最終話

 

 

             「愛している・・・・・。エディ・・・・・。」
             ロイは、愛しい人が己の腕の中にいる奇跡に、
             イシュヴァラ神に感謝の祈りを捧げる。
             つい数時間前に味わった恐怖は、今思い出しても、
             身が凍る思いがした。




            「愛している。エドワード。君が生涯でただ1人の私の
            妃だ・・・・・・・。」
            月明かりの中、永遠の眠りについた愛しい人を抱きながら、
            王はゆっくりと唇を重ね合わせた。
            ここは、神殿の大聖堂ではなく、
            ましてやイシュヴァラ神の前ではない。
            だが、ロイにとっては、まさに【結婚の儀】と同意義の
            行為だった。
            「私は君に誓う。私はエドワード・エルリック以外の
            妃は持たない。」
            そう言って、再び唇を重ね合わせた時、腕の中の
            エドワードがピクリと動いた気がして、ロイは驚いて、
            腕の中にいるエドを凝視した。
            「ん・・・・っ・・・・・。」
            瞼が痙攣し、桜色した可憐な唇が薄く開き、息を吸い込む。
            「エ・・・・エディ・・・・・・。」
            ロイの声に誘われるように、エドの黄金の瞳が、ゆっくりと
            現われる。
            「ん・・・。ここ・・・・・・。」
            ぼんやりとした瞳でエドはゆっくりと身を起こす。
            「ここは・・・どこ・・・・?」
            今だはっきりとしない頭に、エドはしきりに頭を振る。
            「エド・・・・・・。エディ・・・・・。エディ!!」
            死んだと思っていた人間が、実は生きていたという
            事実に、ロイは流れる涙を拭おうともせず、エドの身体を
            引き寄せると、きつく抱き締めた。
            「生きて・・・良かった・・・・。エディ・・・・・。」
            泣きながら抱き締めてくるロイに、今度はエドの方がパニック
            状態になっていた。
            「ちょっ!何でここにアンタがいるんだよ!!神殿じゃないのか!?」
            エドの言葉に、ロイはピクリと反応する。
            「神殿・・・?エディ、それは一体どういう事なんだ?」
            「っ!!」
            怒りに満ちているロイの瞳を間近で見る事になったエドは、
            その怒りの激しさから、怯えたような眼をロイに向ける。
            それが、更にロイの怒りを煽る。
            「エディ・・・・。考えたくはないのだが・・・・・。」
            ロイはすっと眼を細めると、今にも泣きそうなエドの顎を捉えると、
            自分の方へ向けさせる。
            「君は神殿に戻りたくて、今回の事を仕組んだのか・・・・?」
            無表情にエドを見つめるロイに、エドは本能的な恐怖を感じながらも、
            生来の気の強さから、キッとロイを睨みつけながら叫ぶ。
            「ああ!そうだよ!アンタが俺を監禁するから・・・・こうでもしなければ、
            俺は神殿に戻れない!!俺は、一刻も早く神殿に戻らなければ、
            ならないんだ!!」
            叫んだ瞬間、エドはロイに荒々しく唇を塞がれる。
            あまりの息苦しさに、エドはロイの胸を叩いて抗議をしたが、いつの間にか
            両腕毎ロイの腕の中に抱き込まれてしまった。
            「ん・・・・っ・・・い・・や・・・・・。」
            荒々しく自分を求める深い口付けに、エドは頭を振って逃れると、
            涙で濡れた顔で、ロイを睨んだ。
            「エディ・・・・。私は君を離さないよ・・・・・。」
            怯えながら後ずさるエドに、ロイはニヤリと口元を歪めると、乱暴に
            エドの身体を引き寄せると、再び口付けながらエドの身体を床に横たわらせ
            る。そして、エドの着ていた死衣装を、乱暴に引き裂いた。
            「!!」
            一体、今自分の身に何が起こっているのか認識できないエドは、
            驚きのまま硬直する。そんなエドに、ロイは悲しそうな眼を向けると、
            今度は優しい、触れるだけのキスをエドに何度も贈る。
            「エディ・・・・・。私のものになれ・・・・・。」
            ピクリとエドの身体が反応する。
            「愛しているんだ。」
            悲痛なまでのロイの告白に、エドはポロポロと大粒の涙を流しながら、
            首を横に振り続ける。
            「う・・・うそ・・・・。嘘だ!!」
            「嘘じゃない!!」
