月の裏側シリーズ番外編  

  

      月よ星よと君を想う       

 




   
   フルメタル王国では、国中が沸きかえっていた。
   この国の宰相である、ジャン・ハボックと隣国フレイム王国の
   公爵家の姫との婚儀が、あと一週間後に迫ったのである。
   ハボック家は、代々王家の姫との婚姻を繰り返しており、
   血筋から言えば、王族と称されても不思議ではない、名門中の
   名門である。その当主であり、宰相であるハボックの結婚相手が、
   フレイム王国の国王の従妹に当たる、リザ・ホークアイ姫という
   事もあり、貴族の婚儀というよりは、王族並に、人々の関心を
   集めていた。おまけに、二年前、自国の姫である、エドワードが
   フレイム王国に輿入れした事もあり、それまで、侵略してきた
   国というイメージしかなかったフレイム王国が、徐々に友好国としての
   地位を強固なものとしていた。
   国中が、ハボックとリザの婚儀に沸きかえっている中、一人の
   男が、青褪めた顔で、とある伯爵家へと駆け込んできた。
   「大変だ!アレク!!」
   丁度、当主は庭で午後のお茶を優雅に飲んでいたのだが、
   普段冷静沈着な幼馴染が、このように取り乱してやってきた
   事にその秀麗な美眉を顰める。
   「ニコラス?どうしたんだい?そんなに慌てて。」
   肩で息を整えるニコラスに、アレクは、自ら紅茶を煎れると、
   そっと差し出す。
   「ありがとう!アレク!!」
   よほど喉が渇いていたのか、ニコラスは、ガシッとティーカップを
   掴むと、ゴクゴクと一気に飲み干す。
   「ニコラス・・・・。男爵家の人間ともあろう者が、そんなに落ち着きを
   なくして、どうしたんだ?」
   呆れたようなアレクに、ニコラスは、恥じ入るどころか、ギロリと
   睨み付ける。
   「アレク!そんなに落ち着いていられるのも、今のうちだよ!
   いいかい。落ち着いて聞いてくれよ!!」
   「落ち着くのは、むしろ君の方だと思うけど?」
   クスリと笑うアレクに、ニコラスは、バンと両手をテーブルに叩きつける
   ように置く。幸い、紅茶は全て飲み干した後だったので、ティーカップが
   揺れただけで、テーブルを汚すという失態を犯さずにすんだ。
   「姫が・・・我らが黄金の薔薇が、帰ってくるんだよ!!リザ姫と 
   一緒に!!」
   「なっ!!」
   ニコラスの爆弾発言に、それまで穏やかな笑みを浮かべていた
   アレクの顔が一瞬にして、険しくなる。
   「我らが黄金の薔薇・・・・エドワード姫が・・・?」
   ギリリと鋭い視線を、ニコラスに向けると、そちらも負けず劣らず
   厳しい顔で、アレクを見て大きく頷く。
   「ハボック様が言っていたのだから、間違いはない。姫は、リザ姫と
   ハボック様の婚儀に出席する為に、帰ってくるという話だが・・・・。」
   「実際は、離縁されたと言うわけだな・・・・・。」
   ニコラスの言葉をアレクは引き継ぐと、握り拳でテーブルを叩く。
   「だから、私は反対したのだ!!マスタング王は、冷酷非常な
   男というもっぱらの噂だ!そんな男の元に嫁いで、姫が幸せに
   なれるはずがないんだ!」
   去年、無事世継ぎを産んだから、もう用済みと言う訳かと、
   吐き捨てるように言うアレクに、ニコラスも憤りを隠せない。
   「アレク!エドワード姫親衛隊の名にかけて、何としても
   姫の無念を果すぞ!!」
   「待て!それよりも、姫の心の傷を癒す事が大切だ。何と
   言っても、我が子と引き離された姫の心の痛みを思うと・・・・。」
   そう言って項垂れるアレクに、ニコラスも最もだと同意する。
   「ニコラス、親衛隊全員に、この事を通達。今度こそ、姫を
   守る!!」
   ニコラスは、重々しく頷くと、親衛隊に通達すべく、踵を返した。
   アレクは、暫くニコラスの後姿を見送っていたが、やがて
   深いため息をつくと、庭に眼を向ける。数年前のエドワードの
   誕生日プレゼントの為に、新種改良させた、【プリンセス・
   エドワード】という黄色い小さな薔薇を愛しそうに見つめながら
   呟く。
   「エドワード姫・・・。今度こそ私があなたを幸せにします。」
   エルリック王家に咲いた、一輪の黄金の薔薇。二年前、自分に
   力がなかったばかりに、隣国の王に無残に手折られてしまった。
   だが、伯爵家を継いだ今なら、エドワードを守る事も可能だ。
   「姫の心の傷を癒したら、次はマスタング王への復讐だ・・・・。」
   フフフフ・・・・・・。
   アレクは眼を細めると、ニヤリと笑った。






