LOVE'S PHILOSOPHYシリーズ番外編悲しみのキズ前 編「一体、どうしたっていうの!!」 ロイが一週間も出張という情報を聞きつけたソフィアは、 可愛い嫁と孫に逢うために、セントラルのマスタング邸に やってきたのだが、期待に胸を膨らませてドアを開けた ソフィアを出迎えたのは、満面の笑みを浮かべた可愛い嫁と孫では なく、いかつい軍人達だった。 「・・・・お義母さんっ!!」 家を世話しなく出入りする軍人達の様子に、ソフィアが玄関先で 茫然と立っていると、家の奥から、泣き腫らした顔で、エドが 出てくると、そのままソフィアに抱きつく。 「エドワードちゃん!?」 万に一つもありえないが、まさかロイがエドを傷つけたのかと、 内心焦るソフィアに、エドはエグエグと泣きながら、事情を説明する。 「ロイが・・・ロイが行方不明になって・・・・・。」 「なんですってぇえええええ!!あの馬鹿息子!!」 途端、ソフィアは、舌打ちすると、エドの両肩に手を置くと、 真剣な目で見つめる。 「エドワードちゃん!あんな馬鹿な男など放っておきなさい!! 可愛い妻を泣かせるなんて、なんて最低の男なのかしら!! こっちから絶縁状を叩き付けてあげるわ!! でも、安心して!あなたや子ども達のこれからは、私が責任を 持って幸せにします!!」 胸を張って、そう宣言するソフィアに、最初面食らっていたエドだったが、 直ぐにソフィアが多大なる誤解をしている事に気づき、慌てて首を 横に振る。 「違うの!ロイ、出張先のノースシティで、テロに巻き込まれて、 行方不明になってしまって・・・・・。」 ポロポロと涙を流すエドの言葉に、ソフィアは、目を細める。 「テロに巻き込まれた・・・・・?」 「そうなんだ!犯人達からは、何も言ってこないし・・・・・。」 犯人グループに捕まった訳でもなさそうだけど、だからといって、 安心できる状態ではないと、エドは青褪めた顔で俯く。 「・・・・・そうだったの・・・。そう言えば、子ども達は?」 家の中を忙しく歩き回る軍人達に、すっかり怯えているであろう 可愛い孫がいないことに気づき、ソフィアはエドに訊ねる。 「こんな状況だから、リゼンブールに預けています・・・・。」 「そう。あそこなら心配ないわね。それで、詳しい状況を知りたいの だけど。」 すっかり傷心しているエドに、状況説明させるのは、かなり心が 痛んだが、それでも何も知らないのでは、こっちが打つ手は 限られてしまう。 「その事ならば、僭越ながら、私がご説明します。」 いつの間に来たのか、ホークアイがエドの背後に立っていた。 目の下の隈を見ると、不眠不休で処理をしてくれたのだろう。 ソフィアは、ホークアイに労いの言葉を掛けながら、逸る気持ちを 押さえつつ、ホークアイの説明に耳を傾ける。 「同行したハボック大尉の説明では、マスタング中将は、一週間で 終わらせるはずの視察を3日で終わらせたようです。」 かなりの強行軍だったのだろう。一旦状況を説明するために セントラルへ戻ったハボックは、度重なる心労に、倒れる寸前の 酷い顔色だった。 「大変だったんですよ!何とか視察を三日で終わらせたんですけど、 その間も、『家族の元に帰るんだーっ!!』を連発して、脱走しようと するし・・・・・。」 その時を思い出したのか、ハボックはガックリと肩を落とす。 「漸くセントラルに戻れると、御機嫌が直ったところで、北方司令部の 司令官が、中将の為に夜会を開くとか言い出したんです。」 その言葉に、ホークアイの眉がピクリと動く。 「・・・・・まさか・・・・。」 「そのまさかです。夜会とは名ばかりの、体のいいお見合いですよ。」 ハボックも、苦虫を100匹ほどかみ殺したように、顔を顰める。 ロイとエドが抜き打ちに近い形で結婚した為、ロイが既婚者であることを 知っているのは、中央司令部と元配属地である東方司令部くらいである。 「でも、変ね。そりゃあ前々から北方司令部の司令官ノルディック中将は、 ご自分の娘とマスタング中将の結婚を強引に推し進めていたけど、中将が ご結婚なされている事は、知っているはずよ?」 「それなんですけど、どうもまだ諦めきれていなかったようですよ? 視察中も、案内役と称して、ノルディック中将のご令嬢がマスタング 中将にベッタリだったんですから。」 