時を超えて 君を愛せるか
本当に君を 守れるか
空を見て 考えていた
君の為に今何ができるか・・・・・。
リゼンブールを一望できる、小高い丘の上にある、
共同墓地に、その男はいた。
長閑な田舎の風景に溶け込めないほど、洗礼された
物腰。今は軽く伏せられた瞳が、どこか他人を寄せ付けない
雰囲気を漂わせており、時折気まぐれに吹く風が、男の前髪を
揺らす。
もう、長い間、男はある一つの墓地の前に佇んでいた。
まるで、何かを懺悔するように、身じろぎ一つせずに、黙祷を
捧げていた。
「准将ー!!マスタング准将ー!!」
遠くから聞こえる声に、男・・・・ロイ・マスタングは、ゆっくりと
瞳を開ける。まるでたった今夢から覚めたように、ニ・三、
瞬きを繰り返すと、向こうから自分に駆け寄ってくる人物に、
軽く微笑みながら、右手を上げる。ロイが自分に気づいた事に、
その人物は、走るスピードを上げる。その様子が、彼の兄に
良く似ているのに気づき、ロイは、懐かしさに目を細める。
「また、ここに来ていたんですか?」
「ああ・・・・・。明日、ここを発つから、お別れの挨拶にね・・・。」
肩で息を整えている少年に、ロイは穏やかな笑みを浮かべると、
名残惜しそうに、もう一度墓を見詰める。
「ところで、アルフォンス君。何か用かね?」
ふと思い出したように、顔を少年・・・アルフォンスに向けるロイに、
アルは苦笑しながら肩を竦める。
「お昼ごはんが出来たので、呼びに来たんです。」
アルの言葉に、ロイは慌てて時計を見る。
「すまないね。ほんの10分ほどのつもりだったのだが・・・・。」
わざわざ呼びに来てくれたアルに、ロイはバツが悪そうな顔で
頭を掻く。
「・・・・・・いいんですよ。そんなに気にしなくて。さぁ、帰りましょうか。」
アルに、促されるまま、ロイは一瞬墓に目を伏せると、ゆっくりと
アルの後を追う。
「准将・・・。影送りって知っていますか?」
「影送り?」
初めて聞く言葉に、ロイは前を歩くアルの背中を見る。アルは、
まるで何かを探しているように、真剣な表情で空を見上げていた。
「アルフォンス君?」
訝しげなロイというより、まるで自分に言い聞かせているように、
アルはじっと空を見つめながら話し出す。
「こんな吸い込まれそうな青い空の日、兄さんが必ず行って
いたことなんです・・・・・・。」
アルはクルリとロイに振り返ると、泣きそうな顔で微笑んだ。
「瞬きをしないで、約10秒間、自分の影を見詰めるんです。
そして、すぐ空を見ると、自分の影が空に浮かび上がるように
見えるんです。」
アルは、再び青い空を見つめる。
「兄さんは、【青い空】に、一体何を見ていたのかな・・・・・。」
「アルフォンス君・・・・・。」
アルはクスリと笑う。
「きっと・・・・影だけでも【青い空】と一緒にいたかったんでしょうね。」
アルは、大きく息を吸い込むと、顔をロイに向ける。
「ボクはあの時から、こうなることを・・・ボクだけの兄さんだった
【エドワード・エルリック】がいなくなるのを、覚悟していたのかも
しれません。」
エドワード・エルリック。
右腕と左足が機会鎧の史上最年少国家錬金術師。
二つ名を【鋼】。
民衆に味方する軍の狗と絶大な人気を誇っていた彼。
もう二度と彼が自分の前に現れる事はないだろう。
それがロイには、少し悲しかった。
そんな気持ちが顔に出たのだろう。
アルは穏やかな顔でロイを見詰める。
「そんな顔をしないでください。別にあなたを責めている
訳ではないんです。ただ・・・・そう、ただ、少し悲しいだけ
なんですから・・・・・。」
苦笑するアルに、ロイはそれは嘘だと思った。
自分が嫉妬するほど完璧なる一対の2人だったのだ。
片割れを失った悲しみは、計り知れない。それでも、
微笑んでいられるアルの強さを、ロイは自分にも欲しいと
思った。
「君は強いね・・・・・。」
ロイの言葉に、一瞬驚きに目を見張っていたが、やがて
クスリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「そりゃあ・・・・あの【鋼の錬金術師】である、【エドワード・
エルリック】の弟ですから。」
どんな困難にも、真っ直ぐ前だけを見ていた兄、【エドワード・
エルリック】の弟なのだから、これくらい当然だと、誇らしげに
胸を張るアルに、ロイは、そうだねと、自嘲する。
「准将。世の中、等価交換が全てではないですが、あなたは、
【鋼の錬金術師】の【エドワード・エルリック】を失った代わりに、
別のものを得られました。・・・・・それとも、後悔していますか?
