月の裏側シリーズ番外編  

  

      月よ星よと君を想う2       

 




   
   「エディ。起きてくれないか?」
   「ん・・・?ろ・・い・・・・・?」
   愛しい夫の声に、気持ち良さそうな顔で寝ていたエドは、
   ゴシゴシと眼を擦りながら、ゆっくりとベットから起き出す。
   「どーしたんだ?まだ起きる時間じゃ・・・・・。」
   「シッ。」
   ロイは、ふああああああと、大きな欠伸をするエドの
   唇に、人差し指を押し当てると、チュッとその頬に、
   おはようのキスを送る。
   「おはよう。エディ。すまないが、急いでこれに着替えて
   欲しいんだ。」
   一生懸命眼を開けようとするエドの姿に、微笑ましいものを
   感じながら、ロイはエドに一着のドレスを差し出す。
   「どうしたんだ?これ?」
   王妃が身に纏うには、あまりにも地味なドレスだが、実際
   布に触ってみると、それが最高級品であるというのが分かる。
   パッと見、中流貴族に見えるようなドレスを手に、エドは
   訳が判らず小首を傾げる。
   「エディ。すまないが時間がないんだ。」
   対するロイは、既に着替えが終わっており、腕には、ふわふわの
   ファーがついたマントに、更に毛布で包まれた、去年生まれた
   一人息子が、スピョスピョと、夢の中だ。
   「・・・・何か、良くないことでも?」
   ロイの服装が、近衛隊隊長だと身分を偽っていた頃の服だと
   いうことに、気づいたエドは、サッと顔を強張らせる。
   「お・・俺!絶対にロイから離れないからな!!」
   半分泣きそうな顔で、エドは必死にロイにしがみ付く。そんな
   エドの様子に、最初はキョトンとしていたロイだったが、ブルブルと
   震えるエドの身体を抱きしめると、そっと耳元で囁く。
   「ああ。勿論だとも。絶対に離れないでくれ。」
   もしも、君が離れれば、私は生きていけないよ。
   そう悲しそうな顔で言うロイに、エドはますますきつくしがみ付く。
   「ふえっ・・・・。」
   両親に押しつぶされるような形の息子のカイルは、苦しさのあまり、
   泣き出す一歩手前だ。
   「ああ!ごめん!ごめんね!カイル!!」
   いち早くカイルの異変に気づいたエドは、慌ててロイから離れると、
   優しく息子の頭を撫でる。
   それに安堵したのか、再び眠り始めるカイル王子。肝の据わった
   お子様である。
   息子の幸せそうな寝顔を、幸せそうに眺めていたロイとエドだったが、
   ふと時間に気づき、ロイは慌ててエドに着替えるように言った。
   「早く着替えてくれ。私を助けると思って!」
   その言葉に、エドは不安そうな顔を向ける。
   「う・・・うん・・・。それで、ロイが助かるのなら・・・・・。」
   今だ訳がわからないが、そうすることで、ロイの身が助かるのならと、
   エドは、手早くドレスに着替える。
   「ああ。本当にありがとう。エディ。さぁ、一刻も早くここを出よう。」
   静かにねと、耳元で囁くと、ロイは抱いていたカイルをエドに
   渡し、自分は、エドを抱き上げる。
   「ふえっ!?」
   慌てて、自分にしがみ付くエドに、ロイはクスリと笑うと、足早に
   部屋を後にした。







