「エディ。大丈夫かい?」
パッカラ。パッカラ。パッカラ。
愛しい妻と一緒に馬に揺られているロイは、
青い顔をしているエドの顔を覗き込む。
「んー。何とか・・・・・大丈夫・・・・。」
弱々しく微笑みながら、コテンとロイの胸に
頭を預けるエドに、ロイは馬を城とは
反対方向へと向ける。
「ロイ!?」
それに驚いたエドは、顔を上げるが、
ロイは、少し馬を急かせて、来た道を
戻ろうとする。
「やはり、一刻も早く医者に見せる!!」
「駄目だって!!」
フルフルと首を横に振るエドに、ロイは
悲しそうな顔をする。
「しかしだね・・・・。昨日から具合が悪い
のだろう?君が心配なのだよ・・・・。」
「心配性だなぁ〜。大丈夫!ちょっと
疲れが出ただけだって!それに、
朝に比べて、だいぶ気分も良くなったし。
早く帰ろ?」
上目遣いで見つめられ、ロイは頬を紅く染める。
それほどまでに、エドが可愛らしかったのだ。
「わかった。だが、城に着いたら、直ぐに
マルコーに診てもらうぞ?」
これだけは譲れないというロイに、エドは
観念したように、コクンと頷く。
再び馬を城に向けようとした時、背後から
聞きなれた声がした。
「久し振りだね〜。隊長さん!」
「ブラウン夫人!?」
慌てて振り返ると、そこには、以前エドが住んでいた
家の隣の住人、アメリア・ブラウンが、ニコニコと
笑いながら近づいてきた。
「近頃姿が見えないと思ったけど、元気そうで
なによりだよ・・・・・おや?」
ロイに近づいてきたブラウン夫人は、ロイと
一緒に騎乗しているもう一人の存在に気づくと、
あんぐりと口を開けて驚く。
「もしかして・・・・エド・・・君・・・?」
「ご・・・ご無沙汰してます。アメリアさん。」
真っ赤な顔で、ペコリと頭を下げる美少女が、
以前隣に住んでいた双子の片割れと気づき、
ブラウン夫人は、クスリと笑う。
「やっぱり、女の子だったんだね・・・・・。」
しみじみと言うブラウン夫人に、ロイは苦笑しながら、
ヒラリと馬から下りると、続いて、優しくエドを
馬から下ろす。
「・・・・もしかして、結婚したのかい?」
二人の左の薬指に輝く指輪に気づいたブラウン夫人は、
目をキラキラさせて尋ねた。
「ええ・・・・・。田舎に逃げ帰ったエディを、追いかけて
何とか口説き落としたんですよ。」
「なっ!!逃げ帰ったって言うな!!」
ロイの言葉に、エドは真っ赤な顔で抗議するが、ロイと
ブラウン夫人はエドを無視して二人だけで話を盛り上げる。
「ってことは、やはり身分違いを気にして、実家に戻った
というのかい!?」
好奇心一杯に瞳をキラキラさせて喜ぶブラウン夫人に、
ロイは大きく頷く。
「ええ!しかしエディは身を引いた事で、精神的にも
落ち込んで、病気になってしまいましてね。そこへ私が
駆けつけ、誠心誠意看病しながら、口説き落としたんです!」
プロポーズを受けてくれた時の、エディの可愛らしさと
言ったら、言葉には言い表せないほどです!と惚気るロイの
背中を、良くやったとばかりに、バンバン叩きながら、ブラウン
夫人は、まるで物語のような話に、興奮している。そんな
二人の様子に、エドは穴があったら入りたいくらいに
恥ずかしかった。
確かに実家(フルメタル王国)へ戻り、そこで病(のろい)に
掛かったのを、ロイによって救われた事は認めよう。
しかし!このような往来の真ん中で、プロポーズを始めとして、
新婚生活に至るまでの事を、大声で言わなくてもいいではないか!!
