青い鳥をさがして

 

                     完結編

 

              

 

            

                 「・・・・・で、・・・・・・【青い鳥】・・・・・・・・・。」
                 「本当に・・・・金に・・・・・・・。」
                 ひょっこりと路地裏を覗き込むと、金の鳥篭を囲んで、
                 数人の男達が小声で話し合っていた。
                 会話の内容まで聞き取れないが、【青い鳥】と【金】の
                 言葉に、エドは眉間の皺を深くする。
                 ”・・・・・どういうことだ?【青い鳥】は他にもあるのか?”
                 もっと良く話を聞こうと、エドは一歩足を踏み出す。
                 だが、後頭部に突きつけられた固い感触に、エドは
                 動きを止めた。
                 「おっと。そのまま動くなよ。お嬢ちゃん。」
                 そこで、自分が今どんな格好をしているのか、思い出した
                 エドは、両手を上に上げる。隙を見て逃げ出すためにも、
                 ここはひとまず大人しくした方が良いと判断したのだ。
                 「へへっ。物分りの良い子は好きだぜ。」
                 すっと後頭部から拳銃が離された一瞬の隙をついて、エドは
                 上げていた両手を胸の前で合わせ、振り向きざま、男の足元に
                 身を屈ませて両手をつく。途端、練成の光が辺りを照らし、
                 地面から巨大な壁が出現して、男の四方を取り囲む。
                 「なんだ!」
                 「おい!あっちからだ!!」
                 騒ぎに気づいた男たちが、一斉にエドの方へと向かってくる。
                 「やばっ!!」
                 逃げなきゃと、踵を返した時、エドの足に銃弾が掠める。
                 「っ!!」
                 エドは、動きにくいヒールを素早く脱ぐと、男達に投げつけながら、
                 走り出すが、数歩も行かないうちに、何かに躓いて、倒れこむ。
                 「いた〜。」
                 変な転び方をしたせいか、右の足首に、立ってられないほどの
                 激痛を感じ、エドは痛みに顔を顰める。
                 「おい!なんだ。この女は・・・・。」
                 男達がエドを取り囲む。だが、エドも負けてはいない。
                 伊達に修羅場を潜り抜けてはいないのだ。
                 エドは、冷静に状況を判断すると、男達をきつく見据えた。
                 エドが顔を上げた瞬間、男達から驚愕の溜息が洩れた。
                 「おい。まさか・・・・。」
                 「ああ、間違いねぇ。本人だ。」
                 その言葉に、エドの眉が訝しげに顰められる。
                 ”俺を知っている?”
                 だが、今は女の格好をしているが、普段は男の格好をしているのだ。
                 おまけに、今日は薄く化粧を施してある。見た目、あの【エドワード・
                 エルリック】と今の自分が同一人物であると見破られる事は
                 ないはずだ。
                 ”一体、俺を誰と間違えているんだろう・・・・・。”
                 更に、観察を続けていると、鳥篭を持った男が、ふと思い出した
                 ように、手にした籠を持ち上げる。
                 「おい、本人が手に入ったんだ。おびき寄せる為の餌(これ)を、
                 どうすりゃいいんだ?」
                 「ケッ。そんなの、面倒くせーから、さっさと殺すか。」
                 そう言うと、男は、拳銃を取り出すと、照準を鳥に合わせる。
                 「馬鹿野郎!!」
                 小さな命を、軽く扱う男に、エドはカッと頭に血が上る。
                 エドは両手を合わせると、地面に手をついて、鳥と男の間に、
                 巨大な壁を練成する。
                 「うわぁああああ!!」
                 鳥篭を持っていた男は、いきなり現れた壁に、驚いて尻餅を
                 つく。その拍子に、男の手から離れた鳥篭は、地面に落ち、
                 衝撃で開いた入り口から、鳥は素早く外に出ると、そのまま
                 空へと飛び出していく。
                 「良かった・・・・・。」
                 ホッした顔をするエドだったが、次の瞬間、額に銃が突きつけられて、
                 表情を硬くする。
                 「ったく、お前、錬金術師か・・・・。流石、焔の准将の女だな。」
                 「は?何言って?」
                 予想もしなかった言葉に、エドはポカンとなる。しかし、鳥を
                 殺すのを邪魔されて、怒りで興奮気味の男は、そんな事は構わず、
                 エドを憎々しげに見下ろした。
                 「最初は鳥を捜しているアンタに、鳥を餌に近づいて浚うつもりだった。」
                 「なっ!!何だと?」
                 驚くエドに、男はニヤリと笑う。
                 「アンタのその容姿なら、金持ちの変態に高く売れるからな。」
                 「売るって・・・・・。」
                 絶句するエドに、男はふと表情を険しくする。
                 「だが、あんたがマスタングの女なら、話は別だ。テロ組織に
                 でも売れば、もっと金になる。この国には、あいつに恨みを持っている
                 人間が多いからな!」
                 途端、ハハハ・・・と笑い出す男達に、エドは真っ赤な顔で怒鳴る。
                 「なっ!!准将に逆恨みかよ!!第一、俺は准将の女なんかじゃ
                 ねー!!勘違いすんな!!」
                 ゼエゼエと肩で息を整えるエドに、一瞬呆気に取られた男達は、
                 お互いの顔を見合わせ困惑するが、エドに銃を突きつけている
                 男だけは、冷静にエドを見据える。
                 「口だけなら、何とでも言えるさ・・・・・。自分の女が、俺達に
                 弄ばれたと知ったら、あの男、どんな顔をするか、見ものだな。」
                 男は、仲間に顎で合図を送る。
                 「おい。暴れないように押さえつけておけ。」
                 「なっ!!離せ!!助けて!!准将!!准将〜!!」
                 男2人掛りで押さえつけられ、流石にエドも焦って、足をバタバタ
                 させる。
                 「せいぜい、泣き喚くがいいさ。どうせ助けなど・・・・・。」
                 「「うぎゃああ!!!」」
                 男がエドの身体に触れようとした瞬間、エドの身体を押さえ
                 つけていた2人の男の身体から焔が上がった。
                 「なっ!!」
                 いきなりの焔に、パニック状態に陥った男達の隙を逃さず、
                 エドは両手を合わせると、残りの男達を捕獲すべき、
                 地面から檻を練成する。ほっと一息をつくエドの肩に、フワリと
                 上着が掛けられ、ハッと身を硬くするエドを、後ろから誰かが
                 抱きしめる。
                 「エディ・・・・。エディ・・・・・。良かった・・・・無事で・・・・。」
                 きつく自分を抱きしめているのが、ロイだと判り、エドは安心の
                 為か、ポロポロと涙を流す。
                 「ふえっ・・・ふえっ・・・えっ・・・恐い・・・・。恐かったよぉおお・・・。」
                 泣き出すエドの身体を更に抱きしめると、ロイはエドの身体を
                 抱き上げた。途端、真っ赤な顔になるエドの頬に軽く口付けると、
                 ロイは檻の中に入っている男達を一瞥した。
                 「貴様ら・・・・・・私のエディに・・・・・・・。許さん!!」
                 ロイは目を細めると、右手を突き出した。
                 「ちょ!!待て!!」
                 慌ててロイを留めに入ったエドは、涙で濡れた眼で、
                 キッとロイを睨む。
                 「何考えてんだ!!無抵抗の人間に、焔を使うな!!」
                 「私のエディを傷つけたのだ。これくらい当然だ!!」
                 その言葉に、エドはカッと頭に血が上る。
                 「馬鹿か!!何だよ、私のエディってのはっ!!アンタが
                 冗談でもそんな態度を取るから、俺がアンタの恋人に
                 間違われるんだよ!!いい加減、人で遊ぶのは、やめろ!!」
                 真っ赤になって怒鳴るエドに、次の瞬間、ロイから冷たい
                 オーラが漂う。
                 「冗談・・・だと・・・・?」
                 スッと目を細めるロイに、檻の中の男達は恐怖のあまり、
                 コソコソと檻の角に避難する。そんなロイの鋭い眼光を、
                 至近距離で受け止めたエドは、思わず固まってしまった。
                 「私が冗談でこんな事をするとでも?」
                 ククク・・・と喉の奥で笑うロイに、恐ろしさを感じ、本能的に
                 エドはロイの腕から逃れようとするが、ますます身体を
                 抱きしめられ、恐怖のあまり、ポロポロと泣き出す。
                 「な・・・なんなんだよ・・・・なんで、そんなに怒ってるんだよぉ。
                 本当の事だろ?あんたは、いっつも・・・・・いっつも・・・・
                 綺麗な女の人と一緒で・・・・俺をからかって・・・・ひっく・・・
                 いっつも・・・・からかって・・・ひっく・・・・ひっく・・・・・。」
                 エグエグと泣き出すエドに、ロイは切なそうに顔を歪ませると、
                 荒々しくエドの唇を塞ぐ。
                 「んーっ!!んーっ!!」
                 いきなりの事に、驚いてエドはロイの背中を叩くが、ロイは
                 エドを離すどころか、ますます口付けを深くする。
                 漸く唇を離されて、ボーッとなっているエドに、ロイは思いを込めて
                 囁いた。
                 「君が好きだ・・・・・。愛している・・・・・。」
                 「え・・・・・!?」
                 唖然となるエドに、ロイは優しく微笑んだ。
                 「どうか、私の妻になって欲しい。」
                 次の瞬間、許容範囲を軽くオーバーしたエドの脳みそは、
                 自己防衛本能のままに、気を失った。
                 「姉さん!!」
                 「エドワード君!!」
                 遠くから聞こえる、切羽詰ったアルとホークアイの声を
                 最後に、エドは意識を闇に沈ませたのだった。
            




