この<想い>が、あなたに届きますように・・・・・。
「ナルの・・・・・。ナルのばかぁぁぁぁぁ!!!!」
そう叫ぶと、麻衣は泣きながら所長室を飛び出して行った。
「・・・・・・・・・・・・。」
反射的にナルは、麻衣の後を追いかけようと、
数歩行きかけたが、ふと自嘲的な笑みを浮かべると、
くるりと扉に背を向けた。
「・・・・・・追いかけて、どうなるっていうんだ・・・・。」
ナルは、溜息をつくと、パソコンへ向かい
中断していた仕事を再開させた。
「らーしくないんじゃないかい?ナルちゃんよ。」
その声に、ナルは顔を上げる、所長室のドアに背を預けて、
人の悪い笑みを浮かべた滝川が、ナルに片手を挙げた。
「お邪魔してるぜ。」
「・・・・・・・坊さんか。」
ナルは溜息をつくと、そのまま何事もなかったように、
再びパソコンへ視線を戻す。
「何で追いかけなかったんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
滝川の問いかけに、ナルは無視を決め込むと、
もくもくとデータを打ち込み始めた。
「麻衣、泣いてたそうだぜ?」
滝川は、ナルが聞いていようと聞いていまいと、お構いなしに、
ナルの傍までやってくると、一方的に話し出す。
「いいじゃねーか。チョコを受け取るくらい。全国的なお祭りの一種
なんだし。あまり深く考えるなよ。それとも・・・・・。」
そこで言葉を切ると、滝川は、ナルの顔を覗き込むように
じっと真剣な表情で、見つめた。
「それとも何か?麻衣を本気で好きだからか?」
「・・・・・・・っ!!」
滝川の一言に、一瞬ナルの顔に動揺が走った。
「・・・・・・図星か。」
ニヤリと笑う滝川に、ナルは不機嫌そうに答える。
「何のことか、判りかねますね。」
ナルは、溜息をつきつつ、打ち込んだデータを保存すると、
パソコンを落とす。
「・・・・・・・僕はこれで退社しますが、まだここに
いるおつもりですか?」
「逃げるのか?」
滝川の言葉に、ナルの眉が潜められる。
「逃げる?」
「折角の機会だし、男同士語り合うってのは、どうだ?」
おどけて言う滝川に、ナルは話にならないと、首を振る。
「僕は暇人じゃない。」
「おや?人生、ゆとりも大切だぜ?」
「・・・・・・・僕はこれで帰る。」
立ち上がり、滝川の横を通り過ぎようとしたところ、腕を掴まれ、
再び椅子に腰掛けさせられる。
「坊さん!!」
強引な滝川の行動に、流石のナルも声を荒げた。
「いい加減にしてくれ!!」
「・・・・・・・それは、こちらの台詞だぜ。いい加減にしたらどうだ?
ナル。」
「何を・・・・。」
ナルの鋭い睨みに、滝川も真剣な表情で受けて立つ。一瞬、
二人の間に、激しい火花が散る。
「・・・・・・・僕にどうしろと?」
先に視線を逸らせたのは、ナルだった。
「俺はただ、娘に幸せになってもらいたいんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
黙り込むナルに、滝川は、ガシガシと頭を掻きながら、
口調を和らげた。
「ナルは、麻衣を好きなんだろ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「一体、何で素直になんねーんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
一言も話そうとしないナルに滝川は溜息をつきつつ、呟いた。
「・・・・・・・ジーンか・・・・・?」
ピクリとナルが反応する。
「まぁ・・・・確かに、麻衣はジーンが好きだった。だがな、
人間、いつまでも、同じじゃないぜ?」
「・・・・・・僕はジーンじゃない・・・。」
絞り込むような、悲痛なナルの言葉に、滝川は笑った。
「あったり前じゃねーか。ナルはナルだろ?麻衣だって、そんなこと
判ってるさ。その上で、お前を選んだろ?」
「・・・・・・・・・。」
再び黙り込むナルに、滝川は教え諭すように、ゆっくりと言葉を
繋げた。
「そんなに、自分に自信がないのか?違うだろ?天上天下唯我独尊の
ナルシストのナルちゃんじゃねーか。弱気は似合わんよ。
お前さんには。」
「しかし・・・・。」
まだ躊躇うナルに、滝川はナルの背中を叩く。
「しっかりしろ。第一、お前の気持ちはどうなんだ?
麻衣を諦められるのか?他の男に麻衣を取られても、
平気なのか?」
反射的に顔を上げるナルに、滝川はニヤリと笑う。
「行ってこいよ。そして、二度と手放すんじゃねーぞ。」
「・・・・・・坊さん。ありがとう・・・・・。」
「そん代わり、もう泣かすんじゃねーぞ。俺の大事な<娘>
なんだからな。」
「あぁ。」
所長室を飛び出すナルの背中を見送りつつ、滝川は
胸ポケットから携帯を取り出す。
綾子へ報告しようと、ボタンを押そうとした時に、
抜群のタイミングで綾子から掛かってきた。
「坊主?こっちはうまくいったわ。そっちはどう?」
電話の向こうからの明るい声に、滝川は、自分達の
計画が上手くいった事を知った。
"麻衣、幸せになれよ・・・・。”
心の中でそう祈る、滝川だった。