華胥の夢シリーズ 番外編 

    伊東甲子太郎の野望 〜初詣編〜

 

 





        「大変!大変ですわよ!!山南さん!!」
        バンと慌ただしく山南の研究室と言う名の、書斎へ荒々しく入ってきたのは、
        新選組参謀の伊東甲子太郎。
        普段、身なりの厳しい彼の、髪を乱しての登場に、山南は、驚いた顔で凝視する。
        「伊東さん?どうかなさったんですか?」
        「もう!山南さん。聞いていないの?千鶴ちゃんの初詣の事よ!!」
        「・・・・・・ああ!近藤さんが、雪村君に初詣へ行ってはどうかという、あれですね?」
        何か問題でも?とキョトンとなる山南に、伊東は、キーッと手拭いを咥える。
        「問題、大有りですわ!!千鶴ちゃんと誰が一緒に初詣に行くか、今、沖田君達が広間で
        争っているのよ!!ひどいわ!!私も千鶴ちゃんと一緒に初詣に行きたいのに!!」
        「しかし・・・・あなたは、新選組参謀。挨拶周りは避けて通れませんよ?・・・・・・私もですがね。」
        ふうと重々しいため息をつく山南に、伊東はがっくりと肩を落とす。
        「・・・・・・・やはり、私も挨拶周りをしないといけないのですね・・・・・。」
        シュンとなる伊東に、山南は苦笑する。
        「初ではありませんが、三が日の間には、私と雪村君と三人でお参りに出かけましょう。
        帰りにどこかで食事も良いですねぇ・・・・・。雪村君はどこへ初詣に行くと言っていましたか?
        被らない所の方が良いでしょう。」
        山南の言葉に、エートと伊東は考えながら答える。
        「誰と行くかは、まだ決まっていないみたいよ?それぞれが初詣に相応しい所を提案して、千鶴ちゃんが
        その中から行きたい所を選ぶとかなんとか・・・・・。」
        「・・・・・・そうですか。参考までに、皆さんはどこへ行くと?」
        「・・・・・・・・・・・永倉君は、西本願寺ですって。」
        顔を顰める伊東に、山南はポカンと口を開ける。
        「は?」
        「西本願寺よ!ここよ!ここ!!一体何を考えてるのかしら!!折角の外出なのに!!」
        憤慨する伊東に、山南は苦笑する。
        「・・・・・・・・・・まぁ、永倉君ですから。これで、雪村君は、永倉君を選ばないとはっきりと
        分かったから良いではありませんか。で?他の人は?」
        それもそうねと言いながら、伊東は記憶を辿る。
        「原田君は、【北野天満宮】ですって。」
        「北野天満宮?」
        訝しげな顔の山南に、伊東は解説する。
        「ほら、北野天満宮は、学問の神様でしょ?綱道さんは蘭方医だから、綱道さんの事を頼むのなら、
        学問繋がりで、そこがいいんじゃないかって。」
        「・・・・・・なるほど分かったような、分からないような、すごいこじ付けに聞こえなくもないですが。
        ただ、ちょっと気になる事が。」
        うーんと考え込む山南に、伊東は首を傾げる。
        「・・・・・・・・屯所から離れてますよね。」
        ボソッと呟かれる言葉に、伊東はピクリと反応する。
        「・・・・・・・・・と言う事は、原田君は、初詣にかこつけて、千鶴ちゃんを一日中独り占めに?」
        「まぁ・・・・・考えすぎとは思いますが、なんせ、あの原田君ですからねぇ・・・・・。」
        ふうと業とらしく溜息をつく山南に、伊東はやや青ざめた顔で呟いた。
        「・・・・・・・もしかしたら、斎藤君も同じ考えなのかしら。」
        「斎藤君がどうかしましたか?」
        「今年の恵方は南南東だから、この屯所から南南東の方角にあるのが良いと・・・・・。
        それって、見つかるまで、ひたすら南南東を目指すって事じゃない?」
        伊東の言葉に、山南の顔が引きつる。
        「・・・・・・・・・・斎藤君は、下心がない分、厄介ですよね。おまけに真面目ですし・・・・・・。
        少しでも南南東にずれていたら、そこではお参りしないでしょう。そんな