   「・・・・ニコラス。姫は大層心を痛めていると思っていたのだが、
   あのはちきれんばかりに幸せそうな様子は、一体どういうこと
   だい?」
   「・・・・・・。」
   傷心のエドを慰めようと、意気揚々と、王城へやってきた
   アレクは、幸せオーラを撒き散らすエドの姿を見て、
   隣で視線を彷徨わせる幼馴染に小声で呟く。
   「あの、姫の腕の中にいる、小さな物体はなんだい?」
   「・・・・・・・・お子様かと。」
   アハハハ〜と、乾いた笑みを浮かべるニコラスに、アレクは
   低く呟く。
   「あの、姫を腕の中に囲って、離さない黒髪の男は、一体
   何者なんだろうねぇ?ニコラス?」
   「・・・・・・・・マスタング王。姫の夫君かなぁ〜?」
   スススス・・・・と後ずさりするニコラスを、アレクは怒りに
   任せて、胸倉を掴む。
   「姫は、離婚したんじゃないのか!?」
   「どうやら、ガゼネタだったようだ。いや〜。姫が幸せそうで
   良かった。良かったって、殴る事ないだろ!!」
   ポカリと頭を叩かれ、ニコラスは、涙目でアレクを見るが、
   凄まじい形相のアレクに、それ以上言えずに、黙り込む。
   「あれ?アレクにニコラス?」
   何とも言えない、気まずい雰囲気を破るように、二人に
   気づいたエドが、ニコニコと声をかける。そんな愛妻の様子が
   面白くないロイは、コソコソと自分達を見ている二人に、
   不機嫌な顔を隠しもせずに、ただじっと睨みつけている。
   「姫、お久し振りです。」
   ニコラスを突き放すように手を離すと、アレクは、宮廷の
   女性を虜にしている笑みを浮かべてエドに近づくと、片膝を
   つき、エドの手をそっと取って、その手の甲に口付けをしようと
   したが、そんな事をエド限定で極少の心の狭さしか持ち合わせて
   いないロイが許すはずもなく、エドの身体を更に自分に引き寄せる
   事で、アレクの邪魔をする。
   バチバチバチバチバチ
   ”ひえええええええええ〜。”
   見えない火花に、ニコラスは、へなへなとその場にへたり込む。
   「親愛の情を邪魔するとは、無粋なお方ですね。」
   ニッコリと微笑むアレクに、ロイも負けずにニッコリと微笑む。
   「失礼。我が子が落ちそうになったので、咄嗟に手を出した
   だけのこと。他意はないが?」
   バチバチバチバチバチバチバチ
   再び繰り広げられる眼に見えない攻防に、ニコラスは
   顔面蒼白になる。そんな緊迫した空気が、一切分からない
   超ニブなエドは、久し振りにあった幼馴染に、ニコニコと
   上機嫌だ。
   「ロイ。彼は、アレクシス・グリフォン。そして、後ろにいるのが、
   ニコラス・ダーヴィス。二人とも、幼馴染なんだ〜。アレク、ニコラス、
   この人が俺の旦那様〜。そして、この子が息子のカイル。」
   よろしくな!と微笑んでいるエドの隣では、氷点下の眼差しの
   ロイが、握手を求める。
   「アレクシス・グリフォンとニコラス・ダーヴィスか・・・・・。
   エディから話は聞いているよ。私はフレイム国王、ロイ・
   マスタングだ。」
   「お目にかかれて光栄です。マスタング王。」
   数々の戦場を生き抜いてきたロイの鋭い眼光に、ニコラスは
   すっかりと怯えて戦意を喪失させていたが、アレクだけは、
   怯える気持ちを何とか持ちこたえると、しっかりとロイの
   手を握る。
   ギリリリリリリリリ・・・・・。
   一体、何の音かと疑いたくなるような、骨がきしむ音を
   たてながら、ロイとアレクは力一杯握手を交わす。
   「そうだ!これから俺達、庭でお茶をするんだけど、
   一緒にどうだ?」
   幼馴染と旦那の息をもつかぬ攻防戦が、エドには見えないらしく、
   すっかり仲良しさんだね〜と、ほえほえ微笑みながら、
   アレクたちをお茶に誘う。
   「それは、いい。是非一緒に来たまえ。エディの事を聞きたいし
   な。色々とね・・・・・。」
   そう言って、ロイは蕩けるような笑みを浮かべて、エドの
   身体を引き寄せ、そっと耳元で囁く。
   「ふえっ!いや・・・アレク達が見てるよぉ・・・・。」
   そのまま、ペロリと耳を舐められて、エドは真っ赤になりながら、
   涙目で抗議するが、ロイには更に煽っているとしか見えない。
   さらに、エドに軽く口付けしながら、眼はしっかりとアレクを
   見て勝ち誇った笑みを浮かべる。
   どうやら、これを機会に、徹底的にアレク達【エドワード親衛隊】を
   叩き潰すつもりのようだ。
   ロイの意図を察したアレクは、サッと顔色を青くさせるが、直ぐに
   不敵な笑みを浮かべてロイを見据える。
   ”この喧嘩、買おうじゃないか!”
   フフフフフフ・・・・・・・。
   オドロオドロシイ真っ黒なオーラを背にロイとアレクはお互い一歩も
   引かずに、ただ相手を睨みつけていた。



