戦う、大佐さん! 【番外編】

          戦う、中尉さん! 前編

 

 

              「大佐、どうかしたんですか?」
              先程から溜息をつくロイに、ホークアイは愛用の銃を
              いつでも抜けるように手を掛けながら、声をかける。
              「いや!何でもない。さて、昼食に行ってくる。」
              そそくさと逃げるように執務室を出て行くロイと入れ替わるように、
              ヒューズが現われた。
              「ヨォーッス!元気か?」
              「ヒューズ中佐。大佐ならついさっきお昼に出て行きましたが。」
              ホークアイの言葉に、ヒューズは、やや真面目な顔で小声で
              囁く。
              「ロイの奴、最近おかしくないか?」
              「?大佐がおかしいのは、いつものことですが・・・・?」
              訝しげなホークアイに、ヒューズは深い溜息をつく。
              「まぁ・・・そりゃそうなんだが・・・・・。実は、先日リザちゃんが
              エドの前で言った事に、すごく傷ついているみたいなんだよ・・・。」
              「私が言った言葉・・・・?」
              そんなにダメージのある言葉を言ったかしら?と首を傾げる
              ホークアイに、ヒューズは頭をガシガシ掻く。
              「先日、雨の日に、エドの前で、お前さん、ロイに
              【雨の日は無能!!】と言い切っただろ?」
              その言葉に、ホークアイは心外だと眉を顰める。
              「無能を無能と言って、何か不都合でも?」
              その事を思い出して、ホークアイの機嫌は更に下降する。
              エルリック姉弟が無事元の身体に戻れて、1ヶ月後の
              あの日、久し振りにエルリック姉弟が、中央へ遊びに
              やってきたのを良いことに、ロイは仕事を放り投げて
              エドとデートを楽しんだのだった。そこへ、運悪く立て篭もり
              犯と遭遇。エドにカッコよいところを見せるチャンスとばかりに、
              焔を練成しようとしたのだが、あいにくの雨で、全く
              役に立たなかったのだ。直ぐに駆けつけたホークアイと
              エドの活躍により、事なきを得たのだが、一歩間違えれば
              エドに被害が及ぶ状況に、エドワード・エルリックファンクラブ
              会長でもあるホークアイがキレて、エドの前でロイを
              散々叱ったのであった。
              「雨の日は無能なんだから、真面目にデスクワークだけして
              下さい!!」
              その言葉に、青ざめたロイの顔が脳裏に浮かぶ。
              「・・・・・それで?私にどうしろと?」
              私は悪くないと眼で訴えるホークアイに、ヒューズは言う。
              「今度の軍部祭りは、大総統主催の武術大会に決まっただろ?
              あれに優勝してエドに汚名返上したいみたいなんだが、あいにく
              俺はアームストロング少佐とペアを組む事になっていて、あいつ、
              まだパートナーが決まっていないみたいなんだ。」
              「・・・・・大佐の友人が少ないのは、私のせいではないのですが?」
              ホークアイの言葉に、ヒューズは、ニコニコ笑う。
              「そこで、相談なんだが、あいつのパートナーになってくれねぇか?」
              「私がですか?」
              途端、ホークアイの眉が顰められる。
              「当日、エド達も見学するって言うし・・・・なんとかロイにエドを
              このまま捕まえておいて貰わんとこっちの計画が・・・・もとい、
              友人としてロイがあまりにも憐れでな・・・・・。」
              ロイの心配というより、エドをロイの妻にして、自分達と家族ぐるみの
              付き合いをするという計画が駄目になることを心配している
              ヒューズに、ホークアイは呆れた眼を向ける。
              その事に気づいたヒューズは、コホンと咳払いをした。
              「中尉だって、その方が何かと都合がいいんじゃねーか?」
              なんせ、上司の妻になれば、今以上に接点が増えるという
              特典があるのだ。
              「・・・・・本当なら、義理の姉妹になるはずだったのに・・・・。」
              不甲斐無い兄を、ホークアイは心の中で罵倒する。
              でも、自分は兄の幸せよりも、エドの幸せを第一に考えている。
              そのエドがあの無能を選んだのだから、涙を飲んで協力する
              しかない。
              「・・・・・・わかりました。協力しましょう・・・・。」
              「そっか!頼んだぞ!!あっ、でも試合で当たったら、手加減
              しねーからな!」
              嬉々として立ち去るヒューズの後姿を見て、ホークアイは深い
              溜息をついた。













