ハロウィン企画SS(ロイエド子)               
       
悪戯なKISS 



”どうしてこんな事になってしまったんだ・・・・。”
エドは、目の前でニコニコ笑っている男を前に、
そっと溜息をついた。
そんなエドに、男は首を傾げた。
「どうかなさいましたか?レディ?」
その言葉に、エドは、思いっきり首を横に振った。
「いえ・・・何でも・・・ないです。ちょっと・・・疲れてしまって・・・・。」 
こんなのは、自分のキャラじゃない!!と思いながらも、
目の前にいる男に、それを悟らせる訳にはいかないので、
エドは多少引きつった笑みを浮かべた。
どうせ、仮面を付けているのだ。自分とは判るまいという気持ちもあって、
エドは大胆な行動で、男の腕に自分の腕を絡める。
「お・・いえ、私、どこか静かな場所へ行きたいんです。」
その言葉に、男は酷く驚いた顔をしたが、直ぐに意味深な笑みを
浮かべると、自分の腕に絡めているエドの腕を外すと、エドの背中に
腕を回して、エスコートする。
「では、参りましょうか。レディ。」
エドの左手を取ると、恭しく口付ける男に、エドは真っ赤な顔で
慌てて手を振り払おうとしたが、それよりも先に男の真剣な
瞳に見つめられて、固まる事しか出来ないでいた。
「さぁ。行こうか。」
グッとエドの肩を抱き寄せて、男は歩き出す。
「あら?マスタング様、どちらへ?」
その時、エドと共に歩き出した男に向かって、美しく着飾った女性が、
付けていた仮面を外しながら、不服そうに眉を顰めた。
その言葉に、男は、蕩けるような笑みを浮かべて、女性に
振り返った。
「ああ、これは失礼。シィーネ嬢。ご挨拶が遅れてしまいました。」
ロイは、エドの肩から手を離すとシィーネに向かって恭しく
腰を折ると、その右の手を取り、恭しく口付けをした。
ドキン
途端に、エドの心に、激しい激痛が走る。
”な・・・俺・・・なんで・・・・。”
そのままエドをその場に残し、嬉々として談笑をするロイに、
エドは、悲しくなって俯くと、そっと後擦りする。そして、ある程度
ロイから距離が離れた所でくるりと背を向けると、パーティ会場を
飛び出した。




”俺・・・俺、馬鹿だ・・・。何してんだよ・・・・。”
どこをどう走ったのか、気がつくと、公園へと足を向けていた。
誰もいない公園は、静かで、少し不気味だったが、自分の
混乱した思考を落ち着かせるには最適な場所で、
少し頭を冷やそうとエドはベンチに腰を降ろした。
慌てて出てきてしまったので、コートを預けたままでいた
事に気づき、エドは舌打ちしながら、そっと自分の肩を抱き寄せると、
蹲るように、身体を倒した。
「何で、こんな事になったんだよ・・・・。」
エドは何度も自問する。
「あれさえなければな・・・・・。」
今朝の事を思い出して、エドは深い溜息をついた。






「大佐〜!!文献くれなきゃ、悪戯しちゃうぞ!!」
ノックもせずに入ってきたエドを、ロイは溜息をついて
出迎えた。
「鋼の、それを言うならば、お菓子だろ?何だね?
文献というのは・・・・。」
折角君の為に用意したのにと、残念そうに言うロイに、
机に所狭しと並べられた高級菓子を、チラリと見ながら、
エドはニヤリと笑う。
「だって、文献が欲しいんだもん!」
それに、お菓子は、ここに来る前にいろんな人に貰った
から、いらないし〜と、胸を張って答えるエドに、ロイは
頭を抱えた。
「さて、文献を渡してもらおうか!」
嬉々としているエドに、ロイは溜息をつく。
「鋼の。残念ながら、文献はないよ。」
深い溜息をつくロイに、エドは上機嫌になった。
別に文献はそんなに欲しくはない。いや、本当は欲しいのだが、
今日に限っては、文献は二の次だった。
なんせ、今日はハロウィンだ。
望むものを渡してくれない大人が悪い。
だから、悪戯してもOK!