その言葉に、ホークアイはピクリとこめかみを引き攣らせる。 また来る者拒まずの昔の悪い癖が出たのかと思ったのだ。 「・・・・それで、中将はのこのこ夜会に出たの?」 ドロドロとオドロオドロしいオーラを撒き散らすホークアイに、ハボックは ブンブンと首を横に振る。 「と・・と・・・とんでもない!!中将は速攻断られましたよ。朝一番の 列車でセントラルに帰ると。それどころか、夜会に出る暇があるならば、 街に出て、愛する家族の土産を買うとまで、言ったんですから!!」 その言葉に、漸くホークアイの殺気が薄れる。 「それで、どうしてマスタング中将だけテロに巻き込まれるの?」 「それなんですけどね・・・・・。」 ハボックは声のトーンを落として、真剣な目でホークアイを見つめた。 「変なんですよ。北方司令部の奴ら。」 「なんですって?」 眉を顰めるホークアイに、ハボックも厳しい表情を崩さずに 腕を組む。 「夜会の誘いを受けたのは、17:35。その約一時間後に、北方司令部が テロ集団に占拠されたんですけどね・・・・・。普通のテロじゃないんですよ。」 「どういうこと?」 目を細めるホークアイに、ハボックは咥えタバコを上下に動かしながら、 腕を組む。 「犯行声明文もない。ましてや、司令部を占拠しても、何の要求もしない、 それどころか、一時間だけ占拠して、その後、何事もなかったかのように、 地下から全員脱出しているんですよ?しかも、敵味方合わせて、 怪我人も死者がゼロって可笑しくないですか?なんか、訓練をしている みたいで、変でしたよ。」 まるで、軍を撹乱するためとしか思えない状況に、ハボックはずっと違和感を 感じていたのだった。 「それで、気がついたら、マスタング中将が行方不明になっていたと。」 頭が痛いと額に手を当てるホークアイに、ハボックはため息をつく。 「マスタング中将が行方不明になっているっていうのに、北方司令部の 奴ら、全く慌てないんですよ。それどころか、あんなに家族の元に 帰りたがっていたんだから、テロの混乱に乗じて、セントラルに戻ったのでは ないかという言葉まで出る始末で・・・・・。」 ハボックは深いため息をつく。 「中将が行方不明になったというのに!?」 驚くホークアイに、ハボックは大きく頷く。 仮にも中将の地位についている人間の所在が不明なのだ。 にも関わらず、そのような態度はあまりにもおかしい。 「とりあえず、捜査はするとの事ですけど、イマイチ真剣味に欠けて いるんですよ。仕方が無いので、同行した俺の部下達を、ノリディック中将と その取り巻き達をバレないように見張らせています。」 「・・・というのが、今現在分かっている事です。」 ホークアイの報告を聞いて、ソフィアは頭を抱えた。 「ったく、一体何をしているのかしら!」 国軍中将の地位にいる者のくせに、こんなに簡単に浚われる なんて、恥もいいところだ。 「オレ、やっぱノースシティに行こうと思う・・・・。」 思いつめた顔でポツリと呟くエドの声に、ソフィアとホークアイがギョッと なる。 「それは駄目よ!相手の思惑が判明していないのよ!危険だわ!!」 フルフルと首を横に振るホークアイの隣では、ソフィアがエドの手を 握り締めて力説する。 「その通りよ!!エドワードちゃんが怪我でもしたら、私、ショックで 寝込むわ!!」 「でも!!」 それでもエドの決意は固い。どうしても行くと言って聞かないエドに、 ホークアイとソフィアが途方にくれた顔をしていると、その場に 相応しくない声が掛けられた。 「誰!!」 素早くソフィアがエドの身体を抱きしめ、そんな二人を背中で守るように、 ホークアイが銃を抜きながら、玄関を振り返る。そこには、白衣に、 診察カバンを持った医者が、ニコニコとして立っていた。 初めて見る顔に、警戒するホークアイとソフィアだったが、続く エドの言葉に、思わずエドの顔を凝視する。 「クリストファー先生!?」 「クリストファー先生?エドワードちゃんがお世話になったという?」 エドの言葉に、ホークアイは驚きながらもゆっくり銃を下ろす。 「エドワードちゃんがお世話になった?」 一人訳がわからないソフィアに、エドがクリストファーを紹介する。 「オレが失踪した時、随分お世話になった先生。