        斎藤君に付き合わされたら、雪村君は疲れてしまいます。」
        「新年早々、千鶴ちゃんに、過酷な事はさせられませんわ!断固阻止しましょう!!」
        拳を握りしめながら伊東は叫ぶ。
        「沖田君は、多分、【石清水八幡宮】でしょうね。あの子は昔から近藤さん大好きでしたから。」
        「そうねぇ・・・・・。彼の場合、もしもの時は近藤さんに止めてもらえるから良いとして、
        後は・・・・・藤堂君は、【伏見稲荷】とか言っていたかしら?」
        「ほう。伏見稲荷ですか。藤堂君も、考えましたね。あそこのご利益は商売繁盛ですが、
        【こだまの池】がありますから。」
        伊東もウンウンと頷く。
        「【こだまの池】は、家出人を探し出すと言われていますわね。池のほとりで手を打って反響する方向を
        探せば探したい人の行方がわかるとか・・・・・・・。まぁ、綱道さんは家出人ではありませんが、
        それで探されては、私達の計画が水の泡。伏見稲荷に行くのも阻止しなければなりませんわ。」
        「・・・・・では、また藤堂君には、伊東さんのお店で働いてもらいましょうか。ついでに、斎藤君も。
        原田君は、そうですねぇ・・・・・・・・・・・総長権限で、平隊士達の剣術指南を頼んでおきましょう。
        永倉君は・・・・・・・心配しなくても、雪村君は選ばないと思いますし。こんなものでしょうか?」
        フフフと不気味に笑う山南に、伊東も不敵に笑う。
        「私達上層部が元旦から働いているのですもの。幹部たる彼らも働くべきですわよね・・・・。
        千鶴ちゃんには申し訳ないけど、初詣は私達の手が空いてからと言う事で・・・・・・。」
        伊東と山南がフフフと不気味に笑い合っていると、遠慮がちに、外から声が聞こえてきた。
        「山南君、いるかい?」
        「・・・・・・・・・・その声は、源さんではないですか。どうぞ。」
        井上の声に、山南はにこやかに入室を促すと、そこには、困った顔の井上がいた。
        「どうかなさいましたの?すごくお困りのご様子ですが。」
        不思議そうな伊東の問いに、井上は苦笑する。
        「ああ、伊東さんもこちらでしたか。丁度良かった。お二人に是非相談に乗って欲しくて。」
        井上の言葉に、伊東と山南は驚いて顔を見合わせる。
        「源さんが相談とは・・・・・。もしや、また永倉君達が厨にあるお酒を、飲みほしてしまいましたか?」
        キラリと眼鏡を光らせる山南に、井上は頭を払う。
        「いや、そうじゃないんだよ。実は、勇さんの話の後、直ぐにトシさんに、頼まれてねぇ。
        雪村君と一緒に初詣に行ってほしいと。」
        「やっぱり、土方君にしては、面白くないわよね〜。自分が仕事をしている間、惚れている女が、
        自分以外の男と初詣tなんて。」
        クスクス笑う伊東に、井上は更に困った顔になる。
        「実はだね、今回の雪村君の初詣の話は、私と勇さんとで仕組んだ事なんだよ。トシさんと
        雪村君の二人で行ってほしくてね。」
        井上の言葉に、山南と伊東は唖然となる。
        「ちょ・・・・ちょっと待って!?では何?土方君は挨拶周りしないっていうの!?ずるいですわよ!
        私も千鶴ちゃんと一緒に初詣行きたいのを我慢しているっていうのに!!」」
        猛然と抗議する伊東に、井上は気まずそうに視線を逸らす。
        「素直に二人で初詣にと言っても、あの二人の事、絶対に承服しないと思いますが、
        一体どうするつもりだったんですか?」
        何も聞かされていなかった山南も、呆れた顔で井上を問いただす。
        「勇さんが、トシさんに、局長命令で雪村君と初詣に行かせるという話だったんだがねぇ・・・・。
        そうする前に、トシさんが、私に雪村君と一緒に祇園神社へ初詣に行ってはどうかと
        言われてしまって・・・・・・・・・・・・困ってるんだよ。」
        「祇園神社・・・・・・・・・・流石、土方君ね。あそこを選ぶなんて・・・・・・。でも!駄目ですわ!