 
   そして、場所を庭に移して、不毛とも言える、お茶会が始まった。
   だが、直ぐにニコラスは、後悔する事になる。
   何故、エドワードの席がマスタング王の膝の上なのか。
   そして、何故一人一人ちゃんと食器が割り当てられているのに、
   エドとロイは二人で一つの物を食べているのだろうか。
   しかも、エドが蕩けるような笑みを浮かべて、ロイにケーキを
   食べさせている。
   何故?
   Why?
   ここは誰?
   私はどこ?
   ああ、これはきっと夢なんだね。
   そうでなければ、隣国へ嫁いだ姫が、こんな所にいるわけがない。
   などと、思いっきり現実逃避をしたニコラスと、ロイとエドのラブラブ振りを
   認められない、往生際の悪いアレクは、ケーキに手をつけられずに
   いた。そんな二人の様子に、ロイも更にエドとのじゃれ合いを
   エスカレートさせていく。そんなピンクのオーラを撒き散らす、
   大陸一の馬鹿ップル夫婦、もとい、フレイム国王夫妻と、
   ズズンと暗く沈んだオーラを漂わせている、幼馴染’Sの、他の
   人が見たら、一目散に逃げたくなる光景は、それをぶち破る勢いで、
   ロイに一生懸命ケーキを食べさせていたエドが、全くケーキに
   手をつけていない、アレクとニコラスに気づき、キョトンと首を傾げると、
   能天気に声をかける。
   「あれ?二人とも全然食ってないじゃん。口に合わなかったのか?」
   エドの凶悪なまでに、可愛らしい、心配している風情の上目遣いの眼を
   向けられ、アレクの脳みそのネジがほとんどぶっ飛んだ。
   「いえ・・・そんな事は・・・・。ただ、以前姫が私の為だけ
   作って頂いた、バレンタインの
 チョコレートケーキ
は、
   絶品でした。」
   うっとりと恋人に向けるような、蕩けるような笑みを向けるアレクに、
   ピシリとその場の空気が氷点下までに下がる。その温度差に、
   現実逃避をしていたニコラスが、漸く現実へと意識を戻したのだが、
   自分達を睨みつめる、ロイの嫉妬に狂った瞳に、再び凍りつく。
   「・・・・また、あのケーキを食べてみたいものです。」
   そう言って、勝ち誇った笑みを浮かべるアレクとは対称的に、
   ロイは、怒りの為、眉を顰める。
   「そう言えば、明日はバレンタインですね。」
   アレクは、優雅な仕草でティーカップを手に取ると、意味ありげに
   エドを見た。
   「あの日の姫の言葉、まだ有効でしょうか?」
   「ふえ?何か言ったっけ?」
   訳が判らずにふに?と首を傾げるエドに、アレクは微笑みかける。
   「これから先、ずっとバレンタインにチョコレートケーキを作って
   下さるという、姫の言葉ですよ・・・・。」
   途端、エドの顔が青ざめる。
   「チョコレートケーキ・・・・?」
   泣きそうな顔のエドに、ロイはギュッと抱きしめる腕に力を込める。
   「エディ。そろそろ風が強くなってきた。カイルが風邪を引くと
   いけない。これでお茶会をお開きにしよう。それでは、二人とも、
   私達はこれで失礼するよ。」
   前半は、蕩けるような笑みと共にエドに向け、後半は、鋭い視線と
   共に、アレク達に向けて、ロイは立ち上がる。
   「もう二度と逢う事はないと思うが、元気で。」
   つまり、二度とエドには逢わせないと、ロイは宣言したのだ。
   去っていく二人の後姿を見送ると、ニコラスは、責める様な眼を
   アレクに向ける。
   「おい。いくらなんでも、あれでは、姫がお可哀想だ。もしも、
   この事が原因で、お二人が別れる事になったら、傷付くのは、
   姫なんだぞ!!」
   「それはない。だが、もしもマスタング王が姫を泣かすのならば、
   私は姫を浚えばいいだけの事だ。」
   切なそうにエドを見つめるアレクに、ニコラスは、何もいう事が
   出来なかった。





