ジャン兄の極めて不幸な一日  



  


「ジャン兄!オレを女にしてくれ!!」
黄金の姫君の言葉に、ハボックは、その場にバタリと
倒れこんだ。




軍部祭りから一週間後。漸く訪れた久々の休暇の日。
朝早くから、ドアをガンガン叩かれたハボックは、
眠い目を擦りながら、不機嫌な顔でベットから起き上がる。
本当ならば、無視して惰眠を貪りたいのだが、
築ウン十年の老朽化が激しいアパートでは、
ホンのちょっとの音でも、結構響く。その事に、いつも管理人の
イヤミを受けているハボックだった。
「ハボックさん。周りの人間の迷惑です。もう少し
静かにしてもらえませんか?」
その日も、ただ階段を歩いているだけなのに、管理人室から
慌てて出てきた管理人のオバちゃんが、不機嫌な顔で
ハボックを注意する。
「すんません。気をつけます。」
下手に騒いでもこちらの不利になるだけだ。
ならば、慌てず、逆らわず。
愛想笑いの一つも浮かべながら、ハボックは、
そのままオバちゃんの脇を通り過ぎようとした。
「ちょっと待ちなさい。まだ話は終わっていないのよ!」
どうやら、階段の件は、ハボックを引き止めるだけの
ようで、これからが本題のようだ。
「あー・・・これから仕事なんですが・・・。」
ポリポリと頭を掻きながら、一刻も早くここから立ち去ろうと、
無駄な努力をするが、ここで逢ったが100年目!絶対に
逃がしはしない!という管理人の気迫に、その場を動く事が出来ない。
「ハボックさん。家賃のことなのですけど・・・・。」
キターツ!!
ハボックは、顔を引き攣らせる。
自分の記憶が正しければ、彼是3ヶ月分は滞納している計算になる。
「実は、仕事が忙しくて・・・・。」
ハボックは、引き攣った笑みを浮かべる。これは嘘ではない。
手元にはないが、お金はちゃんと銀行にある。
忙しくて、ただ単に下ろしに行けないだけで、自分はちゃんと
家賃を払う意志がある!
「でもね・・・いくら忙しくても、休みの日に下ろしに行けるのでは
ないのかしら?現に、同じ職場のブレタさんは、毎回きちんと払って
頂いているのよ。」
同じ軍人でもこうも違うのねという意味合いの眼差しに、ハボックは
どんよりと沈み込む。
”そりゃあ、ブレタの奴とホークアイ大尉の休みが一緒だからだよ・・・。”
そう。ハボックが休みの日に銀行へ行けない最大の理由が、休みの日でも
ホークアイに呼びつけられるからである。これも全て、不本意にも、
ホークアイによって、強制的にロイ・マスタング准将捕獲部隊隊長に
任命されたからである。
”俺もホークアイ大尉と同じ休みだったら・・・・。”
休みの日まで、ホークアイに呼び出されることはなかっただろうに・・・。
ツンと眼の奥が沁みる。
どんよりと落ち込むハボックの、暗さに引いたのか、管理人のオバちゃんは、
引き攣った顔で譲歩する。
「と・・・とにかく、来週までには、払ってもらいますからね!」
オバちゃんは、言うだけいうと、その場を立ち去った。
「ヤベェ・・・・。」
そこまで思い出し、ハボックは、ドアノブに掛けていた手を離す。
外からは相変わらずドンドンと叩かれるが、ハボックは開けるわけには
いかなかった。何故ならば、今日こそが、オバちゃんとの約束の最終日
だったからだ。このままドアを開けてしまい、召集されて休みを潰されては
適わない。ここは、居留守を使おうと、ハボックは、抜き足差し足忍び足で
戻ろうと、クルリとドアに背を向ける。そう言えば、休みを日に召集されては
いけないと昨日のうちに、電話線を引っこ抜いたのを思い出す。きっと、
連絡が取れないハボックに、ホークアイが下士官を伝令に走らせたのだろう。
ドアの外では、ホークアイに脅され、もとい、命じられてハボックを
呼びに来たであろう、下士官の顔面蒼白な様子までリアルに頭に描き、
そっと心の中で謝った。
”すまん。オレはいねぇ。諦めて帰ってくれ。”
だが、ハボックの鉄の意志は、次の瞬間、覆されてしまう。
「ふえっ・・・えっ・・・ジャン兄〜。・・・いないの〜?