        千鶴ちゃんと祇園神社へ行くのは私ですわよ!いくら土方君が相手でも、こればっかりは、
        絶対に、譲れませんわ!!」
        鼻息の荒い伊東に、井上は不思議そうな顔をする。
        「トシさんが、言うには、あそこは素戔嗚尊が祀られているから、雪村君をあらゆる災厄から
        守ってくれるんだそうだよ?他にも何かあるのかい?」
        「まぁ!あそこは、美しくなりたい女性にとって、霊験あらたかな場所ですのよ!
        元々千鶴ちゃんは美人さんですけど、湧水を飲んで、境内にある美御前社をお参りすれば
        完璧ですわ!きっと私達の美貌は衰え知らずになることでしょう!!」
        うっとりとなる伊東に、山南はしかし・・・・と考え込む。
        「しかし、あそこは縁結びの神社でもありますから・・・・・土方君と雪村君には、丁度良いと
        思うんですけどねぇ・・・・・・。」
        「では・・・・・・・【東天王社】ではどう?あそこも、素戔嗚尊が祀られていますし縁結び神社。
        ・・・・・そしてなによりも。」
        キラリンと伊東の目が光る。
        「子授けに霊験あらたかですわよ。」
        「子授けとは、またあからさまな。絶対に土方君は行きませんよ。彼の意地っ張りは、ご存じでしょう?」
        「うふふふ。でも、千鶴ちゃんが行きたいと言えば行くのではなくて?」
        呆れた顔の山南に、伊東はクスクス笑う。
        「伊東さん。それこそ、不可能だよ。あの奥ゆかしい雪村君が、まだ祝言も上げてないうちから、
        子授けの神社に行くとは思えないよ。」
        井上の言葉にも、伊東の笑みは崩れない。
        「・・・・・・・何か策でも?」
        その様子にハッとする山南に、伊東は自信満々に頷く。
        「東天王社には、可愛い兎が祀られていると言えば、きっと千鶴ちゃんは行ってくれるはずですわ。
        千鶴ちゃんは東天王社が子授けの神社とは知らないはずですしね。」
        「なるほど!・・・・・・・・あとは、どうやって二人を東天王社へ行かせるかですね。」
        山南の言葉に、伊東は更に笑みを深める。
        「それについても、私に考えがありますわ。任せて頂けるかしら。」
        不敵に笑う伊東に、山南と井上は頷く以外道は残されていなかった。










         「では、行ってまいります!」
         この日の為にと、土方が誂えた女物の着物を着て、にこやかな千鶴と土方を見送った足で、
         山南は、伊東の部屋へと向かう。
         「二人は行ったようですね。」
         にこやかに山南を迎え入れた伊東は、満足そうに頷く。
         「ええ。でも、伊東さんも思い切った事をなさいますねぇ・・・・・。まさか、土方君の手が
         空くまで、元旦の夜からずっと角屋で雪村君と新年会をするとは、
         思いつきもしませんでしたよ。私も久々に雪村君と楽しい時間を過ごせて、
         嬉しかったですが、その間中、土方君の機嫌が最悪だったらしいですよ?