                 その日、ロイ・マスタングが不機嫌だった。
                 理由は明白。【エドワード拉致未遂事件】の事後処理を
                 行っているからだ。
                 「・・・・・大尉、この男共の判決は、かなり甘いのでは
                 ないかと思うのだが・・・・・。」
                 パサリと無造作に机に放り投げる上司を一瞥した
                 ホークアイは、自分の机で、書類作成の手を休めずに、
                 言った。
                 「私もそう思うのですが、何よりも、事を荒立てないで
                 欲しいという、エドワードちゃんの、たっての希望ですので。」
                 無理強いはできません!とキッパリと言い切るホークアイに、
                 ロイは、不服そうな顔を向ける。
                 最初、エドが事件を隠そうと言い出したのを、ロイは勿論の
                 事、ホークアイもアルフォンスも強固に反対した。
                 自分達の大切な人間が、傷つけられたのだ、それ相応の
                 報いは当然というのが、三人の一致した意見だった。
                 だが、三人は何よりもエドの涙に弱かった。
                 「俺・・・・こんな事件の被害者だって、知られたくない・・・。」
                 ポロリと涙を流して俯くエドに、一番先に折れたのは、
                 超シスコンのアルフォンスだった。犯人達は憎いが、
                 何よりも、姉が泣いている事事態、彼には耐えられない事
                 だった。
                 「判ったよ。姉さんがそう言うのなら・・・・・。」
                 しぶしぶ認める弟に、エドは嬉しそうな顔で顔を上げると、
                 次に、じっと縋るような目でホークアイを見詰めた。
                 「ホークアイ大尉・・・・。俺、証言台に立つの嫌・・・・・。」
                 その言葉に、ハッとホークアイは息を呑む。今回の事件は、
                 拉致未遂だけでなく、集団レイプ未遂もかかっているのだ。
                 いくら、プライバシーが守られるとは言え、全く知らない人間に
                 当時の事を証言するのは、同じ女として辛い。まして、
                 エドはまだ未成年なのだ。
                 「・・・・判ったわ。辛い事を思い出すのは嫌よね。」
                 そう言って、ホークアイはエドの身体を抱きしめる。
                 「・・・・・私は許可できん!」
                 最後に残ったロイは、エドがホークアイの腕の中にいることに、
                 嫉妬の焔を燃やしながら、きっぱりと言う。
                 それに立ち向かうのは、先程までしおらしく涙を流していた
                 エドだった。
                 「うっせー!この無能!!大体、元を正せば、あんたのせいだろ!
                 あんたが勝手に俺の戸籍やらを改竄したりしなければ、
                 こんな事にはならなかったんだよ!それに、あんたが紛らわしい
                 事をするから、俺があんたの恋人に間違われるんだぞ!!」
                 金の瞳を吊り上げて怒るエドの言葉に、アルフォンスは、
                 うんうんと頷く。
                 「そうだよね〜。准将が余計な事をしなければ、セリム君との
                 お見合い話はなかった訳だし・・・。そうすれば、必然的に
                 今回の事件に巻き込まれることも、なかった訳だ。」
                 本当なら、今頃は、リゼンブールで姉弟仲良く
                 お茶をしていた頃だね〜と、業とらしくハンカチで目頭を
                 抑える。その横では、ホークアイがロイに銃を向ける。
                 「こんな無能の恋人に、エドワードちゃんが間違われる
                 なんて・・・・・・。やはり、諸悪の根源には、消えて
                 貰った方が良いかも・・・・・。」
                 三人から睨まれ、ロイは冷や汗を垂らしながら、今回の
                 事件をあまり表沙汰にしない事を、約束させられた。
                 その上、犯人の内2人に火傷を負わせた事もあり、
                 今回の報告書を、ロイは1人で作成しなければ
                 ならなくなった。その事は、別にどうでもいい。
                 それよりも、一番ロイの心に重く圧し掛かっているのは、
                 エドに自分の想いが一欠けらも届いていなかったと
                 いう事だけだった。
                 ”愛していると言ったのに・・・・・。”
                 自分の世界に入り込んで溜息をつくロイに、ホークアイの
                 叱咤が飛ぶ。
                 「それよりも、先程渡した書類は終わったのでしょうか?」
                 チラリと鋭い視線を向けるホークアイに、ロイは不貞腐れた
                 様子で頷く。
                 「ああ。既に仕事は全て終わらせた。そろそろ帰っても
                 良いかね?今日はこの後休みなのだが・・・・・。」
                 足を捻挫したのと、精神的なショックを受けたという事で、
                 エドは数週間ほど入院していた。この機会に、是非
                 エドとの仲を進展させたいロイは、嬉々としてエドの
                 病室へお見舞いと称して通っていたのだが、アルと
                 ホークアイの素晴らしい連携プレイにより、なかなか
                 エドと2人きりになることが出来ず、ロイはかなり
                 ストレスを溜めていた。おまけに、自分にだけエドの
                 退院の日を偽って教えられるという、徹底振りだ。
