「じゃあな!大佐!!」
そう言って、金色の子どもは、赤いコートを翻して、
改札を出て行った。
「はが・・・!!」
ふと呼び止めようとして手を伸ばすが、私は我に返ると、
ゆっくりと伸ばしかけていた手を下ろした。
「何をしているんだ・・・・私は・・・・・。」
何故、改札を飛び越えて、君を抱きしめたいと思ったのだろうか。
私は溜息をつくと、ゆっくりとホームへと戻り、再び列車に
乗り込んだ。
鋼のに出会ったのは、偶然だった。
「あっれぇえ?大佐?」
いつものごとく、上層部のジジイどもの激励と称したイヤミを聞き終えた
私は、既に夕闇迫る景色の中、中央司令部を後にしようと、門に向かって
歩こうとした時、後ろから声をかけられた。
「ん?鋼の?どうしてここに?」
振り返ると、案の定、鋼の錬金術師こと、エドワード・エルリックが、
眼を丸くして立っていた。
「それは、こっちの台詞だっ!何であんたがここに・・・・。」
「恒例の上層部の叱咤激励だよ。」
ああ、思い出しただけでも気分が滅入ってくる。だんだんと機嫌を下降
させていく私に、鋼のは、引きつった笑みで「ソレハ、ゴ苦労サマデス。」
と呟いた。
「で?何故君はここに?弟はどうした?」
今の時期、鋼のがここにいる理由が判らない。第一、弟の姿が見えないのは
おかしい。そう思い、理由を聞いたのだが、鋼のは、途端罰が悪い顔を
すると、ふと目線を反らした。鋼のは、分かっていないようだが、彼が
嘘をつくときは、必ず目線を左から右にずらし、ゆっくりと相手の出方を
探るように、目線を元に戻すのだ。伊達に後見人は、やっていない。
鋼のの考えなど全てお見通しだ!
「・・・・ちょっと資料室に・・・・。」
「資料室は、隣の建物だろ?」
ピシャリと言うと、鋼のは、一瞬ウッと詰まったが、直ぐに言い訳をする。
「軍法会議所!そう!!軍法会議所へ行って、ヒューズ中佐に会って
来たんだ!!」
ほほう。そうくるか。だが、語りに落ちたな。鋼の。だが、直ぐに訂正する
よりも、暫く遊んでみるか。そこで、私は彼に話を合わせることにした。
「ほう・・・・。軍法会議所・・・・ねぇ・・・。ヒューズは元気だったか?」
私の言葉に、ホッと安堵の溜息を洩らした。
「ああ!元気過ぎっての?また例の家族自慢をしてさぁ〜。参ったぜ。
なぁ、アンタ中佐の友達だろ?何とかなんねーの?」
鋼のの言葉に、私は肩を竦ませた。
「出来るものなら、とっくにそうしている。第一、鋼のはまだいい方だ。
私など、毎日電話でノロケを聞かされるのだぞ?」
「なっさけねーの!」
ケラケラ笑う鋼のに、私はニヤリと笑いながら、話を続ける。
「そう言えば、昨日ヒューズから聞いたのだが、一昨日、彼は大変な
目に合ったそうだな。」
「へ?」
驚く鋼のに、私は内心笑いを堪えつつ、そんな鋼のの様子に気づいた
そぶりの見せずに、淡々と語って聞かせた。
「一昨日、中央司令部では、大々的な火災訓練が行われたそうだ。」
「へぇ〜。」
「そこで、実際に建物に水をかける訓練をしていたら、運が悪い事に、
軍法会議所の窓が開いていたらしくてな。」
チラリと横目で鋼のを見ると、ピクリと身体を反応させた。
「部屋中が水浸しになって大変だったらしい。資料などは、辛うじて被害は
免れたらしいが、まさか水浸しの部屋に置いておく訳にはいかず、
一昨日と昨日と、中央図書館第二分館へ運んで筋肉痛だと言っていたが。」
そこで、一旦言葉を切ると、顔面蒼白になって固まっている鋼のに、ニヤリと
笑う。
「軍法会議所は、昨日から中央図書館第二分館へとリフォームが
終わるまで移転だ。・・・・・・で?鋼の、君は一体、どこの軍法会議書へ
行ってきたのだね?」
がっくりと項垂れている鋼のに、私は声を立てて笑った。
丁度夕飯時という事もあり、私は鋼のを食事に誘うと、食事をしながら、
中央へ来た理由を尋ねてみると、彼はしぶしぶ事の真相を
白状した。
「全く、君には呆れて物が言えないな・・・・。」
溜息をつく私の目の前で料理にパクついている鋼は、プクリと
