Stay by my side 〜陽だまりの中で〜

番外編 ボクのお父さん



6月の第3日曜日。
ここ、セントラル学園小等部では、
朝から子供たちがそわそわと落ち着きがない。
何故、日曜日に授業があるのか。
それは、補習授業と言うわけではなく、
今日が父の日で、父親参観日だからである。
そんな訳で、朝から子供たちは浮き足立っている訳
なのだが、その中で、一人暗く沈んでいる子供がいた。
黒い髪に黄金の瞳を持つ男の子。
男の子は、その日何度目かの溜息をつくと、
黒板の上にある時計を睨みつける。
あと5分もしないうちに、授業が始まる為、
既に殆どの父親が教室に入っている。
そんな父親にべったりと子供もじゃれて
教室内はとても賑やかになっている。
そんな中、何故男の子が暗い表情をしているのかと
言うと、彼の父親がまだ到着していないからだ。
「・・・・来るわけないもん。」
ふぅと男の子は深く溜息をついた。
男の子の名前は、レイ・マスタングという。
父親譲りの黒髪に、母親譲りの金眼という珍しい色彩を持っている。
その上、結婚していても、毎年結婚したい男性NO1に輝いている
父、ロイ・マスタングと結婚したい女性NO1に輝いている母、
エドワード・マスタングを両親に持つレイは、
非常に整った容姿をしている。そんな見目麗しい子供が、
一人溜息をつく姿は、非常に眼がいくのだが、子供の父親が
一体誰かと知っている父親達は、理由が分かっているだけに、
哀れみの眼を向ける。
レイの父親が、国軍中将の地位にあり、つい一週間前から、
東部で起こった大掛かりなテロの対応に追われていて、
イーストシティで陣頭指揮を取っているからだ。
当然、今日の父親参観日に来れる訳がない。
可哀想にと思いながらも、父親達もどこかそわそわと
落ち着きがなく教室の入り口を気にしている。
「エドワードさんも来ないのか?」
誰かの声に、ピクリとレイの耳が反応する。
その声の方に、キッと鋭い眼を向けると、
数名の父親達が慌てて視線を反らす。
”おあいにく様!母様だって来る訳ないんだ!
だって、今日が父親参観日だって、
誰にも伝えてないもん!”
レイはベーッと内心舌を出す。
自分を激愛している父の事、
父親参観日の事を伝えたら最後、
仕事を放り出しても、絶対に来てくれるだろう。
そうなれば、周りの人間に迷惑が掛かる。
それでは駄目だと、レイはブンブンと
首を横に振る。
「それに、絶対に父親が参加しなければ、駄目って
訳でもないし・・・・。
現に忙しい父親に代わって、母親が参加する子供も
いる。しかし、レイはあえて母親であるエドにも
今日の事を告げてはいなかった。
何故なら、狼の群れに、子羊を放つようなものだからだ。
”母様、天然だから・・・・。”
若干19歳で出産した母は、姉ですと言っても
通用するくらいに、実年齢よりも幼く見える。
その上、自分に向けられる好意に鈍感で、
結婚前、母様をお嫁さんに貰う為、父様はすごく
苦労したのだよと、幼い頃から、父親に聞かされ
続けていたレイは、父が不在の時は、
自分が母を守るのだと使命感に燃えに燃えていた。
おまけに、今、母はお腹に赤ちゃんがいるのだ。
そんな状態で、もしも何かがあったらと思うと、
レイは心配で授業に集中できないだろう。
”ボクは、お兄ちゃんなんだから!
母様と赤ちゃんを守るんだから!!”
そう決意を新たにするが、やはりまだ小学一年生。
他の友達には、父親が来ているのに、自分には誰にもいない
状況に、自分が計画したとはいえ、自然眼に涙が浮かぶ。
「頑張るんだもん!頑張るんだもん!!」
ぐぃっと袖で涙を拭うレイの頭を、ポンポンと
叩く者がいた。
「何を頑張るのだね?」
優しく囁かれる言葉に、レイは驚いて顔を上げると、
そこには、いるはずもない人物が微笑みながら立っていて、
アングリと口を開けて驚く。
「何で・・・・・ここに・・・・。」
唖然としているレイに、男はにっこりと微笑んだ。
「息子の授業参観日に来てはいけないのかね?」
男の言葉に、レイはニッコリと微笑む。
「・・・・・・なんで、ここにいるんですか?