いや、むしろ、絶対に悪戯する!!というノリで、
エドはやってきたのだ。思い通りに事が運んで、
エドは鼻歌交じりに、どんな悪戯しようかなぁと、
ニコニコしている。
「へへ〜。文献がないんじゃ、悪戯されても文句は
ないよな〜。」
「・・・・・で?どんな悪戯をするつもりなのかい?」
対するロイは、引きつる所か、何故かニヤリと笑いながら、
エドに尋ねる。そのロイの様子に、多少引っ掛かりを
感じながらも、エドはシドロモドロに言う。
「今日の書類を何処かに隠す?」
何故か疑問系で首を傾げるエドに、ロイはニッコリと微笑んだ。
「ほほう。悪戯の対象は私ではなかったのかね?
そんな事をすれば、私は楽になるが、代わりにホークアイ中尉
達が泣きを見ることになるが・・・・・。」
その言葉に、エドは真っ青な顔をした。
「そんな!じゃあ!それなし!!」
ロイの仕事の邪魔をして、ホークアイの銃の的にしてやれ
程度の思い付きしかなかったのだが、よくよく考えてみれば、
ロイの仕事が滞るイコール、ホークアイ達の仕事が増える
という図式が頭に浮かび上がる。ロイを困らせたいが、
それによって、ホークアイ達が困る事になるのは、
絶対に避けたいと思うエドは、眉を寄せて泣きそうな顔に
なる。
「・・・・まぁ、ゆっくりと考えたまえ。ああ、そうだ。今夜は
私は大総統主催のパーティに出席せねばならないから、
夜は君の相手をしていられないよ?」
「へっ?パーティ?」
首を傾げるエドに、ロイはウンザリとした顔で肩を竦ませた。
「ああ。毎年恒例の仮装パーティさ。大総統の暇つぶしとも
言うな。」
心底嫌がった顔のロイに、エドは興味を覚える。
「へぇ〜。そんなのあるんだ。」
「ああ、佐官以上の人間が招かれるのだが、これが
肩が凝るものでね。まぁ、唯一の楽しみと言えば、美しい
ご令嬢との会話かな。」
「あ・・・そう・・なんだ・・・。」
途端、ズキンとエドの胸が痛くなった。
「・・・鋼の?」
様子がおかしいエドに、ロイは訝しげな顔を向けるが、
エドはにっこりと笑うと、くるりと背を向けた。
「鋼の!?」
驚いて椅子から立ち上がるロイに、エドは振り向かずに
手だけを振った。
「そんじゃ、悪戯を楽しみにしててくれよ。」
エドは足早に執務室を去ると、泣きそうになるのを
必死に堪えながら、休憩室へ駆け込んだ。



「あれ?姫さん?」
誰もいないと思ったていたが、どうやらそれは間違い
らしく、ハボックが、暢気にタバコを吸っていた。
ハボックはエドに気づくと、吸いかけのタバコを
灰皿に押し付けて、エドに近づいた。
「どうした?おい!?泣いているのか?」
大きな金の瞳に、一杯の涙を溜めている事に気づき、
ハボックは驚きの声を上げる。
「違うって〜。さっき眼にゴミが入って、痛いの
なんのって〜。」
業と明るく言いながら、エドは慌てて涙を拭うと、
にっこりとハボックに微笑んだ。
”う・・・可愛いぜ・・・・。”
エドの可愛らしい微笑みに、ノックアウト状態で、
ハボックはフラフラとエドに手を伸ばそうとするが、
その前に、突然後ろに突きつけられた銃に、
一気にハボックの顔色が真っ青になった。
「少尉?」
いきなり固まったハボックに、エドは首を傾げる。
「・・・・・ハボック少尉、そろそろ休憩時間が終わり
ますが。」
ハボックの背後で銃を突きつけていた人物は、
エドに、蕩けるような笑みを浮かべた。
「エドワードちゃん。どうかしたの?」
「ホークアイ中尉!さっきはありがとう!お菓子、
美味しかった!!」
途端、エドはホークアイに、ニコニコしながら
先程お菓子を貰った礼を言う。
「うふふふ。エドワードちゃんの為に、頑張って
作ったのよ。」
「ホークアイ中尉って、料理上手だよね〜。俺、尊敬
しちゃう。」
頬を紅く染めるエドに、ホークアイはさらに上機嫌に
なっていく。麗しい美人姉妹がにこやかに談笑して
いる姿に、ハボックは助かったとばかりに、コソコソと
その場から立ち去ろうとしたが、その前に、ホークアイ
の一喝が飛ぶ。
「ハボック少尉!!」
「ハイ!!」
思わず直立不動で立ち止まるハボックに、ホークアイは
口元をニヤリと歪ませる。
「私はこれで上がりますが、大佐のお守りをしっかりと
してくださいね。特に、今日は本日締め切りの書類が
多いので。」
言外に、仕事をさせなければ、どうなるか判っているわねと、
ホークアイが脅しをかけていると、エドの溜息が聞こえた。
「エドワードちゃん?」
不審そうな顔でエドを見ると、エドはしょんぼりとした顔で
俯いていた。
「・・・・大佐、忙しいもんな・・・・。」
「?どうした?姫さん。大佐とデートでもしたかったのか?」
軽口を叩くハボックだったが、次の瞬間、怒りの形相の
ホークアイに気づき、慌てて両手を上げた。
「エドワードちゃん?何か大佐に用でもあったの?」
優しく尋ねるホークアイに、エドは困ったように話し出した。
「別に、大したことないんだけどさ・・・。今日はハロウィンだろ?