頬を膨らませると、横を向いた。
「まさか、査定を忘れていたとは・・・・。半年前、私は念を押した
だろ?」
「それは・・・その・・・・いろいろと忙しかったし・・・・。」
小声でボソボソと呟く鋼のに、私は諭すように言う。
「鋼の。」
まるで捨てられた猫のように、悲しそうな顔で見つめられ、
私は不覚にも、胸が高鳴り、らしくもなく、動揺した。
「大佐?」
首を傾げる鋼のに、動揺したことを悟られまいと、わざときつく
睨み付ける。
「とにかく!これからは、もっと頻繁に東方司令部に顔を出せ。
そうすれば、こんな事は起きなかったはずだ!」
「・・・・・・・。」
流石に、自分が悪い事を自覚しているせいか、珍しく鋼のが
項垂れて大人しくしている。そんな姿に、自分は何故かとても
いけないことをしているような感覚を起こし、誤魔化すように、
咳払いをする。
「ま・・・まあ・・・・過ぎてしまったものは仕方がない。これからは、
気をつけろ。ところで、随分期間が過ぎてしまったから、手続きが
大変だったのではないのか?せめて私に言ってくれれば、
少しくらいなら、融通が・・・・。」
「ああ、そのことなら、もう解決したから。」
エドの言葉に、我が耳を疑った。
「解決だと?」
通常、査定を受けなければ、資格を返上しなければならない。
たとえ、剥奪が免れても、手続きが面倒だと聞いた事がある。
「うん!たまたま大総統がいて、すんなり許可してもらった!」
ニコニコと嬉しそうに笑う鋼のに、私は何故か途端に面白く
なくなった。大体、鋼のも鋼のだっ!何故後見人である
私ではなく、大総統に頼るのだ!
「それにしても、大総統がいてくれて、助かったぜ〜。本当は
アンタに、ちょっと根回しを頼もうかと思って、昨日電話を
かけたのに、居なかったからさ〜。」
良かった。良かった。と、ニコニコ笑う鋼のの言葉に、私は
おやと思った。
「電話だと・・・・?」
「ああ、昨日の夕方東方司令部に電話したんだけどさ、ハボック少尉が
出て、大佐がもう上がったって・・・・。」
「それはすまないことをしたね。昨日は早退してセントラルへ向かって
いたものだからね。」
そうか。やはり鋼のは、私を頼りに思っているのだな。
その事が判った途端、私の心は温かくなった。
それからは、まるで夢のような時間だった。レストランでも、列車の中でも
錬金術の話や兄弟の旅の話など、話題が尽きずに、素晴らしい時間が
過ごせた。まさか14歳も年下の人間と、ここまで話が合うとは思っても
みずに、私は内心もっと早く知っていればと残念に思った。
目の前で、やや興奮気味に頬を高揚させて錬金術を語る鋼のは、
美しく、思わず見蕩れていた。このまま、この時間が続けばいいと
そんな事を思っていたが、時は無情にも過ぎていく。セントラルと
イーストシティのほぼ中間に位置する駅へと列車は停車した。
イーストシティほどではないが、そこそこ大きな駅だ。
「そんじゃ、俺はここで降りるから。」
「何?この街に泊まっているのか?イーストシティまで来れば
良かったではないか。」
ちょっと面白くなくて、ポツリと呟く私に、鋼のは、苦笑した。
「しょうがねーだろ?ここの図書館に用があんだから。あっ、
そうだ!これあんがとさん!すごく暖かかった!」
そう言って、鋼のは、先程鋼のに貸したマフラーを私に返す。
「いや。外は寒い。していきなさい。」
首を振る私に、鋼のは無理矢理私の手にマフラーを引っ掛ける。
「鋼の!?」
「俺の泊まっているホテルは、駅の真横なんだよ。それよりも、
アンタが風邪引いたら、それこそ皆に迷惑がかかるだろ?」
片目でウィンクする鋼のに、私は苦笑する。
「私は軍人だ。体力には自信がある。」
「もう、年なんだから・・・・。」
クククと笑う鋼のに、私は流石にムッとする。
「私はまだ20代だ。」
「四捨五入すれば立派な30・・・・いや、あと数ヶ月で30歳
だっけか?」
ニヤニヤ笑う鋼のに、私はギロリと睨む。
「まっ、誕生日になったら、盛大に祝ってやるぜ。祝い!