ライ伯父さん?
途端、レイの頭を撫でていた男の手が止まる。
「・・・・レイ?お父さんを忘れてしまったのかい?」
ニーッコリと笑う男に、レイもフルフルと首を横に振る。
「ボクが父様を忘れる訳がないじゃないですか。
だから、なんで、ここにいるんですか?ラ・イ・お・じ・さ・ん?」
今度はご丁寧に一字一句区切って名前を呼ぶレイに、男は
不機嫌そうな顔で、レイの髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回す。
「ちょっ!!やめてくださいライ伯父さん!!」
慌てるレイに、男・・・ライは、フーッと大きく息を吐く。
「ったく!お前といい、エドちゃんといい、どーして
俺とロイの区別が一目でつく訳?自分で言うのもなんだけど、
かなり似ているはずなんだぞ?なんせ、一卵性双生児だし・・・。」
折角軍服まで借りたのに・・・・。
自信無くしちゃうよとブツブツ文句を言うライに、レイはキョトンと
首を傾げる。
「何で区別つかないの?全然違う人間なのに?」
心底不思議そうに訊ねる甥に、ライは苦笑する。
「ほーんと、お前はエドちゃんにそっくりだなぁ〜。」
可愛い可愛いと今度はギュ〜と抱き締められ、レイはアタフタする。
「ちょっ!苦しい!!」
「ああ、ごめんごめん。」
ハッハッハッと豪快に笑われ、レイは乱れた服装を直しながら、
ライに訊ねる。
「ボク、母様に似てるの?皆は父様にそっくりって言うけど・・・・。」
「ああ・・・エドちゃんにも似ているし・・・・ロイにもそっくりだ。特に・・・。」
そう言って、ライは真剣な表情でレイの顔を覗き込む。
「何でも自分で抱え込んじゃうところが。」
ギクッと顔を強張らせるレイを、ライはジッと見据える。
「どーして、父親参観日を皆に黙ってた?」
「そ・・・それは・・・。」
顔を逸らすレイの顎を捉えると、ライは向けさせる。
「どーせ、父様は仕事が大変だからとか何とか、変に遠慮したんだろう?」
「・・・・・・・。」
黙り込むレイに、ライは笑いながら、クシャリと頭を撫でる。
「あのなー、何も話せないほど、お前の父親は、そーんなに情けない男かな?
まぁ、雨の日は無能だし、毎日副官に叱られながら、仕事して・・・・。」
「父様は情けなくない!!」
ブンブンと首を振るレイに、ライはニッコリと笑う。
「だったら、ちゃんと話すんだ。」
「でも・・・・。」
逡巡するレイに、ライは更に言葉を繋げる。
「でも・・・じゃない。第一なぁ、嘘がばれた場合、
どうするつもりだったんだ?エドちゃん、可哀想に、
泣き出して、宥めるのが大変だったんだぞ?」
「え!?母様が!?何で!?」
思ってもみなかったライの言葉に、レイは
顔を青褪めさせる。
「エドちゃん言っていたぞ。レイの母親失格だって。」
「そんな!母様は悪くないもん!ボクが!!」
慌てるレイに、ライは大きく頷く。
「そうだ!お前が黙っていたのが悪い。
だから、帰ったら、ちゃんと謝るんだぞ。」
俺も一緒に頭を下げてやるからと言うライに、レイは
初めてクスリと笑う。
「ありがとう!ライ伯父さん!!」
ギュッとライに抱きつくレイに、ライは嬉しそうに
抱き締める。
「今日のところは、ロイの代わりに俺で我慢・・・・。」
「父様の代わりは、いらない。」
ライの言葉を遮り、レイははっきりと告げる。
「レ・・・レイ?」
まさか拒絶されるとは思わず、唖然とするライに、レイは
ニッコリと微笑む。
「だって、ボクの父様はロイ・マスタング一人だもん。
ライ伯父さんは、ライ伯父さん。父様の代わりじゃない。
ボクの大好きな伯父さんだもん!」
「レ・・・レイ・・・。」
アングリと口を開けるライに、レイは楽しそうに笑う。
「だから、代わりとしてじゃなくって、伯父さんとして、
ちゃんとボクの事見てよ!ボク、頑張るから!!」
「レイ〜!!何ていい子なんだ〜!!」
感極まったライは、力強くレイを抱き締める。