    どうしよう。
    どうしよう。
    どうしたらいいんだ〜!!
    ガラガラガッシャーン。
    フレイム王国の離宮に備え付けてある、厨房から、
    凄まじい音が鳴り響く。
    幸い、明日のハボックとリザの結婚式の準備に借り出されて
    いる為、辺りに人影はいない。
    それをいい事に、早朝から忍び込んだエドは、白いフリルの
    エプロンも可愛らしく、愛する夫の為に、頑張ってバレンタイン
    のチョコレートケーキを作ったのだが、予想とは違う出来に、
    眉を顰める。
    「おかしいなぁ・・・・・・。」
    エドワードは、自称、【チョコレートケーキ】の、炭化したチョコ
    レートケーキをマジマジと見つめる。
    「俺の予想では、とっても美味しいチョコレートケーキが出来上がって
    いるはずなんだけど・・・・・。」
    何故、炭の塊?
    どうして?
    ウーンと腕を組んで、エドは首を傾げる。
    「やり直すか。」
    そう言って、再び鍋に、ドカドカ板チョコを投げ込んでいく。
    辺り一面、再び焦げた匂いが立ちこめるのだが、それを
    全く気にせずに、エドはポイポイと材料を投げ込んでいく。
    「ロイは〜。甘いもの苦手なんだよな〜。」
    と言って投げ込まれる大量の塩。
    「でも、甘いものは、疲れを取るし〜。」
    エドは、塩の半分の砂糖を鍋の中に投げ込む。
    「そーいえば、疲労回復には、この薬草が効果あるって、
    ばっちゃんが言ってたな〜。」
    エドは数種類の薬草を、鍋の中に入れると、大きなスプーンで
    グルグルと掻き回す。それにより、更に凶悪なまでの異臭が
    辺りに漂う。それには、流石のエドも顔を顰めるが、これも
    全てロイの為〜と,半分涙目になりながら、必死に鍋を
    かき回す。
    「ケーキって、小麦粉と〜卵と〜バタ〜で作られて〜。」
    ドサドサドサと目分量で材料を投げ込む。
    「ここで、パンと練成できれば、あら不思議、チョコケーキの
    出来上がり〜なんだけどね・・・・・。」
    不気味な物体になりつつある、鍋の中身を、慎重に火から
    下ろすと、エドは危なっかしい手つきで、鍋ごとオーブンに
    入れる。
    「錬金術はもう使えないし。でも、俺だってやれば出来るんだからな!」
    エドは、オーブンの前に座り込む。
    「さっきは、オーブンに入れている時間が長かったから、炭に
    なっちゃったんだよ!じゃあ、早めにすればいいんだよな!」
    10分くらいでいいかなぁ〜。などと、ニコニコと楽しそうに、
    エドはオーブンを見つめた。