         屯所居残り組の沖田君がぼやいていました。」
         「ふふふ。折角のお正月ですもの。千鶴ちゃんには、ゆっくりして欲しかったのですわ。
         それに、千鶴ちゃんとの初詣の権利を譲ってあげたのですもの。これくらいの役得は、
         あっても宜しいでしょう?」
         片目を瞑って笑う伊東に、山南も穏やかに微笑む。
         「土方君も、新年会は、私と伊東さんの他には、近藤さんと源さんだけだと知って、
         安心した部分もあるのではないでしょうか。井上さんの都合がつかなくなったと聞いてから
         ずっと誰と雪村君が初詣に行くかヤキモキしてましたからねぇ。今日はいつもより早く
         目が覚めていたらしく、早朝から屯所内を歩き回っていて、可笑しかった、いえ、
         微笑ましかったですよ。」
         クククと笑う山南とは裏腹に、伊東は真剣な顔で庭を見つめる。
         「・・・・・・・・・伊東さん?何か気がかりでも?」
         「いえ・・・・・年も明けた事ですし、そろそろ私達も例の計画を進めるべきなのかと、思いまして。」
         伊東の言葉に、山南は深いため息をつく。
         「そうですね。一番やっかいな問題が残っていました。」
         「ですが、ここまできたんですもの!どんな妨害があっても負けませんわ!」
         「ええ!伊東さんの言う通りです。新選組の名に懸けて、絶対に目的を達成して
         みせましょう!!」
         ガシッと伊東と山南は強く手を握り合った。






          伊東の策略とは知らず、二人は東天王社にやってきていた。境内のあちらこちらにいる
          野生の兎に、千鶴は目を輝かせる。
          「わぁ〜!!土方さん!!見て下さい!兎さんがたくさんいます!!可愛いです!!」
          伊東さんのおっしゃられた通りですね♪と、自分を振り返って微笑む千鶴に、
          土方は眩しそうに目を細める。
          「お前の方が可愛いぜ・・・・・。」
          「?何か仰いましたか?」
          小声で呟かれた土方の言葉が聞こえなかったのか、千鶴はキョトンと聞き直す。
          「いや!何でもねえ!それよりも、お参りに来たんだ。兎は参拝の後にしろ。」
          頬を紅く染めた土方は、千鶴の手を掴むと、境内に足を踏み入れる。
          手水舎で清めようとして、そこにある兎の石像に気づく。
          「ほう・・・・。普通は、竜神とかが祀ってあるんだが・・・・ここでは兎なんだな。」
          感心した様にまじまじと兎の石像を見つめる土方に、千鶴はそういえばと
          手をポンと叩く。
          「伊東さんがおっしゃってました。この兎さんに水をかけて、お腹を摩ると、願いが叶う
          そうですよ?」
          「お腹を摩ると願いが叶う?普通、悪い所と同じ部分を摩って、病を治すっていうんじゃねえのか?」
          不思議そうな土方に、ですよねと、千鶴も頷く。
          「ですが、この子、お腹がピカピカです。きっと皆さん摩っているんですね。」
          見れば、なるほど、兎のお腹は色は変わっている。
          「さて、早く手水を済ませて、本殿にお参りするか。兎に願掛けするのは、その後だな。」
          「はい!!」
          二人はまず右手で柄杓を取ると、左手を洗った。次に、柄杓を左手に持ち替えて右手を洗う。
          再び柄杓を右手に持ち替え左手で水を受けると、その水で口を漱ぐ。
          再度左手を洗うと、柄杓を立て、柄に水を流した。そしてゆっくりと柄杓を元に戻して、
          手拭いで口元を拭うと、千鶴は土方を見上げた。
          「では、行くぞ。」
          そう言って、さっさと踵を返す土方の後ろを、千鶴は慌てて付いて行った。
          参道の端を通り、神殿へ進んだ土方は、急に立ち止まる。
          その直ぐ後ろを歩いていた千鶴は、思いっきり土方の背に顔をぶつけてしまった。
          「ああ、悪い。大丈夫か?」
          土方が後ろを振り返ると、千鶴は鼻を押さえながら、慌てて頷いた。
          「はい。大丈夫です。ですが、どうかなさったんですか?」
          「ああ・・・・あれを見てな。」
          首を傾げる千鶴を、土方は自分の前に引き寄せ、視線を前方に向ける。それに
          つられるように、千鶴も視線を前方に向けると、そこにも兎の石像があった。
          「ここも、兎か・・・・・。」
          狛犬ならぬ狛兎に、土方は苦笑する。
          「ちゃんと兎さんが阿吽の口の形をしてますね。」
