月の裏側シリーズ番外編

         糸しい糸しいと言う心

                 

                          エピローグ                

 

 

「と、言うわけで、【鸞】という名前に・・・・・。あれ?」
そこでエドは、ティナがすっかり眠り込んでいる事に
気づき、苦笑する。
「ったく。だからお昼寝をするように、言ったのに・・・。」
エドは、そっと眠っているティナを起さないように、
細心の注意を払いながら、抱き上げようとした時、
ゆっくりと扉が開かれた。
「母上?ティナ?」
扉から顔を覗かせる、もう一人の我が子に、エドは
優しく微笑む。
「カイル?もう勉強は終わったのか?」
「はい!・・・・・・あぁ。やはりティナは眠っているのか。」
丁度母親の影に隠れていたので気づかなかったが、
近づくと、大切な妹がスヤスヤとあどけない顔で眠って
いることに気づき、カイルは、声を顰めた。
「さっき、お父様から手紙が届いたぞ。俺はティナを
寝かしつけてくるから、カイルはここで読んだらいい。」
そう言って、ティナを抱き上げて、部屋から出て行こうと
するエドに、慌ててカイルは追いかけた。
「母上!ボクも行きます!心配ですから!」
「?何がだ?ここは世界で一番安全だぞ?」
なんせ、ロイの国だからな!
とニッコリと微笑むエドに、カイルはとんでもない!と
首を横に振る!
「父上が視察に出ている間、母上とティナは、ボクが
守ると、そう父上と約束したのです!!」
ですから、一緒に行きます!と頑として譲らない息子に、
首を傾げながら、特に止める理由もなく、それ以上言わなかったが、
内心、何をそんなに警戒しているのか、訝しげに思っていた。
その答えは、二日後、ロイが視察から戻ってきた時に判明した。







「エディ!カイル!ティナ!!今帰ったぞ!!」
バンと音を立てて扉を蹴破ったロイに、子供達は、お帰りなさいと
飛びついた。
「ああ!カイル!暫く逢わないうちに、大きくなったな!ティナも
ますます可愛くなって!ああ!視察に行っている間、お前たちの
成長が見れなくて、父は悲しかったぞ!!」
ぎゅう〜と我が子を抱きしめ、ロイはカイルとティナの頬に代わる代わる
頬擦りする。
「ったく、たった5日だろ?大げさな。」
苦笑するエドに、ロイは不貞腐れたように、頬を膨らませる。
「しかしだね!子供の成長は早いのだぞ!見たまえ、視察に出る前より、
子供達は大きくなっているではないか!」
「そんな馬鹿な・・・・。」
呆れるエドに、ロイは子供達から離れると、ゆっくりと近づいた。
「只今。エディ。君も日を追うごとに、どんどん綺麗になっていく。」
そう言って、ロイはギュッとエドを抱きしめる。
「だから、私は心配なのだよ。君が誰かに浚われるのではと・・・。」
「そんな訳あるか!第一、俺が大人しく浚われるわけないだろ!!」
返り討ちにする!と勇ましい妻に、ロイは苦笑する。そんなロイの
足を、ツンツンと引っ張る小さな手に、ロイは視線を息子に向けた。
「父上!約束を守りました!」
「おお!そうか!お前がいるから、父は安心して視察に行けたよ!
ありがとう!カイル!!」
片膝をついて、カイルに目線を合わせると、ロイは優しくカイルの頭を
撫でる。
「父上が、視察に行っている間、母上とティナに言い寄る輩は、
悉く排除しました!」
その言葉に、エドはギョッとなる。一体何をしたのかと、問い詰めるより先に、
ロイは良くやったと、カイルを褒めだす。
「そうか!そうか!!良くやった!」
「何馬鹿な事を!カイル、一体何を・・・・。」
ロイの頭をポカリと殴ると、エドは厳しい顔で息子の顔を見る。
子供の悪戯ですめば良いが、下手したら外交問題に発展する。
仮にも王太子なのだから、勝手な思い込みで行動を起させる訳には
いかないのだ。
「フルメタル王国のアレクシス・グリフォン伯爵が、母上宛に、指輪と
薔薇の花を贈ってきました。メッセージには、【いつまでもあなたを
愛します。今度生まれ変わったら、絶対にあなたを幸せにします。】などと、
ふざけた事が書かれていたので、【例え生まれ変わったとしても、父上が
必ず母上を幸せにします!あなたの出る幕はありません!!】というメッセージを
添えて、送り返しました。それから、ゼノタイム王国のラッセル・トリンガム王が、
息子の嫁に、ティナをと、これまた、寝言は寝てから言え!って感じの親書が
届けられたので、【ティナは、父上と母上のように、心から愛する人と結婚させ
ますので、政略結婚はお断りします。】と、丁寧に断っておきました。
それから、シン国の皇帝がお忍びで来て、母上に【離婚シテ、俺ノ皇后ニ】と
ほざいたので、簀巻きにして、シン国に強制送還しました。今頃、海の上で
しょうか。そのまま沈没しなければ良いのですけど。後は、様々な人達から
似たようなメッセージ付きの贈り物が届き、全部送り返して、もちろん、
きっちりと釘を刺しておきました。ちゃんと他の人にも見てもらったので、
誤字脱字はないと思います!」
ニッコリと微笑みながら、恐ろしい事を言う息子に、エドは唖然となる。
一体、いつの間にと驚きを隠せない。
「さすが私の息子!見事な対処だ!父も、視察先の男爵家を、徹底的に
叩き潰したぞ!」
今度はその父親が問題発言をして、更にエドは顔面蒼白になる。
「あの男爵、本当にしつこかったですものね!親子揃って、母上とティナに
色目を使って!!でも、父上がやっつけてくれたんですよね!」
流石父上〜!!とロイに抱きつくカイルに、ロイは満面の笑みを浮かべる。
「これからも、二人力を合わせて、母上とティナに害をなす輩を退治していくぞ!」
「はい!父上!!」
エイエイオーと拳を振り上げる父子に、ティナも訳が判らず一緒になって
えいえいお〜と声を張り上げて、真似をする。
「・・・・珍しくやる気になって、視察に行ったと思ったら、こういう事だったのか。」
いつもなら、妻子と離れるのは嫌だ!と駄々を捏ねるロイが、今回に限り、
嬉々として視察へと向かったのである。漸く王としての自覚が出たのかと
思っていたが、何の事はない。妻と娘に言い寄る輩に、視察と言う名の
制裁に行っただけだったのだ。
がっくりと肩を落としながらも、エドはそこまで愛されて、嬉しさに頬を紅く
染めた。




「さぁ!お土産があるぞ!」
「やったー!!」
お土産を手に、はしゃぐ子供を見つめながら、エドはそっとロイの腕に
凭れかかる。
「お帰り。ロイ。俺達を守ってくれて・・・・ありがと。」
「エディィィィィィ〜!!」
頬を紅く染めるエドに、ロイは感無量になって、きつく抱きしめた。ロイからの
熱い抱擁を受けながら、エドはクスリと笑う。
【糸しい糸しいと言う心】は、きっとこれから何年、いや、何十年と経っても、
変わらずにあるのだろう。
「俺は永遠にあんたに【戀】をしていくんだろうな・・・・。」




   ・・・・・・・今日もフレイム王国は平和である。