ふえええええええん。」
「姫さん!?」
下士官がいるとばかり思っていたドアの向こうに、妹分の大泣きの声を
聞いて、ハボックは慌ててドアを開ける。
「どうしたんだ!」
「ジャン兄〜!ふええええええん!!」
ハボックが、慌ててドアを開けると、目を真っ赤に腫らしたエドが、
泣きながら立っていた。エドは、ハボックに気づくと、そのままハボックに
抱きついた。
「どうしたんだ?准将に何かされたのか!?」
確か、昨日はエドとロイの初デートの日のはずだ。ここ数日浮かれていた
上官の顔を思い出し、ハボックは眉を顰める。あの上官は、長い間恋焦がれて
いたエドを目の前に、暴走したのではと、思ったのだ。そんなハボックに、
エドはゆっくりと顔を上げると、思いつめた眼でハボックを見つめる。
「ジャン兄!オレを女にしてくれ!!」
黄金の姫君の言葉に、ハボックは、目の前が真っ暗になったのを感じた。





「ジャン兄〜。」
ボンヤリとした頭で、声のする方を見ると、そこには、心配そうな
顔をしたエドが、両目に涙を浮かべてハボックの顔を覗き込んでいた。
「エド・・・オレは・・・。」
「良かった!急に倒れるから心配したぞ!そうだ!腹減っていないか?
朝食を作ってみたんだけど・・・・。」
そう言って、チラリと後ろを振り向くエドに釣られるように、エドの
後ろのキッチンを見ると、美味しそうな匂いがする料理が、テーブルに
並べられていた。
「エドが作ったのか?」
驚くハボックに、エドは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「へへっ。味は保障しねーけどな!」
「いや!すごく美味しそうだ!」
嬉々として、テーブルにつくハボックに、エドもニコニコと笑いながら、
コーヒーを注ぐ。
”なんか癒されるな〜。”
美味しい朝食に、目の前には、可愛い妹分のエド。
これまで不幸続きなのが、嘘のような幸福に、ハボックは、締りの無い
顔で、口一杯に料理を頬張る。
「うめぇ〜!!」
大絶賛のハボックに、エドは更に真っ赤な顔で俯く。
「そうか?人に食べさせたのって、初めてだから、すごく不安だったんだ!」
そう言って、エドもニコニコしながら、朝食を食べ始めるが、ハボックは
逆に表情を青くさせる。
「は・・・初めて・・・?」
「ん?どうかした?ジャン兄?」
コクンと首を傾げるエドに、ハボックは、急いで口の中のものを租借すると、
真剣な眼差しでエドを見る。
「人に作ったの、初めてなのか・・・・?」
「?そうだよ?アル以外では、ジャン兄が初めて〜!」
ニコニコと笑うエドに、ハボックは、ガタガタと震え出す。
”まずい!まずいぞ!!”
つい一週間前、漸く念願のエドの恋人の座を手に入れたロイよりも、
そして、長い間エドを見守っていたホークアイよりも先に、
自分がエドの手料理を一番先に食したと2人に知られたら・・・・・。
「ジャン兄?どうしたんだ?」
銃殺か火あぶりか!ウーンと頭を抱えて悩むハボックに、エドは
キョトンとなる。
「まずかったのか・・・・・?」
途端、ウルウルとした眼で呟くエドに、ハボックは慌てた。
「すごく旨いぞ!こんな旨い食事は、生まれて初めてだ!」
これは嘘ではない。このまま店に出してもおかしくない出来栄えである。
「な・・ならいいけど・・・。」
力説するハボックに、エドは引き攣った笑みを浮かべる。
「ところで、今日はどうしたんだ?」
ハボックは、真剣な目でエドを見つめる。
「あ・・・あのさ・・・オレを女にして欲しくて・・・・。」
頬を赤く染めて、テーブルにのの字を書くエドは、凶悪なまでに
可愛らしい。だが、それも言った言葉が言葉なだけに、ハボックは
この日二回目の気を失うという失態を侵しかけたが、そこは腐っても軍人。
気力で堪える。そうしなければ、話が先に進まないからだ。
「エド・・・お前、一体自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