            泣き叫ぶエドに、ロイは己の想いをエドに伝わるように、きつく
            抱き締める。
            「嘘だもん!!こんな子ども、相手になんかしないもん!!」
            本格的に泣き出すエドを、ロイはそっと抱き起こすと、優しく
            腕の中に抱き込む。そして、教え込むように、エドに優しく
            語り始める。
            「エディ・・・・・。聞きてくれ。私は君に初めて会った時から、
            魅かれていた・・・・。まだ生まれたばかりだった君は、私に
            笑いかけてくれた。今まで、人の裏を無意識のうちに、
            探ってばかりいた私は、その無邪気な笑顔を見せられ、
            その時に誓ったのだ。絶対に君を守ると・・・・・。だが、
            あの事件が起こった。」
            ロイは当時を思い出したのか、辛そうに唇を噛み締めた。
            「あの時、まだ私が即位する直前の事だった・・・・・。
            エディを【神殿】に連れ去られるのを、黙って見ている事しか
            出来ない自分を、どれほど悔しく思ったか・・・・・。」
            イシュヴァラ神が最も好んだと言われる【聖色】の黄金を
            髪と瞳に宿し、なおかつ、両手を合わせる事によって
            生み出される数々の【神の御業】に、数百年に一度
            地上に現われるとされる、イシュヴァラ神の化身であると、
            【神殿】が騒ぎ出したのだ。
            勿論、ホーエンハイムとロイは断固として、エドを
            【巫女姫】にさせないと、拒否をしたのだが、【神殿】が
            【不可侵条約】を盾に強引にエドを【神殿】へと
            連れ去ったのだ。
            「それ以来、君とは一年に一度しか会えなかった・・・・。」
            ロイは優しくエドの髪を梳きながら、さらに抱き寄せる。
            「年に一度の国の安寧を願う儀式で、姿しか見られなくても、
            私は、それだけで構わないと思っていた。傍にいなくても、
            【兄】として、君を見守る事が出来ると思っていたから。」
            ロイの【兄】という言葉に、エドはピクリと反応する。
            「【兄】・・・・・?」
            やはりと、小声で呟くエドに、ロイは苦笑する。
            「だがね、エディ。一年前の事件で、私は自分の気持ちに
            気づいた。エディを【妹】ではなく、1人の【女性】として、
            見ていた事に。」
            「ロイ・・・・?」
            キョトンとなるエドに、ロイは真剣な眼差しを向ける。
            「一年前、国の安寧を願う儀式の最中、刺客が私の
            命を狙ったのを、覚えているね?」
            コクンと頷くエドに、ロイはそっとエドの顎を捉えると、
            じっと金の瞳を見つめた。
            「あの時、君は【神の御業】で、私の命を救ってくれた。
            その時、普段被っているヴェールが風に飛ばされ、
            君の顔が露になった。」
            今でも覚えている。屋外に設置された広場を使って
            儀式を行っていた最中、突如、民衆の間から、
            他国の刺客が飛び出し、ロイに手榴弾を投げつけたのだ。
            だが、手榴弾がロイの元へ届く前に、エドが【神の
            御業】で、ロイの前に壁を作り、事なきを得たのである。
            手榴弾が壁に当たって爆発した時の風で、エドの
            ヴェールが飛び、エドの顔を見たロイは、驚愕したの
            だ。
            「君は微笑んでいたね。初めて会った時と同じように、
            無邪気な笑顔を私に向けてくれた。」
            途端、エドの顔が真っ赤になった。あの時、無我夢中で
            【神の御業】を発動させて、ロイの前に壁を作ったのだが、
            手榴弾が爆発した為に起こった爆風に、ロイの無事を
            心の中で必死に祈ったのだ。その祈りが通じたのか、
            爆風が収まった視界の先に、傷一つ負っていない、
            ロイの姿を見つけて、本当に嬉しかったのだ。
            物心つく前から、ずっと憧れ続けてきた人を守ることが
            出来た事に。
            「その時、私は自分の気持ちに気づいた。」
            ロイは愛しげにエドの頬を撫でる。
            「私は君を愛している。」
            ハッとエドが息を呑む」。
            「【妹】ではなく、1人の【女性】として、君を愛している。
            君を私の妃にするのだと、その時に誓った。」
            ロイはふと表情を和らげる。
            「君を得る為の、この一年、私はずっと君をこの腕に