こうなったこと。」
ふと真顔に返ったアルに、ロイも真剣な表情で答える。
「・・・・もっと違ったやり方があったと、後悔はしている。
だが、結果だけ言わせて貰えば、今までにない以上に、
私は満足している。」
例え世界中から批難されようとも、この腕の中に得られたものを、
決して離さない。一生守り続けるときっぱりと言うロイに、アルは
初めて嬉しそうな顔を向けた。
「・・・・・・その言葉、忘れないで下さいよ。」
「ああ。勿論だとも。」
【エドワード・エルリック】の愛した【青い空】に誓って。
「さて、ボクは、これからウィンリィのところに行って来ます。」
「アルフォンス君!?」
家の前まで来て、直ぐにアルはクルリとロイに背を向ける。
焦ったのは、ロイだった。お昼が出来たと呼びに来たのでは
なかったのだろうか。
「准将、明日ここを発つのでしょう?だから、お邪魔虫は消えますよ。」
せいぜい、名残を惜しんでくださいね。と、笑いながら駆け出す
アルに、唖然となっていたロイは、クスリと笑う。
「恩に着るよ。ありがとう。アルフォンス・・・・。」
ロイは、遠ざかるアルの背中に軽く頭を下げると、ゆっくりと
家の中に入っていった。
「あー!お帰り〜!ロイ!!」
3日前、無事女の子を出産した愛しい妻は、ベビーベットの中で
眠る我が子の布団を掛け直していた手を止めて、部屋に
入ってきた夫を、暖かく迎える。親友のヒューズの言葉ではないが、
子供を産んだ妻は、日々益々美しくなっていく。
まさか、目の前にいる人間が、かの有名な、【鋼の錬金術師】、
【エドワード・エルリック】だとは、誰も思わないだろう。そんな
美しくなっていく妻の姿を見るたびに、ロイは、もう二度とあの
少年の姿を見ることがないのだなと、改めて実感した。
「遅くなってすまなかったね。エディ。フェリシア、ただ今。」
ロイは、優しく微笑みながら、エドの頬にキスを贈り、次に
すやすやと眠る愛娘の額に口付ける。鼻腔を擽るフェリシアから
漂うミルクの匂いに、ロイはくすぐったさを感じる。この小さな
命が自分の子供だと思うと、嬉しさと共に責任感が、ロイの
中で日々膨れ上がる。
「今日は随分と遅かったな。こんな何にもない田舎なのに。」
いや、田舎だから珍しいのか?と首を傾げながら、手早く
スープを温め直そうとするエドを、ロイは、やんわりと制止する。
「エディ。まだ身体が本調子ではないのだから。」
私に任せて欲しいと言うロイに、エドは苦笑する。
「機械鎧の手術に比べれば、どうってことないって!!
それに・・・・明日ロイはセントラルに帰るんだろ?俺、奥さん
なのに、何もロイに出来ないし・・・せめて一緒にいる時
くらい、ロイの為に何かしたい!!」
真っ赤な顔で俯くエドの可愛さに、瞬間、このまま押し倒そうかと
思ったが、ほとんどあるかどうかも怪しい理性を、総動員させて、
ロイはエドの身体を、優しく抱き上げると、そっとベットの上に
座らせる。背中が痛くならないように、背中にクッションを敷く
事も忘れない。
ロイは、ベットの端に座ると、そっとエドの両手握る。
「その言葉、そっくりそのまま、君に返すよ。いつも仕事で君の側に
いられないんだ。せめて、側にいられる時くらい、私に
頼って欲しい。」
そう言って、ロイはエドの目を見詰めながら、エドの手に
口付けを落とす。途端、顔中真っ赤になる、初々しいエドの
様子に、ロイはエドへの愛おしさが満ち溢れてくる。
「それに、君は私達の子どもを無事に産んでくれた。夫として、
愛する妻を労わる事は、当然の事だよ。」
ロイは、ふと視線をベビーベットの方へと向ける。それに釣られる