エドは一言抗議をしようと、口を開きかけたが、次の瞬間、
再び吐き気が襲い掛かり、その場に蹲った。
エドが苦しんでいるとも気づかず、ロイはニコヤカにブラウン夫人と
話していた。
「・・・そうなの。今日は陛下に結婚の報告を?」
ひとしきり惚気た後、ロイは近衛隊を辞めて、現在領地に戻っているが、
国王陛下へ結婚の報告に来たのだと、ブラウン夫人に話したのだ。
「ええ。結婚に関しては、陛下には多大なるご尽力を賜りましたので。」
今日、漸く謁見する事が出来るのです。というロイに、ブラウン夫人は
驚きに目を見開く。
「あら嫌だ!じゃあこんな所で立ち話をしている場合じゃないじゃないかっ!
時間は大丈夫なのかい!?」
「ええ。まだ余裕がありますよ。例え時間に遅れたとしても、寛大な
御心を持つ陛下が咎める事はありません。それに、陛下も御成婚された
ばかりですし、多少は多めに見てもらえ・・・・・エディ!?」
ふと隣に視線を移したロイは、エドが蹲っている事に気づき、青い顔で
エドを抱きしめる。
「ロイ〜。ぎもぢわるい〜。」
涙目のエドに、ロイはパニックに陥る。
「エディ!エディ!!しっかりしろ!医者!医者は!!」
慌てるロイの後頭部を、じっとエドの様子を見つめていたブラウン
夫人は、パコンと叩く。
「少しは落ち着きなさい!」
ブラウン夫人は、痛みの為蹲るロイを、押しのけるようにして
エドの側まで来ると、そっと背中を摩る。
「もしかして、エドちゃん・・・・・。」
「なっ!!何〜!!」
ブラウン夫人の言葉に、ロイの絶叫が街の中を響き渡った。
「やっと帰ってきたわね・・・・・・。」
騒がしくなる城内の様子に、ホークアイはフフフと不気味な
笑みを浮かべる。
「リ・・・リザ姫。なるべく穏便にな?」
静かな怒りを燃え上がらせているホークアイに、恋人である
ハボックが恐る恐る声を掛けるが、ギリリリと睨まれて、
ヒッと顔を引き攣らせる。
「私としても、穏便に済ませたいのよ。でもね・・・・・・。」
ジャキン
ホークアイの手には銃が握られており、素早くロイが入ってくるで
あろう扉に標準を合わせる。
「1ヶ月という話が、何故3ケ月も城に戻らなかったのかしら!!
確かに、地方の問題を解決して下さった事は、賞賛に価する
ものですが。」
そこで言葉を切ると、憎々しげに扉を睨みながら、ゆっくりと
安全装置を外す。
「3ケ月もエドちゃんに
逢えなかったのよ!!
絶対に許さない!!」
「うぉおおおおおおおお
おお!!マルコー!
マルコーを呼べぇええ
えええええええ!!」
ホークアイが叫んだと同時に、エドをお姫様抱っこしたロイが、足で
扉を蹴破りながら、部屋の中に入ってきた。
「エドちゃん!?陛下!?」
物凄い形相のロイに、唖然となったホークアイだったが、ロイの腕の
中で青い顔でグッタリしているエドに気づくと、怒りを爆発させる。
「陛下っ!!エドちゃんに何を!!」
「リザッ!!マルコーを
直ぐに呼べ!!いや!