          可愛いとここでも目じりを下げる千鶴を促し、土方は今度こそ神殿の前に立つ。
          軽く会釈すると、賽銭箱に賽銭を入れ、鈴を鳴らす。それに、千鶴も慌てて土方の
          隣に立つと、軽く会釈する。
          二拝二拍手一拝。
          まず二回深くお辞儀をし、次に二回柏手を打つ。
          ゆっくりと目を閉じると、千鶴は一心不乱に祈り始める。
          ”今年こそ、父様が見つかりますように。それから、新選組の皆さんが無病息災で
          ありますように。決して怪我などなきように、お願い致します。後、ほんの少しで
          構いませんので、土方さんの仕事大好き病が直りますように。最近の土方さんの
          無茶振りは目に余ります。どうか、ご自分の身体を労わるようにお願いします。
          それから後は、土方さんの肩こりも直りますように。それから最近、雪が多くて、
          土方さんが風邪を引いてしまうかもしれません。神様の成される事に文句をつける
          つもりは全くないのですが、出来れば雪が降る回数を減らして頂けると、嬉しく
          思います。後は・・・・・・。”
          「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・千鶴。」
          全身全霊を込めて祈っている千鶴の横では、土方が溜息をつく。
          「え!?あっ!すみません!お待たせしてしまって!」
          土方の不機嫌を感じ取ったのか、千鶴はハッと我に返ると、神前に深く一礼して、
          土方に向き直ると、そこでもまた深く頭を下げる。
          「・・・・・・・・・・・・・・おまえなぁ・・・・・。さっきから、ずっと願い事を口に出してたぞ。」
          「え?・・・・・・・・・・・・・・・・・えええええええっ!?」
          苦笑する土方の言葉に、最初はキョトンとしていた千鶴だったが、直ぐに言われた
          意味を悟ったのだろう。真っ赤な顔で絶叫する。
          「・・・・・・・・ったく!何が仕事大好き病だ。勝手に病人にすんな。」
          腕を組んで呆れている土方に、千鶴は真っ赤な顔で上目使いで睨む。
          「山南さんも仰られていましたよ?あの仕事好きは、もう病人の域ですねと。
          私もそう思います。少しはご自分の身体を労わって下さい。もしも、土方さんが
          ご病気にでもなられたらと思うと私・・・・・・。」
          グスッと鼻を啜る千鶴に、土方は慌てた。
          「おいおい。新年早々辛気臭い顔をすんじゃねえ。ああ!もう、分かったから!
          そんな顔をすんな!お前の言う通り、これからは、無茶はしねえよ。」
          土方の言葉に、千鶴はパッと明るくなる。
          「本当ですか!嬉しいです!伊東さんのおっしゃられたように、早速願い事が
          一つ叶いました!」
          「伊東さん?」
          伊東という名前に、土方の顔が引きつる。
          「・・・・・・・なぁ、千鶴、伊東さんが何だって?」
          「えっと・・・・初詣は、お正月の三が日から少し外した方がご利益があるとか。」
          キョトンと千鶴は土方を見上げると、違うんですか?と首を傾げる。
          「いや・・・・そんな話を聞いたことがないと思ってな。」
          「そうなんですか?伊東さんがおっしゃられるには、何でも、お正月の三が日は
          人が大勢お参りするので、ゆっくりお参りが出来ない上、神様に祈りが届く可能性が
          低いそうですよ。ですから、あえて日程をずらして、願い事を全身全霊を込めて祈れば、
          神様に気づいてもらえる確率がぐんと上がるとか・・・・・・。幸い、今日は暦の上で大安
          ですし、きっと願いが叶うだろうって、山南さんもおっしゃられてました。」
          ニコニコと答える千鶴とは対照的に、土方はどんどん顔を蒼褪めていく。
          ”・・・・・・・伊東さんだけでなく、山南さんまで絡んでんのかよ。”
          あの二人の事、まさか自分と千鶴の仲を裂こうとはしないだろうが、それでも、
          何かあるのではないか勘ぐってしまうのは、根っからの苦労人の土方だからだろう。
          「・・・・・・・・・・そろそろ屯所に帰るか。」
          本当は、二人だけの時間をもっと堪能したかったのだが、山南が絡んでいるとなると、
          どうも平静ではいられない。あの二人に気づかれないよう、後日改めて千鶴との時間を
          取ろうと決意する土方だったが、途端、シュンと千鶴が俯いた。
          「どうした?千鶴?」
