月の裏側シリーズ番外編

        愛は時を超えて

                

                  第6話

  

            


一体何が起こったのか。
不安を覚えながらも、ロイはカイルの部屋を目指して、ひた走る。
「無事でいてくれ!カイル!!」
先ほどから異様なまでの不安感に苛まれ、ロイは走るスピードを
早めるが、無常にも後少しという所で、カイルの部屋から
凄まじい爆発音が響き渡った。目の前で吹き飛ばされる扉に、
ロイの不安はピークに達する。
「!!!」
カイルの部屋に駆け込んだロイは、その悲惨な現状に
息を呑む。手榴弾を投げ込まれたのか、壁は吹き飛ばされ、
床にはガラスが散乱していた。その上、まだ火が燻っているのか、
焦げ臭い臭いがロイの鼻をつく。
「カ・・・カイル・・・?」
呆然となりながらも、ロイはほとんど原型を留めていない
カイルの部屋を見回す。
「カイル・・・どこだ・・・・。
カイル!!
ロイは叫びながら、未だ火が燻っている部屋の中に飛び込もうとするが、
寸前で羽交い絞めにされる。
「離せ!!カイル!!カイル!!カイルが中に!!」
半狂乱になりながら、ロイは自分を拘束している腕を振りほどこうとするが、
相手の力は強く、ビクリともしない。それが余計にロイの神経を逆撫でる。
「・・・っ!!命令だ!!離せ!!」
「離しませんって。第一、その部屋には、カイルはいませんよ?」
場違いなほど、飄々とした声に、ロイの動きが止まる。
「い・・・ない・・・だと・・・?」
呆然と呟きながら、ロイは自分を羽交い絞めしている男を振り返る。
そこには、案の定、ハボックがニヤリと笑いながら立っていたが、
次の瞬間ロイに首を絞められ、蛙が潰されたような声を出す。
「ぐえっ!!」
「カイルはどこだ!!言え!!どこにいる!!」
興奮してますますハボックの首を絞めるロイの後頭部を、衝撃が
襲った。
落ち着け!!この無能!!
薄れゆく意識の中、ロイが最後に見たのは、ハリセンを肩に担いで、勇ましく
仁王立ちするホークアイの姿だった。







              ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




焦土と化した大地。
高く聳え立つ屍の山。
そして、全ての感情を失った男の声無き悲鳴。

あまりの惨状に、思わず目を背けた自分に
女は言った。

これが【未来】の一つであると。
数ある【可能性】の中で、一番確立の高い【未来】であるとも言った。

ならば、自分の取るべき道は一つしかなかった。




ふと闇の中、ホーエンハイムの目が開かれる。
辺りを見回してみると、どこぞの邸の中なのか、カーテンの
僅かな隙間から零れ落ちる月の光に照らされた部屋の中は、
意外と趣味の良い調度品が置かれていた。
手足を縛られ床に転げさせられているホーエンハイムは、
ヨッと勢いよく上体を起すと、低く何かを呟く。
途端、ハラリと自分を縛り付けていた縄が音もなく解かれると、
ホーエンハイムは、ボキボキと首を鳴らしながら、立ち上がる。
「さて、どうしようか・・・・。」
フム・・・と考え込むホーエンハイムの後ろにある窓が、
コンコンと叩かれる。
「・・・・・遅かったな。ハボック。」
乱暴にカーテンを引いたホーエンハイムだったが、次の瞬間、
再びカーテンを閉める。
バンバンバン!!
途端、激しく窓を叩かれ、ホーエンハイムは再び荒々しく
カーテンを開けると、閉められた窓を開け放って、目の前にいる
男に向かって叫んだ。
「煩い!犯人に気付かれるだろうが!!」
「・・・・・お静かに、叫ぶと犯人達が雪崩れ込んできますよ?」
ニヤリと笑う男に、ホーエンハイムはガックリと肩を落とす。
「何故・・・何故貴様はここにいるんだ・・・。マスタング王・・・。」
ジトーッと恨みがましい目で自分を睨むホーエンハイムに
ロイはニヤリと笑う。
「あなたばかりに良い格好は、させられませんから。」
「・・・邪魔だ。帰れ。」
忌々しそうに吐き捨てるホーエンハイムを無視すると、
ロイは窓から部屋の中に入り、興味深そうに辺りを見回す。
「ふむ・・・・。貧乏貴族と言う割には、高価なものが多いな。
隠し財産か・・・・それとも・・・・・他国からの援助を受けている
か・・・・というところか。」
スッと目を細めるロイに、ホーエンハイムは厳しい口調で話しかける。
「聞こえないのか。今すぐここから立ち去れと言っているのだ。」
「・・・・・お断りします。」
クルリと後ろを振り返ると、ロイは真剣な目をホーエンハイムに
向ける。
「なんだと?」
対するホーエンハイムは眉を潜める。
「エディとカイルに危害を加えようとする者達を、私が黙って
見過ごすとでも?」
「・・・・そなたは王だ。個々の感情で動いてはならん。」
低く呟くホーエンハイムに、ロイはふと表情を緩める。
「確かに私は王です。しかし、それ以前に人間です。」
「貴様がそのような事だから!あのような事に・・・・・。」
激昂しかけるホーエンハイムだったが、穏やかな表情を浮かべる
ロイに、毒気を抜かれて黙り込む。
「ハボックから聞きました。全て。」
ロイの言葉に、ピクリとホーエンハイムの肩が揺れる。
「何故あなたが蘇ったのか。そして、何をしようとしているのかも。」
「・・・・・ならば、話が早い。貴様はここらか・・・」
「ですから、私が来たのです。」
ホーエンハイムの声を遮るようにロイは告げると、絶句する
ホーエンハイムに背を向けて扉に向かって剣を構える。
ドヤドヤとこちらに向かってくる足音に気付き、ホーエンハイムも
表情を改め、どこからか取り出した剣を構え、ロイの横に立つと、
横目で睨みつける。
「フン!私の足を引っ張るなよ?」
「・・・・・私はエディを泣かせないと誓ったのです。」
そこで言葉を切ると、ロイはチロリと勝ち誇った笑みを浮かべながら
横目でホーエンハイムを見る。
「今こそあなたに私がエディの夫であると認めさせて
みせましょう!!」