            抱き締める事を夢見ていた。」
            そして、エドの身体をきつく抱き締める。
            その力強さに、多くは語らないが、この一年間の
            ロイの苦労が込められているみたいで、エドは嬉しそうに
            微笑んだ。
            実際、ロイの苦労は、かなりのものであった。
            ただの【巫女姫】ならば、位を降りれば、公爵家令嬢として、
            国王と結婚するのに、何の問題もない。
            だが、エドは数百年に一度地上に現われると言われる、
            イシュヴァラ神の化身とされている【巫女姫】だ。
            【神殿】は、彼女を手放そうとはしなかった。
            一年間の攻防の末、漸くエドを公爵令嬢の身分に
            戻す事に成功したのだった。
            ロイは、エドの顔を覗き込んだ。
            「イシュヴァラ神の化身と言われた君が、神話のように、
            天空へ帰ってしまうのではと、ずっと不安だった。」
            神話では次のように語られている。
            イシュヴァラ神は、多くの神が人間を見捨てた中、
            最後の最後まで人間に慈愛の眼差しを向けていたが、
            度重なる人間の愚かな行為に、心を痛め、天空へと
            帰っていったのだった。しかし、天空に帰っても、人間の
            事を心配したイシュヴァラ神は、数百年に一度、人間の
            姿で地上に降りてくると言われていた。
            「エドワード・エルリック姫、どうか私と結婚して欲しい。」
            じっと最後の審判を待つように、不安そうな顔のロイに、
            エドはポロポロ泣きながら、ギュッとロイしがみ付いた。
            「エディ?」
            「ずっと・・・・ずっと、ロイの事が好きだったの・・・・・。」
            「エディ!」
            途端、嬉しそうなロイの声に、エドは真っ赤になりながら、
            ロイの顔をじっと見つめた。
            「ロイが俺を監禁しているのは、俺の命が他国に狙われて
            いるからだって事も知っている。」
            エドは、そっとロイの腕から逃れると、引き裂かれた前を
            隠しながら、丁度後ろにあったベットのシーツを手に取って、
            身体に巻きつける。
            「エディ?」
            何故自分から離れるのかと、目で訴えるロイに、エドは
            透明の涙を流しながら、微笑む。
            「俺の命を狙う人間がいるから、婚約だなんて、茶番を
            仕組んだと思っていた。」
            基本的に【神殿】は武装してはならないとされている。
            その為、【神殿】の外でしか警備を配置する事は出来ない。
            戒律で、【神殿】の中に、武器などが持ち込めない仕組みに
            なっているのだ。唯一の例外は、国王が【神殿】の
            中に入っている時にのみ、国王の警備として、武器等を
            【神殿】の中に持ち込めるのだ。
            そのような無防備な環境では、エドを守れないと判断した
            ロイが、警備のしっかりとした場所へエドを連れ出す為に、
            今回の婚約騒動を仕組んだと、エドは思っていたのだ。
            「それは違う!茶番なんかじゃない!!」
            必死に叫ぶロイに、エドはコクンと頷いた。
            「うん!今ならロイの気持ちを信じられる。」
            「では、こちらに来るんだ。エディ・・・・・。」
            両手を広げるロイに、エドは悲しそうに首を横に振る。
            「俺、神殿に戻らなければ・・・・・。」
            頑ななまでに、神殿に帰る事を主張するエドに、ロイの
            怒りは爆発する。
            「何故なんだ!エディ!!」
            「・・・・・だって、ロイの事が好きだから・・・・。
            だから、見て見ぬ振りはできない!!」
            泣きながらもきっぱりと言い切るエドに、ロイは
            唖然となる。
            「・・・・理由を聞いても・・・?」
            納得のいく理由でなければ認めないと言うロイに、
            エドは渋々寝室の続きの間に向かって、声をかける。
            「ロゼ・・・・。いる?」
            「はい。ここに控えております。」
            そっと扉が開いて、中から数日前にエド専用の侍女として
            屋敷に上がったロゼッタが、姿を現した。
            「君は・・・・・。」
            驚くロイに、エドは苦笑する。
            「彼女の名前は、ロゼ。アームストロング家に代々仕えている
            家の娘だ。」