大佐に悪戯しようと思って来たんだけど、仕事を遅らせたら
皆に迷惑がかかるし・・・・・。だから、悪戯できないなぁって
思っただけだから・・・・。」
ハハハと引きつった笑みを浮かべるエドに、ホークアイは
思わず抱きつく。
「エドワードちゃん!なんて可愛いの!!」
「ホークアイ中尉!落ち着いて!!!」
力一杯エドを抱きしめるホークアイを、慌ててハボックが
止める。いくら女性とはいえ、ホークアイは泣く子も更に
泣くと言われるほど、軍最強の異名を持つもの。
故に、悲しいかな、殺人格闘を身につけているホークアイは、
抱きしめるにも、大人顔負けの力を持っていた。案の定、
エドはホークアイに抱きしめられて、半分潰れかけていた。
「大丈夫か?エド。」
「・・・なんとか。」
小声で囁くハボックに、エドは引きつった笑みを浮かべた。
「エドワードちゃん、気にしないで、大佐に悪戯しても
いいのよ?」
私が許します!と胸を張る男らしいホークアイに、
内心ハボックは勘弁してくれと顔を青くさせる。
どう転んでもその後始末は自分に降りかかってくる。
それだけは阻止しなければと、縋るような眼で
エドを見ると、エドは苦笑しながら肩を竦ませた。
「なんかさ〜、悪戯しかけても、軽くかわされそうだし、
意味ないような気がして・・・・・。」
”えらい!エド!!君は大人だ!!”
内心、ハボックはエドに拍手喝采だ。
「そうねぇ・・・。でも、それって悔しくない?」
不服そうなホークアイに、ハボックは再び表情を
固まらせた。
「でもさ、どうすればいいのかわかんないもん。」
みんなに、絶対に迷惑をかけたくないし・・・・と、
しゅんとなるエドに、ホークアイは、にっこりと微笑んだ。
「そうだわ。今夜の大総統主催の仮装パーティに、
エドワードちゃんも、出てみない?」
「「へっ!?」」
いきなり何を言い出すのかと、エドとハボックがポカンと
口を開けて驚いていると、ホークアイは水を得た魚のように、
いや、獲物を狙う、文字通り鷹の目をして、ニヤリと
微笑んだ。





「って、何でこんな格好を!?」
その後、引き摺られるようにブティックに拉致されたエドは、
かれこれ一時間近くホークアイによって、着せ替え人形と
化していた。
「そうねぇ。エドワードちゃんは、可愛いから、何を着ても
似合ってしまうから、迷うわ。ハボック少尉は、どれが
いいと思いますか?」
ぐったりと疲れたエドの全身を見ながら、ホークアイは
顎に手をかけて、真剣に悩んでいる。その後ろでは、
ホークアイによって、荷物もちと称されて、無理矢理
半休を取らされたハボックが、エドと同じように
ぐったりとした顔で立っていた。
「そ・・・っすねぇ。前の方が良かったかも・・・・。」
半ば投げやりに言った言葉だったが、ホークアイは
満足そうに頷いた。
「ああ、やはりそうよね。今の小悪魔的な洋服も
捨てがたいけど、エドワードちゃんの可憐さを
一番アピールするのは、やはりあれね。」
うんうんと頷きながら、ホークアイは店員と一緒に、
今度は小物の方へと意識を向けていた。
「「もう・・勘弁して・・・・。」」
エドとハボックの偽らざる本心だった。




その後、買い物を終えて、ほっとしたのもつかの間、
エドはホークアイの自宅へ拉致されると、買って来た
物に、着替えさせられた。勿論、ホークアイによる
メイクもばっちりだ。
「うふふふ。良く似合うわ。」
ホークアイは、満足そうに自分の作品を眺めた。
いつもは三編みの髪を下ろして、軽くウェーブをかけた。
もともと整った顔立ちのエドは、若さもあってメイク