                 勿論、ロイも負けてはいない。そこを逆手に取って、
                 無理矢理もぎ取った有給を使って、エドの退院に
                 迎えに行こうと計画した。勿論、自分が行くまで
                 エドを退院させないように、根回しをするのも忘れない。
                 そして、邪魔なアルフォンスをヒューズの家に押し込め、
                 今度こそ、己の想いをエドに判ってもらうつもりでいた。
                 そして、エドと2人だけの親密な夜を過ごそうとしている
                 ロイは、逸る気持ちを押さえ、表面上は平静な態度を
                 崩さない。
                 「結構です。お疲れ様でした。准将。」
                 ホークアイの言葉に、満足そうに、頷くと、たった今気づいた
                 とばかりに、ホークアイに話しかける。
                 「そう言えば、来週、鋼のは退院だったな。」
                 一応、念のため、まだ自分が騙されている事を、さり気なく
                 アピールしたつもりだったが、次に続くホークアイの
                 言葉に、絶叫する。
                 「ええ。そうですが、一応、偽装工作は、まだ続けた方が
                 良いと思われます。今日、エドワードちゃん達が、リゼン
                 ブールに出発すると言っても、犯人達には、十分注意した
                 ほうが・・・・・・・。」
                 「なんだと!今日出発!?今日、退院するのにか!!」
                 ホークアイに食って掛かるロイに、最初は驚いていた
                 ホークアイだったが、だんだんと目を険しくさせる。
                 「准将。報告書をちゃんと読んでいなかったのですね。」
                 ジャキンと、ホークアイの右手の銃が音を立てる。
                 「報告書?」
                 一体、何の話だ・・・・という言葉は、ホークアイの銃声に
                 よって、かき消された。
                 「言ったはずです!今回、犯人達の報復を避ける為にも、
                 暫くエドワードちゃんが入院しているように、カモフラージュ
                 すると。」
                 エドのたっての願いであるため、軽い罪にしか問えなかった
                 為、犯人達は、早々に釈放された。
                 もっとも釈放された日に、犯人達は、二度と馬鹿な考えを
                 起こさないように、ロイとホークアイとアルの三人から、
                 人知れず、彼らに制裁を受けていたことは言うまでもない。
                 しかし、念には念を入れて、エドを守るために、替え玉まで
                 用意したのだ。呆れた顔のホークアイに、ロイはさっと
                 青褪めると、ホークアイが作成した報告書をパラパラと
                 捲る。確かに、エドが入院していると犯人達に思わせて
                 おいて、その間、エドがリゼンブールへ帰るように、
                 手配されている。しかも、自分の承認サインまである事に、
                 ロイは何故気づかなかったのかと、ギリリと唇を噛み締める。
                 「それで、エディは・・・・・。」
                 「そろそろ出発する頃ですね。」
                 ホークアイは、腕時計を見ながら答える。その瞬間、ロイは
                 執務室を飛び出していった。そんなロイの様子に、ホークアイは
                 ニヤリと笑うと、机の上の電話を手に取る。
                 コール5回で繋がる電話に、ホークアイは、微笑んだ。
                 「・・・もしもし?アルフォンス君?作戦は成功よ。予定通り、
                 明日出発出来るわよ・・・・え?・・・・エドワードちゃんが
                 いなくなった!?」
                 電話の向こうのアルフォンスは、泣きそうな声で答える。
                 「そうなんです!ここ数日の監禁状態が祟ったのかも。
                 ちょっと目を離した隙に、抜け出されて・・・・・。幸いまだ
                 荷物があるから、ちょっと散歩に出ただけだと思うんです
                 けど・・・・・。」
                 その言葉に、ホークアイは自分の作戦が裏目に出てしまった
                 事を悟り、唇を噛み締める。ロイを完全に出し抜く為に、
                 最初ホークアイは、ロイに業とエドの退院の日を誤って教えた。
                 案の定、ロイは直ぐに自分が騙されている事に気づき、
                 それを逆手に取って、自分達を出し抜くつもりだったらしいが、
                 ロイの性格・行動パターンを全て熟知しているホークアイは、
                 更にロイを嵌める為の二重の罠を仕掛けた。サイン済みの
                 報告書の、わざと空欄にしておいた所に、エドのカモフラージュの
                 件を書き加えたのだ。後は、エド達がリゼンブールに出発したと
                 誤解させておいて、一日遅れで2人を出発させるつもりで
                 いたのだ。だが、ここにきて、完全にエドの性格を考慮に
                 入れていなかった事が、大きな誤算だった。計画を悟られては
                 いけないと、極力ロイと接触しないように、半分ホテルに監禁
                 状態にしたのがまずかった。誰よりも自由を愛する少女は、
                 弟の目を盗んで、散歩に出かけたのだろう。
                 「わかったわ。私も心当たりを捜してみます。」
                 今、街にはロイがいる。2人を逢わせないようにしなくてわ。
                 この銃にかけて!!
                 ホークアイの右手には、愛銃がしっかりと握られた。