            「ロゼと申します。陛下。」
            優雅に一礼するロゼに、ロイは以前アームストロング家に
            招かれていた時に、メイドの中に彼女がいた事を思い出した。
            「・・・・・ロゼは俺の親友なんだ。幼い頃から【神殿】で暮らして
            いる俺を心配したオヤジが、アームストロング家の協力で
            【神殿】にロゼを送り込んできた。」
            ロゼはすっと一歩前に進み出ると、ロイに向かって真剣な
            表情で言う。
            「陛下、姫様がお屋敷に戻られてから、市井に流れ出した
            噂についてご存知ですか?」
            その言葉に、ロイは重々しく頷く。
            「ああ。先程聞いた。私がエディを殺そうとしているという馬鹿な
            噂だろ?」
            吐き捨てるように言うロイに、ロゼは厳かに頷いた。
            「その噂をばら撒き、民衆を扇動しようとしているのが、
            コーネロ司祭です。」
            「コーネロ司祭だと?!」
            ロイが驚くのは無理もない。【神殿】の上層部の中の1人で、
            エドを公爵令嬢に戻すにあたり、【神殿】の窓口になっていたのが、
            コーネロ司祭だったのである。
            「はい。コーネロ司祭は、リオールの特殊工作員です。」
            ロゼの言葉にロイの顔色が青くなる。
            一年前の事件も、リオールが関わっている。まさか、【神殿】の
            上層部に、敵国の人間が混ざっているとは、流石のロイも
            想像できなかった。
            「だから、俺行くよ・・・・・・。」
            エドの決意に満ちた声に、ハッとロイが我に返る。
            「事は【神殿】内部の事だ。【神殿】の事は【神殿】で処理する。
            これ以上、民衆が騙されているのを、黙って見ている事はできない!!」
            それにと、エドは心の中で付け加えた。
            ”ロイを守りたいから・・・・・・。”
            もしも暴徒と化した民衆が、ロイを襲ったら・・・・・。
            そう考えただけで、エドは恐ろしさのあまり身体が震える。
            一刻も早く【神殿】に戻り、事態を収拾する必要がある。
            しかし、素直に言ってロイがエドを【神殿】に帰してくれるとは、
            エドは思っていない。そこで、仮死状態になる薬を飲んだのだ。
            流石に、死体になれば、遺体を【神殿】へ送らざるを得ないと
            思って。
            「行こう!ロゼ!!」
            ロゼを促して、部屋を出て行こうとしたエドだったが、その前に
            ロイの手が伸びてきて、エドの身体を捕まえる。
            「ちょっ!!ロイ!!」
            「エディ。リオールが絡んでいるとなると、【神殿】だけでは、
            事態は収拾出来ない。」
            「でも!」
            必死に何かを言いかけるエドに、ロイはきつくその身体を
            抱き締める。
            「エディ。私に考えがある。私に任せてくれないかい?」
            「ロイに・・・・?」
            キョトンと首を傾げるエドに、ロイはにっこりと微笑んだ。
            「ああ。もう証拠固めも何もかも済んでいるんだ。
            後は、首謀者を捕らえるだけだ。」
            ロイの言葉に、エドはしぶしぶ頷く。
            実際、エドの方には証拠がないのだ。
            かなり不本意な顔に、ロイはクスリと笑うと、そっと
            耳元で囁いた。
            「ところでエディ?君の返事を聞かせてもらいたい。」
            「返事?」
            何の?と問いかけるエドに、ロイはニヤリと笑う。
            「何って勿論、先程のプロポーズの返事だよ。」
            途端、エドの顔が真赤になる。
            「ちょっ!!そんな!今?ロゼだっているんだから!!」
            エドが泣き出す一歩手前で、ロゼは心得たように、
            にっこりと微笑んだ。
            「それでは、陛下。私は一足先に公爵邸へと戻ります。」
            そのまま一礼すると、後ろを振り向かずに、スタスタと
            部屋を出て行った。
            「さぁ、エディ・・・・・・。」
            ロゼの姿が見えなくなった途端、ロイが嬉々として
            エドの身体を抱き締めた。
            「エディ・・・・・・。」
            耳元で囁かれるロイの声に、エドは不安そうな顔で
            じっとロイを見つめる。
            「俺・・・・。全然女らしくないし・・・・。ガキだし・・・・・。