しなくても十分なので、薄くナチュラルメイクを施した。
可憐な唇には、ピンクに少し赤を混ぜた落ち着いた
色合いにし、深窓の令嬢を意識してみた。
まるで、人魚姫をイメージしたように、幾重にも裾に従って
広がっていく、蒼のグラデーションが美しいドレス。
裾に散りばめられた真珠が、より一層人魚姫を
髣髴させていた。むき出しの肩は、ショールと肘まで
隠れる長い手袋で、機械鎧を誤魔化し、首には蒼の
ベルベットのチョーカー、耳には大粒の真珠の
イヤリングをつけたエドは、誰もが見惚れるほど、
群を抜いて美しかった。まだ16歳だというのに、
これほど美しいとは、彼女は一体何処まで美しく
なるのか、一瞬ホークアイは心配になった。
「で、これで俺、何すればいいの?」
不安そうな顔で見つめるエドに、ホークイアイは、
一瞬胸に過ぎった不安を消し去るように、気分を
切り替えた。
「勿論、パーティに乗り込んで、大佐の邪魔をするよ!」
「へっ!?何言ってんの!?そんなの無理に決まって
いるじゃん!」
青ざめた顔で首を横に降るエドに、ホークアイは
にっこりと微笑んだ。
「別に大したことではないわ。どうせ、大佐は女性との
お話に夢中でしょうから、さり気なく大佐に足払いを
かけて転ばすとか、大佐の飲み物に、大量の
タバスコやコショウを振り掛けるとか・・・・まぁ、
その程度くらいなら許されるわよ。なんと言っても、
今日はハロウィンなんですもの。」
「で・・・でも、招待状もないのに・・・・・。」
ホークアイの作戦に、エドは引きつりながら、
何とか行かずに済む方法を考えるが、ホークアイは
エドの目の前に封筒を差し出す。
「これ、昨日届いたのよ。大総統自らエドワードちゃんにって、
招待状なの。」
その言葉に驚くエドは、ホークアイから受け取った手紙を
繁々と見つめた。
「何で?俺が?」
困惑するエドに、ホークアイは、くすくす笑う。
「あら、だってエドワードちゃんは、少佐の地位を
持っているのよ?仮装パーティに出る資格十分あるわよ。
それに、大総統が是非にって言っている事だし・・・。」
「そ・・そう?」
エドは内心冷や汗が出る。自慢ではないが、生まれてこの方
女として生まれたが、女として生きてきた訳ではないのだ。
軍のお偉方が集まるパーティに出る事も初めてだし、
どう振舞っていいのか判らない。
絶対に何かとんでもない恥を掻くとばかりに、エドが青く
なっていると、来客を告げるチャイムがなった。
「あら?来たみたいね。」
「え?誰?」
ホークアイが玄関を開けると、なんと、狼の着ぐるみを着た
人間が立っていた。
「いよっ!待たせたな!」
被り物の頭を取りながら、片手を上げて挨拶する男の
顔を見て、エドは素っ頓狂な声を上げる。
「なっ!ヒューズ中佐!!」
「よっ!豆っ子!なんだなんだ、随分綺麗になったじゃ
ねーか。まっ、うちのエリシアちゅわんには、負けるけど〜。」
そう言って、足元に立っている天使の姿をしたエリシアを
抱き上げて、頬擦りする。
「全く・・・マースったら・・・・。エドワードちゃんは、人魚姫
なのね。とっても可愛いわ。」
ヒューズの後ろから、女神の衣装を身に纏った、グレイシアが、
ひょっこりと顔を出す。
「え・・・えっとぉ?」
何故ヒューズ一家が仮装をしているのか、訳が判らずに、
首を捻っていると、ホークアイが説明をする。
「ヒューズ中佐達もパーティの招待客なのよ。エドワードちゃん。」
そう言えば、パーティは佐官以上が出席出来るのだ。中佐の
地位にいるヒューズも、当然出席する権利がある。
「今日はハロウィンで無礼講だからな。家族も出席出来る