                 「はぁ・・・・・。私も馬鹿だな。」
                 ホークアイの言葉に、頭が真っ白になったロイは、エドの
                 姿を求めて、駅についたのは、それから15分も後だった。
                 当然、リゼンブール行きの列車は既に発車している。
                 打ちひしがれた思いで、ノロノロと家路についた時、
                 前方に、恋焦がれている愛しい少女の後姿を見つけ、
                 茫然と立ち尽くした。
                 「エディ・・・・?まさか・・・・・。」
                 人込みに紛れ込む少女を追って、ロイは慌てて駆け出した。





                 「ラッキー!!一日限定50個のスペシャルドーナツが買えて
                 良かった〜!!」
                 紙袋を嬉しそうに抱えて、街の中を歩いているのは、
                 エドワードだった。エドの機嫌を表現するかのように、
                 後ろの三つ編みも、上機嫌に跳ねている。
                 「アル、喜ぶかなぁ〜。」
                 何度も袋の中身を覗いては、エドはニコニコと笑う。
                 元の身体に戻ったら、絶対に食べさせてあげたいと
                 思っていたドーナツの存在を思い出したのは、今日の朝
                 だった。明日はリゼンブールに帰るから、今度いつここに
                 来れるか判らない。そう思ったエドは、矢も立ても溜まらず、
                 ドーナツを買いに、ホテルを飛び出したのだ。一瞬、アルに
                 一言断ってから買いに行こうかと思ったが、アルの驚く
                 顔がみたくて、黙って出てきてしまったのだ。
                 「第一、アルも大尉も心配性だよな〜。」
                 あの事件の犯人達がエドに報復するかもしれないと、
                 今までホテルに監禁状態だったのだ。
                 「まっ、今回はちゃんと男装しているから、あの事件の
                 女だって、ばれないよな〜。」
                 とりあえず、外の空気も吸えて、大分ストレスを発散出来た
                 エドは、足取りも軽く、ホテルに帰ろうとした。だが、その
                 次の瞬間、いきなり背後から抱きしめられて、エドは驚いて
                 腕を振り払おうとした。
                 「いきなり何をするんだっ!!」
                 「エディ!!」
                 聞き覚えのある声に、エドの動きが止まる。
                 「・・・・・准将・・・?」
                 そこには、泣きそうな顔で自分を抱きしめるロイがいた。










