LOVE'S PHILOSOPHYシリーズ番外編

   悲しみのキズ

 

         プロローグ





その日、朝からマスタング邸は、緊迫した空気に包まれていた。
「ロイ!ロイ!!しっかりして!!」
ベットの上に、荒い息を吐きながら、魘されているロイを
取り囲むように、右側には子供達が。左側には、エドが、
苦しんでいるロイに泣きながらすがり付いている。
尋常でない両親の様子に、まだ4歳のフェリシアと3歳の
レオンは、父親に縋りついて、大声で泣き叫んでいる。
「パパー!!」
「うわあああああああん。」
最愛の家族の悲痛なる叫びに、ロイはゆっくりと
瞼を上げると、弱々しく微笑みながら、愛する妻と
子供達に手を伸ばす。
「ロイ!ロイ!!」
エドは、自分に伸ばされる手を、強く握ると、その手の甲に
自分の額を押し付ける。
「昨日まで、何ともなかったのに・・・・。どうしてっ!!」
ポタリ。
エドの涙がロイの手を濡らす。
「エ・・・・エディ・・・・・。」
苦しい息の中、ロイは、愛する妻に呼びかける。
「ロイ!?どうした!どこか痛いのか!!」
ポロポロ涙を零しているエドの瞳を、ロイは震える手で
そっと拭う。
「エ・・・ディ・・・・・。わた・・・し・・・は・・・大・・丈夫だ
か・・・ら・・・・。」
弱々しく微笑むロイに、エドは更に大粒の涙を流す。
「ロイ!!」
「マスタング中将!!」
エドの絶叫とホークアイが物凄い鬼の形相で寝室に
入ってきたのは、同時だった。
「ホークアイ中佐!!」
いきなり現れたホークアイに、半分パニックになっている
エドは、ロイの手を振り払い、ホークアイに駆け寄った。
「エ・・・エディ!?」
自分ではなく、ホークアイに抱きつくエドに、ロイは茫然と
見つめている。
そんなロイに、鋭い視線を向けつつ、ホークアイは自分に
縋って泣いているエドの身体を優しく抱きしめる。
「中佐!オレ・・・オレ・・・どうしたらいいのか・・・・。」
「エドワードちゃん・・・・・。」
ポロポロと涙を流すエドに、ホークアイは痛ましいものを
見るように、眉を顰める。
「先生に、治せないって言われて・・・・・。もしもロイに
何かがあったら・・・オレ・・・オレ・・・生きていけない・・・。」
うわああああああああんと大泣きするエドに釣られたように、
子供達も大音響で泣き出す。
「・・・大丈夫よ!エドワードちゃん!その為に、私が
来たのだから!!」
自信満々に胸を張るホークアイに、エドは悲しそうに
首を横に振る。
「でも・・・先生にも治せないんだよ?一体、どうすれば・・・。」
シュンとなるエドに、ホークアイは、ニヤリと自分に背を向けて
ギュッと泣いている子供達を抱きしめている男に鋭い一瞥を
向けながら、安心させるようにホークアイは言った。
「そう。お医者様でも治せなくても、私なら治せるのよ。」
「へっ!?ホークアイ中佐が!?」
驚きつつも、ロイが治るという言葉に、多大なる期待を
持ち、エドの目がキラキラと輝きだす。
「でも、この治療は、とてもデリケートで、あまり人数が
多いと、十分な治療が出来ないのよ。」
そこで、一旦言葉を切ると、ホークアイはガシッとエドの
両肩に手を置いて、真剣な表情で見つめる。
「だから、治療が終わるまで、エドワードちゃんとお子様達は、
1階のリビングで待っていて欲しいの。」
「うん!わかった!!ホークアイ中佐、お願いします!」
エドは、これでロイが治るのならと、嬉々として子供達を
連れて、部屋を出て行く。
「さて・・・・。マスタング中将。」
エド達の気配が完全に消えた途端、ホークアイの
身体からブリザードが吹き荒れる。
ホークアイの本気の怒りに、頭の先までシッカリとロイは
毛布に潜り込む。
心なしか、ガタガタ震えているロイの姿に、ホークアイは
ニヤリと笑う。
「先程、ドクターを吐かせました。」
ビクリと目に見えて、ロイの身体が跳ねる。
「・・・・・確かにドクターでは治せませんよねぇ・・・。」
フフフと不気味に笑うホークアイに、ロイは、布団にシッカリと
包まれたまま、器用に布団ごと、ソロソロと逃亡を試みる。
しかし、布団の端をホークアイに踏みつけられ、無様にベットから
転げ落ちる。
「ですが、ご安心下さい。私はこの手の病を治すプロです!」
ガチャンとホークアイの手の中にある愛銃が鳴る。
「ま・・・まて!中佐!!話せば分かる!!私はただ、
エディ達と離れたくなくて!!」
不気味に笑うホークアイに、身の危険を感じたロイは、
青褪めた顔で壁を背に慄く。
「フフフフ・・・・。やはり、仮病には、コレが一番
です!!」
ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。
閑静な住宅街に、銃声が響き渡った。





「それじゃあ、そのルアペフ村ってトコにある温泉が、
ロイの病に効くんだな!!」
ホッと安堵の笑みを浮かべるエドに、ホークアイは
ニコニコと微笑みながら、大きく頷く。その背後では、
屍同然となったロイが担架で運ばれていく。
「ええ。丁度今日から、中将はノースシティの
視察に向かわれるし、少し足を伸ばされて、その温泉に
浸かれば、一発で良くなるわ。」
ホークアイの言葉に、エドはキラキラと尊敬の眼差しを
向ける。
「中佐ってすごい!お医者様でも治せないって
言われたロイの病を治しちゃうんだもん!」
すごい!を連発して、ホークアイを絶賛しているエドの
姿に、担架に運ばれている途中のロイが、滂沱の涙を
流す。
「エディ〜。」
「諦めて下さい。中将。元を正せば、中将がいけないんッスよ。
視察に行きたくないものだから、仮病を使うなんて・・・・。」
ハボックは、咥えタバコを噛みながら、ふぅ〜と深いため息を
洩らすと、無理矢理ロイを車に押し込める。
「ううううう・・・・。視察になど行きたくない!エディ〜。
フェリシア〜。レオン〜。」
滂沱の涙を流しながら、痛む身体を起こすと、ロイはヒシッと
車の窓に顔を押し付つけるように縋りついて、愛する家族の
名前を叫ぶ。
「いってらっしゃ〜い!ロイ!」
「いってらっしゃい!パパ〜。」
「パパ〜。気をつけて〜!!」
だが、当の家族はロイを助けるどころか、にこやかに手を
振り返す。早く良くなってねー!!とブンブン手を振り回す
可愛い子供達の姿に、ロイは、まさか仮病だとも言えず、
涙を流しながら、手を振る。
「いそげ!ハボック!こうなったら、速攻視察を終わらせるぞ!!」
一刻も早く家族の元に帰る!!
ボオオオオオという音と共に、ロイの目に焔が点り、ハボックは
ゲンナリしながらも、思いっきりアクセルを踏み込んだ。





そして、その二日後、中央司令部に、ロイ・マスタング中将の
失踪の知らせが入るのだった。