    「何で?」
    今度は、炭化は、辛うじて免れたが、得体の知れない、ドロッと
    した液体状の物体。
    「・・・・・・ケーキ。」
    グスッとエドは鼻を鳴らす。
    「ケーキを作ったはずなのに。」
    ポロポロとエドの眼から、涙が零れ落ちる。
    「ふぇっ・・・・えっ・・・えっ・・・・。」
    流れ落ちる涙を、エドは両手でゴシゴシと拭う。
    「エドワード・・・・?」
    振る振ると肩を震わせて泣き出すエドに、穏やかな声が
    かけられる。
    「・・・・エレナ叔母様・・・・・。」
    優しく微笑んでいるエレナ・ブラッドレイの姿を見た瞬間、
    エドは泣きながら抱きついた。





    「そう。ロイ様に。バレンタインのチョコレートを作っていたのね。」
    エグエグと泣き続けるエドを、何とか宥めると、エレナは
    エドが何を作るつもりだったのかを、聞き出した。
    「うん。ロイが、欲しそうな顔をしてたから・・・・・。でも、
    俺今まで錬金術で作っていたから、ちゃんとした作り方を
    知らなくて・・・・。リザ姉様は明日の準備で忙しいし、誰にも
    聞けなくて。でも、何とかなると思ったんだけど・・・・・。」
    チラリとチョコレートケーキの成れの果てを見ながら、深い
    ため息をつく。
    「何がいけなかったんだろう・・・・。」
    ショボンと肩を落とすエドを、エレナは優しく抱きしめる。
    「エドワード、私もキングにチョコを作るつもりなの。」
    一緒に作りましょう?という言葉に、エドは、パッと
    顔を上げると、花が綻ぶように笑った。
    「ああ!!なんて私のエディは可愛いんだ!!」
    そんなほのぼのしたエドとエレナを、窓の外からストーカー、
    もとい、見守っていたロイは、エドの可愛らしい姿に、
    悶える。その横では、同じく窓にへばりつくように、ブラッドレイが
    愛妻の様子を、うっとりと眺めている。
    「ところで、お前も酷い奴だな。エドワードがお菓子を作れない
    のを知っているくせに、仕組んだとは。」
    可哀想に、泣いているではないかと、ブラッドレイは、ロイを
    ギロリと睨む。そんな父に、ロイはフッと笑みを零す。
    「エディの初めては、全て私が頂きたいのでね。」
    結婚前、ハボックを締め上げて吐かせた為、ロイは
    エドワードに関して、本人以上に熟知していた。
    アレクにあげたチョコレートケーキは、ただ単に、2月14日は
    アレクの誕生日で、プレゼントとして持って行っただけで、
    バレンタインを意識した訳ではないこと。
    そして、そのケーキは、エドが好奇心で練成したものであること。
    アレクの言っていた、ずっとバレンタインにチョコレートを作るという
    話は、バースデイプレゼントは、チョコレートケーキにしてほしいと
    アレクが頼んだからだという事を、ロイはアレクに逢う前から、
    全て聞いていたのだった。
    「エレナ様のお陰で、無事バレンタインを迎えられそうです。」
    実際、エドが何も見ないでチョコレートケーキを
    作るとは思っていなかったロイは、慌ててエレナに助けを
    求めたのである。
    「この貸しは高いぞ。ロイ。」
    ブラッドレイは、ニヤリと笑うと、人差し指を突き立てる。
    「嫁と孫を1ヶ月貸せ。」
    「ご冗談を。ハハハハハ・・・・・。」
    ブラッドレイの言葉に、ロイは引き攣った笑みを浮かべる。
    「いいではないか!わしは嫁と孫と遊びたいんだ!!」
    「寝言は寝てから言って下さい。」
    先ほどとは打って変わって、甘い匂いの立ちこめる厨房で、
    和気藹々とお菓子を作るエドとエレナとは正反対に、
    外では、ロイとブラッドレイによる、不毛な親子喧嘩が
    勃発していた。