                  大事な話があると、ロイに引き摺られるように、やって
                  きたのはロイの自宅だった。
                  「そこに掛けたまえ。」
                  有無を言わせず、エドをソファーに座らせ、ロイはその横に腰を
                  降ろすと、真剣な表情で、エドをじっと見つめる。
                  「あの・・・准将?」
                  居心地の悪さに、エドがモジモジしていると、ロイは静かに
                  口を開いた。
                  「エディ。今から言う事を、真剣に聞いて欲しい。」
                  常にない青褪めた表情のロイに、エドは圧倒されたように、
                  コクリと頷く。
                  「私、ロイ・マスタングは、エドワード・エルリックを愛している。」
                  「は!?」
                  驚くエドの手を取ると、ロイはきつく握り締める。
                  「お願いだ。どうか私と結婚して欲しい。」
                  「な・・・け・・・けっこん!?」
                  その言葉に、エドは慌ててロイの手を振り払う。
                  「准将!!冗談は・・・・・。」
                  「冗談ではない!!」
                  ロイは、エドの身体を抱き寄せると、きつく抱きしめた。
                  「愛している。エディ。君だけだ!!」
                  「嘘だ!俺の事をからかって、そんなに面白いのかよ!!」
                  ポロポロと泣きだすエドに、困惑気味にロイは優しく尋ねる。
                  「・・・何故、私の言葉を信じてくれない・・・?」
                  「だって・・・。だって・・・。准将は、いっつも綺麗な女の人と
                  一緒にいるじゃん!!」
                  「・・・・もしかして、妬いてくれていたのかい?」
                  嬉しそうな顔をするロイに、エドは真っ赤になる。
                  「なっ!!そんな訳あるか!!俺が言いたいのは!!」
                  だが、強く抱きしめられて、エドは言葉を失う。
                  「エディ・・・・。今から私の話を黙って聞いて欲しい。」
                 まるで泣き出す一歩手前のように、悲しげな声のロイに、
                 エドは思わずコクリと小さく頷いた。そんなエドに、ロイは
                 小さく笑うと、エドをきつく抱きしめたまま話し出した。
                 「聞いて欲しい。私は君に一目惚れをしたんだ。」
                 「ま・・・まさか・・・・。」
                 ハハハと乾いた笑いをするエドに、ロイは更にエドの身体を
                 きつく抱きしめた。
                 「嘘じゃない。どうしても君が欲しかった。だから、例え
                 男だとしても私のものにしたくて、国家錬金術師資格試験の
                 書類にも女性として提出したし、戸籍も改竄した。全てが
                 終わったとき、君を私の妻としたかったからだ・・・・・。」
                 その言葉に、エドは、驚いてロイの顔を凝視する。
                 「ちょっと待て!アンタ、最初から俺の性別を知ってたんじゃ
                 ないのか!?後で性別詐称をした部下がいる事が判明する
                 のが嫌で・・・・・。」
                 困惑するエドに、ロイは首を横に振った。
                 「まさか。もしもそうなら、こんな面倒な事はしない。そのまま
                 切り捨てるさ。」
                 ロイの冷たい声に、エドはビクリと身体を震わせる。
                 「・・・・・結局、あんたも親父と同じだな・・・・。自分の事しか
                 考えない・・・・・・。」
                 「エディ?どうした?」
                 顔を歪ませるエドに、ロイは驚いた。ロイにしてみれば、エド
                 だから面倒な事もすると言ったつもりだったが、どうやらそれを
                 エドは違うように受け取ったらしい。きつく自分を睨み付ける
                 エドに、ロイは困惑を隠しきれない。
                 「何で、俺の名前も戸籍まで男になっているのか、教えてやる。
                 全部親父のせいだ。アイツは、男の子しかいらなかった。
                 だから、俺は【男】でなければならないんだよ!!」
                 余計な事をするなと、ロイの胸を、エドは泣きながらポカポカ
                 殴る。そんなエドの言葉に、ロイはショックを隠しきれない。
                 ここにきて、何故エドが身体を取り戻しても、【男】である事に
                 拘っているのか、漸く悟ったロイだった。女であるが故に、
                 その存在を父親に否定されたエドは、逆に、自分が【男】だと
                 周りから思われないと、自分の存在そのものがなくなると、
                 一種の脅迫概念みたいなものがあるのかもしれない。だから、
                 あれほど、事件を揉み消そうとしたのだろう。自分の女の
                 部分が浮き彫りにされたものだったから。
                 自分は女じゃないから。
                 自分が男だから。
                 だからお願い。
                 私の存在を否定しないで・・・・・。
                 ロイはエドの拳一つ一つが、そう叫んでいるような気がして、
                 きつくエドの身体を抱きしめた。
                 「エディ・・・・。君は女だ。」
                 「違う!」
                 「女を否定してはいけない!」
                 「違うって言ってんだろ!!」
                 「エディ!!」
                 耳元で怒鳴られて、エドは唖然となる。そんなエドに、ロイは
                 優しく微笑むと、エドの身体を包み込むように軽く抱きしめる。
                 「エディ。私はありのままの君が好きだ。」
                 「准将・・・・?」
                 ポカンとなるエドの髪を、ロイは優しく撫でる。
                 「私が君の戸籍を改竄したのは、女だからとか男だからという
                 次元ではない。エドワード・エルリックという存在自体を
                 欲したんだ。君を公然と自分の側に置けるのは、【結婚】しか
                 ないと思った。戸籍改竄はあくまで、その手段にしか過ぎない
                 んだよ。」
                 「でも・・・・・。」
                 まだ納得がいかないエドに、ロイはクスリと笑う。
                 「まだ信じられない?私が君をいつもからかうからか?私の周りに
                 女性がいるからか?」
                 その言葉に、エドはコクリと頷く。
                 「自分でも馬鹿なことをしたと反省しているよ。君の気を引きたくて、
                 わざと君をからかったり、女性の影をちらつかせたりした。・・・・まるで、
                 小学生のガキだな。私は。」
