主張に、ロイの眉が不快そうに
寄せられる。
“なるほど、直訳すると、エドに近づく者は、
神の名の元に、排除するって訳か・・・・・・。”
長年、錬金術の暗号化の為か、ロイは言葉通りに
物事を受け取るという事が、かなり苦手である。
人の言う事を、自分の都合の良い解釈をするのは、
当たり前。全く事実無根の事を、勝手に捏造するのは、
得意中の得意。
ロイは、男への怒りをさらに燃え上がらせる。
「それがわからない。世の中に、エディを想う奴は数多くいるが、
何故、この私を真っ先に狙われないとは、どういう訳だ?」
話が全く噛み合ってない事に、ウンザリしたのか、男は溜息と
共に言葉を吐く。さしずめ、人の話を聞かない人間には、
何を言っても無駄だであろう。
「・・・・・どうあっても、邪魔をすると言うのならば、
貴様も排除するのみだ。」
「おもしろい・・・・・。」
男の言葉に、ロイはニヤリと笑うと、拳銃をホークアイに放り投げ、
右手に錬成陣が書かれた、発火布で作られた手袋を
嵌める。
「マスタング大佐!」
雨の日の焔を出せないくせに、こいつは何をやってるのだと
ばかりに、ホークアイはロイの名前を呼ぶ。その声に反応した
のは、肝心のロイではなく、意外にも男の方であった。
「マスタング・・・・・。国家錬金術師の?」
「いかにも!『焔の錬金術師』ロイ・マスタングだ!」
男に見せつけるように、右手を翳す。
「神の道に背きし者が、裁きを受けに自ら出向いて来るとは・・・・
今日はなんと佳き日よ!!」
「私をエディの恋人と知ってなお、戦いを挑むか!!」
「愚か者め!!」
一触即発の緊迫した場面を崩したのは、ホークアイだった。
ホークアイは、ロイの足を払いのけ、男に対しては、自分とロイの
二丁の拳銃をぶっ放す。
「いきなり何をするんだ君は!!」
倒されたまま怒鳴るロイに、ホークアイは感情を抜き去った、
冷ややかな眼を向ける。
「雨の日は無能なんですから、、下がっててください。
大佐!それに・・・・・・。」
ホークアイは、ゆっくりと銃をロイへ向ける。
「先ほど、エドワード君の恋人がどうのと、事実無根な
発言があったようですが・・・・。」
「事実・・・・。」
だろう!というロイの言葉を遮り、ホークアイは銃をロイの額に突きつけた。
「大佐、不適切な発言は控えていただきますように、お願いします。」
「いや、だから・・・・・。」
なおも、言い募ろうとするロイに、ホークアイの眉がピクリと動く。
「お願いします。」
「は・・・はい・・・・。」
ホークアイの本気を感じ取ったロイは、力なく頷く。その様子にホークアイは
満足そうに微笑むと、座りこんだままのエドに、そっと自分が着ていた
上着をかけると、安心させるように、優しく微笑む。
「大丈夫だった?エドワード君。」
「ホークアイ中尉・・・・・。ありがとう・・・・。」
にっこりと、ホークアイに惜しげもな笑みを浮かべるエドに気付いたロイは、
悔しそうに、ハンカチを噛み締める。
「ずるいぞ!中尉!それは、私の役なのに!!」
だが、二人はそんなロイを無視して、アルフォンスを交えて、のほほんと
談笑をし始めるのだった。
アームストロングの活躍により、ストーカー男を倒すことは
出来なかったが、追い払う事に成功した東方司令部の
面々(ロイを除く)は、以後こんなことが2度と起こらないように、
ホークアイを中心とした、エドワード親衛隊東方支部を
結成した。何故、支部なのかというと、以前、アルフォンスが
リゼンブール時代に、ウィンリィと共に、エドワード親衛隊を
発足させた事を聞いていたからだ。
「と、言うわけで、私達も、全面的にアルフォンス君達と共同で、
エドワード君を守りたいのだけど、どうかしら?」
壊れたエドの腕を直すため、リゼンブールへ旅立つ日の朝、
ホークアイは荷造りされた、エドワード親衛隊隊長の
アルフォンスに尋ねる。
「うわあ!中尉達が協力してくれるなんて嬉しいです!
ウィンリィもすごく喜んでくれますよ!!
僕1人じゃ、大変だったんです。なんせ、あの兄ですから・・・。」
行く先々で、エドのファンクラブが出来て大変だったのだと言う
アルの言葉に、ホークアイは優しく頭を撫でる。
「そうだったの。大変だったわね。」
労わりに満ちたホークアイの言葉に、アルは恥ずかしそうに
へへッと笑った。その姿が、年相応の12歳の子どもに見えて、
ホークアイは、嬉しそうに眼を細める。
「・・・・ところで、あの男の人は、結局なんだったんでしょうか・・・。」
エドのストーカーにしては、ちょっと違うような気がしている
アルフォンスだった。
「本当に、あの人、兄さんのストーカーだったんでしょうか・・・・?」
心配そうに自分を見上げるアルに、ホークアイは苦笑する。
「彼の目的は、現時点では、良く分からないわ。ただ、一つだけ
言える事があるわ。エドワード君のストーカーは、別にいる。」
「だっ、だっ、誰なんですかっ!!」
アルの問いに、ホークアイは無言で後ろを指差す。
そこには、ホークアイの妨害によって、リゼンブールに行けない
ロイが、エドにべったりと貼りついていた。
「ま・・まさか・・・大佐・・・・?」
驚くアルに、安心させるように、ホークアイは拳銃片手に
力説する。
「心配しなくてもいいわよ。アルフォンス君。エドワード親衛隊
東方支部の名にかけて、大佐の暴走を止めてみせるから!!」
「ありがとうございます!!ホークアイ中尉!!」
頼もしいホークアイの言葉に、アルは何度もお礼を言う。
こうして、アルフォンス公認の、エドワード親衛隊東方支部の
活動はスタートしたのだった。
FIN
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とりあえず、東方支部結成秘話です。
話の都合上により、この時のエドの年齢は、13歳って
事になっています。