LOVE'S PHILOSOPHYシリーズ番外編悲しみのキズ中 編何故自分はこんなに急いでいるのだろう。 新しく、入ったというメイド達の後を追いかけながら、 ノースシティでも一・二を争うほどの貴族でもある 当主は、焦るような気持ちで、足早に廊下を歩いていた。 「エディ嬢!!」 廊下を曲がったところで、お目当ての人物が一人で 歩いている事に気づき、男は嬉しそうに歩くスピードを 早める。 「?」 呼ばれて振り返ると、先ほど、紹介されたばかりの この館の主人が、切羽詰った顔で走り寄ってくるのが見えた。 「エディ嬢!!」 自分に気づいたらしいメイドに、当主は、嬉しそうに微笑むと、 あっという間に、メイドの側へと近づき、今だ驚きのあまり、 ポカンとしている彼女の手を素早く取ると、そっと片膝をつく。 「エディ・カーティス嬢。どうやら私はあなたに 一目惚れをしたらしい。どうか、私の妻となって頂きたい のですが・・・・。」 先ほど、ミハエル・ルーフェルトと名乗った、黒髪と黒い瞳を 持つ男は、初めて逢った、黄金の髪と黄金の瞳を持つ少女の 手の甲に口付けると、きっぱりと言い切った。 だが、次の瞬間、いつの間にやってきたのか、新しく入ったという、 メイド二人によって、後頭部を強打されてしまうのだった。 「一体、何をするんだね!!」 憤慨するミハエルに、新しく入ったとメイドその1こと、 エリザベス・キャッツアイは、済ました顔で答える。 「申し訳ございません。旦那様の頭に、変な虫が 付いておりましたので。」 「変な虫だと・・・・?」 不審気に目を細めるが、何故かエリザベスには逆らっては ならないと、本能が教えたのか、ミハエルは、それ以上 何も言わず、再びエディに対して蕩けるような笑みを浮かべて 手を握ろうとする。だが、またしても、新しく入ったというメイド その2こと、ソフィー・スターリングによって、阻まれる。 さり気なくエディとミハエルの間に立つと、ソフィーは、威圧的な 目を向ける。 「旦那様、大奥様がお呼びです。お急ぎ下さい。」 「母上が?」 ソフィーの言葉に、ミハエルは不審そうな顔を向ける。 「お急ぎを。」 全く動かず、名残惜しそうに、ソフィーの後ろに隠れている エディを見つめているミハエルに、痺れを切らして、エリザベスが 後ろから声を掛ける。 「いいんだ。どうせ母上の話など、大した事はないのだから。 それよりも、エディ嬢。これから私と共に・・・・・。」 「ミハエル君。こんなところにいたのかね?母君が探していたよ。」 諦めきれないミハエルに、抜群のタイミングで、声を掛ける 者がいた。振り返ると、そこには、人の良さそうな笑みを浮かべた 老人と、その後ろには、黒髪の優男が、立っていた。 「キーフェル医師(せんせい)と、クリストファー医師(せんせい)。」 ルーフェルト家の主治医であるキーフェル医師とその弟子である、 クリストファーの出現に、ミハイルは面白くなさそうに眉を顰める。 「・・・・仕方がない。エディ嬢。また後で・・・・・。」 二人の女性に守られる形で、こちらを縋るように見ているエディに、 ミハエルは、胸が張り裂けそうになりながら、愛しそうに見つめると、 何度も振り返りながら、その場を立ち去っていく。 ミハエルの姿が完全に消えたところで、クリストファーは、 今だ悲しそうな目で、じっとミハエルが消えた廊下を見つめている エディに声を掛ける。 「それで、やはり、マスタングさんでしたか?エドワードさん。」 その言葉に、エディは大きく頷く。 「うん!絶対にロイだ!間違いない!!」 断言する少女に、横にいた、ソフィーもウンウンと頷く。 「ええ!私も断言します!あの間抜け面は、間違いなくロイ・ マスタング!私の馬鹿息子だわ。」 それにしても、母親である私に、全く気づかないとは・・・・。 後でお仕置きねと呟くのは、ソフィーこと、ソフィア・マスタング。 ロイの母親である。 「それにしても、記憶を失っても、エドワードちゃんに関する事 だけは、本能で覚えていらっしゃるようですね。」 食いつきが違いますと、冷静に言うのは、エリザベスと名乗っている リザ・ホークアイ。妻、母親、副官の三人の女性の太鼓判付きである。 先ほどのミハエルが行方不明中のロイ・マスタングであることは、 確定された。しかし、だからと言って、これでめでたしめでたしという 訳ではないのだ。それが、この場にいる全員が頭を抱えている 事実である。 「ったく!中将という地位にいる人間が、あんな女の罠に あっさりと嵌るなんて!!本当に情けない!!」 一人、ソフィアが憤慨する。ソフィアの言う【あんな女】というのは、 ミハエルの母親である、ロザンナ・ルーフェルトの事である。 