                 ロイは自嘲した笑みを浮かべる。
                 「今回の【青い鳥捜し】もそうだ。大総統夫人は、セリム様と君の
                 きっかけとなるように画策していたが、それを私は自分と君の
                 きっかけにしたかっただけなんだ・・・・。だが、結果的に、事件を
                 引き起こし、君に怪我までさせてしまった・・・・・・。本来ならば、
                 君から絶縁状を叩きつけられても、文句は言えない。」
                 ロイは泣きそうな顔でエドを見詰める。
                 「だが、駄目なんだ。どうしても君を諦めきれない。駄目な大人なのだよ。
                 私は・・・・・。」
                 ロイはエドの手を握り締めると、まるで判決を待つ罪人のような
                 顔で、頭を垂れる。
                 「お願いだ。どうか私の側にいて欲しい・・・・・・。」
                 どのくらい、そうしていただろうか。
                 やがて、エドは俯くと、ポツリと呟いた。
                 「俺・・・・愛とか・・・そういうの、良くわかんねー・・・・・。」
                 「エディ?」
                 顔を上げるロイは、エドが迷子のように、泣き出す一歩手前である事に
                 気づいた。
                 「け・・・結婚とか・・・一緒にいるとか・・・・俺・・・いきなり言われても
                 どうすればいいか・・・・・。」
                 シュンとなるエドを、ロイは引き寄せると、自分の膝の上に乗せる。
                 「ひゃっ!!」
                 いきなり、ロイの膝の上に乗せられ、エドは訳が判らず茫然と
                 ロイを見る。そんなエドに、ロイは穏やかな笑みを浮かべる。
                 「こうして、私に抱きしめられるのは、嫌いかい?」
                 ロイの言葉に、エドは嫌いじゃないと小声で呟きながら、フルフルと
                 首を横に振る。
                 「じゃあ、これはどうだい?」
                 「やん!!」
                 音をわざと立てながら、ロイはエドの柔らかい頬に口付ける。
                 真っ赤な顔で口付けられた頬を手で押さえるエドに、ロイは
                 耳元で囁く。
                 「こうされるのは、嫌いかい?」
                 「嫌いじゃない・・・・・でも、胸がドキドキする・・・・。」
                 エドの言葉に、ロイはクスリと笑う。
                 「それはね、君が私を好きだという証拠だよ。」
                 「俺が、准将を・・・・・好き?」
                 キョトンとなるエドに、あと一歩だと、確信したロイは、
                 更に言葉を続ける。
                 「ああ、そうだよ。君にはまだ自覚がないようだね。でも、
                 ゆっくりでいいよ。少しずつ私を好きな事に自覚すればいいだけの
                 話だから。」
                 私はいつまでも待つよと、最後に自分は、余裕のある大人である
                 という演出を忘れない。
                 「エディ・・・・。愛しているよ。」
                 そう言って、トロンとした表情のエドにキスしようと、顔を近づけるが、
                 その前に、いきなり現われた人間が、自分の腕の中にいる
                 エドを横から攫う。
                 「アルフォンス君!?」
                 エドを小脇に抱えて、仁王立ちで自分を睨み付けている姿は、
                 はっきり言って、ホークアイ並に恐ろしい。思わず絶句している
                 ロイを言い事に、アルフォンスは、姉を丸め込む。
                 「姉さん、心配したよ。急にいなくなるから。」
                 「ゴメン・・・アル。でも、俺はどうしてもアルにそのドーナツを
                 食べさせたくて・・・・。」
                 テーブルの上に置かれた紙袋を指差しながら、シュンとなるエドに、
                 アルは優しく微笑むと、紙袋を手に取る。
                 「うわぁあ!とても美味しそうだね!ありがとう姉さん!!帰って、
                 早速お茶にしようね!」
                 「うん!!アル!!」
                 ニコニコとアルの腕に抱きつくエドに、ロイは漸く我に返ると、
                 エドに手を差し伸べる。
                 「エディ。ドーナツならここで食べればいいだろ?」
                 「いえ!お気遣いなく。ボク達、これで失礼します。」
                 ロイの申し出を一刀両断の元に切り捨てると、アルはエドの腕を
                 取って、スタスタと玄関へと歩き出す。
                 「ちょっと待ちたまえ!」
                 だが、アルはロイを無視すると、エドに話しかける。
                 「姉さん、准将とどんな話をしていたの?」
                 「んー?なんか良く判んないんだけど、俺が准将を好きなんだって。」
                 エドの言葉に、アルはピクリと反応するが、それも一瞬の事で、
                 直ぐに慈愛の笑みを浮かべる。
                 「ふーんそうなんだ。そうだよねー。准将って、ボク達のお父さん
                 みたいだから、それって、家族愛だよね〜。」
                 「そっか・・・・。この感情って、家族愛って
                 言うのか・・・・・・。」
                 ウンウンと納得するように頷くエドの様子に、ロイは青くなって
                 否定する。
                 「エディ!それは違うぞ!!いや、ゆくゆくは夫婦になる
                 つもりだから、家族愛でも・・・・・って、違うだろ!!」
                 ロイは焦って、自分でも何を言っているのか判らなくなり、
                 頭を掻き毟る。
                 「それじゃあ、ボク達はこれで。お世話になりました。」
                 「じゃあ、もう逢う事もないけど、元気でな〜!!」
                 にこやかに手を振って玄関を出て行くエルリック姉弟に、
                 ロイは、慌てて玄関を飛び出す。
                 「待ちたまえ!エディ!君のその感情は、恋愛感情・・・。」
                 だが、振り返らず歩いていくエドの姿に、ロイはガックリと
                 玄関先で膝をつく。
                 「フフフ・・・・。これくらいで私が諦めると思っているのかね?
                 絶対に私はエディを手に入れてみせる!!」
                 男達に乱暴されそうになった時、真っ先に叫んだのは、
                 愛する弟の名前ではなく、自分だった事が、ロイに
                 揺ぎ無い自信を与えていた。
                 「待っていたまえ。エディ。直ぐに私への恋愛感情に
                 気づかせてあげるよ・・・・。」
                 フフフとユラリと立ち上がるロイの背中には、焔が空高く
                 舞い上がっていた。
                 




