暗い日曜日

 

 

         日曜日・・・・。
         私は両手一杯の花束を腕に、私達の部屋へ入る。
         部屋の中には、君の思い出が溢れていて・・・・。
         それが余計に、君が側にいないことを
         私に突きつける。
         君がもう二度とここに来ない事を知っているのに、
         いつでも私は期待してしまう。
         君が現れるのではないかと・・・・。
         明るい外とは対称的に、薄暗い部屋の中。
         ああ!あんなにも光に満ちていたというのに!!
         それでも、想い出だけは色褪せていない。
         何故だろう。
         何故、君はいないのだろう・・・・・。
         あんなにも愛し合った私達なのに・・・。
         何故、君がいないのに、
         私はここにいるのだろう・・・・。
         ここは、こんなにも愛が溢れているのに。
         私は知らず口ずさむ。
         君が好きだったあの歌を。
         涙と共に君への想いが溢れるのに、
         君はいない。・・・・・・暗い日曜日・・・・。






         「・・・・・人って、変われば変わるもんだな。」
         フーッとタバコの煙を天井に向かって吐き出しながら、
         ポツリと呟くハボックに、隣の席で書類を作成していた
         ブレダが顔を上げる。
         「・・・・大佐・・・・いや、伍長殿・・・か?」
         眉を寄せながら、ブレダはため息と共に呟く。
         脳裏に浮かぶのは、この間の休暇を利用して赴いた、ドラクマとの
         国境を守る駐屯所のロイの顔だ。
         雪に埋もれながら国境を守るロイの、死んだような眼に、
         結局、言いたいことの半分も言えずに帰ってきたハボックと
         ブレダは、やるせない気持ちを抱えていた。
         「・・・まっ、姫さんが失踪した直後に比べれば、まだマシなんだ
         ろうけど・・・・・。」
         ハボックはまだ火がついて間もないタバコを、乱暴に灰皿に
         押し付ける。
         「確かにな・・・・・。一日中部屋から出なかった頃に比べれば、
         仕事する分だけ、前向きになったと言えば聞こえがいいんだが・・・。」
         「「はぁああああああああああ」」
         二人は顔を見合わせると、深いため息をついた。
         「ホークアイ中尉の判断は正しかったな。」
         遠い眼をしながら、ブレダは言った。
         「ああ・・・・確かに、あれじゃあ、うっとおしくって、辺境に飛ばしたく
         なるよな・・・・・。」
         以前から、エドへのノロケを周囲に垂れ流し状態だったのだが、
         エドが行方不明だと決定的になった途端、ロイは自室に篭り、
         訪れた見舞い客相手に、エドへの想いを切々と訴え始めたのだ。
         まるで、小さな子どものように、エディに逢いたい〜。エディに
         逢うんだ〜。と、ぐすぐすと涙を流しながら駄々を捏ねるロイの、    
         その、あまりの情けない姿に、優秀なる副官がキレたのだ。
         嫌がるロイを無理矢理列車に乗せ、ドラクマの国境近くの駐屯所へ
         本当に飛ばした時には、一同、絶対にホークアイには逆らうまいと
         本気で心に誓ったのだ。
         「・・・・姫さん、今頃どーしてっかなぁ・・・・。」
         ハボックは、新しいタバコを取り出すと、口に咥える。
         「そーだな。今頃、研究してんじゃないか?」
         肩を竦ませるブレダに、ハボックも苦笑する。
         決して死んだとは言わない。今はここに帰れない所にいるかも
         しれないが、それでも、いつかは絶対に帰ってくる。
         エドを知る者は、皆そう信じていた。
         「姫さん、なるべく早く帰って来い・・・。」
         そして、あの暗闇の中にいる自分達の上司を明るい世界へ
         連れ戻して欲しい。
         そう願わずにはいられないハボックだった。







