「終わり良ければ全てよし!一年の計は元旦にあり。と言うでしょ?」
ソフィア・マスタングは、ニコニコと上機嫌に微笑みながら、
紅茶を一口飲む。そんなソフィアを、向かい側に座った息子の
ロイ・マスタングは、引き攣った笑みを浮かべながら、腕を組んで
じっと母親を観察する。
年末年始の慌しい中、予告もせずに自宅ではなく、ロイの勤務先である、
中央司令部に朝早く襲撃したと思ったら、図々しくも執務室に居座り、
優雅に紅茶を飲むソフィアに、ロイは朝から機嫌が宜しくない。
もう一つ付け加えるならば、あまりの忙しさに、夜遅く帰り、朝早く出ていく
為に、愛しい子供達の寝顔しか見れない日が、既に一週間も続いており、
精神的に限界を超えていたりする。よって、必要以上にロイの神経を
逆なでしているのだが、そんな事情を知ってか知らずか、ソフィアは、
優雅に紅茶を飲み干すと、挑戦的な笑みを浮かべた。
「という訳だから、私と勝負よ!!」
ビシッと指で指されても、どういった訳で勝負を挑まれるのか、理解出来ない
ロイは、手を額に当てて、ため息とつく。
「母さん。見ての通り、今司令部は大変忙しいのです。あなたの遊びに
付き合っている暇はありません。」
本当は、既に殆どの仕事はやり終えており、後は大掃除だけ
なのだが、だからと言って、ソフィアの遊びに付き合っている時間は
ない。いや、それどころか、さっさと帰って、愛しい家族と共に過ごしたい!
キッパリと断るロイに、ソフィアは、動じず、それどころか、どこか
嬉しそうにニヤリと口元を緩める。
「・・・・・つまり、私の勝ちでいいと言うわけね♪」
「はいはい。それで結構です。どうぞ、お引取り下さい。」
ウンザリと肩を竦ませるロイに、ソフィアは、ニコニコと席を立つ。
「ええ!私の勝ちを認めてもらえたのなら、ここに長居は無用よ!
何と言っても、これからエドワードちゃんや子供達を独占出来るの
ですもの♪」
小躍りしながら、部屋を出て行こうとしたソフィアに、ロイは、慌てて声を
かける。
「ちょっと待て!!どういう事ですか!!」
最愛の家族を母が独占!?
眼に見えて真っ青になるロイに、ソフィアは、不敵な笑みを浮かべて
振り返る。
「言ったでしょ?終わり良ければ全てよし。一年の計は元旦にあり!と。」
「だーかーらー!それがどうしてエディ達を母さんが独占するって
事になるんですか!!」
許さない!!と喚くロイに、ソフィアは、ふうと大げさに肩を竦ませてため息を
つく。
「今年一年、私はエドワードちゃん達を独占できなかったのよ?」
当たり前です!!というロイの突っ込みを綺麗に無視して、ソフィアは
言葉を繋げる。
「だからね。今年最後にエドワードちゃん達と過ごせば、それがチャラに
なるし、おまけに、元旦も一緒に過ごせば、来年一年間、エドワードちゃん
達とずっと一緒にいられるって事なのよ!!」
踏ん反り返って、そう主張するソフィアの自分勝手な解釈に、流石の
ロイも開いた口が塞がらない。
「それじゃ、そういう事で宜しくね〜♪」
そう言って、手をヒラヒラさせながら部屋を出て行くソフィアに、ロイは
漸く我に返ると、慌ててその後を追う。
「待ってください!母さん!!」
廊下を歩く母親の背に、ロイは叫ぶ。
「何なの?」
ゆっくりと振り返る母親に、ロイは真剣な表情で対峙する。
「母さんの勝負、受けましょう。」
絶対に妻や子供達を渡さん!!
ロイの目に闘志の焔がメラメラと燃え上がった。
「勝負の方法は簡単よ。」
改めて場を仕切り直すために、再び執務室へと戻ると、ソフィアは、
腰に手を当てて踏ん反り返る。
「大掃除です!綺麗に掃除が出来た方の勝ちでどう?」
ソフィアの言葉に、ロイは引き攣る。自慢ではないが、ロイは
家事全般が不得意中の不得意だ。どうやったら、そんな微妙な
味付けになるのかと貶され続けている料理の腕前よりも、
掃除ほどロイの苦手なものはなかった。
あのロイに優しいエドでさえ、掃除すればするほど、散らかしていく
ロイの才能に、絶対にするなとまで言ったほどだ。
「母さん・・・・。わざとだな!!」
ギリリと睨みつける息子の鋭い視線を、ソフィアは余裕の笑みで受け流す。
「うふふふ。苦手を克服して欲しいという親心が、全くわからないようね?」
手加減しないわ・・・・・と不敵な笑みを浮かべるソフィアに、ロイは
悔しがるが、ふとある事を思い出す。
「・・・・・母さんも掃除が下手だったな・・・・。」
何でも卒なくこなすソフィアの唯一の欠点は、掃除能力が皆無だと
言う事だ。普段は、几帳面な父が掃除を代わりに行っている為、
どうにか家の中は清潔に保たれているのである。ちなみに、父は
料理が大の苦手である。つまり、ロイは両親の欠点を全て受け継いで
しまったようだ。
「いいでしょう!その勝負を受けましょう!」
勝つ可能性に、ロイは不敵な笑みを浮かべる。うまくすれば、
母を妻や子供達から引き離せるかもしれないと、急に見えてきた
ロイにとっての明るい未来に、気分は上昇する。
「では、私は隣の部屋を掃除するから、あなたは、この部屋を掃除