どうせエドの事だ、そのままの意味で言っているのではないだろうと、
ハボックは、恐る恐る尋ねる。
「・・・だって、俺って女らしくないもん!准将だって、呆れてるよ・・・。」
シュンとなるエドに、ハボックは昨日のロイとのデートに何か合ったのかと、
推測すると、優しく聞き出す。
「一体、何があったんだ?」
一瞬、躊躇うエドだったが、実の兄とも慕うハボックに、ポツリポツリと
昨日の事を話し始めた。
「昨日・・・准将とデー・・・じゃない、食事をしに行ったんだ・・・。」
それは、デートだろうと、内心ツッコミを入れつつ、ハボックは口を
挟まないで、ウンウンと頷く。
「准将と食事していると、綺麗な女の人がたくさん声を掛けてきて・・・。」
シュンとエドは俯くに、ハボックは心の中で、ロイに悪態をつく。
全く、何をしているのだろう。仮にもエドを泣かせるなんて!と、ハボックは
早速この事を、ホークアイにチクろうと、心に決める。
「准将ってさ、やっぱ俺なんかより綺麗な女の人が似合うって思ったら、
それ以上そこにいられなくて・・・・。」
「逃げてしまったんだな?」
ハボックの言葉に、エドはコクンと頷く。
「一晩、ずっと考えていたんだ。で、思いついたのが、ロイに相応しい
女の人になればいいんだって思ったら、居ても立っても居られなくて・・・
朝一でジャン兄のトコに来ちゃった!」
「ちょっと待て!そこで何でオレの所に来るんだ!?ホークアイ大尉が
適任だろうが!」
焦るハボックに、エドは天使のごとき微笑みを向ける。
「だって、男の人の率直な意見の方がいいと思って!」
えっへんと胸を張るエドに、ハボックは脱力する。
「お願いだ!ジャン兄!俺、ジャン兄しか頼れる人がいないんだ!
オレをちゃんとした女性にしてくれ!」
真剣な顔で懇願するエドに、ハボックも出来るなら手を貸してやりたい。
しかし!休みの日にエドとデートをした事がばれたら、確実に命はない。
「よし!俺も男だ!可愛い妹分のエドの為に、一肌脱ごうじゃないか!」
「ジャン兄!」
喜ぶエドに、ハボックは、但し!と制する。
「特別講師に、ホークアイ大尉も呼ぼう。男の視点と女性からの視点で
みれば、より素晴らしい女性になれるぞ!」
「でも・・・・リザ姉、仕事だし・・・・。」
躊躇うエドに、ハボックはニヤリと笑う。
「大丈夫だって!ここ最近、大きな事件はおきていないし、そろそろ
堪った有休を取らなければと、大尉が言っていたぞ。」
大事件が起きようと起きまいと、エドとデート出来るとなれば、
ホークアイの事だ。仕事など放り投げてやってくるに違いない。
「でも・・・急な話しだし・・・・。」
渋るエドに、ハボックは大丈夫だを繰り返す。
「それに、大尉も、少しは気分をリフレッシュさせてあげたいんだ。」
ハボックの言葉に、エドも、グラリと気持ちが傾く。それに畳み掛ける様に、
ハボックは口早に言う。
「兎に角、誘うだけ誘ってみたらどうだ?」
ハボックの言葉に、誘うだけならと、エドも頷く。
「よし!じゃあ、エドは大尉に電話をしてくれ。俺はちょっと出かける。」
「えっ!どこに行くんだ?」
慌てるエドの頭を、ハボックは椅子から立ち上がると、ポンポンと叩く。
「銀行だよ。そろそろ金を下ろさないと、生活できないんだよ。」
家賃もそうだが、そろそろお金を下ろさないと、生活が出来ないくらいに
なってきていたのだ。
「銀行?俺も行く!俺もそろそろ下ろさないと、マジやばい。」
慌ててエドも椅子から立ち上がる。
「そっか?じゃあ銀行から帰ったら、大尉に電話しようぜ。」
そう言って、2人は連れ立って銀行へと向かった。
この時、ハボックは失念していたのだ。
己の不幸を呼び寄せる体質と、エドのトラブルを引き寄せる体質が
揃って、平穏無事な時間が過ごせるわけがないことを。



「扉を開けると、そこは銀行強盗達でした・・・・。」
「ん?なんかのパクリか?」
