月の裏側シリーズ番外編

            大魔王と姫君

                   後編

 

                 「うー・・・ん・・・・・?」
                 寝返りをうとうとしたが、何故か全く動かない身体に、
                 エドは半分寝ぼけながら、これが噂の金縛りかぁ〜と
                 暢気に思っていた。
                 「ねんぴ・・・かんのんり・・き・・・・・。」
                 「・・・・君は一体何を言っているのだね?」
                 昔、師匠(せんせい)の旅の話に、これを三度唱えると、
                 崖から落ちても大丈夫!などという宗教の事を思い出し、
                 試しに唱えようとしたところ、頭の上から、呆れた声がして、
                 エドは眠たい目をゴシゴシ擦る。
                 「あれ?金縛りでも、手は動くんだぁ〜。」
                 「何が金縛りだ。まだ寝ぼけているのかい?」
                 ククク・・・・と言う笑い声と共に、耳元で囁かれ、一気に
                 目を覚ましたエドは、至近距離で見るロイの顔に、
                 凄まじいまで絶叫を響き渡らせる。

                 うぎゃああああああああああ!!

                 「な!な!な!!何でアンタがここにいるんだよ!!」
                 真っ赤な顔でバタバタ暴れるエドの身体を、ロイは嬉々として
                 引き寄せると、全体重をかけて、エドの動きを封じる。
                 「人が添い寝をしてあげたというのに・・・君はつれないねぇ。」
                 息を吹きかけながら、耳元で囁くロイに、エドは真っ赤な顔で
                 固まる。
                 「添い・・・・・寝って・・・・・。ええええ!!
                 「・・・・・・煩い。黙りたまえ。折角穏やかな時間を過ごして
                 いるというのに。」
                 騒ぐエドに、ロイの機嫌が下降していく。元を正せばロイの
                 せいなのだが、まるでエドが悪いとでも言いたげな態度に、
                 エドは、シュンとなる。
                 「・・・・・ごめん。俺・・・驚いて・・・・・。」
                 エドは、キョロキョロと辺りを見回すと、薄暗くなっている事に気づき、
                 慌てて起き上がろうとするが、ロイが押さえつけている為、
                 動けない。エドは途方に暮れた目をロイに向ける。
                 「あー・・・そのー・・・・騒がないからさ・・・・。どいてくれる?」
                 「嫌だ。」
                 即答のロイに、エドの眉が跳ね上がる。
                 「・・・・・なんだってぇ?」
                 ギンと釣り目を更に釣らせたエドに、ロイは不敵な笑みを浮かべる。
                 「言っただろう。お菓子をくれなければ悪戯をすると。」
                 まだまだこんなものじゃないよ?
                 ニッコリと微笑む姿は、【焔竜王】というよりは、【恐怖の大魔王】。
                 その底の見えない恐ろしさに、エドはガタガタと震え出す。
                 ”い・・悪戯って・・・。これ以上何するって言うんだ〜!!”
                 ふえぇえええええん。誰か助けて〜。
                 一体これから自分はどうなってしまうのか。
                 訳がわからず、エドはふるふる震えながら、半分涙目でロイを
                 見つめるが、その表情が返ってロイの嗜虐心を煽るという事が
                 わかっていない。ロイはエドの可愛らしさに、知らずゴクンと
                 喉を鳴らす。
                 「エド・・・・・・。」
                 誘われるまま、ロイはエドの両頬に手を添える。
                 「た・・・・隊長・・・・?」
                 見たこともない真剣なロイの表情に、エドは知らず頬を紅く染める。
                 「・・・・エド。私は・・・・・・。」
                 ロイは、愛しそうにエドを見つめながら、エドの両頬を包み込むように
                 摘むと、思いっきり横に引っ張る。
                 「い・・・・いひゃい〜!!」
                 「はっはっはっはっ!!油断大敵だぞ!エド!!」
                 大声で笑い出すロイを、エドはポカポカ殴る。
                 「ふらけるなぁ〜!!はらせ〜!!」
                 あー、ハイハイと、唐突に頬を離すロイを、今度こそ渾身の力で
                 蹴り飛ばすと、両頬を手で押さえつけるようにガードしながら、
