その日、普段は仕事をサボる事に命をかけていた、
東方司令部の実質最高司令官、ロイ・マスタングは、
珍しく、朝から大捕り物をしていた。
ここ最近、イーストシティ中を震撼させている、
無差別テロ組織壊滅作戦の陣頭指揮を取っている、
ロイの姿をこそこそ遠目で見ながら、ハボックは、
隣にいるブレタに小声で話しかける。
「なぁ、今日傘持ってきたか?」
「いや?今日、降るって言ってたか?」
ふと空を仰ぎ見ると、雲ひとつない晴天。
傘が必要だとは、到底思えず、ブレタは、ハボックに
聞き返す。そんなブレタに、ハボックは、クイクイと
顎でロイを差す。
「大佐が真面目に仕事してるんだ。絶対に、雨が降る!
しかも、大雨決定!!」
「・・・・そう言われれば・・・・・。」
ブレタは、顔を顰めてロイを見る。
「まぁ、大将がいるからって、あんまり張り切らないほうが
いいと思うけどな・・・・・。」
ハボックの視線の先には、テロ組織壊滅作戦本部があり、
そこでは、ロイが地図を片手にエドに何やら話しかけて
いる。傍から見ていると、真面目に仕事をしているように
見えるのだが、実際には違っていた。
「どうだい?疲れたか?鋼の。」
蕩けるような笑みを浮かべて、ロイはエドの顔を覗き込む。
「いや?なぁ、俺、本当に何もしなくていいのか?」
返って居心地の悪そうなエドは、恐る恐るロイに尋ねる。
その少し眉を寄せてロイを見上げるような形になるエドの
可愛らしい姿に、ロイの理性は焼き切れ寸前である。
「君がわざわざ手を下す事もない。ただ、社会勉強にも
なるから誘ったのだよ。」
と、さり気なくエドの左手を握り締める。
「それで、先程の話なのだが、この店のクリームシチューが、
絶品でね。今夜にでも一緒に食事を・・・・・。」
ロイは地図を片手に、再びエドを口説こうとするが、
ガチャリと金属の音と共に背中に押し付けられた硬い
ものが突きつけられて、瞬間、ロイの背筋が凍りつく。
「大佐。勤務中です。私のエドワード君から離れて
下さい。」
「私の?」
ピクリとロイの眉が跳ね上がる。
「鋼のは、この私の鋼のだっ!!」
「いいえ!この私のエドワード君です!!」
コブラ対マングース。
仕事とは全く関係ない事柄で緊迫した空気の中、
睨みあうロイとホークアイのところに、切羽詰ったように、
ヒューズが駆け込んでくる。
「おい!何してんだ!!主犯格を袋小路に追い詰めたぞ!!」
急げ!!というヒューズに、ロイはチラリとホークアイを見る。
「中尉、主犯格を捉えた者が、鋼のと一緒にディナーを
楽しめるというのは、どうかね?」
「望むところ!!」
ニヤリと笑い合うと、両者一斉に我先にとスタートを切った。
「・・・・2人とも、仲がいいなぁ〜。」
取り残されたエドは、まるでわかっていない様子で、
ニコニコと笑っていた。
最初に追い詰めたのは、やはりロイだった。
「フフフ・・・・。覚悟はいいな・・・・。」
不敵な笑みを浮かべながら、主犯格の犯人に向かって、
発火布の手袋を、これ見よがしに翳して見せている姿は、
まさに、悪の幹部のようだった。だが、ここで忘れて
いけないのは、悪の女王陛下。部下を数人従えて、
確実に、犯人をさらに追い詰めるべく、包囲網を
狭めさせながら、ロイよりも犯人を撃とうと、銃を
構えるが、ロイが業と邪魔するようにホークアイと
犯人の前に立ちはだかっているため、標準が合わせ
られず、ホークアイはいらいらしてきた。
”いっその事、2人ともまとめて撃とうかしら。”
その方が世のため人のため自分のため。
その本気の殺気を感じたのか、それよりも前に、
ロイが犯人に向かって、指を擦り合わせようとした。
が、その時それが起こった。
「なっ!!」
今まで青空が広がっていたのに、何の前触れもなく、
いきなり、バケツが引っくり返ったかのような大雨が
降り出したのだ。勿論、全員びしょ濡れ。
「やっぱな・・・・。」
ハボックが、やはりと言う顔で、空を見上げた。
どうやら、通り雨だったらしく、再び青空が広がって
いた。
状況についていけないロイに、ホークアイはツカツカと
ロイの背後から足払いをかけて、ロイを転ばせた
隙に、犯人に向かって、的確に発砲する。
足を打ちぬかれて崩れるように地面に倒れる犯人を
一瞥すると、ホークアイは部下に命令を出す。
「確保!!」
「「「「「イエッサー」」」」」
わらわらと犯人を押さえ込む部下に、ホークアイは満足そうに
微笑むと、くるりと踵を返す。
「ホークアイ中尉〜!!」
視線の先には、笑顔で手を降る、エドワードの姿があり、
ホークアイは穏やかに微笑む。
「エドワード君、大丈夫だった?」
「オレは平気!!ホークアイ中尉、カッコ良かった!」
頬を紅く染めるエドが可愛らしくて、ホークアイは、
思わずその華奢な身体を抱きしめた。
「うふふふ。ありがとう。エドワード君。」
真っ赤になって俯くエドを目の前で見せ付けられた形に
なったロイは、嫉妬丸出しで、ホークアイを睨みつけた。
「いきなり、何をするのだね!君は!!」
地面に尻餅をついた形で怒鳴るロイに、ホークアイは
冷たい一瞥を向ける。
「雨の日も無能なんですから、
下がっていて下さい!!大佐!!」
雨の日「も」無能!?