             「2人とも頑張れ!!」
             エドは白いワンピースに、薄手のカーディガンを羽織っており、
             いつもは三つ編みにしている髪を下ろしていた。日差しが強い
             為、無理矢理ロイに持たされた白いパラソルを持つエドワードは、
             誰が見ても良家のお嬢様と勘違いされそうなほど、清楚な
             雰囲気を漂わせていた。
             ロイと恋人同士になったおかげか、エドは漸く年頃の少女の
             格好に戻り、口調もだんだんと女らしくなってきた。その事を
             喜ぶ反面、そうさせたのが無能だという事に、多少引っ掛かりを
             覚えるホークアイだった。
             「君が応援してくれるんだ。絶対に優勝するよ。エディ。」
             愛するエドを前に、あの落ち込みは嘘なのかと思うくらい、
             ロイは上機嫌でエドの手を握って、蕩けるような笑みを
             惜しげもなく向けていた。
             先程からエドを独り占めしているロイに、ホークアイは
             内心怒りに震えながら、これくらいは許されるだろうと、
             さり気なくロイの後頭部を叩く。
             「大佐、そろそろ時間です。」
             「・・・・わかった。今行く。」
             ロイは握っているエドの手の甲に口付けると、にっこりと
             微笑かけた。
             「では、エディ。今夜は優勝祝いだな。」
             ”今夜は寝かせないよ。”
             そう、エドの耳元で囁くとロイは、真っ赤な顔で俯くエドの頬に
             軽く口付けると、ホークアイを従えて控え室へと向かった。
             「・・・・・やっぱ、お似合いだな・・・・・。」
             その2人の後姿を、エドが悲しそうな顔で見送っている事に、
             誰も気づかなかった。









            「・・・・そう言えば、優勝すれば、願い事を叶えて貰える
            んでしたよね。」
            何の気なしに尋ねるホークアイに、ロイは良くぞ聞いてくれたと
            ばかりに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
            「勿論!私とエドワードの結婚だ!!」
            「はぁ!?」
            いきなり何を言い出すのだ。この男は!!と、ホークアイは
            厳しい眼を向けるが、自分の世界に入っている男には
            そんな事は関係なく、熱く語り出す。
            「女の子は16歳にならなければ、親の承諾なしで結婚出来ない
            からな。」
            「・・・・・つまり、現在15歳のエドワードちゃんとの結婚を今すぐ
            実現させる為に、法律を変えると・・・・そうおっしゃられる訳ですね。」
            「当然だ!!ここ数日、エディへのプロポーズの言葉に悩んで
            いたのだが、その苦労も今日で漸く実を結ぶと思うと、嬉しくて
            な。ハッハッハッ・・・・。」
            胸を張って高笑いするロイに、ホークアイは本気で銃を
            撃ちたくなる。
            ”・・・・エドワードちゃんに汚名返上したいと思っている訳では
            ないのね・・・・。”
            よくよく考えてみればこの男、己の欲望にひたすら忠実なのだ。
            それをちょっと誰かに何かを言われただけで、落ち込む事は
            ありえない。例の無能発言も、この男の事だ、言われた数時間後
            には、綺麗サッパリ記憶のメモリーから無能の一言を消去して
            いるに違いない。第一、そんな細かい事を一々気にしている
            性格なら、ここまで上り詰めたりはしないだろう。なにせこの
            男、誤解・曲解・捏造は得意中の得意なのだから。自分の
            都合の良いように解釈する男、ロイ・マスタング。ホークアイは
            まだこの男を買い被っていた事に気がついた。
            ”でも、エドワードちゃんが、この無能の毒牙に掛かる
            手伝いをしなければならないなんて・・・・・。”
            こんな事なら、パートナーにならなければ良かったと、
            後悔し始めた。もしかしたら、ヒューズもこの事に一枚噛んでいる
            のかもしれない。いや、絶対に噛んでいる。なんせこの2人は
            親友同士なのだ。2人の思惑にまんまと嵌ってしまった自分が
            かなり情けない。
            ”こうなったら、エドワードちゃんを守るためにも、大佐に優勝
            させてなるものですかっ!!ドサクサに紛れて、大佐を再起不能に
            する!これしかないわ!!”
            決意を新たに、ホークアイは愛用の銃の手入れを始めた。






