「だ・か・らよ!今日はうちの娘の2才の誕生日なんだよ♪」
「・・・・・・ヒューズ・・・・・。言いたいことは、それだけか?」
ホテルのスィートルームの一室。先ほどから、延々と惚気を
聞かされ続け、好い加減、忍耐もそろそろ限界に達しようと
していた、焔の錬金術師、ロイ・マスタングは、本気で次の
査定には、電話口の相手を焼き殺す錬金術を研究しようと、
思ったとしていたとも、誰も責められないだろう。
「言いたいこと?まだあるに決まっているだろ?うちの・・・・。」
「・・・・・・ヒューズ・・・・・・。」
更に、娘自慢を始めるヒューズに、ロイの眉間の皺の数が
倍になる。
「どうした?ロイ。何でご機嫌斜めなんだ?」
わざとなのか、それとも本気で判らないのか、ヒューズは
さらに殺気を増したロイの声に、のんきにそんな事を言う。
「お前は、さっさと逃げたからわからないかもしれないが、あの後、
私は錬兵場の後始末までしたんだぞ。」
好い加減疲れているんだというロイの愚痴に、ヒューズは、
ゲラゲラと笑い出した。
「そりゃあ、お前、自業自得だろ。」
「・・・・何だと?」
突然笑い出す親友に、ロイの形の良い眉は撥ねあがる。
「さっき、負傷者リスト見て気づいたんだが・・・・・・。」
そこで一旦言葉を切ると、ヒューズはニヤリと笑う。
「お前、ドサクサに紛れて、エドを狙う奴らを一掃した
だろう。」
「・・・・・・・・・・。」
ヒューズのカンの良さに、チッと内心ロイは舌打ちする。
もっとも、中央でのエドの動向をヒューズに調査させて
いる訳だから、今回の負傷者リストを見れば、一発で
バレルのは、当たり前なのだが。
「・・・・・ホント、エドは愛されているねぇ〜。」
ク・ク・クと、喉の奥で笑うヒューズに、ロイはムッとする。
「・・・・・・・用がなければ、これで切るぞ。」
「焔の錬金術師殿は、つれないねぇ。人が折角、愛しの
エドに会えるように手配してやったのに。」
「面白がっているの間違いじゃないか?」
ムッとするロイに、ヒューズは大げさに嘆いて見せる。
「オイオイ。随分被害妄想が強いじゃねぇか。今日は
うちの娘の誕生日だぜ?幸せのお裾分けだよ。
それにな、ホークアイ中尉が、最近、大佐が真面目に
仕事をしているから、ご褒美だとか言っていたぞ。」
上司思いの良い部下だなー。というヒューズの言葉に、
ロイの脳裏に有能な部下の顔が浮かぶ。そう言えば、
彼女が素早く手配したおかげで、この対決が実現したことを
思い出す。
“彼女には、本当に適わないな。”
彼女には、自分のエド欠乏症が判っていたのだろう。
エドに会えない日々に、そろそろ自分でも限界を感じていた
時だった。ホークアイ中尉の気遣いに、自然ロイの口元が
綻ぶ。
「そー、そー、おい、そこにエドがいるんだろ?久し振りだからって、
可愛がりすぎて、エドを壊すなよー。」
第一、エドはまだ未成年なんだからなー。ガハハハハ・・・という
ヒューズの笑い声に、瞬間ブチ切れたロイは、乱暴に受話器を置く。
「あれ?電話終ったんだ。」
丁度その時、バスルームのドアが開き、中から、ロイの最愛の
鋼の錬金術師という二つ名を持つ、まだあどけない少年、
エドワード・エルリックが、わしゃわしゃと髪をバスタオルで
拭きながら、出てくる。
「・・・・・・・エディ。」
普段、「鋼の」と言っているが、二人きりの時は、エドの事を
「エディ」と呼ぶロイに、まだ慣れていないのか、頬を紅く染めた
まま、照れ隠しに、エドは窓の側まで行くと、夜景を眺めながら
言う。
「さっすが、スィートルームだな。眺めがサイコー!!」
はしゃぐエドに、ロイはクスリと笑うと、そっとエドの後ろに回り、