            ロイの傍には、綺麗な女の人がいっぱいいて・・・・・。
            俺なんかより相応しい人が・・・・・。」
            「エディ。」
            そんな言葉は聞きたくないのだと、ロイはエドを抱き締めながら
            囁く。
            「どうか・・・・エドワード姫、私の望む言葉を・・・・・。」
            悲痛なまでのロイの言葉に、エドは震える声で呟く。
            「いたい・・・・。ずっと・・・ずっとロイの傍にいたい・・・・・。」
            「ああ。絶対に離さない。」
            漸く望んでいた言葉を、エドの口から聞けて、ロイは嬉しさの
            あまり、荒々しく口付けた。
            暫くエドの唇を堪能していたロイは、そっと唇を離すと、
            エドの左手を取る。
            「この指輪に誓って。」
            そう言って、ロイはエドの左の薬指に嵌められた指輪に
            口付ける。
            「この指輪・・・・・。何で・・・・・。」
            いつの間に嵌められたのか、己の左の薬指の指輪を、
            エドは茫然と眺める。そんなエドに、ロイはクスリと笑う。
            「君が生涯で唯一の私の妃だからだ。」
            だから、例え死んでしまっていても、指輪を贈ったのだと
            言うロイに、エドは嬉しさのあまり抱きつく。
            「ロイ〜。ロイ〜。」
            「愛しているよ。エディ・・・・・。君無しでは、生きていけない
            くらいに・・・・・・。」            
            月明かりの中、2人は固く抱き締めあった。







            「どういう事か説明しろ〜!!」
            「巫女姫様をどうした〜!!」
            「エドワード様〜!!」
            城を取り囲んでいた民衆を、何とか神殿の大広間まで
            誘導出来たが、何も説明されない状況では、更に
            民衆の不満や怒りが爆発して、既に手に負えないという、
            最悪な状況へと事態は急変していた。
            「どうします?このままでは・・・・・・。」
            神殿の中に入ろうと騒ぐ民衆を何とか押し留めながら、
            ハボックは隣で同じように民衆を押し留めている
            ホークアイに声をかける。暫く考え込んでいたホークアイは、
            やがて顔を上げた。
            「陛下に次の指示を仰いできます。ここを頼みます。」
            ハボックにそう言うと、ホークアイは神殿へと踵を返した時に、
            それは起こった。
            「巫女姫様だ!!」
            誰かの叫びに、全員が神殿の扉を注目する。
            ゆっくりと空けられた扉の前には、正装した巫女姫が立っており、
            その姿に、民衆から安堵の溜息と歓声が同時に起こる。
            「巫女姫様!万歳!!」
            「死んだなんて、嘘だったんですね!!」
            鳴り止まない拍手と歓声に、巫女姫は片手を上げて静まるように
            合図する。
            「皆様に、お知らせがあります。」
            良く通る、美しい声に、民衆の間で困惑が広がる。
            「声が違う・・・・。」
            「偽者だ!!」
            再び騒ぎ出す民衆に、巫女姫は一喝する。
            「お静まりなさい!!」
            それに驚いてか、民衆は虚をつかれたように、一瞬静まる。
            「新しく巫女姫の任についた。ロゼと言います。」
            そう言って、ヴェールを脱ぐ巫女姫に、民衆は困惑気味に
            顔を見合わせる。
            「では・・・エドワード様は・・・・・?」
            誰かの言葉が呼び水となり、再び民衆が騒ぎ出す。
            「その事について、陛下からお話があります。」
            ロゼの言葉に、民衆は一斉に神殿の扉を見つめる。
            ゆっくりとした足取りで広場に姿を現したのは、若き国王、
            ロイ・マスタングだった。
            「国王陛下・・・・・。」
            歴代の王の中でも、取り分けロイは、民衆を思い、
            民衆の為になる政治を行っていた。
            常に冷静沈着で、公正な賢王と名高いマスタング王を、国民の
            全ては深い敬意を示していた。
            だから、巫女姫を暗殺して絶対的権力を掴もうとしているという噂に、
            国民は誰もが裏切られた思いがあった。それと同時に、
            信じたくないという思いもあり、真実を求めた民衆が取った
            行動が、王から直接真相を聞きたいと城を取り囲む暴挙に繋がったのだ。