ピナコ・ロックベルが
まだ滞在しているはず
だな!彼女を直ぐここに
呼べ!!一分一秒も
待たせるなっ!!」
ホークアイの言葉を遮るように、ロイがムチャクチャな事を叫ぶ。
「確かに、ピナコばっちゃんは、まだ滞在していますが・・・・。
一体、エドの身に何が起こったんですか!!」
サラ・イサフェナ王女の治療の為に、まだここにピナコは
滞在しているが、それにしても、いきなりマルコーではなく、
ピナコを呼ぶのはおかしい。それに、妹分であるエドの
ぐったりとした様子に、ハボックは半ばパニック状態で
ロイに詰め寄った。
「ハボック!!いいから言う通りにしろ!!ああ!何て
ことだ!もしもブラウン夫人の言う通りなら!!」
そう言うロイの顔は、今までに見た事がないくらい
蕩けきっていた。その様子に、ある一つの仮定が
脳裏に浮かんだホークアイは、慌てて部屋を飛び出していく。
「・・・・・・ロイ・・・・・。」
回りの騒がしさに、薄っすらと目を開けるエドの額に、
ロイは優しく口付けを落とす。
「大丈夫だ!君を必ず守るよ・・・・・・・。」
優しいロイの声に、エドはウットリと目を閉じると、そのまま
意識を手放した。
「ここは・・・一体どこなんだ・・・?」
半年振りに訪れたフレイム王国の王城の中の謁見の間では、
ゼノタイム国の王子、ラッセルは、戸惑った視線を周囲に向けていた。
至る所に飾られた花。
どこからともなく流れる、心地よい音楽。
そして、極めつけに、床という床に牽き詰められた、ふかふかの絨毯。
半年前と違って、随分メルヘンチックに様変わりした王城の
様子に、ラッセルは戸惑いを隠せない。
「エドワード姫の趣味なのか・・・・?」
いや、いくら可憐な姿をしていても、男装して単身他国へと
乗り込もうとしたお転婆姫と、これは合わない。
「という事は、マスタング王の趣味か・・・・・・。」
可愛い幼な妻に合うようにと、模様替えしたのだろうか。
「ありうるな・・・・・。」
ロイとエドのラブラブ馬鹿ップル被害を受けた身としては、
容易に想像できて、疲れたようにため息をつく。
「エドワード姫・・・・・・。」
ラッセルは、ポツリと呟く。
アーチャー、いや、アーチャーを乗っ取った、ウォルターに
操られていたとはいえ、何故あのように素晴らしい姫を
嫌っていたのか、ラッセルは過去の自分を殴りたくなる
衝動にかられる。
「大丈夫か?」
ウォルターの呪縛から解き放たれて倒れた自分を気遣って
くれた、エドの優しい手が忘れられないラッセルは、
その後の報告という大義名分を手に、再びフレイム王国へと
足を踏み入れた。エドが人妻である事は、十分承知しているが、
それでも、もう一度だけ逢いたいという欲求に勝てず、
こうしてやってきた訳なのだが、至る所にロイのエドへの
並々ならぬ執着を感じ、もしもこの恋心がロイにバレたらと
思うと気が気ではない。やはり、このまま退出しようかと
思ったとき、荒々しくロイが入ってきて、ドスンと音を立てて
玉座に座る。
「マスタング陛下には、ご機嫌・・・・・・。」
「ラッセル!私は忙しい。要件は手身近に話せ!」
不機嫌なロイに、ラッセルはおや?と首を傾げる。
この世の春を謳歌していると言っても過言ではなかった
ロイの、不機嫌な様子に、ラッセルは、淡い期待に胸を躍らせる。
”もしかしたら!このメルヘンチックなマスタング王の趣味に、
怒ったエドワード姫が、三行半を叩きつけたのではっ!!”
そうなれば、自分にもチャンスが巡ってくる!
そんな妄想に、ラッセルは上機嫌になるのを、ロイは醒めた目で
見つめているのに、気づかない。
「ラッセル、貴様、まさか・・・・・・。」
「ラッセル王子!久し振り!元気だったか?」
何か言いかけたロイの言葉を遮るように、明るい声が聞こえてきた。
「エディ!!」
満面の笑みを浮かべて、トテトテと歩いてくるエドの姿に、ロイは
蕩けるような笑みを浮かべると、さっと玉座から立ち上がり、
近づいてくるエドの身体を抱き上げる。
「エディ。駄目ではないかっ!歩いては。」
「大丈夫だって!心配性だなぁ〜。ロイは〜。」
悪夢再び。
目の前で、またあの時の馬鹿ップル全開の二人の仲睦まじい
様子を見せ付けられ、ラッセルはクラリと眩暈を起す。
”何故だ?マスタング王は、振られたのではなかったのか!?”