ように、エドもベビーベットに顔を向けた。
ベビーベットの直ぐ上にある窓は、換気の為、少し開けてあり、
小さくカーテンを揺らしていた。
「・・・・・・さっき、お義母さんのお墓に挨拶に行っていたんだ。」
ポツリと呟かれるロイの言葉に、エドは驚いてロイに視線を
戻す。ロイは相変わらず愛娘を見詰めていたが、その横顔に、
少し陰りが見えて、思わずエドは、ロイの手を握り締める。
「頭では分かっていた事だが、フェリシアが生まれて、理解した
事がある。」
ロイはフェリシアからエドに視線を戻すと、そっと目を伏せた。
「ロイ?」
様子がおかしいロイの様子に、どこか具合が悪いのかもと、
エドは心配そうにロイの顔を覗き込む。そんなエドの身体を、
ロイは優しく抱き寄せると、静かに息を吐く。
「もしも、フェリシアが、14も年上の男に強姦されて、あまつさえ、
妊娠させられたら、私はその男を絶対に殺す。」
ロイの言葉に、エドの身体が強張る。
「親になって、初めて親の気持ちが判ったんだ・・・・・。」
ロイはそっとエドの身体を離すと、じっとエドの顔を見つめた。
「エディ・・・・・私は・・・・。」
「ストーップ!!」
ロイが何か言いかけようとした時、エドは右手でロイの口を
抑える。その時、力が入りすぎて、バチンという大きな音が
したのだが、エドはそれを無視すると、真剣な表情で、
ロイをじっと見つめた。
「ロイ、本当は俺と結婚したこと、後悔しているんだろ。」
「なっ!!そんな訳が
あるかっ!!」
思ってもみなかったエドの言葉に、ロイの絶叫が響き渡る。
だが、こんなに煩く騒いでも、フェリシアは全く目覚めることなく、
幸せそうな顔で、スヤスヤと吐息を立てている。流石は、
エドの子供。末頼もしい限りである。だが、そんな愛娘の様子を
気にすることなく、駄目な父親のロイは、まるでこの世の終わりの
ような悲壮感漂う顔で、エドに縋りつく。
「エディ!信じてくれ!
私は!!」
興奮のあまり、声が大きくなるロイに、エドは、ポツリと呟いた。
「じゃあ、いいじゃん!」
「エディ・・・・?」
ニコニコと微笑むエドに、ロイは呆気に取られる。
「・・・・・・母さんも、きっと同じ事を言うよ。」
そう言って、微笑むエドは、まるで聖母を思わせるように、
気高く美しかった。思わず見蕩れるロイに、エドは少し寂しげな
表情で、そっと目を閉じる。
「俺の母さんって、反省している人間には、決してそれ以上
怒らないんだよ。自分の非を認めた人間には、何も言わない。
ただ、自分の非を認めない人間には、すごく怒るけどな!」
エドは、じっとロイの瞳を見つめた。
「自分が悪い事をしたって、反省した時に、優しく母さんが
頭を撫でてくれるのが、すごく好きだった・・・・・。」
ロイは何か感じなかった?と無邪気に問いかけるエドに、
そう言えばと、ロイは思い出す。
義母トリシャの墓に黙祷を捧げている時、いつの間にか、
風が優しく髪を撫でていた。あれは、もしかしたら、義母
だったのかもしれない。
「ああ・・・・。君の母君は、すごく優しいかったよ。」
そうだろう!とニコニコと笑うエドに、ロイは軽く唇を合わせる。
「愛している。エディ。幸せになろう。」
「嬉しい!ロイ!!」
幸せそうに微笑むエドに、ロイは心が満たされていくのを感じ、
優しく微笑んだ。
「それじゃあ、気をつけて。ロイ・・・・。」
少し寂しそうな笑みを浮かべて、ロイを見送るエドの姿に、
ロイが離れられる訳もなく、再びエドの身体を優しく抱きしめる。
「エディ・・・・。君達と離れなければならないなんて、私は
とても悲しいよ。」
「ダーメ。だからって、いつまでもここにいる訳には行かないだろ?