30代の仲間入りってな!」
「全く・・・君という子は・・・・。ところで、誕生日もそうだが、
近々東方司令部に戻ってきなさい。みんな君たちに会いたがって
いる。」
その言葉に、鋼のは、うーんと唸った。
「確約できねーけど?」
「戻ってきなさい。これは、命令だよ?」
命令違反で軍法会議にかけるぞ?と耳元で囁いて脅すと、
鋼のは、真っ赤になって怒鳴った。
「いきなり、何すんだ!大佐!!」
「おや?君は耳が弱かったのかね?」
新たな発見だと笑うと、鋼のは、さらに顔を真っ赤にさせた。
本当に、この子は面白い。見ていて飽きんな。
「では、行くぞ。鋼の。」
鋼ののトランクを手に持つと、私は席から立ち上がった。
「ちょっ!!待てって!」
慌てて鋼のは、私を追いかけてきた。
「何でアンタまで、ここに降りるんだよ!」
「折角だから、君をホテルまで送っていこうかと。どうせ、燃料補給や
車両接続などで、あと30分は動かんのだからな。」
途端、鋼のは、顔を青くさせて、私から荷物を奪い返した。
「なっ!いいよ!!ここまでで!」
「鋼の?」
いきなりの鋼のの行動に、私は驚いて凝視する。鋼のは、真っ赤な顔で
早口に捲くし立てる。
「ここでいいって!それに、アンタは明日も仕事だろ?遅刻して
ホークアイ中尉に、銃で撃たれても知らないからな!じゃあな!
大佐!!」
そう言って、彼は赤いコートを翻し、人込みの中へと駆け出してしまった。
「参ったな・・・・・。」
漸く動き出した列車の窓から外を眺めながら、私は先程までの
鋼のの会話を思い出していた。
「やはり、私も降りれば良かったな・・・・・。」
あと少しだけ、もう少し鋼のと話して見たかったのだが・・・・。
「仕方ない。暫く寝るか。」
終点のイーストシティまで、あと3時間はある。ここ数日の激務
に、今頃睡魔が襲ってきて、私はふと笑みを洩らす。
「先程までは、全く眠気などなかったのに・・・・。」
私は何の気なしに、肩にただ掛かっているだけのマフラーを
首に巻きつけると、静かに目を閉じた。
「!!」
マフラーから香る鋼のの移り香に、らしくもなく動揺して、私は
慌てて飛び起きた。
「全く・・・私は一体どうしたんだ・・・・。」
力なく項垂れると、マフラーにそっと手をかける。
「まるでこれでは、私が鋼のに恋しているみたいではないか・・・。」
そう呟いて、私は何か心に引っ掛かりを感じた。
ん?恋?
誰が?
私が。
誰に?
鋼のに。
何をしたって?
恋をした。
「な・・・そうか。そうだったのか・・・・。」
途端、ストンと気持ちが落ち着いた。
そう考えれば全て納得が行く。
鋼のがなかなか定期報告の為に東方司令部に来ないで、
イライラしたことも。
鋼のと一緒にいるだけで、心が温かくなることも。
自分よりも懐いている人間を消し炭にしてやりたいと思ったことも。
何もかも全て鋼のを思う気持ちだったのだと気づいたのだ。
「全く、君という子は・・・私をここまで本気にさせるとはな・・・。」
私は再び視線を窓へと向ける。すっかり暗くなった風景により、
窓がまるで鏡のような役割をして、私の顔を映し出す。そこには、
吹っ切れた清清しい顔をした私がいた。
「今度東方司令部に来た時が勝負だな。・・・・・逃がさないよ。
鋼の・・・・いや、エディ。」
願わくば、君も私と同じ気持ちでいてくれれば、嬉しいのだけれどもね・・・。
君を見つけて今わかったよ 手にするものは一つだけでいいと
こんなにも ああこんなにも せつない色に染まった心がうずくよ
FIN
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6万HITを迎える事が出来たのは、全て来訪の皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。感謝の気持ちを込めて、フリーSSです。
最近、ロイエド子ばかり書いているので、ここら辺で、ロイエドにしてみました。
ロイエドというより、ロイ→エドのロイ自覚編です。
この歌は好きなんですよ。歌を聴いていると、パッと情景が浮かんでくるので、
一気に書き上げました。
お気に召しましたら、BBSに一言書いてから、お持ち帰りして下さい。
お願いします。
上杉茉璃