やつだから、そんなに固く考える必要はないぞ、エド。」
ヒューズは、ニコニコと笑いながらエドの頭を撫でる。
「それでは、行きましょうかエドワードちゃん。」
ニコニコとグレイシアは、エドの腕を取る。
「いってらっしゃい。エドワードちゃん。」
エドにコートを着せると、ホークアイは、にこやかに手を振る。
エドはというと、半ばグレイシアに引き摺られるようになりながらも、
ホークアイに手を振り返す。
「い・・・いってきます・・・。」




「そういやぁ、ロイの奴に悪戯するんだって?」
狼の着ぐるみ男の運転する車の後部座席に、エリシアと
遊びながら座っていたエドが、顔を上げる。
「何でそれを・・・・。」
「うふふふ。ホークアイ中尉から聞いたのよ。マスタングさんの
飲み物に入れる、タバスコとか色々持ってきたから、遠慮なく
使ってね。」
助手席に座る女神は、慈愛の笑みを浮かべながら、恐ろしい事を
面白がって言う。
「あははは・・・・。」
もはや引きつる事しかできないエドは、こうなったら、開き直って
やると心の中で呟いた。




「すっごー・・・・・・。」
パーティ会場に、一歩足を踏み入れて、エドはあんぐりと
口を開ける。
「さっ、行きましょう。まずは、マスタングさんを探さなくてはね。」
嬉々としてエドの腕を引っ張るグレイシアに、エドは引きつりながら、
首を横に振る。
「いいよ・・・。そんな急がなくても。そのうち見つかると思うし、
それよりも、まず何か食べようよ。俺、お腹すいちゃった。」
「そう?じゃあ、何か食べましょうか。」
残念だわ〜。折角私も悪戯をしようと思っていたのにと、
残念そうに言うグレイシアに、気づかれないように、そっと
エドは安堵の溜息を洩らした。
開き直って、ロイに悪戯をする気満々だったのだが、パーティ会場の
圧倒的な雰囲気に呑まれ、エドは悪戯をする気分が萎えてしまった。
”こんな所で、大佐に恥をかかせるのも、可哀想だし・・・。”
いくら仮装パーティだとしても、ロイの事だ。さぞや皆の注目を
集める事だろう。そこで恥をかかせるのは、流石にマズイと
判断し、エドは折角来たのだから、思いっきりパーティを楽しもうと、
気分を切り替えた。
「えっと・・・・さて、何から食べようかな・・・・。」
とりあえず、何か食べようと、テーブルへ向かおうとするエドの
腕を、掴むものがいた。いきなり誰だと、不機嫌な顔も露に
振り返ったエドは、そこにいた人物に、驚きのあまり固まった。
「失礼。レディ。もしもお1人ならば、私と踊って頂けませんか?」
ニコニコと人の良さそうな笑みで立っていた人間は、今
エドが最も会いたくない、ロイ・マスタング、その人であった。
「レディ?どうかしましたか?」
首を傾げるロイに、エドはハッと我に返った。
そうだ、今自分は目元をマスクで隠している。バレた訳では
ない。そう思うと、ストンとエドから緊張が解ける。
「・・・えっと・・・その・・・・。」
だが、どう返事をしていいか判らず、エドは俯くが、直ぐに
当初の目的を思い出した。
”そうだ。ダンスをする振りして、足を踏むくらいはOKかも!!”
エドは、ニッコリと微笑むと、ロイに優雅にお辞儀をする。
「私でよければ、喜んで・・・・。」
深窓の令嬢に見えるように、頬を紅く染めながら言うエドに、
ロイは嬉しそうに微笑むと、エドの手を取った。




”くっそ〜。何で踏めないんだよ!!”
ダンスをしながら、さり気なくロイの足を踏もうとするが、
直前で悉くかわされて、エドは内心怒りを隠しきれない。
”あとちょっとなのに!!”
