4月1日・・・・・この日は、1年で一番馬鹿になってもいいはず。
「ロイ。今日は、何の日だ?」
ニコニコと微笑みながら、金の瞳を悪戯っぽく輝かせた
エドは、ロイに尋ねる。
「4月1日。・・・・・エイプリールフールだな。」
チラリと卓上カレンダーに視線を走らせると、ロイは再び
書類に視線を戻す。
取り付く島もないロイの様子に、エドは一瞬頬を膨らませるが、
直ぐに気を取りなおすと、極上の笑みを浮かべる。
「んじゃ、早速だけど、エイプリールフールだし、
俺、ロイに言いたい事があるんだ。」
「・・・・・・なんだ?」
上目遣いでロイは、エドを見る。ここ数日事件が立て続けに
おきていて、ロイは1週間まともに休んでいない。そんな中、
旅に出ていた恋人が帰ってきたこともあり、明日の有給を
もぎ取る為に、今書類を死ぬ気で仕上げている状況だが、
恋人にメチャメチャ甘いロイは、書類を書く手を休めて、
じっと恋人を見つめる。
「あ・・・・あの・・・その・・・・・・。」
エドは真っ赤になりながら、眼を瞑り一息に言う。
「俺、ロイが好き。一番愛してる!!」
漸く言えたと、ほっと安堵の顔で顔を上げると、何故か
不機嫌なロイの顔があった。
「ロ・・・イ・・・・?」
恐る恐る声をかけるエドに、ロイは冷たい一瞥を投げかける。
「・・・・・・・言いたい事はそれだけか?」
「う・・・・うん・・・・。」
怒り心頭のロイに、エドは恐くなって、小さくなる。
「私は君が嫌いだよ。」
ロイの言葉に、エドは一瞬何を言われたのか分からず、
ポカンとした顔になる。そんなエドに、イライラしたロイが、
さらに言葉を投げかける。
「聞こえなかったのかね?私は君が大嫌いだと言ったんだ。
・・・・・邪魔をするのなら、出て行ってくれ。」
それきり、エドの事など忘れたかのように、書類に眼を通し始める。
「ご・・・ごめん・・・・。邪魔し・・・て・・・・・・。」
エドは、小さく呟くと静かに部屋から出て行く。その時、エドに表情が
なく、眼から涙を流し続けている事に、ロイは全く気付かなかった。
「全く・・・・・。」
ロイはイライラしながら、乱暴に書類にサインをしていく。
「私を何だと思っているんだ。」
ロイはギリッと唇を噛み締めると、最後の書類にサインを
書き終え、やっと一息つく。
「エディの為に頑張っているというのに・・・・・。」
エイプリールフールだから、自分を好きだと言ったエドに、
ロイはショックを隠しきれない。自分だけがエドの恋人だと
思い上がっていたのだと、付きつけられた感じがしたのだ。
「それでも、私は君が好きなんだよ。」
ハァーと深い溜息をついたと同時に、ノックの音が聞こえて来た。
「入りたまえ。」
半ば投げやりに言うと、「失礼します。」という声と共に、
ホークアイとその後ろにアルフォンスが入って来た。
「大佐、書類を受け取りに参りました。」
「あぁ。ご苦労。全て終えてある。」
ホークアイが手早く書類をチェックしていると、アルフォンスが
遠慮がちにロイに声を掛ける。
「あの〜。兄さんは・・・・?」
「・・・・・・・知らん。」
ぶっきらぼうに答えるロイに、ホークアイとアルフォンスが顔を
見合す。
「大佐、エドワード君と喧嘩でもしたのですか?」
もしもエドワード君を泣かしたら、どうなるか分かってるでしょうねと、
眼で脅しをかけるホークアイに、ロイは苦笑する。
「別に喧嘩をした訳ではないさ。ただ、ちょっと傷ついてね・・・・。」
深い溜息をつくロイに、ホークアイは眉を顰める。
「一体、どうしたんですか?」
「エディが、エイプリールフールだからと言って、私が一番聞きたくない
言葉を言ったんだ・・・・・・。」
溜息をつくロイに、アルフォンスが、済まなそうに謝る。
「そうなんですか?すみません。大佐。兄さんが変な事を
言ったみたいで・・・・・。」
「気にする事はないわよ。アルフォンス君。大佐が大袈裟過ぎるのよ。」
恐縮するアルに、ホークアイは優しく慰める。
「でも、いくら今日がエイプリールフールで、年に一度馬鹿正直に
言っても良い日だからって、言っていいことと、悪い事が・・・・・。」
「何だと?」
アルの言葉に、ロイが驚いて顔を上げる。
「何がですか?」
訳が判らず、キョトンとアルは首を傾げる。
「君達兄弟は、エイプリールフールを、何んだと思っているんだね?」