「よし!ちゃんと伯父さんが見守るからな!!・・・って言いたいけど、
どうやら、そうも言ってられなくなっちゃったみたいだな・・・。」
心底残念そうに呟くライに、レイはキョトンとなる。
「ライ伯父さん・・・?」
「なぁ、レイ。何で俺が、今日父親参観日だと知っていると思う?」
フルフルと首を振るレイに、ライはクスクス笑いながら、教室の後ろの
扉に眼を向ける。
「?」
釣られて教室の後ろを見ると、今まで気付かなかったが、
何かこちらに向かっているのか、
地響きが近づいてくるのに気付き、レイは恐ろしさのあまり、ライに
縋りつく。
「な・・・何・・・・?」
怯えるレイに、ライは優しく頭を撫でる。
「俺、ここの卒業生なんだよねー。」
「は?」
何を言っているんだと、レイがライを見上げたのと、後ろの扉が
バタンと音を立てて開け放たれたのが、同時だった。
「レイィィィィィィ〜!!」
「と・・・父様!?」
バンと扉を蹴破るように教室に入ってきたのは、父である、
ロイ・マスタングその人。
いつもは、後ろに撫で付けている髪が、ボサボサで、
汗でべったりと額に張り付いている。普段はパリッと
している軍服も、煤と土に汚れてヨレヨレ。肩で息を
しながら、鋭い視線を向ける姿は、まさに手負いの獣。
レイは、父に自分の嘘がばれたので、怒られると、
咄嗟にライの後ろに隠れようとするが、その前に、
ロイの手が早かった。眼にも留まらぬ速さで近づいた
瞬間、ぎゅううううううううとレイを抱きしめる。
「ああ!遅れてすまなかった!!父様を許しておくれ!!」
「ちょ!!どーして、父様が!?テロは?仕事は?」
混乱するレイに、ロイは嬉しそうに微笑む。
「心配しなくても大丈夫だ!!ちゃんと仕事を終わらせたとも!」
踏ん反り返るロイに、レイは唖然と口を開ける。
「終わらせたって・・・。それに、どうして今日の事・・・。」
そこでハッとしてレイはライを見る。
「ライ伯父さんが知らせたの?」
「ライがどうしたって?・・・!!何故、ライがここに!?それに、
その服は私の!!」
今まで息子しか眼中になかったロイは、傍らに佇む自分そっくりな
双子の兄の存在に気付き、息子を抱き締めたまま、慌てて
距離を取る。
「あっ!その態度、ひどいなぁ〜。お兄ちゃん、傷ついちゃう!」
泣き真似するライに、ロイは冷ややかな眼を向ける。
「レイは私の息子だ!誰にも渡さん!!」
ギュウウウとレイを抱き締めるロイに、ライは呆れたように肩を
竦ませる。
「全く・・・どーして、そう独占欲が強いんだ?」
「煩い!父親としての当然の権利を主張して、何が悪い!!」
開き直るロイに、ライは未だ混乱しているレイに、話しかける。
「レイ〜。こんな父親嫌だろ〜?やっぱ、俺に・・・・。」
「ライ!!」
怒鳴るロイに、ライはクスクス笑う。
「じょーだん!冗談だって!そんなに怒るなよ!ロイ。お前が
間に合わないと、レイが可哀想だなと思って、お前の代わりを
しようとした、健気で心優しい兄に、そーいう態度は
よくないぞ?」
「私が間に合わない?そんな訳があるか。参観日に父親が現れない
子供の辛さは、骨身にしみているんでね。」
フッと悲しそうに眼を伏せるロイに、ライも真顔になる。
「だが、礼を言う。いろいろとすまなかった。」
ペコリと頭を下げるロイに、ライはフッと表情を緩める。
「何。いいって事さ!お前が間に合わなかったら、
エドちゃんとレイの三人で擬似親子体験をしようと・・・・。」
「やはり!それが目的かっ!!ライ!!」
激昂するロイに、どこか飄々としているライ。
一触即発な事態に、恐る恐る声がかけられる。
「あ・・・あの〜。そろそろ授業を・・・・。」
今年大学を卒業したばかりの、若い男の教師は、
引き攣った笑みを浮かべながら、間に入る。
その言葉に、ハッと周りを見回すと、
既に席に着席している子供達と、困惑する
親たちの視線に気付き、ロイはレイを
席に戻すと、ライと共に謝罪しながら、そそくさと
教室の後ろへと移動するのだった。