まるで親の敵を見るような眼で、ロイの足を凝視していた
エドに、ロイはクスクス笑い出す。
「レディ。そんなに心配しなくても、完璧に踊れていますよ。」
耳元で囁かれる声に、エドは驚いて思わず顔を上げると、
優しく微笑むロイの顔があって、真っ赤になって俯こうとしたが、
それよりも前に、ロイの手が、エドの顎を捉える。
「レディ。ダンスは相手の目を見るものですよ・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
”どうしたんだよ・・・。何で大佐から眼が離せないんだよ・・・。”
お互いしか眼に入らないかのように、じっと眼を見つめながら、
2人は華麗にダンスのステップを踏む。小柄な蒼いドレスを
身に纏った黄金の髪の少女と、ドラキュラに扮したロイの姿は、
周りにいる人間の目を奪うのには、十分すぎるほど美しかった。
まるで一枚の絵画のような2人に、いつしか周りにいる人間は
ダンスを止め、2人に魅入っていた。広間の中央で踊る二人を、
全員が取り囲むように眺めている状態で、ゆっくりと音楽が
止まる。それと同時に、フィニッシュを迎えた二人に、会場内では、
割れんばかりの拍手が起こり、エドは驚いて、ロイにしがみ付いた。
「な・・・何!?」
「君があまりにも美しいからですよ。」
困惑するエドを、ロイは優しく肩を抱き寄せると、そっと会場の
角へと導いた。
「何か飲みますか?」
優しく尋ねるロイに、エドは首を振る振ると振る。本当は
喉が渇いているのだが、先程の割れんばかりの拍手にびっくり
していて、頭が正常に働いていないのだ。
「お・・・いえ、私これで失礼します・・・・。」
何がなんだか判らず、エドは一刻も早く逃げ出したくて、踵を
返そうとするが、その前に、ロイの腕に囚われる。
「ちょっ!!離せ!!」
「失礼。ですが、だいぶお疲れの様子。ジュースでも如何ですか?」
そう言うと、ロイはテーブルの上にあるオレンジジュースを取ると、
エドに手渡した。
「あ・・・ありがとう・・・・。」
真っ赤になったエドがジュースを受け取って飲んでいると、ロイが
じっとエドの顔を見つめながら言った。
「レディ。以前どこかでお会いしませんでしたか?」
「〜〜〜〜!!」
危うく噴出しそうになって、エドは涙目になりながら何とか
堪えると、恐る恐るロイを見つめた。
「・・・・いえ?お人違いでしょう・・・・・。」
内心の動揺を悟られまいと、俯き加減で言うエドに、ロイは
まだ探るような眼をエドに向けていた。
「あ・・それでは、これで・・・・。」
居心地の悪さに、エドがロイから離れようとするが、それよりも
前に、ロイはエドの腕を取って離さない。
「離せ・・・じゃなかった、離して下さい・・・・。」
ここで騒ぎは起こしたくない為、エドは自分にしては
上出来だと思うくらい、控えめに懇願する。だが、ロイはニコニコ
笑うだけで、決してエドを離そうとはしなかった。
「あの!!」
流石のエドもムッとすると、ロイはにっこりと微笑みながら、
エドの腕を離した。
「これは失礼。今夜は仮装パーティでしたね。本名など無粋な
もの。ご無礼をお許し下さい。」
ロイは恭しくエドに膝まづく。
「えっ!!」
驚くエドの左手を取ると、ロイはそっと唇を落とす。
「せめて今宵は私と一緒に・・・・・。」
じっと真摯に見つめるロイの瞳に、エドは押されるようにゆっくりと
頷いた。





「確かに楽しかったけどさ・・・・。」
公園のベンチでエドは先程までの事を思い出し、溜息をついた。
普段と違い、ロイは本当に優しかった。
会話も弾んで、エドは本当に楽しかったのだ。
だが、同時に思う。
この笑顔は自分に向けられたものではないのだということを。
それを、とても悲しいと思っている自分に気づいて、
愕然となったのだ。それから、自分を無視して他の女と
話をするロイの姿に、どうしようもない憤りを感じたのも、
事実だ。そして、そこから導かれる答えに、
エドは一瞬目の前が真っ暗になった。
即ち、自分はロイ・マスタングに恋をしている。
自分の思いを自覚した瞬間、エドは途方に暮れてしまった。
どうしていいか判らずに、エドは会場を逃げ出してしまったのだ。
「はぁあああ。帰ろう・・・・。」
ヒューズ達に一言の断りも入れられなかったが、それは
明日電話して謝ろうと思い、エドはベンチから立ち上がった。
「うわっ!何!!!」
途端、いきなり頭からコートを被せられて驚いていたエドは、
更に抱きつかれて、軽いパニック状態に陥った。
「エディ・・・・。心配した・・・・・。」
その声に、エドは更にパニック状態に陥る。
”今の声!!”
