12月8日       ロイ視点      




今日は、珍しく、朝出勤したら、いつもこれでもかっ!!というほど         
積まれている書類が、机の上になかった。
これは、ホークアイ中尉の新手の嫌がらせなのだろうか・・・・・。
「・・・・私は、まだ寝ぼけているのかな?」
人間、不幸に慣れると、普通の幸せが何かとてつもなく
不幸の前触れなのではないかと、勘ぐってしまうらしい。
ハハハと乾いた声で笑っていると、ホークアイ中尉が無表情で、
「では、直ぐに書類をお持ちしましょうか?」などと
脅してくる。
「いや!ないのならばそれでいい!・・・ところで・・・・。」
私は言葉を選びながらホークアイ中尉の表情を観察する。
相変わらずポーカーフェイスが得意の彼女からは、何の情報も
伺い知れない。私は無駄な観察をさっさと切り上げて、単刀直入に
訊ねる。
「何故今日は、書類が一枚も机の上に乗っていないのかね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだ寝ぼけているようですね。大佐。」
途端、ピクリとこめかみを動かしたホークアイ中尉は、目にも
止まらない速さで、私の額に銃を突きつける。
まずい!彼女は本気だ!!
私には、まだエディと幸せな結婚をするという野望を達成していない!
こんなところで死んでたまるか!!
しかし、今の状況は、一歩でも動けば命はないと、本能が告げていた。
さて、どうしたらと冷や汗を出して、ホークアイ中尉から目を離さないで
いると、咥え煙草のヒヨコ頭、もとい、ハボックが、緊張感の欠片もない
のほほんとした顔で、おざなりのノックの後に、ゆっくりと入室した。
「大佐〜。車の準備が出来・・・・何やってんですか?お二人とも。」
ハボックは、呆れたような顔をする。
貴様、そんな暢気な顔で傍観していないで、私を助けろ!!
「・・・・・大佐がまだ寝ぼけていたようなので、ちょっと眠気覚ましにね。」
ホークアイ中尉はゆっくりと銃をホルダーに戻した。
ふう。助かった。
ほっと安堵の息を漏らす私に、ハボックは何事もなかったように、
私に声を掛ける。
「では、直ぐに出発ですか?車は正面玄関に回してあります。」
その言葉に、私は怪訝そうな顔でホークアイ中尉を振り返る。
「どこに行けと?」
「・・・・・・・・今からイーシュへ視察の予定ですが。」
こめかみを引き攣らせながら、ホークアイ中尉は答える。
「イーシュだと!?ここからどれだけ離れていると思うんだ!!」
ここから列車で一日ほどかかる、セントラルとの境に位置するイーシュの
視察!?聞いていないぞ!!
憤慨する私に、中尉は目を細める。
「一週間ほど前にお伝え致しましたが。」
聞いていなかったんですねと低い声で呟かれ、私はヤバイと一歩後ろに
下がった。中尉の手が再び銃に伸ばされたのを見たからだ。
「さぁ、大佐、視察に行きますよ〜。」
そんな私の襟首を掴むと、ハボックはズルズルと引き摺るように、
私を執務室から引っ張り出す。
「離さないか!!私は仮にも上官だぞ!!」
「はいはい、時間が押してますから、急いで下さいね〜。」
タバコをピコピコ動かしながら、ハボックは離そうとしない。
「たった三日の視察じゃないッスか。駄々こねないで下さいよ〜。」
「三日だと!!」
その言葉に、私は慌てた。
冗談じゃない。明日はエディとの約束が!!
「ホークアイ中尉!視察は中止だ!明日私はエディと・・・・・。」
「大佐。三年でセントラルに戻れるように、協力してくれと
おっしゃいましたよね?だから、協力しているんです。我儘言わないで
下さい!」
私の意見をピシャリと跳ね除け、私を車に放り込むように、ハボックに
指示を出す。
「ちょっと待て!!」
だが、無情にも車のドアが閉じられた。
私は、慌ててドアを開けようとするが、ゴリと額に当たる冷たい感触に、
固まる。
「大佐、エドワードちゃんには、キチンと説明をしますので、安心して、
視察に行って下さい。」
私の額に銃を突きつけて笑うホークアイ中尉は、今まで生きてきた中で、
一番恐ろしかった。
「では、いってらっしゃいませ。」
フフフと不敵な笑みを浮かべ、敬礼するホークアイ中尉を、私は固まったまま   
見つめることしか出来なかった。