そんなに心配しなくても、大丈夫だから・・・・。」
よしよしとロイの頭をまるで子供のように、優しく撫でる姿に、
先程まで、引き攣った笑みを浮かべていたアルは、もう見て
いられないとばかりに、早々にウィンリィの家に逃げ込む。
「よし!決めたぞ!!君の体調が万全になるまで、私は
ここにいるぞ!!」
「はっ!?そんな事が出来るわけないだろ!!ホークアイ大尉に
殺されるぞ!!」
この年で未亡人なんて、嫌だ!と半分泣きそうな顔になった
エドに、ロイは蕩けるような笑みを浮かべる。
「安心したまえ!なに、レールが切断されて、復旧作業に
1ヶ月ほどかかるだけさ。まさか、大尉も歩いてセントラルに
戻れと鬼のようなことを言うわけが・・・・・。」
いそいそと発火布の手袋を嵌めるロイの後頭部に、ゴリッと
硬い金属が突きつけられる。
「私が何か?准将?」
壮絶な笑みを浮かべてロイに拳銃を突きつけている、ホークアイに
気づき、エドは驚きの声を上げる。
「大尉!?」
ホークアイは冷徹な瞳でロイを見ていたが、エドには、惜しみのない
慈愛の微笑みを浮かべる。
「エドワードちゃん。お久し振りね。出産おめでとう。」
「ありがとう。大尉。」
ほにゃ〜んと、優しい笑みで応えるエドに、内心ロイはホークアイに
嫉妬に怒り狂うが、ギロリとホークアイに、睨まれて、さっと目を
反らせる。そんなロイに、勝者の笑みを浮かべながら、ホークアイは
大きな包みを持っている、背後に控えている部下を、一瞥する。
部下は、急いで手にした包みを、ホークアイに渡すと、ロイの後ろに
控える。
「大体は、セントラルの自宅に送ったのだけど、これは、直ぐにでも
使えるから、持って来たの。出産祝いよ。私達セントラル司令部全員
からね♪」
ニコニコとして、エドにプレゼントを渡すホークアイに、エドは驚きに
目を見張る。
「えっ!!これを?ありがとう!」
ニコニコと笑うエドに、ホークアイもニコニコと微笑む返す。そして、
チラリとロイを一瞥すると、パチンと指を鳴らす。途端、ロイの
背後に控えていた兵士2人が、顔を上げると、ガシッとロイの
両腕を取る。
「なっ!!何をする!離せ!!」
暴れるロイに、一体何がどうなっているのか判らず、不安そうな
顔でホークアイを見詰めるエドに、ホークアイは、安心させるように、
頷く。
「准将のセントラル帰還を円滑に行うためなの。」
「?」
ホークアイの言葉に、エドはふにゅ?と首を傾げる。どうみても、
軍上層部の護衛というより、犯罪人の護送にしか見えない。
「ちょっと待て!私はまだエディとフェリシアの側に・・・・・。」
往生際の悪いロイの言葉に、ホークアイは、一瞬物凄い殺気を
放ったが、直ぐにニッコリと微笑んだ。
「マスタング准将。大総統閣下から
の御命令です。速やかに
帰還するようにとの事です。」
そう言って、ホークアイは、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。
それは、大総統府紋章が、くっきりはっきりと浮かび上がっている、
正真正銘の、大総統からの帰還命令だった。その姿は、まるで、
某ちり緬問屋の謎のご隠居の側近のように、図が高い控え
おろ〜お〜とばかりに、ホークアイは命令書をロイの目の前に
突きつける。
「なっ!!」
固まるロイの左右を固めている兵士は、小声でボソリと呟く。
「諦めて下さい。准将。」
「ご命令です。」
誰のとは、あえて言わない。例え、形式上は、ロイの帰還命令を
出したのが、大総統であっても、実際に命じた人物が、自分達の
目の前にいることを熟知している彼らは、賢明にも、それ以上
言わない。誰だって、自分の命が惜しいから。
「では、またね。エドワードちゃん。」
「うん!お祝いありがとう!みんなに宜しく!!じゃあ、ロイ!
お仕事頑張って!!」
にこやかに手を振る愛しい妻に、ロイは、滂沱の涙を流しながら、
兵士達に連行されていく。
「大総統命令だと?こうなったら、一刻も早く大総統になって
やる!!そして、エディとフェリシアを我が手に取り戻す!」
ロイの雄たけびは、リゼンブールの高い空に吸い込まれて
いく。
それが、ロイが大総統の座を本気で狙う事になった、きっかけだった。
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御礼!10万HIT!!!!
【LOVE’S】シリーズの、フェリシアちゃん誕生3日後のお話で、
ロイ・マスタングの野望のきっかけ編です。
途中まで、エド子さん死にネタ!?と思わせたのは、業とです。
一度、こんな紛らわしい話を書いてみたかったんです。
上手く騙されて貰えたでしょうか?ドキドキ(><)
10万HITという、一つの区切りで、いつもと違う雰囲気で書いてみようと
思ったのですが、やはり区切りを迎えれば、脳みその方も変わる訳も
なく、いつものごとく、最後は馬鹿話で終わってしまいました。
折角、飽きられないサイトを目指していたのに。文章は、本当に
難しいです。日々試行錯誤を繰り返しています。
こんな行き当たりばったりなサイトですが、これからも、
宜しくお願いします。m(_ _)m
タイトルの『たしかなこと』は、某CMの小田和正の歌からです。
この曲が流れる旅に度に、「ロイエド〜!!」と激しく反応してしまう
自分がいます。
このお話を気に入って頂けた方がいらっしゃいましたら、遠慮なくお持ち帰り
して下さい。(BBSに書き込みを宜しくお願いします。)