銀行の扉を開いた瞬間、そう呟くエドに、ハボックは乾いた笑いを
顔に張り付かせながら、尋ねる。
「確か東の方にある島国から来た小説の冒頭何だけどさ・・・・。」
「そこ!何を暢気に話してるんだ!自分達の立場がわかっているのか!」
入り口の前で、背の高い男と、小柄な美少女が、緊張感のかけらもない
ほどのほほんと話し込んでいれば、銀行強盗でなくても、突っ込みたく
なる。お前らは、この状況がわかっているのかと。
「あん?アンタ達こそ、自分達の立場ってのわかってるのか?」
一見、風にすら耐えられないのではないかと思われる外見の美少女から
繰り出される、勇ましい啖呵に、銀行強盗達は、唖然となる。
「あー・・・そんなのわかんないに決まってるぜ。」
少女の横では、背の高い男が、飄々と肩を竦ませる。そんな男の態度に、
ふと我に返った銀行強盗達は殺気立つ。
「貴様ら、一体!」
「ん?俺達は正義の味方!そうだよな!ジャン兄?」
にっこりと微笑む美少女に、一瞬眼を奪われるが、続く男の言葉に、
ギョッとなる。
「ああ。決して軍人じゃねーぞ。決してな!」
フフフフと不気味に笑うハボックに、銀行強盗達は騒然となる。
「おい!誰だ!軍に通報した奴は!」
1人がパニくれば、連鎖反応で、次々と恐慌状態に陥る。
「だから止めようと言ったんだ!」
「何言ってんだ!お前が大丈夫だと言うから!」
「おかーさーん!親不孝を許してくれ〜。」
などなど、あまりの騒ぎに、エドとハボックは、眼が点になる。
「なあ、ジャン兄。コイツら、何?」
こんなに小心者の集団で、よく銀行強盗なんて出来たなと、
ある意味感心しているエドに、ハボックは苦笑する。
「まっ、その方がこっちは楽だからいいじゃねぇか。」
「そりゃそうだ!オレは右のって・・・・ああっ!!」
いきなり叫びだしたエドに、ハボックはギョッとなる。
「どうした!エド!」
いきなり蹲るエドに、ハボックは慌てて駆け寄る。
「ジャン兄〜。」
ウルウルと瞳を揺らしながら、エドはハボックに縋りつく。
「普通、女の人って、銀行強盗なんて捕まえようとしないよな・・・。」
「へっ!?」
ポカンと口を開けるハボックを無視して、エドはブツブツと呟く。
「いけねぇ。いけねぇ。すっかり忘れる所だった。素敵な女性に
なるためには、日頃の生活態度も改めなくては駄目だ!」
よし!と気合を入れている少女に、ハボックは、恐る恐る尋ねる。
「エ・・・エドワードさん。それって、もしかすると、俺1人で
銀行強盗を取り押さえろと?」
「おう!頑張れ!オレはここに応援している!」
手をヒラヒラさせるエドに、ハボックは焦った。冗談じゃない。
下手すると、病院送りだ。
「な・・・なぁ、エド!お前、ホークアイ大尉を素敵な女性だと
思うか?」
「そりゃあ、もちろん!」
即答するエドに、ハボックは必死に説得を試みる。
「だろ?ホークアイ大尉を目指すなら、銀行強盗くらい捕まえられ
なくてはな!」
バンバンと肩を叩くハボックに、エドは不服そうに、頬を膨らませる。
「あのさ〜。オレがなりたいのは、リザ姉じゃなくて、准将の隣に
立っても、遜色のない女性で・・・・。」
「だからだろ?准将の隣に立って遜色のない女性と言ったら、ホークアイ
大尉じゃねーか。」
「リザ・・・姉・・・?」
顔色を青くさせるエドに、ハボックは内心しまったと顔を青くさせる。
「准将の理想の人って・・・リザ姉なのかなぁ・・・・・。」
シュンとなるエドに、ハボックは慌てて首を横に降る。
「いや!エド!それは言葉のあやってやつで・・・・。」
だが、ショックのあまり、ハボックの言葉が聞こえないエドは、
フラフラとその場に座り込む。
「もらった!」
「エド!!」
いきなり戦意喪失したエド目掛けて、一斉に銀行強盗達が襲い掛かる。
慌ててエドを守るべく、エドと銀行強盗達の間に入ったハボックは、
目の前の敵を倒そうと、身構える。
「ぐわっ!!」
だが、いきなり背後からの攻撃を受けて、ハボックは、床に