どうやら、先ほど、ロザンナがエドに対して、明らかに侮蔑を込めた 目で見たことが、許せないらしい。おまけに、自分の息子まで捕られて いるのだ。ソフィアの中で、沸々とマグマのごとく怒りが燃え上がっていた。 あの女!絶対に許せん!! 彼女の瞳は、そう語っている。 「と・・・ところで、これからどうしましょうか?」 ソフィアの怒りに恐れを抱いたのか、多少引き攣った笑みを浮かべて、 クリストファーは、尋ねる。 「・・・一番良い方法は、マスタングさんが記憶を取り戻す事なのですが・・・。」 そうすれば、こんな茶番は即刻終わるだろう。しかし、そう簡単に 記憶は元に戻らない。どうしたものかと、悩むクリスに、ホークアイは ニヤリと笑いながら、手にした箒を掲げる。 「記憶を直すには、頭に強いショックを与えた方が、効果的だと 以前聞いた事があります。」 その言葉に、すかさずソフィアも、手にしている大きな花瓶をニヤリと 見つめながら、同意する。 「ナイスだわ!私も今同じ事を考えていたの。」 私達をこんな北の辺境の地までやって来させ、あまつさえ、エドワードを 哀しませたのだ。それ相応の報復をしたって、罰は当たらないというのは、 ソフィアとホークアイの言い分である。 「まぁ、まぁ、そんな事すれば、記憶が戻る前に、天国へ行ってしまうよ。」 と、キーフェルが取り成さなければ、今直ぐにソフィアとホークアイはミハエル となっているロイを襲撃し、翌朝には、ロイは血の海の中で倒れている 事だろう。 「ロイ・・・・・。」 怒りが収まらないソフィアとホークアイを宥めているキーフェルとクリスの横 では、エドが、再び切なそうな顔で、ロイが消えていった方向を見つめる。 しかし、自分の事で一杯のエドは気がつかなかった。そんな自分達を 冷たい目で凝視しているロザンナがいた事を。 「あの娘・・・・・。邪魔ね。」 低く呟くと、ロザンナはクルリと踵を返した。 そもそも、何故エド達が身分を偽って、ルーフェルト家に潜り込んだのか。 その答えは、今から一週間ほど前までに遡る。突然マスタング邸に 現れたクリストファーが有力な情報を持ってきたからだ。 「エドワードちゃん!!」 エリュシオンに現れた夫婦の片方が、ロイ・マスタングだという クリストファーの言葉に、青褪めた顔で、エドは、床に座り込む。 そんなエドに、ソフィアは叫び声を上げると、慌てて抱き起こす。 「だい・・・大丈夫・・・です・・・・。」 ロイ失踪で、精神的にもダメージを受けていたエドは、クリスの言葉に、 もはや立っていられないほどだったが、それでも、気丈にも、弱々しく ソフィアに微笑む。 「リザさん!」 そんな健気なエドを支えながら、ソフィアは厳しい顔でホークアイを見る。 コクンと重々しく頷くホークアイに、ソフィアは彼女も自分と同じ考えだと 悟り、凶悪なまでに優しい微笑みをクリスに向けると一言呟く。 「奴をぶっ殺す!」 天使のような微笑みとは正反対にドスの効いた、低い声に、ソフィアの 怒りの度合いが感じられる。その横では、ホークアイが愛銃を手に クリスを睨んでいた。 「クリストファー先生。中将はどこです?隠すと為になりませんよ?」 にっこりと微笑みながら、物騒な事を言うホークアイに、それだけで 普通の人は竦み上がって何も言えなくなるのだが、マイペースを地で行く クリスは、そんなホークアイに凄まれても、慌てず騒がずニッコリと 微笑み返すところは、まさに大人物と言えた。この大物振りを、ロイにも 見習って欲しいものだ。 「それがですねー。実は、私の勘違いだったんです。」 アハハハ〜と頭を掻きながら笑うクリスに、ソフィアとホークアイの 動きが止まった。 「・・・どういうことですか?」 ピクピクとこめかみを引き攣らせながら、ホークアイは訊ねる。 このクソ忙しいときに、わざわざそっくりさん情報を持ってきたのかと、 半ば呆れる思いだった。 「実はですね・・・・・・。」 だが、クリスはそれまでの穏やかな空気を一変させると、真面目な顔で ここ数日の事を語って聞かせた。 「マスタングさんに似ていた彼の名前は、ミハエル・ルーフェルト。 ノースシティでも一・二を争うほど、古い家柄で、貴族の称号を得ている、 ルーフェルトの若き当主だそうです。そんな彼が、一生で一度の本気の 恋をした。その相手がミハエルさんと一緒にいた女性、ライサ・ミューズさん。 彼女は、ノースシティから更に北上した、ドラクマ国との国境近くの小さな村、 ルアペスから、母親の薬代を稼ぐ為に、ルーフェルト家にメイドとして働いて いたそうです。」 「そこを、そのミハエルって人が見初めたというわけね?」 ソフィアの言葉に、クリスは大きく頷く。 