          「え・・・あの・・・・いえ、何でもないです。」
          少し寂しそうに笑顔を見せながら、千鶴は先ほどから、チラチラと境内にいる野生の
          兎を見ている。そこで、漸く土方は千鶴は兎と遊びたがっていた事を思い出し、
          苦笑する。
          「・・・・・・・・・・・・まっ、あまり早く屯所に戻っても、やる事ねえし、暫くここでのんびり
          していくか。」
          土方も言葉に、千鶴はパァッと顔を明るくする。
          「ほら、兎に触りたいんだろ?遠慮すんじゃねーよ。」
          土方は、丁度自分の足元にやってきた兎の首根っこを、ヒョイと持ち上げると、
          千鶴に手渡す。
          「えっ!?きゃあ!!」
          慌てて兎を抱きとめると、キョトンとした兎の円らな瞳と目が合い、千鶴はフニャンと
          顔を綻ばせる。
          「可愛いです〜!!」
          スリスリと兎に頬擦りする千鶴の頭をポンポンと叩きながら、土方も柔らかい笑みを浮かべて
          千鶴を見つめるのだった。






          
          「さて、そろそろ昼だな。昼餉をどこかで食べるか。」
          だいぶ日が高くなった頃、土方は、まだ兎と戯れている千鶴に声を掛ける。
          「そうですね!じゃあ、またね。兎さん。」
          千鶴は草を食べている兎の頭を撫でると、直ぐに土方に駆け寄った。
          「お待たせしてすみません。土方さん。」
          ペコリと頭を下げる千鶴の頭をクシャリと撫でる。
          「お前が楽しめたんなら、それでいいさ。さて、手を洗いに行くぞ。」
          そう言って、土方は千鶴の手を取ると、先程の手水舎へと足を向けた。
          「あ!」
          「・・・・・・・・・・ああ。そうだったな。」
          手水舎の所にある兎の石像を見て、小さく声を上げる千鶴に気づいた土方は、
          先ほど兎に願掛けをしたことを思い出した。
          「まずは、手を洗うか。」
          土方に促されて、千鶴が手を洗っていると、土方は兎の石像をじっと見つめていた。
          「土方さん?どうかなさったんですか?」
          手を洗い終えた千鶴が、土方に声を掛ける。
          「いや・・・・何で腹なんだろうかと思ってな・・・・。頭とかでも良いんじゃねえか?」
          腕を組んで考え込んでいた土方だったが、思いつかなかったのだろう。肩を竦ませると、
          千鶴を見る。
          「願掛けすんだろ?」
          「あ・・・はい!」
          千鶴は慌てて柄杓で水を掬うと兎にかけ、そっとお腹を撫でながら目を閉じる。
          ”・・・・・・・どうか、いつまでも土方さんと一緒にいられますように。”
          願い終わった千鶴は満足そうに顔を上げると、いつのまに土方も千鶴の横に
          しゃがみ込み、熱心に手を合わせていた。
          「・・・・・・土方さん。」
          そのあまりの真剣な土方の横顔に、千鶴は目を奪われる。
          思わず、ポーッとのぼせたように、土方の横顔を見ていた千鶴だったが、
          土方が目を開けた時、ハッと我に返り、慌てて手に持ったままの
          柄杓を元に戻す。
          「・・・・・・・待たせて済まなかったな。」
          真っ赤な顔で、オタオタしている千鶴を見ながら、土方は苦笑する。
          「いえ!そんな・・・・・。えっと・・・土方さんは何をお願いしたんですか?」
          まさか、土方にずっと見惚れていたとは言えない千鶴は、早口で話を
          逸らせた。
          「ああ。綱道さんが、一刻でも早く見つかる様にってな。」
          「土方さん・・・・・・・・。」
          ”土方さんが父様の事を・・・・・。私ったら、自分の事ばかり・・・・・。”
          何だか、父親に申し訳なくて、心持千鶴は俯く。
          「どうかしたか?千鶴。」
          落ち込む千鶴に気づいたのか、土方が千鶴の顔を覗き込む。
          「い・・・いえ!私ったら、自分の事ばかり願って・・・・・・。土方さんの為の
          お願いしてなくて・・・・・。」
          ますますシュンとなる千鶴に、最初はキョトンとしてた土方だったが、次の瞬間、
          ククク・・・・と笑い出す。
          「なんだ、そんな事を気にしてんのか。第一、願いってのは、自分の事を願う
          もんだろうが。」