         「・・・・っていう話を、お前としていたのが、遠い昔のようだよ。
         ブレタ君。」
         グビッと普段ならお目にかかれないような、高級な酒を、
         ハボックはまるで水のように、一気に飲むと、眼を据わらせて
         同じく隣のカウンター席に座っているブレダを見る。
         「馬鹿言うな。ついこの間の事じゃねーか。」
         ブレタも、一気に酒を煽ると、ダンとカウンターに、空のグラスを
         叩きつけるように置く。
         「第一、お前が願った通りになったんだぞ?何が不満なんだ?」
         ブレタの言葉に、ハボックは嫌そうに顔を歪ませる。
         「言ったさ!ああ!俺は確かに願ったね!だがな・・・・・。」
         ハボックとブレタは深いため息をつくと、一斉に背後を振り返る。
         「いくらなんでも、「アレ」はねーんじゃねーの?」
         「・・・・同感だ。」
         ハボックの言葉に、ブレタは力なく頷く。
         二人の視線の先には、一つの垂れ幕があった。
         エドワードちゃんおかえりなさい!!の下には、ロイの筆跡で
        &婚約披露パーティ
         デカデカと書かれた垂れ幕の下、大陸いや、世界一の馬鹿ップルが、
         人目も憚らずにイチャついているのだった。
         「ロイ、はい!あ〜ん」
         「あ〜ん。」
         蕩けるような笑みを浮かべて、ロイの膝の上に座っているエドは、
         一口大に切ったステーキを刺したフォークを、ロイに向けると、
         ロイは、嬉しそうにそれにパクついた。
         「美味しい?」
         コテンと首を傾げて問うエドに、ロイはニッコリと微笑む。
         「ああ、君が食べさせてくれるから、とっても美味しいよ。でも・・・。」
         ロイは、優しくエドの耳の側にある髪の毛を掻き揚げると、その耳元で
         囁く。
         「君が私の為に作ってくれる料理の方が断然美味しいけどね。
         勿論、君自身は、それ以上に美味しい。」
         チュッ
         囁きと共に頬に口付けられ、エドは擽ったそうに笑う。
         「もう〜。くすぐったい〜。」
         エドは、キュッとロイの首に抱きつく。
         「?ロイ、かなり痩せたんじゃないか?」
         パッと身体を離したエドは、心配そうにロイの顔を覗き込む。
         「・・・・・君がいない世界で、私がのうのうと暮らせたと思って
         いるのかい?」
         寂しそうに言うロイに、エドはボンと赤くなる。
         「お・・・俺だって・・・・・・。」
         寂しかったと小さく呟くエドに、ロイはギュッと身体を抱きしめる。
         「・・・君もかなり痩せた・・・・。私が側にいれば、こんなに
         やつれる様な事はさせなかったのに・・・・。」
         「ロイ〜!!」
         ロイの言葉に、ますます抱きつくエド。そんな二人の様子に、
         遠巻きに見ていた人間は、一斉に口から砂を吐き出す。
         「お・・・俺・・・早くロイに逢いたくて・・・・・。必死で・・・・。
         でも、こんなに痩せちゃったら・・・・ロイのお嫁さんになれない・・・?」
         ウルルンと眼を潤ませるエドに、ロイはクスリと笑う。
         「何を言うんだい!エディ!!君が私の妻にならなければ、
         誰が私の妻になるというんだ?」
         チュッとロイはエドに軽く口付ける。
         「・・・・・一生独身でいればいいのに・・・・。」
         低くボソッと呟かれる声に、ギョッとしてハボックが自分の隣に目を
         向けると、そこには、鋭い眼光で、ロイを睨みつけている
         ホークアイがいた。カウンターは元より、その足元にも、空の
         ボトルが転がっている様子に、ハボックは、ブレタと共に、震え上がる。
         「ちゅ・・・中尉!?」
         大丈夫ですか・・・・・?とオドオドと声をかけるハボックを無視して、
         ホークアイは眼を据わらせたまま、バーテンに追加のお酒を用意させる。
         「これが、飲まずにいられますか!!あの無能を漸く辺境へと飛ばし
         たのに、エドちゃんが帰った途端、ちゃっかり戻ってくるなんて!!
         しかも、あの変わり身の速さは何!?」
         ハボックの肩をガシッと掴むと、ホークアイはガクガクと揺さぶる。
         「ちゅ・・・中尉・・・落ち着いて・・・・・。」
         半分気を失っているハボックを助けるというよりは、豹変しているホークアイの
         恐ろしさに、ブレタは控えめに進言するが、それが更にホークアイの
         暴走を許す結果となった。
         「私は常に冷静です!」
         いや!絶対に違うから!
         その場にいた全員が心の中でツッコミを入れるが、自分が八つ当たり
         されたくはない。必死に皆が沈黙を守る中、ホークアイは、新しいお酒を
         ぐびぐび飲みながら、愚痴り始める。
         「どーして、エドワードちゃんは、あんな無能なんていいの〜。
         折角!折角、目障りな無能を辺境へ追っ払ったと思ったのに!
         でも、エドワードちゃんを辺境へ行かせる訳にはいかないし!!」