    「あのね・・・・。チョコを作ったんだけど・・・・。」
    顔を真っ赤にしながら、その日の夜、エドはオズオズと
    可愛くラッピングした箱を、ロイに差し出す。
    「ありがとう!エディ!!」
    嬉々として受け取ったロイは、丁寧にラッピングを外すと、
    ゆっくりと箱を開ける。
    「その・・・形は変だけど・・・・。」
    益々真っ赤になって俯くエドに、ロイは蕩けるような笑みを
    浮かべて、箱の中から、トリュフを一つ取り出すと、口の
    中に入れる。形は確かに悪いが、ロイの好み通りの、甘さ
    控えめで、とても美味しかった。
    「とても美味しい!!」
    ロイの絶賛に、エドはホッと表情を和らげる。
    「あのね。実は俺、今までお菓子は錬金術で作ってたんだ。
    だから、それは生まれて初めて作ったお菓子なんだ。」
    そんな事は百も承知だが、顔には出さずに、今初めて
    知りましたとばかりに、大げさに驚いた顔をすると、
    モジモジしているエドの身体を抱き寄せ、己の膝に乗せる。
    「そうなのかい!?世界で一番美味しいよ!」
    流石エディだね!とエドの頬にチュッと軽く口付ける。
    途端、真っ赤な顔になるエドに、ロイは満足そうに微笑むと、
    再びトリュフを口に入れると、そのまま深くエドに口付ける。
    「ン・・・ッ・・・ふ・・・う・・・・・・ん・・・・・。」
    ロイはエドの口をこじ開けるように舌を潜り込ませると、口の
    中のトリュフをエドの口の中に押し込む。そして、思う存分
    エドの口内を味わうと、再びエドの口の中に入っているトリュフを
    転がすように、舌を絡める。二人の口の中は、チョコのほろ苦い
    味で一杯になり、ロイは更にエドの舌を絡めるように、深く
    口付ける。
    十分にエドを堪能したロイが、ゆっくりと唇を離すと、クタンと
    力が抜けたように、エドはロイの胸に身体を預ける。
    「も・・・う・・・・ロイ・・・・の馬鹿ぁ〜。」
    激し過ぎ・・・・と文句を言う愛妻に、ロイはニコニコと上機嫌だ。
    「こんなに甘いチョコレートは初めてだよ。さて、もっとこの
    甘いチョコを食べたいのだけど、いいかい?」
    そう言って、ロイはチョコを口に含むと、再びエドに覆い被さった。
    「愛しているよ。エディ。」
    その後、世界で一番甘いチョコを完食して、満足したロイは、
    腕の中で眠っているエドの額に、軽く唇を押し当てる。
    その姿を、夜空に浮かぶ月と星が、優しく照らしていた。







                               FIN



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【月よ星よと】とは、この上なく愛したりたたえたりすることの例えだ
そうです。私にとって、ラブ度マックス状態なんですが、まだまだ
ぬるいでしょうか?これ以上書くと、隠れ月に直行なんですけど・・・。
このお話が気に入った方は、BBSに一言書いてから、お持ち帰り
して下さい。宜しくお願いします。