          「でも、土方さんは、私の為に・・・・。」
          おずおずと上目使いで見る千鶴を、土方は引き寄せる。
          「・・・・・・・・綱道さん探しは、千鶴だけではなく、俺にとっても重要な事だぜ?」
          見つからなければ、祝言を上げられねえだろ?と、耳元で囁かれ、
          千鶴は真っ赤になる。
          「おや?参拝の方ですかな?」
          背後から掛けられた声に、土方と千鶴はビクリと身体を震わせると、慌てて
          離れた。見ると、竹ぼうきを持った宮司らしき男が、ニコニコと二人を見ている
          ではないか。流石に神域で抱き合っている姿は、ご法度だろうと、土方と千鶴は
          頬を真っ赤に染めながら、気まり悪げに、そっと宮司から視線を逸らす。
          だが、そんな二人の心の葛藤など気付かずに、宮司は笑みを湛えたまま、
          二人に近づく。
          「ああ、御祈願の方でしたか。」
          先程千鶴が撫でていた兎の石像と土方達を交互に見やりながら、宮司は満足そうに
          頷く。
          「あ・・・いえ、少々遅れてしまいましたが、初詣に・・・・・・・。」
          気まり悪げに土方が言うのを、慌てて千鶴は補足する。
          「え・・・えっと、知り合いの方が、ここは霊験あらたかなので、是非今日参拝すると
          良いと言われまして・・・・・・。」
          千鶴の言葉に、宮司も大きく頷く。
          「ええ。ここは、本当に霊験あらたかですので、きっとお二人にも
          玉のような、おややが授かりますよ。」
          「「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」
          宮司の言葉に、土方と千鶴の顔が笑顔のまま固まる。
          そんな二人に気づかず、宮司は上機嫌でゆっくりしていってくださいねと
          会釈すると、そのまま神殿の方へと歩いて行ってしまった。
          「・・・・・・・・・・や・・・や・・・・ややって・・・・・。」
          呆然と呟く千鶴の横で、土方はしまったとばかりに手を額に当てる。
          ”伊東さんから、ここは平安京遷都のときに王城守護のために創られた由緒ある神社で、
          スサノオさんも祀られているとしか聞いていなかったが、よくよく考えてみれば、
          兎は多産だ。だから腹を摩って、子授けを願うんだな。妙に千鶴にご利益があるからと
          勧めると思ったら、こっちが本来の目的か!!”
          脳裏には、オーホッホッホッホ〜と高笑いしている伊東の姿を浮かび上がる。
          まんまと策略にのってしまった形となってしまい、溜息をつく土方の横では、
          今だに真っ赤な顔で千鶴はオタオタしている。
          「おややって・・・・・・ええっ!?」
          「なーに、慌ててるんだよ。まぁ、ちぃーとばかり早いとは思うが、これで
          無事子授け祈願も済んだし、いつ祝言あげても大丈夫だな。」
          激しく動揺している千鶴の様子に、少し面白くないと感じた土方は、
          千鶴の身体を引き寄せると、そっと耳元で囁く。
          「あ・・・あの?土方さん?」
          「なんだ?まさか、俺の子を産むのが嫌なのか?」
          意地悪げにニッコリと微笑む土方に、千鶴は真っ赤な顔で更に慌てる。
          「嫌だなんて!そんな!!」
          ブンブンと首を横に振る千鶴の姿に、土方は自分の機嫌が上昇するのを感じ、
          内心苦笑する。
          ”俺も、単純な男だったんだな・・・・・・・。”
          土方は優しく千鶴に微笑むと、そっと手を握りしめる。
          「からかって悪かった。・・・・・・・・だがな、お前とのややを、俺は望んでるって事
          だけは、覚えておけ。」
          いいな?と自分の顔を覗き込む土方の顔が、あまりにも幸せそうだったので、
          千鶴は、ポーッとなりながらコクンと頷いた。
          「さて、そろそろ行くぞ。」
          「はい!」
          二人は顔を見合わせてニッコリと微笑むと、手を繋いだまま、ゆっくりと歩き始めた。





                                                 FIN



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     ※アニメ『薄桜鬼・ 雪華録』特典ドラマCD『慶応二年の終わりに』ネタで、
       2011年クリスマス企画SS『ハピネス』の続きです。