それは勝手にラッセルが思っただけなのだが、思い込んでいた
分だけショックがでかい。
そんなラッセルの動揺を感じ取ったロイは、ニヤリと笑うと、
玉座に座り見せ付けるように、エドを膝の上に抱きしめる。
「エディ・・・・・。三分で戻ってくると言っただろう?寂しくなって
しまったのかい?」
そう言って、顔中にキスを贈るロイに、エドは真っ赤になって
俯く。
「違うって!ラッセル王子が来たって聞いたから、あれから
どうなったのか気になって・・・・・。」
「エディ。もう君は、一人だけの
身体ではないのだよ?」
ロイの言葉に、ラッセルはギョッとして顔を上げると、
愛しそうに、大きくなったエドのお腹を摩っている
ロイの姿が目に飛び込んできた。
「この中に、私と君の大切な
子供がいるのだ。無茶はしないでくれ。」
ロイは、衝撃の事実の惚けているラッセルに、意地悪く微笑む。
「ああ、ラッセル王子も、早くイサフェナ王女に逢いたいのだね?
君たちにも、早く私達のように、可愛い子供が授かるように、
祈っているよ。」
ハッハッハッと高笑いするロイに、ラッセルは悔しさのあまり
睨み付ける。
誰があんな我侭女を妻に迎えるかっ!と顔面蒼白になる
ラッセルに、追い討ちをかけるように、エドのトドメの一言が
胸に突き刺さる。
「ラッセル王子とイサフェナ王女って、結婚するのか!?
おめでとう!!結婚式には、お祝いに駆けつけるからな!」
ニコニコと天使の笑顔を向けられて喜ぶ心と、
愛する姫に、誤解されて焦る心に、ラッセルが何も言えないで
いると、ロイが勝ち誇った笑みを浮かべながら、エドを抱き上げる。
「ラッセル王子。私達に遠慮は無用だ。早く婚約者に逢いたい
だろ?」
いつ婚約者になったんだ!と突っ込みたいが、それを許さない
ロイのオーラに、ラッセルはただ視線を逸らす事しか出来ない。
「幸い王女のキズもすっかり治ったと聞く。そうなれば、今日にでも
国に連れ帰るがいい。ああ、国王には、私から連絡するとしよう。」
「お幸せに!ラッセル王子!!」
バイバ〜イと手を振るエドを抱き上げたまま、ロイは謁見の間を
後にする。
「俺が好きなのは、あなたなんですよ・・・。エドワード姫・・・。」
ラッセルの淡い初恋が無残に散らされた瞬間だった。
「ラッセル王子とイサフェナ王女が結婚かぁ〜。幸せになれると
いいね〜。」
ホニャアンとニコニコと上機嫌なエドに、ロイも釣られて微笑む。
「そうだね。しかし、大陸一の幸せな夫婦は、私達のものだよ。」
それだけは譲れないというロイに、エドは真っ赤な顔で
ロイを見上げる。
「恥ずかしい奴〜。」
「エディに関する事では、譲れないものでね。」
ロイは、そう言ってエドに深く口付ける。
「愛しているよ。こんなに幸せで恐いくらいだ。」
「俺もすごく幸せで恐い・・・・。でも!二人一緒なら、どんな事でも
乗り越えられるよな!!」
ニッコリと微笑むエドに、ロイは感極まって抱きしめる。
「ああ!絶対に君を守るよ!!」
腕の中には愛しい妻がいて、もうじき子供も生まれる幸せと、
恋敵を再起不能にしたという喜びで、ロイは幸せの絶頂にいた。
しかし、幸せもあれば、不幸せもあるわけで・・・・・。
数分後、仕事をサボったロイに制裁を与える為に、ホークアイから
エドワード禁止令を出され、幸せから一変、この世の地獄を味わう
事となるのは、別のお話。
数ヵ月後、世継ぎ誕生に、ロイが号泣したのは、言うまでもない。
FIN