            
            「レディース アーンド ジェントルマーン!!今日は天候にも恵まれ、
            最高の軍部祭りとなるでしょう!では、メインイベントである、
            武術大会を開催したいと思います!それでは!主催者であります、
            キング・ブラットレイ大総統!!お言葉を!!」
            司会のハボックに紹介されて、キング・ブラットレイがにこやかに
            壇上に上る。
            「諸君!日頃の鍛錬を試す良い機会だ。相手を殺さなければ、
            どんな手を使っても構わん!!健闘を祈る!なお、優勝者には、
            どんな願いでも叶えるので、頑張りたまえ。」
            ハッハッハッと高笑いを残し、キングが壇上から降りると、代わって、
            ハボックが再び壇上に上がる。
            「本来ならば、トーナメント方式にする予定でしたが、エントリーした
            チームが3チームしかいなかった為、バトルロイヤル方式となります!
            3チーム一斉に戦って貰い、生き残ったチームが優勝です。
            Aチーム、ロイ・マスタング大佐とリザ・ホークアイ中尉!
            Bチーム、マース・ヒューズ中佐とアレックス・ルイ・アームストロング少佐!
            Cチーム、フレデリック・ホークアイ大佐と友情出演のアルフォンス・
            エルリック!!では、試合開始の合図を、鋼の錬金術師、エドワード・
            エルリック嬢にお願いします!!」
            ハボックの紹介で、壇上に上がるエドに、一同どよめきが起こった。
            「参加者のみんな!頑張れよ!!では、始め!!」
            エドの合図で、両チーム一斉に動き出した。
            「やはり、私1人狙いか・・・・。」
            不敵な笑みを浮かべながら、ロイは発火布の手袋を嵌めた右手を
            前に突き出すと、次々に小規模な爆発を起こす。
            「悪く思うなよ。ロイ!!これもエリシアちゃんへの愛の為!!
            絶対に優勝して、エリシアちゃんの誕生日を祝日にしてもらうのだっ!!」
            どうやら、男同士の友情は愛が絡むと、トイレットペーパーほどの
            厚さにしかならないようだ。試合開始早々、ヒューズはロイにナイフを
            投げつける。そして、アームストロングもお得意の錬金術で、ロイに
            対して攻撃を行うが、ロイの焔が行く手を阻み、なかなかロイに攻撃が
            届かない。
            「なかなかやるな!マスタング!!だが、これはどうかな?」
            ロイの背後に回ったリックが、手にしたバケツをロイにぶっかける。
            水浸しになるロイに、アルフォンスが勝ち誇った笑みを浮かべる。
            「これで、焔はもう出せませんね。」
            嬉々として大砲を練成したアルフォンスだったが、次の瞬間、信じられない
            モノを眼にした。
            「さぁ?それはどうかな?」
            ロイは不敵な笑みを浮かべると、濡れている手袋をアルフォンスに
            向けると、パチンと指を鳴らす。途端、アルフォンスが練成した
            大砲が爆発する。
            「どうして!!」
            納得がいかないという顔のアルフォンスに、ロイは勝ち誇った笑みを浮かべる。
            「いつまでも、私が同じ手に引っかかると思っているのかね?
            この手袋は、改良に改良を重ねた、私の自信作だ。例え水に濡れても
            直ぐに水分が蒸発する錬成陣も一緒に施してある。」
            そう言って、ロイはアルフォンスに水分が蒸発する練成陣が描かれている、
            手のひらの部分を見せる。
            「そんな!!」
            驚くアルに、ロイは容赦ない一撃を与えるのだった。