                 「姉さん〜。セントラルから小包だよ〜。」
                 自室で本を読んでいるエドに、首を傾げながら、荷物を手に
                 部屋に入ってくる。
                 「ん〜?誰から?」
                 小包を受け取りながら、エドは差出人を見るが、中央司令部
                 しか書いておらず、首を傾げる。
                 「おかしいな・・・・。文献を頼んだ記憶はないし・・・・・。」
                 「とりあえず、開けてみたら?」
                 アルの言葉に、エドはベリベリと包装を剥がして、箱を開けて
                 見た。中から出てきたのは、デフォルトされた、青い鳥の
                 ヌイグルミだった。
                 「?鳥のヌイグルミ?」
                 何でこんなものが・・・と、ヌイグルミを手に取ると、ヌイグルミの
                 羽の間に挟まれたカードの存在に気づく。
                 「カード・・・?」
                 訝しげな顔でエドはカードを開いてみる。
                 「なっ・・なっ・・・なんじゃこりゃあ!!」
                 エドは、真っ赤な顔で硬直する。
                 「姉さん?」
                 恐る恐る声を掛けるアルに、エドはキッと顔を上げる。
                 「あんの無能!!誰がヌイグルミと大して変わらない大きさの
                 ミラクルどチビかーっ!!」
                 文句言ってやる!!と、ヌイグルミを抱きしめたまま、エドは
                 部屋を飛び出していく。
                 ダダダダダダダダと、怒りの為、凄まじい音を立てて一階へ降りる
                 姉の様子に、暫く茫然としていたが、足元に落ちているカードに
                 気づくと、拾い上げる。
                 