不審な音に気付いた館の警護の者達が、バンと大きな音を立てて
ドアを蹴破ると、見知らぬ男と監禁していたはずの男が、まさに一触即発の
様子で睨みあっていた。
「なっ!!貴様、まだそんな事を言っているのか!いい加減、しつこいぞ!!」
ロイの言葉に、ホーエンハイムの目がクワッと見開かれる。
「そんな事とは何です!そんな事とは!!一番重要な事ではないですか!!」
ロイも負けじとホーエンハイムを睨みつけると、唾を飛ばさんばかりに怒鳴りつける。
「・・・・お前ら・・・・。一体何を・・・。」
警護の者達の中でリーダーであろう男が、こめかみを引きつらせながら諍いを
している2人の間に割って入ろうとするが、不意にロイの動いたロイの左肘が、
男の鳩尾に深々と突き刺さる。
「うっ・・・・・。」
いきなりの事に、対処できなかった男は、そのまま崩れるように倒れこんだ。
「た・・・・隊長!!」
完全に延びている隊長の姿に、他の警備の者達はどよめくが、
そんな周りの様子に気付かないかのように、ロイとホーエンハイムの言い争いは、
更にヒートアップする。
「一番大事な事とは、エドワードと子供達の幸せの事だ!!」
胸を張るホーエンハイムに、ロイも大きく頷く。
「同意見ですね。」
ウンウンと頷きながら、ロイはニヤリと不敵に笑う。
「ですから、エディの夫に私が相応しいと・・・・。」
「まだ言うか!!どうしてそれが幸せに結びつくのだ!!」
地団駄を踏むホーエンハイムに、ロイは更に笑みを深める。
「いい加減、現実を見据えたらどうです?エディの幸せに満ち溢れた姿を
見てもまだ認めないとは・・・・・いい加減、エディに嫌われますよ?」
サラリと爆弾発言するロイに、ホーエンハイムの顔がサッと青褪める。
「なっ!!そんな事はない!!」
ブンブンと首を横に振るホーエンハイムに、ロイは肩を竦ませる。
「そうでしょうか?例え父親でも自分を不幸にしようとしている人間を
好きでいられる訳はないでしょう?」
「そんな・・・・そんな・・・・。」
ショックでガタガタ震えるホーエンハイムに、それまで2人の言い争いを
見ていた警護のうちの一人が、ハッと我に変えると、慌てて襲い掛かる。
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!」
「うるさい!静かにしないか!!」
だが、ホーエンハイムは八つ当たりとばかりに襲ってくる者を睨みつけると、
強烈な右ストレートを与える。すっ飛ばされた男は、周りを数人巻き込み
壁に激突して気を失うが、それが合図となり、残りの者達が、
一斉にロイとホーエンハイムに襲い掛かった。
「私はなぁ!!不甲斐ない貴様のせいで不幸になるエドワードと子供達を
救うべく蘇ったのだぞ!!」
無茶苦茶に腕を振り回しながら、ホーエンハイムはロイを睨みつける。
その間に、ホーエンハイムの周りに気絶した男達の山が築かれる。
「救うだと?カイルに乱暴を働いたくせに!!」
ロイは吐き捨てるように叫ぶ。その間も男達の攻撃を器用に避けながら、
確実に数を減らしていく。
「仕方がなかろう!!自分も一緒に戦うと言って聞かなかったのだから!」
ホーエンハイムは後ろの男に回し蹴りをする。
「仕方なくて、気絶させて掃除道具入れに押し込めますか!!可哀想に
すっかり怯えていましたよ!!」
ロイは自分の右から襲ってくる男の頭を思いっきり殴る。
脳裏に浮かぶのは、ホークアイに気絶させられて、次に目が覚めた時に
側にいたカイルの沈んだ表情。カイルに悲痛な表情をさせてたホーエンハイムに、
ロイは歯軋りをしながら睨みつけた。
「時間がなかったのだ!敵に気付かれない場所と言ったら、
あそこしかなかったのだからな!!」
ホーエンハイムは自分とロイの間に立ちふさがっている男の顔面を
殴りつけると、倒れた男の背中をグリグリと踏みつけながらロイを
睨みつけた。既に2人以外立っている者はおらず、部屋には
気絶した男達が、所狭しと転がっている状態だった。