            ロイは穏やかな目を民衆に向けると、良く通る声で静かに語りだした。
            「私は、ずっと1人の女性を想ってきた・・・・・・。」
            ロイの告白に、辺りは水を打ったかのようにシンと静まり返る。
            「一年に一度しか出会えず、しかも姿を遠くから眺める事しか
            出来ない状況でも、私は幸せだった。彼女は私1人のものに
            ならないと、心の何処かで思っていたからなのかもしれない。
            一目だけでも逢えただけで、満足していた・・・・・・。」
            ロイは自嘲した笑みを浮かべる。
            「だが、人間というのは、欲深い。最初は見つめるだけで
            満足していたのが、今度は自分を見て欲しいと願うようになった。
            そして、自分の傍らに微笑んでいて欲しいとも・・・・・私の
            妃にしたいと、強く願うようになった。」
            ロイは、深呼吸すると、民衆を見回した。
            「先程、漸く私の想いは伝わり、彼女とイシュヴァラの神の前で、
            【婚約の儀】を無事執り行った。」
            ロイは、幸せそうな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
            「皆に、私の婚約者を・・・・・エドワード・エルリック姫を紹介
            したいと思う。さぁ、おいで。エディ。」
            ロイの口から巫女姫の名前が出てきて、混乱する民衆の前に、
            ロイに手を引かれて、ゆっくりと広場に現われた可憐な
            少女の姿が、その生死を心配していた巫女姫本人だと気がつくと、
            大地を揺るがすような大歓声が沸き起こる。
            「マスタング国王陛下万歳!!」
            「おめでとうございます!!姫様!!」
            割れんばかりの拍手と大歓声に、一瞬エドは惚けたが、
            徐々に幸せそうな笑みを浮かべると、傍らに立つ、最愛の
            婚約者に微笑むかける。
            「言ったとおりだろ?君は誰よりも私の王妃に相応しいと。」
            片目を瞑って、ニヤリと笑うロイに、エドは真っ赤になりながら、
            そっとロイの腕に己の腕を絡ませる。
            「愛している。エディ・・・・。」
            「俺も。愛している。ロイ・・・・。」
            歓声に沸き返る民衆が見守る中、ロイとエドはゆっくりと
            唇を重ね合わせた。
            幸せそうな2人の様子に、拍手は何時までも鳴り止まなかった。










            「・・・・・・こうして、王様は、愛する姫を手に入れる事が
            出来ました。そして、2人は結婚していつまでも、いつまでも、
            幸せに暮らしました。おしまい。」
            パタンと絵本を閉じると、ロゼは、自分の両隣で食い入るように
            絵本を覗き込んでいた王女と王子に、にっこりと微笑んだ。
            「面白かったですか?両殿下?」
            「とっても面白かった!!」
            「面白かった!!」
            手を叩いて喜ぶ二人に、ロゼは満足そうに頷く。
            「ねぇ、巫女姫様?」
            ツンツンと自分の袖を引っ張る王女に気づき、ロゼは視線を
            王女に向ける。
            「王様とお姫様は、今でも幸せなの?」
            可愛らしく首を傾げる王女に、ロゼは微笑みながら、窓の外に広がる
            庭園を眺める。
            「ええ。2人のお子様に恵まれて、本当にお幸せですよ。」
            ロゼの視線の先は、この国の王と王妃が仲睦まじく、庭園を
            散策していた。
            「さぁ、父上様と母上様の元へ参りましょうか。」
            ロゼは両手を王女と王子に差し出す。
            「「は〜い!!」」
            2人の手を引いてロゼが部屋から出て行った後、
            静寂を取り戻した部屋には、僅かに開けられた窓から
            風が入り込んだのか、ロゼが先程まで読んでいた絵本の
            ページをパラパラと捲る音だけが残った。







                                          FIN






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やっと完結しました〜!!
「これって、【七夕企画】なんだよね〜。今、何月よ!?」と自分で自分に
ツッコミを入れつつも、漸く終わる事が出来ました。
こんなに長くなるとは思わなかったです。
お気に召しましたら、どうぞお持ち帰りしてくださいませ。
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                                       上杉茉璃