「ところが、二人の結婚に、ミハエルさんの母親が大反対をしている そうです。無理矢理ミハエルさんは、他の女性と婚約をさせられそうに なり、ライサさんと駆け落ちしたというわけです。その手引きをしたのが、 私の師匠でして、師匠は、ほとぼりが醒めるまで、私の所へ行くように 指示を出したというから驚きです。昔から、師匠は、本当に医者が 勤まるかというほど、せっかちな人で、ミハエルさんから師匠の手紙を 見せられるまで、訳が判らず、私は茫然としてしまいましたよ。それまで、 あのマスタングさんが不倫をして、逃避行でもしたのかと思いまして。」 「不倫・・・・・。」 青褪めた顔で呟くエドに、クリスは穏やかな表情で首を横に振る。 「それはないと思います。しかし、彼もまたこの事件に巻き込まれたのも、 事実のようです。」 「どういうことですか?」 不安そうなエドに、クリスは言葉を繋げる。 「その日の夜、師匠から電話が掛かってきましてね。ミハエルさんの 偽者が現れたと。」 その言葉に、ハッと三人は息を呑む。 「どうやら、その人は記憶を失っているらしく、それを良い事に、ミハエルさんの 母親が、自分の息子と言い張っているらしいんです。しかし、主治医であり、 生まれた頃からミハエルさんを知っている師匠は、一発で偽者であると 見破りましたが、頑ななまでの夫人の姿に、真実は言えず、私に 偽者の正体を探って欲しいと電話で依頼してきたのです。全く、師匠にも 困ったものです。私は医者であって、探偵じゃないんですよ?でも、 ミハエルさんがあまりにもマスタングさんと似ていたので、もしかしたらと 思い、こちらに来てみた訳なのですが、どうやらビンゴだったようですね。」 黙ってクリスの言葉に耳を傾けていたエドは、やがて決意を新たな顔で スクッと立ち上がると、ホークアイに向き直る。 「中佐、オレやっぱりロイの所に行く!!」 「しかし、エドワードさん。彼は記憶を失っているんですよ?逢っても・・・・。」 記憶を失っている彼の冷たい態度に、耐えられるのかと、訊ねるクリスに、 エドは寂しそうに微笑んだ。 「もしかしたら、思い出してくれるかもしれないだろ?それに・・・・・。」 「それに?」 訊ねるソフィアに、エドは真っ赤な顔でボソボソと呟く。 「そ・・・それに・・・・例え記憶がなくっても、もう一度オレをす・・・好きに なってもらうもん!!」 「まぁ!エドワードちゃん!!素晴らしいわ!!」 エドの可愛い台詞に、感動して、ソフィアは、エドを抱きしめる。 「安心して!私も同行するわ!いよいよとなったら、ロイの頭を 強打してでも、無理矢理記憶を戻して見せるから、安心して!!」 などど、物騒な事を言い出すソフィアに、ホークアイもウンウンと頷く。 そんな経緯で、エド達はルーフェルト家に、メイドとして入り込んだのだが、 ロイが違和感なくミハエル・ルーフェルトになりきっているのを見て、エドは 悲しくなったのだ。記憶はなくても、また好きになってもらうと強がってはいても、 やはり自分が愛しているのは、ロイ・マスタングであり、ミハエル・ルーフェルト ではないのだ。全くの別人になってしまったロイに、エドはポロポロと 涙が流れそうになって、慌てて目を擦る。 いけない。今はロザンナの命令で、街に買い物に来ているのだ。こんな 泣き腫らした眼で屋敷に帰っては、ソフィアとホークアイが心配する。 エドは、ショーウインドウのガラスに映った自分の情けない顔に気づき、 慌ててハンカチで、顔を拭く。まだ目元じゃ赤いが、頬の涙の後を消した エドは、ふと自分の顔が写っているショーウインドウの店が、子ども服や 玩具を扱ってるのだと気づき、窓から店の中を見つめる。 可愛い人形や絵本といったものに、リゼンブールに預けている我が子達の 事を思い出し、エドは我に返った。そうだ。何を感傷に浸っているのだろうか。 ロイと二人、早く子供達の元へ帰らなければ! エドは、決意を新に表情を引き締めると、屋敷に帰るべく、再び歩き始めた。 「エディ嬢!!」 カランカランと慌しくドアが開かれ、驚いたエドが後ろを振り向くと、 店の中から、プレゼントの箱を二つ抱えたミハエルが、飛び出してきた。 「エディ嬢!一体どうしたんだ!誰が君を泣かせたんだ!!」 真剣な表情で自分に近づいてくるミハエルを、エドはポロポロと涙を 流しながら、駆け出す。 「エディ嬢!!」 泣きながら自分に駆け寄ってくるエドに、ミハエルは嬉しそうに両手を 広げて受け止めようとする。 「ロイの馬鹿ーっ!!」 ポトリとミハエルが持っていたプレゼントの箱が地面に落ちるのと同時に、 エドの強烈な右ストレートが、ミハエルの頬に見事に決まった。 |