         実際、ロイを再び辺境の地へ戻そうとしたのだが、エドがロイと一緒に行くと
         言い張って聞かなかったのだ。
         これには、ホークアイの方が焦った。 
         雪しかない極寒の地に、漸く戻ってきたお気に入りのエドワードが行くのを、
         ホークアイが黙って見逃すわけがない。何とか思いとどまらせようと、
         必死に懇願するが、エドは聞き入れず、ホークアイの制止を振り切って、
         ロイが乗る列車へと飛び乗ろうとした所を、とうとうホークアイが折れたのだ。
         権力をフル活用して、ロイを元のいや、それ以上の地位に昇進させ、なおかつ
         中央司令部へ戻した時の、エドの嬉しそうな顔が見れた喜びよりも、
         ロイの勝ち誇った笑みを見たときの悔しさと言ったら、今まで生きてきた中で
         1・2を争うほどの失態である。
         ダンダンダン
         その事を思い出したのか、ホークアイの怒りの拳がカウンターを叩く。
         見る見るうちにへこむカウンターに、一同、青褪めて震え上がった。
         ガタガタ震えるハボック達に、ホークアイはギロリと睨みつける。
         "ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜!!”
         ハボック達は、顔を引き攣らせながら、声なき悲鳴を上げる。
         「・・・・・あの人は、本当にボクの姉さんなのでしょうか・・・・。」
         緊迫した空気の中、はぁああああああと深いため息をつきながら、
         呟かれる声に、その場にいた人間は、同時に声の方を向く。
         ホークアイを挟んで、ハボックとは反対のカウンター席に、
         アルフォンスが、目頭を押さえながら、じっと馬鹿ップル、もとい、
         姉とその恋人のイチャイチャを見つめていた。
         「姉さん・・・・・なんて姿に・・・・。」
         グスグスと泣き出すアルに、皆どう声を掛けて良いか分からず、
         思わず顔を見合わせる。
         無理もない。
         人体練成によって、旅をしていた記憶を失われたアルは、母親を
         練成する直前までの記憶がなく、愛しい姉は行方不明になっていたのだ。
         ずっと姉を探す旅を続けていた彼が、漸く姉と感動の再会をしたのは、
         僅か5分の間。その後、ずぅぅぅぅうううううううっと、年上の男に
         姉を独占されているのだ。実年齢はともかく、肉体&精神年齢
         が幼い彼には、酷な話だ。
         「アルフォンス君・・・・。エドワードちゃんが悪いのではないのよ。
         みぃぃぃぃぃぃいいいいいんな!あの変態佐、もとい、ロリコンオヤジが
         いけないの!!」
         ホークアイがいつの間に注文したのか、新しいジョッキを片手に、
         力説する。そして、ガシッとアルの肩を掴むと、ニッコリと微笑む。
         「二人で、あの諸悪の根源から、愛しい姫君を救い出すのよ!!」
         「は・・・はい!!中尉〜!!」
         アルは感極まって、ホークアイに抱きつく。
         「お・・・お姉様とお呼びしても・・・?」
         目元を紅く染めて、うっとりと見上げるアルに、ホークアイは
         それはそれは麗しい笑みを浮かべる。
         「勿論よ!アルフォンス君!!」
         「リザお姉様〜!!」
         ガシッと抱きしめ合う二人。そんな二人の様子に引き攣りながらも、
         ふとハボックは、先ほどまでアルが飲んでいたグラスを見て、
         顔を青褪めさせる。
         「だ・・・誰だ!!アルに酒を飲ませたのは!!」
         アルの前には、並々と注がれたビールジョッキ。
         どうやら、隣の席のホークアイのお酒を間違ってなのか、
         はたまた、故意なのか、飲んでしまったようだ。
         意気投合した酔っ払い二人は、嬉々として、ロイ壊滅作戦を練っている。
         「お・・・おい!酒だ!!酒を持って来い!!」
         「お・・・俺も!!」
         横は酔っ払い、後ろは馬鹿ップル。
         今、ハボック達には、一刻も早く現実逃避するしか、道はなかった。
         今や完全に無法地帯となっってしまった光景を見つつ、ハボックは
         笑いながら、酒をグビッと飲み干す。
         「まっ、これで全てが元通り・・・・・・・全て世は事もなし・・・・だな。」





         後日、店からの多額な請求書が届いたロイの顔が、青を通り越して、
         白くなっていたのは、また別の話。
         
         

   


         
         

         
         

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ホラー映画『伝染歌』のモチーフとなった、『暗い日曜日』。
タイトルからして暗いこの歌は、発禁になるほど有名な自殺ソング。
しかし、そんな歌も、煩悩の前では、ラブラブな砂吐き話になるから、あら不思議。
このラブラブが【伝染】して、みんなに幸せが来るといいなぁと思いつつ。
ちなみに、冒頭の文章は、『暗い日曜日』をヒントに書いただけで、
実際の歌詞とは違いますので、ご了承下さい。