  最愛の恋人である、私のエディへ。


           幸せは、君の直ぐ側に・・・・・・・・。



                        君だけのロイ・マスタングより      


                 「全く、まだ諦めていなかったのか・・・・・。」
                 アルは溜息をつく。リゼンブールに戻ってから、毎日のように
                 届けられるロイからのプレゼントは、封を開けずに、直ぐに送り返していた
                 のだが、ここ数ヶ月の間、それが収まった事に、少し油断していたのかも
                 しれない。差出人にロイの名前が記されていなかった事も、
                 計算のうちだろう。
                 「全く・・・・。一体、誰が姉さんの機嫌を取ると思っているんだよ。」
                 今頃、ロイに文句の電話を掛けている姉の機嫌を直すケーキは、
                 まだあっただろうかと、アルは思い返してみる。
                 「確か、まだロールケーキがあったはず・・・・。」
                 アルは、カードを無造作に箱の中に置くと、ロイに口で言い負かされて、
                 更に不機嫌になる姉の機嫌を直すため、キッチンへ向かうべく、
                 階段を下りた。
                 「これって、指輪じゃないの?」
                 エルリック姉弟が、ロイから送られた青い鳥のヌイグルミの左足に
                 嵌められたものが、実は婚約指輪だったという事に気づいたのは、
                 少し早めのお茶を飲んで姉弟が寛いでいた時にやってきた、幼馴染の
                 何気ない一言からだった。



                 そして・・・・・・。




                 アルとの攻防戦の末、漸くロイが愛しい少女を妻に迎える事が
                 出来たのは、さらに一年が過ぎた頃だった。
                





                                          FIN



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