ホークアイの辛らつな言葉に、ロイは再起不能のダメージを
受け、石化していた。
そして、回りの人間もまた、上司を雨の日は元より、普段の日も無能だ
と言い切った、この国の影の女王陛下、リザ・ホークアイ中尉の言葉を
聞いた瞬間、どうリアクションしていいか分からずに固まった。
唯一の例外は、言った本人であるホークアイと天然ぼけのエド。そして、
ロイの悪友のヒューズ。ヒューズなどは、お腹を抱えてゲラゲラと
笑い転げていた。
「ねぇ、ねぇ、中尉。大佐って、雨の日以外も「無能」
なのか?」
小首を傾げてホークアイに尋ねるエドは、殺人的に可愛い。だが、
その可愛らしい口から出た言葉は辛らつで、さらにロイに襲い掛かる。
「あ・・・・。壊れた。」
石化したロイの身体が、エドワードの無邪気な「無能」という
言葉を受けて、ガラガラと崩れ去るのを、ハボックはぼんやりと
眺めていた。
「ええ。そうなのよ。全く、困ったものだわ。晴れていても、直ぐに
仕事をサボろうとするし・・・・・・。」
使えないのよ。と、わざとらしく溜息をつくホークアイに、エドは
不思議そうな顔で首を傾げる。
「じゃあ、何でそんな奴がトップにいるんだ?」
納得がいかないと言うエドに、ホークアイは蕩けるような笑みを
浮かべる。
「それはね、副官が優秀だからなのよ。」
ここぞとばかりに、自分をアピールする、影の支配者、
リザ・ホークアイ。
「中尉、カッコイイ〜!!」
目をキラキラさせてホークアイを絶賛するエドに、ホークアイの
機嫌は最高潮に達していた。
「さぁ、司令部に戻ってお茶にでもしましょうか。」
「うん!!あっ、でもここの後片付け・・・・・。」
オレ、何も出来なかったから、後片付けを手伝うよ?と、
可愛らしく手伝いを申し出るエドに、ホークアイは、とんでもないと
首を激しく横に振る。
「エドワード君がそんな事をする必要はないのよ。片付けは・・・・。」
チラリと自分達の方を鋭い視線で射抜いている事に気づき、
慌ててハボックとブレタが前に進み出る。ここでホークアイの機嫌を
損ねては、自分たちもロイのように再起不能にされてしまう。
「あー、大将、これは俺達の仕事だから、手伝わなくても大丈夫だ。」
隣では、ブレタがまるで壊れたように、首を縦に振り続ける。
「そう?ごめんねー。」
済まなそうなエドに、ホークアイはさり気なく肩を引き寄せる。
「では、行きましょうか。エドワード君。ハボック少尉にブレタ少尉、
あとを頼みます。」
そう言って、エドワードを促して、司令部に戻るホークアイに、ハボックと
ブレタは、敬礼をしながら見送った。
「で、どうするよ。あれ。」
ブレタの視線の先には、瓦礫の山と化した、自分達の上司。
「とりあえず、ゴミ袋か何かに突っ込んどくか。そこにいても、
邪魔なだけだし・・・・・。」
触らぬホークアイに祟りなし。2人は黙々とホークアイに与えられた
仕事をこなしていった。
FIN
再び、最強ホークアイ中尉。
たった一字違いでこんな結末に!?
ロイエドに見せかけた、リザエドですね。これは。
このシリーズは、一体いつまで続くのかは、謎です。
ただ一つだけ言える事は、このシリーズに
ロイエド甘々を求めてはいけないということです。