エリュシオン のお医者様なんだ。」 その言葉に、漸くソフィアが納得したように頷く。 「では、あの時の?」 ソフィアは、エドから離れると、クリストファーに向かって一礼する。 「うちの馬鹿息子と可愛い嫁がお世話になりました。 ご挨拶が遅れて、申し訳ありません。」 「いえ。私の方こそ、エドワードさんには、随分と助けられました。 それを思うと、私が彼女にしたことは、大したことではありませんよ。」 慌てて手を振るクリストファーに、エドも神妙な顔で頭を下げる。 「先生。あの時は大変お世話になりました。本来ならば、ゆっくりと して頂きたいんですけど、生憎只今取り込んでいて・・・・・・。」 シュンとなるエドに、クリストファーは、ああそのことなんですけどねと ニコニコと前置きをすると、爆弾発言をしたのだった。 「マスタングさんの居場所を知っていますよ。」 あれは、ほんの一週間ほど前の事になりますけどと、 そうクリスは前置きをすると、話し出した。 「今日はいい天気ですね〜。こんな日は、ちょっと遠出 したくなりますねー。」 ポカポカとした昼下がり。 クリストファーは、往診の帰りの足を止め、ウーンと背筋を伸ばすと、 ふと目の端に映った駅を見る。 【天の園】という名を持つエリュシオンは、長閑な田舎町。 そんなどこにでもある田舎に、わざわざ観光客が訪れる 訳もなく、また、村人も日々の生活は村の中だけで 事足りる為、わざわざ列車に乗る人間などおらず、駅は ほんの数人の利用客しかいなかった。 「うーん。思い立ったが吉日っていいますもんねー。」 ほえほえとクリストファーの足は自宅ではなく、駅へと向かう。 「そう言えば、師匠はどうしているでしょうねぇ・・・・。」 師匠である、今年御年85歳を迎えるキーフェル医師は、 ノースシティで今もなお、現役で医師を続けている。 「いつも電話ばかりですし・・・・。そろそろ顔を見せに行きましょうか。」 まぁ、あの師匠なら、再会の喜びよりも、人手が来たと、嬉々として 扱き使ってくれるでしょうけどねと、クスリとクリストファーは、笑う。 「そう言えば、あの時も、こんな風に、突然知り合いに逢いたくなった んでしたっけ・・・・・。」 ふと、クリストファーは、4年前の事を思い出し、懐かしそうに目を 細める。 「エドワードさんとマスタングさんは、お元気でしょうか・・・。」 あの日、ふと思い立って、昔からの知り合いである、ピナコ・ロックベルの 元へ遊びに行かなければ、今もなおエドワードとロイはすれ違ったまま かもしれないと思うと、感慨深いものがある。 「お子様も二人生まれたと言うし、相変わらずラブラブなんでしょうねぇ・・・・。」 そこで、ポンとクリストファーは、手を打つ。 「そうだ!どうせセントラルは通り道ですし、ちょっとお二人の所へも 寄ってみましょうか。」 そうと決まれば、家に帰って、荷造りしたほうがいいですねと、クリストファーは、 今、まさに改札を潜ろうとした足を、Uターンさせる。 そのまま、家に向かおうとしたが、その前に、背後から呼び止められる。 「丁度良かった!先生、急患です!!」 その声に、慌てて振り返ると、青い顔した、数ヶ月前に配属になったばかりの 新人の駅員のビルが、待合室から飛び出して来た。 「ビル君。急患だって!?」 サッと表情を引き締めると、ビルに説明を求める。 「ええ。お客さんの中で、急に具合の悪くなった方がいらして・・・・・。」 ビルの言葉に、クリストファーは重々しく頷くと、足早に待合室へと 向かう。その後を追いかけてきたビルが、待合室の隅に置かれた長いすを 指差す。 「先生、あちらの方です。」 長いすには、ブラウンの髪を一つに束ねた女性が横たわっており、その 女性の手を、黒髪の男が、必死に握り締めて必死に励ましていた。 「先生がお見えです。」 ビルの言葉に、男がホッとしたように、振り返る。 「先生!妻が急に苦しみだして・・・・・。お願いします!助けて下さい!!」 必死の顔で懇願する男を、クリストファーは、厳しい目で凝視する。 「マスタングさん・・・・何故・・・・・。」 4年前、エドワードを幸せそうな顔で抱きしめていた男が、 別の女性と共にいる事に、クリストファーは、抑えきれない怒りで、 目の前が真っ赤になった。 |