まさかと思いつつも、ロイはアルフォンスに真相を確かめる。
「母さんが言っていました。エイプリールフールは、
年に一度馬鹿正直になる日だって・・・・。違うんですか・・・・・?」
困惑気味のアルフォンスの言葉に、ロイは己の冒した失態に
気付き、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。
「大佐?」
ホークアイの声に返事もせず、ロイは慌てて執務室を飛び出した。
「・・・っく・・・・ひっく・・・・・・。」
薄暗い資料室の隅で、エドは膝を抱えて、ずっと声を殺して
泣いていた。
「やっぱ・・・・ロイは、俺なんか、好きじゃなかったんだ・・・・。」
再び溢れ出す涙を拭おうともせず、エドは泣きじゃくる。
「・・・・・・・それは違う。エディ。」
いきなり背後から掛けられた声に、エドはビクリと肩を震わす。
「私の話を聞いてくれないか?」
「・・・・・話す事なんて・・・・・。」
小声で呟くエドの言葉を、ロイは穏やかに遮る。
「いいから、聞いてくれないか?私の懺悔を・・・・・。」
ロイの悲しそうな声に、エドは恐る恐る顔だけを向ける。
やっと自分の方を向いたエドに、ロイは安堵の表情を浮かべると、
ゆっくりとエドに近づき、その小さな身体を背中から抱き締めた。
「ちょ!離せよ!!」
「暫く、このままで・・・・・。」
ロイの言葉に、エドは怒りが爆発する。
「俺のこと、嫌いなんだろ!!好い加減にしろよ!!」
暴れるエドに、ロイは切ない声で答える。
「エディ。今日は、年に一度嘘を言っても良い日なんだよ・・・・。」
「へっ?」
ロイの言葉に、エドの動きが止まる。
「今日は、年に一度の馬鹿正直になる日・・・・だろ・・・?」
何を言っているんだとばかりのエドに、ロイは苦笑する。
「君の所では、そうかもしれないがね、一般的に、今日は
嘘をついても、許される日とされているんだ。」
ロイは、エドの身体をきつく抱き締めた。
「だから、先ほどのエドの言葉を嘘だと思った。」
許して欲しいと耳元で囁くロイに、エドは困惑気味に首を傾げる。
「じゃあ、ロイが俺を嫌いだと言ったのは・・・・?」
「勿論、嘘だ。」
きっぱりと言い切るロイに、エドは混乱する頭を整理する。
“えっと・・・・。エイプリールフールが嘘をつく日だって事は、
さっきの俺の言葉がロイが嫌いって事になって、ロイの言葉が
俺の事を好きって事になる・・・・・・?”
途端、エドの顔が真っ赤になる。どうやら、二人して誤解していた事に
気付き、エドは決まり悪げに顔を反らせる。
「ごめん・・・・。俺・・・・。」
勝手に誤解して、勝手に怒って、勝手に悲しんで、自分はなんて
馬鹿なんだろうと、エドはしゅんとなる。
「いや、私の方こそ済まなかった。エドに嫌われたと思って、
つい冷たい態度を取った。」
ロイは、エドの身体をクルリと反転させると、正面からエドを抱き締めた。
「折角のエディの大告白を台無しにしてしまった・・・・・。」
我ながら、情けないと、落ち込むロイに、エドは苦笑すると、そっと
ロイの首に腕を回して耳元で囁く。
「ロイが世界で一番好き。・・・・・・愛している・・・・。」
「エディ?」
驚くロイに、エドは照れながらも、自分からロイに軽くキスをする。
「今日は馬鹿正直になる日・・・・だからな。」
真っ赤な顔でそっぽを向くエドに、ロイは満面の笑みを浮かべる。
「嬉しいよ・・・・・。エディ。私も君を愛している。誰よりも。」
ロイは、エドの唇に、啄むようなキスを与える。
「さて、そろそろ私の家に帰ろうか。」
ロイは、エドの身体を抱き上げる。それに慌てたのはエドだった。
「ちょっと!ロイ!恥かしいったら!!降ろせ〜!!」
「おや?今日は馬鹿正直になる日なのだろう?私はエドを
抱き上げたい。君は嫌なのかね?」
意地悪く言われ、エドはうっと言葉を詰まらせると、真っ赤な顔で
ロイの首に抱きつく。
「・・・・・落とすなよ・・・・。」
「勿論。最愛のエディを、私が落とすとでも?」
絶句するエドに、ロイは声を立てて笑うと、エドに深く唇を重ね合わせた。
エイプリールフール。訳して4月馬鹿。
この日、4月の馬鹿ップルは、周囲の目を釘付けにしている事に
全く気付かず、自分達の世界を築いていたのだった。
FIN