倒れこんだ。なんと、エドが床を練成して、突起物を出したのが、
たまたま運悪く、ハボックに当たったらしい。
そんなハボックに気づかず、エドはユラリと立ち上がると、
突然の事に付いていけない銀行強盗達が、唖然としている姿を見て、
ニヤリと笑う。
「そうか・・・。准将の理想の相手がリザ姉なのか・・・・。」
「ひぃぃぃぃぃっぃぃいいいいいい!!」
不気味に笑うエドを見て、銀行強盗達は、身を寄せ合って、悲鳴を上げる。
「よし!リザ姉を目指して頑張るぞ!!」
ガッツポーズを取りながら、エドは犯人達を捕らえるべく、ゆっくりと
近づく。
「覚悟はいいな!」
にっこりと微笑まれても、犯人達は恐怖しか感じない。近づいてくる
エドに、耐え切れず、犯人の中の1人が、ナイフを手に持つと、
エドに襲い掛かる。
「危ない!エディ!!」
次の瞬間、焔に包まれる犯人を、茫然と見つめているエドを、荒々しく
扉を開け放ったロイが、駆け足で近づく。
「うぎゃあああああ。」
その時、黒こげになった犯人および、ついでにハボックをも
踏みつけるのも忘れない。
「エディ!心配したよ!」
ギュッとエドの身体を抱きしめながら、ロイは安堵のため息をつく。
「昨日はどうしたんだい?急に帰ってしまったから、心配したんだよ?」
悲しそうな顔のロイに、エドはシュンとなる。
「ごめん・・。准将と綺麗な女の人が話しているのを、見るのが嫌
だったんだ・・・・。呆れただろ・・・・?」
ますます俯くエドに、ロイは上機嫌に抱きしめる。
「何を言うんだね!君が嫉妬してくれて、嬉しいよ!それだけ
私を思っているということだからね!」
ますますきつくエドの身体を抱きしめるロイに、エドは、
遠慮がちに言う。
「俺、嫌いにならない?」
「まさか!ますます好きになったよ!」
そう言って、スリスリと頬を摺り寄せるロイに、エドは
安堵のため息をつく。
「良かった・・・・。俺、ガキだから、少しでも准将の隣に立っていても
遜色ないように、ジャン兄に頼んで、素敵な女性にしてもらおうって
思っていたんだ!」
にこやかに報告するエドに、ロイの目が怪しく光る。
「ほほう?ハボックに?」
ロイは、床に倒れているハボックの背中を、足でグリグリと踏みつける。
「ウゲゲゲゲゲ!!」
まるでカエルを踏んだような声を出すハボックだったが、2人の世界を
築きつつあるロイとエドの耳には届かなかった。
「エディ。君は素晴らしい女性だよ。君は今のままで十分だ。」
「でも・・・・。」
恥らうエドに、ロイは優しく啄ばむような口付けを与えながら、
囁く。
「私の好みの女性になってくれるのだろ?私のいう事が信用できない?」
「そんなことない!」
慌ててブンブン首を横に降るエドに、ロイは破顔する。
「では、昨日途中になってしまった、デートを再開させようか。」
そう言って、ロイは嬉々としてエドを抱き上げる。
「ちょッ!准将!」
慌てるエドに、ロイは深く口付ける事で、エドの抵抗を封じる。
「さぁ、行こうか。エディ。」
ぐったりとした少女を抱き上げて、軽い足取りでその場を去っていく
ロイが姿を消したのを見計らうように、ハボックは身体を起こした。
「ふう。助かった・・・・。」
とりあえず、お金だけでも下ろそうと、ハボックは立ち上がりかけたが、
額にピタリと突きつけられる冷たい金属の感触に、ハボックは
慌てて両手を上に上げる。
「これは、一体どういうことですか?」
そこに立っていたのは、リザ・ホークアイ。そして、その後ろには、
何故か大総統の姿まであった。
「・・・・ハボック中尉。あなた、私ですらまだ食べたことがない
エドワードちゃんの手料理を食べたそうねぇ?」
「何でそれを!!」
慌てるハボックに、ホークアイは、穏やかに微笑んだ。
「【見守る会】と【愛でる会】の情報網を甘くみないことね。」
さぁ、洗いざらいきっちりと吐いてもらいましょうか?



「うぎゃあああああああああ!!」



ハボックの不幸な一日は、まだ終わらない。