                 ロイから距離を置く。
                 「痛いじゃないか!!隊長の馬鹿〜!!」
                 ガルルル〜と威嚇するエドに、ロイは更に声を立てて笑った。
                 そして、まるで野良猫のようだと、ロイは上機嫌でからかう。
                 「何が野良猫だ!!誰だって頬を引っ張られれば、怒るに
                 決まってるだろ!!」
                 俺は悪くない!!と言うエドに、ロイはふと笑いを収めると、
                 優しく微笑む。
                 「元気になって良かった。」
                 「・・・・は?何言ってるんだ!俺は!怒っ・て・い・る・ん・だ!!」
                 ムーッと膨れるエドに、ロイはクスリと笑う。
                 「仕事を覚えるので精一杯だっただろ?目の下に隈が出来るほど、
                 夜は眠れなかったようだな?」
                 「えっ!?嘘!!」
                 慌てて目を隠すエドに、ロイはニコニコ笑う。
                 「安心したまえ。熟睡したから、目立たなくなっているよ。」
                 ロイは、ゆっくエドに近づくと、そっとその身体を抱き寄せる。
                 「焦らなくてもいい。あまり気を張るな。」
                 その言葉に、エドの身体が強張る。
                 一瞬、自分の正体がばれたのかと緊張するエドだったが、続くロイの
                 言葉に、ホッと肩の力を抜く。
                 「君は真面目すぎる。適度に手を抜く事を覚えたまえ。このままでは、
                 仕事を覚える前に、君の身体が壊れるぞ?」
                 「・・・・サボリ過ぎのアンタに言われたくはない。」
                 ロイが自分の事を心配している事に、何故か心がポカポカと
                 暖かくなるエドだったが、それを悟られたくなくって、わざと
                 ぶっきら棒に言う。
                 「失礼な。適度な休憩をしているだけだ。」
                 憮然とした表情のロイに、エドはクスリと笑う。
                 「ふ〜ん。そーいう事にしておいて・・・・クシュン!!」
                 「エド!?」
                 くしゃみをするエドに、ロイは慌てて身体を抱き上げると、
                 城へと歩き出す。
                 「隊長・・・?」
                 急にどうしたんだ?っていうか、このお姫様抱っこは、一体
                 何何だっ!!と、猛然と食って掛かるエドに、ロイは幾分
                 申し訳なさそうな顔で、エドを見つめる。
                 「すまない。だいぶ寒くなってきて、これでは風邪を引いてしまう。
                 それに、まだ顔色も悪いみたいだし、このまま私が君を
                 運ぶから、寝てても構わないよ?」
                 そう言って、しっかりとした足どりで歩くロイに、最初はポカンと
                 見つめていたエドだったが、ロイの規則正しい心臓の音に、
                 ゆっくりと睡魔が襲ってきた。
                 ”なんか・・・・眠・・・い・・・・。最近、【賢者の石】が見つからない
                 事で、寝不足だし・・・・・・。それに・・・・【ここ】は・・・・とっても
                 暖かいし・・・・気持ち・・・い・・・・い・・・・・。”
                 「エド?」
                 大人しくなったエドに、ロイが視線を向けると、そこには、
                 スヤスヤと穏やかな顔で眠るエドの顔があった。
                 「おやすみ。エド・・・・。」
                 ロイは優しく微笑むと、そっと額に【おやすみのキス】を落とす。
                 本当は、エドをからかって一日中遊ぶつもりだったが、
                 エドが気持ちよく眠っていることで、そんなことはどうでも
                 良くなったロイだった。自分の側で安心しきった顔で
                 眠るエドに、ロイは心が温まるのを感じ、幸せそうに微笑んだ。
                 「あながち、野良猫というのも、間違ってはいないな・・・・。」
                 これも一種のアニマルセラピーだな!とロイは上機嫌で
                 歩き出す。次はこの野良猫に、どんな悪戯をしかけようかと
                 子供のようにワクワクしながら。
                 恋愛無自覚大魔王は、腕に愛しい姫君を抱き締めながら、
                 ハロウィンを、生まれて初めて幸せに過ごしたのだった。







                                             FIN