   「で?これは一体どういうことなのか、説明してほしいのだけど?」
   こめかみをピクピクさせながら、エドは、カイルを腕に抱いて、
   ニコニコと上機嫌なロイを睨みつける。
   朝早く叩き起こされて、訳の判らないまま、ロイの言う通り、大人しく
   ついてきたら、着いた先は、【真理の森】の中になる、花畑だった。
   唖然となるエドに、ロイはクスリと笑いながら、手早く馬から下りると、
   カイルを腕に抱いているエドをゆっくりと馬から下ろす。そして、
   茫然としたままのエドからカイルを受け取ると、座り込んで、
   そのままカイルと遊びだすのだから、怒るなという方が無理な話だ。
   不安に押しつぶされそうだった自分の気持ちを、一体どうしてくれる
   というのだ。不服そうにじっとロイを見つめるエドに微笑むと、
   ロイはカイルを膝の上に乗せ、蕩けるような笑みを浮かべて
   話しかける。
   「カイル。ここは、パパとママが初めて出会った思い出の場所
   なのだよ。気に入ったかい?」
   「あーい!!」
   上機嫌で両手を上げて返事をするカイルの頭を、優しく撫でながら、
   ロイはエドを見つめる。
   「ここから、全てが始まった。」
   「ロイ・・・・・。」
   真摯な眼をしたロイに、エドは戸惑いを隠せない。
   居心地が悪く、もじもじしていると、ロイはゆっくりとエドの手を
   取ってて、自分に引き寄せる。
   「丁度この辺りだったな。私が昼寝をして、君に叩き起こされたのは。」
   ロイの言葉に、エドは決まり悪げに、視線を逸らす。
   「わ・・・悪かったよ。昼寝の邪魔をして。」
   ボソボソと呟くエドに、ロイは首を横に振る。
   「いや、起してくれて助かった。あの時私は悪い夢を見ていた
   のだから・・・・・。」
   「それって・・・・・。」
   その時のロイの精神状態を慮り、エドは悲しそうにロイを見つめる。
   そんなエドを、ロイは自分の膝の上に座らせると、悲しそうな顔を
   するエドの額に、軽く口付ける。
   「そんな顔をしないでくれ。私は君を泣かせたくはないんだよ。
   此処は、私にとって、とても大切な場所なのだから。」
   「だって・・・・・。」
   クシャリと顔を歪ませるエドに、ロイはニヤリと笑う。
   「・・・・それに、ここは、エディの熱烈なプロポースをしてくれた
   場所だからね。」
   「なっ!プ・プ・プロポーズって!!」
   先ほどまでの悲しそうな顔を一変させて、エドは真っ赤になって
   ロイに食ってかかる。
   「何訳のわからねー事言ってんだ!!」
   ムキーッと怒り出すエドに、ロイはクスクス笑う。
   「おや?エルリック王家の婚約は、夫となる者に、己の【真の名前】を
   告げて成立するのであろう?君は私に【真の名前】を教えてくれた。
   これは、世間では、【プロポーズ】と言われるものだよ。」
   わかったかい?と、ロイは怒りで真っ赤になっているエドの
   すべらかな頬を、ツンツンと軽く人差し指突っつく。
   「なっ!!」
   絶句するエドに、ロイは優しく微笑むと、その身体を抱き寄せる。
   「ありがとう。エディ。私と出会ってくれて。そして、愛してくれて。」
   「ロイ・・・・。」
   エドは、真っ赤になりながら、オズオズとロイの背中に腕を回す。
   「君からのバレンタインのお返しとして、何がいいのか考えたんだ。
   君が一生懸命にチョコレートを私の為に作ってくれたように、
   私も、君の為に何かをしてあげたいと思ったんだ。君は、妻として、
   王妃として、そして、母として、立派に務めている。そんな君を
   癒したいんだ。」
   ギュッと抱きしめられて、エドは真っ赤になりながら、スリスリと頭を
   ロイに押し付けるようにして甘える。
   「今日一日、王妃である事を忘れて、ただの私の妻として、
   そして、カイルの母として、親子三人で、ゆっくりと過ごそう。」
   ロイは、エドの身体を起こして、幸せそうに微笑む。
   「ロイがいてくれるだけで、俺はいつだって癒されているよ!」
   エドは、嬉しそうに、言うと、チュッと軽く口付ける。
   「愛している。エディ。」
   「俺も愛してる!ロイ!!」
   再び口付けようとした時、うわあああああんと、盛大な泣き声が
   して、慌てて身体を離したのと、カイルが泣きながら両親に
   しがみ付いたのは同時だった。
   「ああ!もちろん!カイルも愛しているよ。」
   きっと仲間はずれにされた気分になったのだろう。ぎゅ〜と両親に
   しがみ付くカイルに、ロイは優しく微笑みながら、ポンポンと背中を
   叩く。
   「そうだぞ!カイルは俺達の大切な宝物なんだから!」
   優しく母親に頭を撫でられて、漸くカイルのご機嫌が治る。
   キャッキャッと嬉しそうに、両親にしがみ付くカイルの様子に、
   ロイとエドは顔を見合わせて微笑み合う。
   



   ここから全てが始まった。
   色々な事が起こり、もう駄目かと何度も思った。
   しかし、諦めなかったからこそ、
   こうして、再びここにこれたのだ。
   カイルという最愛の宝物を手に入れて。
   



   ロイは、腕の中の二つの宝物を決して離さないと、
   改めて誓うのだった。





               ◇◆◇◆おまけ◇◆◇◆

   「ところで、ここに来るのが、何でロイの助けになるんだ?」
   キョトンと首を傾げるエドに、ロイは苦笑する。
   「いや、何。あのまま城にいては、嵐が直撃する恐れが
   あったのでね。」
   「は?嵐?」
   ますます訳がわからん!と言うエドに、ロイは、君は分からない方が
   いいんだと、上機嫌でエドに微笑みかける。
   その頃、城では・・・・・。
   「どーして!どうして、エドワードちゃんとカイル殿下がいないのですか!!」
   「そうだぞ!エドワード!カイル、どこに行ったのだ!!
   おじーちゃんと遊ぼう!」
   「姉さん!カイル!出ておいで〜!」
   新婚旅行のお土産を渡しにという大義名分と共に、里帰りしたリザ姫と、
   それに便乗して、バレンタインのお返しと言いながら、キングと
   アルフォンスが、姿の見えないエドとカイルを求めて探し回っていた。
   「君達を絶対に渡すものか。」
   「ん?何か言ったか?」
   ボソッと呟くロイの言葉を、エドは聞きとがめる。
   「いや。何でもないよ。エディ。」
   見事嵐の直撃を避けたロイは、幸せそうに、エドとカイルを抱きしめた。
   
   





                               FIN



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ホワイトデーに間に合わなかった・・・・。
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