Stay by my side
〜 陽だまりの中で 〜
第49話 君の為にできること
「!!」
ノックと共に執務室へ足を踏み入れたホークアイとイズミは、
その惨状に、思わず絶句した。
床の上に散らばった書類や本。
ひび割れた窓ガラス。
そして、手から血を流し、部屋の中央で無表情で立ち尽くすロイの姿。
まるで、部屋の中で嵐が起こったかのような
部屋の状態に、普段冷静沈着を売りにしている副官ですら、
言葉をかけることすら出来ずに、暫し固まってしまった。
「・・・・何故だ・・・・。」
ポツリとロイが呟く。
「・・・何故こんなことになった・・・・?」
ロイは、そう言うと、手に握り締めたままの一枚の書類を
破りだす。
「・・・・大佐・・・・。」
未だ無表情で、書類を細かく破くロイに、ホークアイは
戸惑いを隠せない。こんなに自暴自棄になったロイを
見るのは、初めてだからだ。あの過酷なイシュヴァールの
戦いですら、これほどの衝撃を受けたロイを見ることは
なかったのに。
そう思うと、ホークアイはキュッと唇を噛み締める。
今、ロイが破いている書類は、今朝、セントラルから
届いた大総統からの書状であることは、ホークアイには
一目でわかった。内容は、ジョシーとの婚約を
命じるものだった。
「・・・・何故だ。何故・・・・エディ!!」
ロイはこれ以上にないほど、細かく契り終わると、
苛立ちと共に、机を何度も叩き始める。
「何故だ!何故私はエディと共に歩めない!?
軍人が・・・・国家錬金術師には、人を愛する
資格がないとでもいうのか!!」
魂を揺さぶるような悲痛なロイの叫びに、
ホークアイは震える手を叱咤しながら、そっと
愛銃に手をかける。一刻も早くロイを
正気に戻らせなければ。
ホークアイは、その思いだけで引き金を引こうと、
ホルダーから引き抜こうとするが、その直後、
自分の横を疾風が走り、次の瞬間には、
ロイが宙を舞っていた。どうやら、イズミの
実力行使の方が早かったようだ。
「た・・・大佐!?」
「ったく、情けない男だね!!」
ダン!!
慌てて駆け寄ろうとするホークアイを眼で制すると、
イズミは床にうつ伏せになって倒れるロイを、
足で蹴飛ばして、仰向けにする。
「・・・・・イズミさん・・・?」
ノロノロと上半身を起しながら、視線をイズミに向けるロイに、
イズミはニヤリと笑う。
「漸く、正気に戻ったようだね?ロイ・マスタング。」
イズミは、ロイの胸倉を掴むと、持っていた
号外を目の前に突きつける。
「これは、一体どういうことか、説明してもらおうか?」
「・・・・・・大総統夫妻の嫌がらせですよ。」
ロイは、忌々しそうな顔で、号外をひったくるように
して受け取ると、クシャリと握り締める。
「・・・・まぁ、何にせよ、おめでとう。将軍閣下の
ご令嬢との婚約が決まったそうだな。」
「私は!!」
イズミの言葉に激昂するロイに、イズミは鋭い視線を
向ける。
「私は、何だ?軍人が、上官・・・・しかも、大総統の
命令に逆らえるとでも?」
「・・・・・私は、エディだけを愛している・・・・。」
真っ直ぐにイズミを見据えるロイに、イズミも真っ向から
視線を受け止める。
「・・・・何故、エドなんだい?」
どれくらいの間、睨みあっていただろうか。
ポツリと呟くイズミに、ロイはフッと瞳を和らげる。
「・・・・わかりません。初めて遭った時、
私の心にエドワードが飛び込んできた。
そして、彼女を知れば知るほど、彼女への想いが、
この胸から溢れてくるんです。こんなに
人を愛おしいと思った事は、なかった・・・・・。」
ロイは、大切な何かを包み込むように、そっと自分の
胸元を掴む。そんなロイに、イズミは、厳しい
顔で見据えながら、溜息をつく。
「・・・・・私は、軍人が・・・まして国家錬金術師に、
人を幸せにすることは、出来ないと思っていた。」
イズミの言葉に、ロイの身体がピクリと揺れる。
「・・・・戦争が始まれば、真っ先に戦地に赴く
事になる軍人と一緒になったって、苦労するだけだと、
そう思っていたんだ・・・・。」
イズミは、そこまで言うと、深い溜息をつく。
「しかし、だからと言って、それが全てを否定する
理由には、ならないんだな・・・・。」
イズミは、キッと顔を上げると、ロイを再び見据える。
「愛する人と一緒になれないのは、軍人や国家錬金術師を
夫に持つ苦労以上に、辛く悲しいことだ。」
「イズミさん・・・・・。」
唖然となるロイに、イズミはクスリと笑う。
「私がこんなことを言うのはおかしいかい?」
「い・・・いえ!そんな訳では!!」
慌てて首を振るロイに、イズミは声を上げて笑う。
「いや、今まで散々、軍人、とりわけ、国家錬金術師を
忌み嫌っていたからね。あんたが唖然となるのは、
無理もない。」
「・・・・・理由を聞いても?」
どんな心境の変化があったのかと、訊ねるロイに、
イズミはニヤリと笑う。
「幸せなんて、周りではなく、当人達が決めるのだと、
思い出したのさ。」
そこで、イズミは、スッと真顔になる。
「さて、これからあんたは、どうするのかい?
大総統の命令で、将軍令嬢と婚約するのか、それとも・・・・。」
「こんな馬鹿げた命令を取り下げさせ、エディと結婚します。」
イズミの言葉を遮ると、ロイはキッパリと言った。
「・・・ったく、現金な男だねぇ。」
先ほどまで、死んだような無機質な瞳をしていた男が、焔が点った瞳で
言い切る姿に、イズミは呆れたように肩を竦ませる。
「善は急げだ!これからセントラルに!!」
慌てて立ち上がり、部屋を出て行こうとするロイだったが、
ピタリと額に突きつけられた硬い感触に、思わず動きを止める。
「・・・・どちらへ?大佐。」
まるで地獄の底から聞こえてくるような低い声に、
ロイは冷や汗をダラダラと流す。
「頼む!見逃してくれ!中尉!!」
土下座せんばかりに頭を下げるロイに、ホークアイは、
ニッコリと微笑む。
「・・・・・この惨状を放置して・・・ですか?」
訳:まさか、私に後始末をさせる気ではないでしょうね?
ホークアイの氷の微笑に、ロイの身体が凍りつく。
「いや・・・その・・・・。」
「それに、今日までの締め切りのものが、山となっていた
はずですが・・・・どこへいったのかしら?」
わざとらしく、床に散らばった書類を見回しながら、
ホークアイは呟く。
「・・・・・しかし。こうしている間に・・・・。」
往生際の悪いロイに、ホークアイは手にした銃の
セーフティをゆっくりと外す。
「やることをやらない人間の主張など、誰も
聞く耳を持たないというのが、私の持論です!!」
バキューーーン
バキューーーン
バキューーーーン
ロイの執務室に、数発の銃声が響き渡った。
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