無造作に頭にかけられたバスタオルを手に取る。
「気に入ったかい?エディ?」
丁寧にエドの髪を拭きながら、そっと耳元で囁くロイに、エドは
瞬間湯沸機のように、真っ赤になりながら、コクコクと頷く。
そんなエドの様子に目を細めるロイは、そっとその華奢な身体を
後ろから抱き締めながら、生身の左腕を手に取る。
「・・・・・気をつけていたんだが・・・・・、火傷を負わせてしまった
ようだね。・・・・・すまなかった。」
小さく火ぶくれになっている箇所を見つけると、そっと唇を這わす。
「ちょ・・・大佐・・・・。」
いきなりのロイの行動に、エドは慌てる。
「・・・・・二人きりの時は、『ロイ』と呼ぶように。」
そう、約束しただろ?と蕩けるような笑顔で言われ、エドは
真っ赤になりながら、小声で言い直す。
「・・・・・・ロ・・・イ・・・・。」
その言葉に、ロイは満足そうに微笑みと、ご褒美だと言わんばかりに、
エドの身体を反転させ自分の腕の中に閉じ込めると、その耳元で
優しく囁く。
「会いたかったよ・・・・エディ・・・・・。」
「俺も・・・・・。ロイ・・・・・。」
漸く再開した恋人達は、もう2度と離れないとばかりに、きつく
抱擁を交わす。
「他に怪我は?」
ロイの問いに、エドは首を横に振る。
「俺は大丈夫。でも・・・・・。」
見物人には、悪いことしたかも・・・・。というエドの言葉に、
加害者であるロイは、ニヤリと笑う。
「気にすることはない。ただ、害虫駆除をしただけだ。」
「害・・・・何?」
小声で聞き取れなかったのか、エドは首を傾げる。
「気にするな。でも、少し惜しかったな。君が怪我を
すれば、君の看病と称して、長く一緒にいられたのにな。」
「何時までも持ち場を離れられるかよ。」
苦笑するエドの頬に、軽く唇を寄せる。
擽ったそうに、クスクスとエドは笑いながら、ロイの首に
腕を回す。
「でもさ、ケッコー面白かったぜ。また闘いたい。」
金色の瞳を輝かせて言う最愛の恋人をに、ロイは苦笑する。
「私は2度と恋人を傷つけたくはないのだが?」
途端、つまんねー奴と膨れるエドに、ロイは笑いながら
ふと思いついた事を口にする。
「ところで、エディ、勝者に祝福のキスをくれないのかい?」
「え・・・・それは・・・その・・・。」
いきなりのロイの言葉に、エドは絶句して固まる。
「どうなんだい?」
再度催促するロイに、観念したように、エドは
ロイの頬に軽くキスをすると素早く身体を離そうとするが、
そう簡単にロイから逃れる訳がなく、きつく抱き寄せられると、
噛みつくような荒々しい口付けを受ける。
「・・・・・足りなんだよ。エディ・・・・・。」
「ロイ・・・・。ロ・・・イ・・・・。」
あまりの激しさに、崩れ落ちそうになるエドの身体を、
抱き上げると、ベットルームへと運ぶ。
いまだボーとした表情のエドに微笑むと、そっと大切に
ベットの上に降ろし、バスローブを脱ぎながら、
エドの上に覆い被さる。
「エディ・・・。」
バスローブの合わせから、右手を忍ばせ、エドの胸の飾りに
触れると、ビクリとエドの身体が撥ねる。
「・・・・・・愛しているよ。エディ・・・・。」
耳元で囁きながら、唇を首筋に這わせるロイの頭を、
エドは、ぎゅっと両腕で抱き締める。
「俺も・・・・。大好き・・・・・。」
呟かれるエドの声に、ロイは胸の飾りに唇を這わせていたが、
再びエドの唇を覆う。
深く交わされる口付けを合図に、ロイは恋人の全てを、心行くまで
味わうのだった。
「だから、壊すなって言っただろー。」
翌朝、エドが起き上がれない事を知ったヒューズは、
そんな事を言いながらも、ロイの有休届けを本部に提出した
のは、また別の話である。
FIN