恐る恐る顔だけコートから出すと、ロイが自分を抱きしめている
事に気づいた。
”なんで、大佐が!!”
驚きのあまり固まっていると、ロイはエドをキッと睨んだ。
「鋼の!!急にいなくなるから心配しただろ!!」
「へっ!?な・・・なんで・・・・・。」
まさかロイの口から【鋼の】という言葉が出てくるとは思わず、
エドはポカンと口を開けた。
「最初から、君だと知っていたよ。一体、何年私は君を
見続けていると思っているのだい?どんなに姿を変えても、
一発で君を見つけることができる自信はあるよ。」
苦笑するロイに、エドの怒りが爆発する。
「!!そうかよ!じゃあ、さぞかし滑稽だったんだな。」
「エディ?どうした?」
急に怒りだしたエドに、ロイは困惑する。
「う・・・うっさい!どうせ内心俺を笑っていたんだろう!
似合わないドレス着て・・・・ダンスして・・・・・。」
エドはポロポロと涙を流す。
「それなのに・・・俺・・・・楽しいって・・・馬鹿みたいだ・・・・。」
「エディ!いつ私が君を笑うと言うのだね!!」
本気で怒っているロイに、エドは泣きながら言う。
「だって・・・だって・・・俺、ガキだし、こんな格好似合わない
って判って・・・・。」
「判っていない!!」
ロイはエドの言葉を遮ると、きつくエドの身体を抱きしめた。
「君は本当に魅力的だよ。気づかなかったのかい?
会場にいた全員が君に、見惚れていたのを。」
「は?何言って・・・・・。」
きょとんとなるエドに、ロイは辛そうな眼を向けた。
「君を誘おうとしている人間を、片っ端から消し炭に
しようと何度思ったか。」
「た・・・大佐・・・?」
流石にロイの様子がおかしいと思ったエドは、恐る恐る
声をかける。
「私は君を愛している・・・・・。」
「う・・・嘘・・・・。」
まさか、そんなはずはないと、エドは首を横に振る。
「嘘ではない!!私は君に初めて会った時から、
ずっと君に焦がれていた。」
だから、君が会場に現れた時、本当に嬉しかったと
ロイはエドを抱きしめながら耳元で囁いた。
「ほ・・・本当・・・?」
半分泣きながら尋ねるエドに、ロイは思いを込めて
囁いた。
「エディ。愛している。君だけだ・・・・・。」
ロイはエドをきつく抱きしめた。
「エディ、君は、私の事をどう・・・・・。」
縋るような顔でエドに尋ねるロイの唇を、そっと指で
抑えた。
「大佐、文献がなければ、悪戯するって言ったよな。」
「エディ?」
いきなり何を言い出すのかと、ロイが首を傾げるのと
同時に、エドは真っ赤な顔でロイの首に腕を絡めると、
そっと唇を重ね合わせた。
「エディ!?」
驚くロイに、エドは真っ赤になりながら、小声で呟いた。
「俺も・・・ロイが好き・・・・・。」
「本当か!本当だな!エディ!!」
やったぞ!とばかりに、ロイはエドを抱き上げると、
クルクルと回り始める。
「ちょっ!!大佐!!」
思わず首にしがみ付くエドに、ロイは嬉しそうに口付けると、
エドの顔を覗き込んだ。
「エディ。私の事をロイと呼んで欲しい・・・・・。」
「え・・・えっと・・・ロイ・・・・。」
恥ずかしそうに頬を紅く染めるエドに、ロイは幸せそうに
微笑んだ。
「愛している。エディ・・・・。」
「俺も、愛している。ロイ・・・・。」
ゆっくりと唇を重ね合わせる2人を、月の光が、いつまでも照らして
いた。





**************************
ハロウィン企画アンケート第一位の鋼錬(ロイエド子)です。
またしても、タイトルと合っていません。
ネーミングセンスゼロです。
文献を用意していないロイに、悪戯と称してエドから
キスをするというのが一応テーマなのですが、
如何でしたでしょうか?
お気に召しましたら、BBSに書き込みしてから、
お持ち帰りして下さい。