しなさいね。」
そうやって、上機嫌に隣の部屋へと入っていくソフィアを見送ると、
ロイはまずは机の中から整理だと、引き出しに手をかけた。
「ああ!!そこは自分がやりますから!!」
案の定、ソフィアが隣の部屋に入って直ぐに、部下の悲鳴が
聞こえてきた。相変わらず掃除能力がない人だとクスリと
笑うロイだったが、実は人の事を笑えない状態だったりする。
引き出しの中を整理しようと思ったのまでは良かった。
しかし、一体、どこにこんなに物が入っていたのかと、呆れるくらい、
机の上は勿論、床にまで引き出しの中に入っていた物が
溢れかえっている。
「なんで、こんなに大量にクリップがあるんだ!!」
それは自分が溜め込んだのだが、そんな自分の行動を棚上げして、
ロイはブツブツ文句を言う。どんどん増殖するゴミに、ロイは
燃やした方が早いなとばかりに、発火布を手にした所、コンコンと
控えめなノックの音が聞こえた。
「?」
ホークアイなら、性格が現れているような、実に勇ましい、もとい、
背筋が思わずピンと正したくなるような、キビキビとしたノック
なのだが、どうも彼女ではないようだ。訝しげに思いながら、
ロイが入室を許可すると、そっと開いた扉の間から、ロイが
眼の中に入れても痛くない、二人の天使がヒョッコリと顔を出した。
「フェリシア!?レオン!?」
久々に見る、我が子に、ロイは嬉しそうな顔で駆け寄ると、二人を
ギュッと抱きしめる。
「ああ!どうしたんだね?二人とも。ママは?」
まさか、二人だけで来たのか!?と直ぐに心配顔になるロイに、
フェリシアは、フルフルと首を横に振った。
「ママとお歳暮に来たの〜。」
「お歳暮?」
訳が判らず首を傾げるロイに、クスクス笑いながら、最愛の妻が
部屋に入ってきた。
「相変わらず、掃除が下手だなぁ。」
「エディ!?」
驚くロイに、エドはにっこりと微笑むと、つかつかと机に近づくと、
手際よく掃除を始める。そんな母親に、フェリシアとレオンも
テクテク近づくと、一緒になって整理し始める。
「エディ!?どうして・・・・。」
唖然となるロイに、エドは悪戯が成功したような子どものような
笑みを浮かべながら振り返る。
「年末年始忙しいだろ?だから、気持ちよく年が越せるように、
お歳暮の代わりに掃除をしているんだ。後はこの部屋だけ!」
その言葉に、ロイはカッとなる。
「待ちたまえ!君は仮にも中将夫人なのだぞ!!」
「だから?中将夫人だから何?」
逆に問われて、ロイは一瞬言葉を失う。
そんなロイに、エドは優しく微笑みかける。
「いつも司令部のみんなには、世話になっているんだ。
掃除とか補修しか出来ないけど、感謝の気持ちを少しでも
返したいんだ。」
「エディ・・・・・。」
エドは、じっとロイを上目遣いで見つめる。
「それに・・・・最近ロイも忙しくて、・・・・俺寂しくて・・・・・
少しでも長く一緒にいたかったんだ・・・・・いけなかった・・・・?」
首を傾げるエドの凶悪なまでの可愛らしさに、ロイは一発で
落ちた。
「エディ〜〜〜〜〜!!」
可愛い事を言う妻に、ロイはそこが職場である事を忘れて、
思いっきり抱きしめようと、手を伸ばすが、その前に、
隣の部屋に続く扉が荒々しく開かれる。
「あら、まだ掃除が終わってなかったの?勝負は私の
勝ちね!!」
おーほっほっほっほっと高笑いするソフィアに、ロイは
ムッとして、母親を睨みつける。
「母さんこそ、掃除とは名ばかりの破壊活動をしていた・・・・。」
ロイはツカツカとソフィアに近づくと、グイッと身体を押しのけて、
隣の部屋の惨状を一目見ようと、顔を覗き込ませる。
「なっ!!」
だが、そこには、期待していた惨状ではなく、綺麗に整えられた
部屋だった。
「そんな!!母さんの破壊的掃除能力で、こんなに綺麗になる
訳が・・・・・・。」
絶句するロイに、ソフィアは、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「常識で考えて御覧なさい。何処の世界に、自分の苦手な
もので勝負する馬鹿がいますか!この一週間、エドワード
ちゃんにみっちり仕込まれて、掃除能力が上がったのよ♪」
嬉々として語るソフィアに、ロイの眉がピクリと跳ね上がる。
「一週間?まさか・・・・・・!!」
「うふふふ。そのまさかよ!この年末、凶悪な事件にエドワードちゃん
達が巻き込まれては大変だわ!一週間前から泊り込んでいるわよ!」
当然でしょ?
そう言って、綺麗に微笑むソフィアに、ロイは悪魔を見た。
「では、約束通り、エドワードちゃん達を我が家に連れて帰るわね!
どうせあなたは、あと一週間、司令部に泊り込みみたいだし?」
勝利の高笑いをするソフィアに、ロイはガックリと肩を落とす。
「くそ!来年こそはリベンジをしてやる!!いや!大総統になった
ら、年末年始に必ず休みをとってやる!!」
翌日から、再び司令部に缶詰状態になったロイは、『大総統になったら
必ず行う事』手帳を握り締めながら、叫んだ。
これで一年間、ロイのヘタレは確定になったようだ。
FIN