            「・・・・ったく、ちょこまかと・・・・・。」
            さて、その頃、ホークアイはというと、混戦している場所から少し離れた
            場所で、麻酔銃を構えていた。ロイのフォローをしていると見せかけ、
            ロイを狙撃する機会を、先程から伺っているのだが、こちらの動きを
            まるで見透かし方のように、ロイはちょこまかと動き回り、なかなか
            当たらない。それどころか、ホークアイの銃弾を敵に当てる為に、
            業と敵の前に立ち止まり、ホークアイが引鉄を引いた瞬間に、
            横に飛ぶという人間離れの芸を披露している。結果、弾が
            ヒューズ達に当たってしまい、気がついたら、試合場に佇んでいる
            のが、自分とロイの2人だけになっていた。
            ”しまった!!”
            ついロイに当てる事に夢中になりすぎて、回りの状況を見過ごしてしまった
            ホークアイだった。
            「いや〜。見事な戦いだった。マスタング大佐に、ホークアイ中尉。」
            パンパンと手を叩きながら、キング・ブラットレイ大総統が、エドを従えて
            やってきた。
            「お褒めに預かり、恐悦至極です。」
            敬礼するロイに倣って、ホークアイも大総統に敬礼する。
            「うむ。では、望みを言いたまえ。」
            「はい!エドワード・・・・・・・。」
            極上の笑みで望みを口にしようとするロイに、ホークアイは咄嗟に
            足払いをかけて、転倒させた。
            「いきなり、君は何をするんだね!ホークアイ中尉。」
            だが、ホークアイはロイの抗議を無視して、一歩前に進むと、
            大総統に敬礼する。
            「大総統!最近、捨て猫が後を絶ちません。そこで、猫宿舎と
            捨て猫禁止令の発令をお願いします!」
            ホークアイは大総統の後ろに控えているエドに向かって、
            片目を瞑ってみせる。
            「ね♪エドワードちゃん!」
            「ありがとう!!中尉!!」
            捨て猫に対して心を痛めているエルリック姉弟の為の
            ホークアイの願いに、エドは感動してホークアイに抱きつく。
            「大好き!!中尉!!」
            「当然の事よ。エドワードちゃん。」
            エドに抱きつかれて、ホークアイは上機嫌で、エドを抱きしめる。
            「中尉、すごくカッコよかった〜。」
            ニコニコと笑うエドの肩を抱くと、ホークアイは歩き出す。
            「エドワードちゃんが応援してくれたお陰よ。ありがとう。」
            「ううん。中尉の実力だって!!あのね・・・・。」
            2人だけの世界を築きながら、ホークアイとエドが笑いながら
            楽しそうに立ち去っていく後姿を、忘れ去れたロイが、
            悔しそうな顔で見送っていると、傍にいた大総統が、ロイに
            ボソリと呟いた。
            「ホークアイ会長には逆らわないほうが、身のためだぞ。
            マスタング大佐。さて、君にはここの後片付けを頼もうかな。」
            ハッハッハッと高笑いしながら、エド達の後を追いかける大総統に、
            ロイは殺意を感じた。
            「・・・・・大佐、泣いてもいいんですよ。」
            ハボックは、スコップをロイに渡しながら、余計な一言を言う。
            「うるさいぞ!ハボック!!上官命令だ!貴様も手伝え!!」
            「そんなぁあああああ!!」
            夕闇に沈む錬兵場を、ロイの監督の下、ハボックは1人で
            後片付けをさせられる事になった。