光の春シリーズ 小話

   愛妻の日









「ち〜づる♪」
「きゃあ!!歳三さん!?」
丁度食事の支度をしていた千鶴は、いきなり背中から抱きついてきた
土方に、驚いて悲鳴を上げる。
「一体、どうかしたんですか?」
総司でもあるまいし、いきなり抱きついてきた土方に、千鶴は驚くよりも、
どこか具合でも悪いのかと、半ば青ざめたような顔で、後ろを振り返る。
「・・・・・・・なんだよ。その不服そうな顔は。」
頬を染めるでもなく、どこか探るような訝しげな顔で振り返る千鶴に、
土方の機嫌が下降する。
以前屯所でよく総司が千鶴に抱きついていた時は、真っ赤な顔をしていたと
いうのに、総司と自分とでは、明らかに違う反応に、土方は面白くないと
眉間に皺を寄せる。その様子に、千鶴は、やはり具合が悪いと勘違いしたのだろう。
慌てて土方の腕から逃げると、何も言わず厨から走り去っていく。
「おい!ちょっと待てよ!千鶴!!」
普段と違う千鶴の行動に、流石の土方も不審に思い、慌ててその後を追いかけた。
「・・・・・・・・・・・・・何してんだ?」
漸く辿り着いた先は、二人が普段寝ている部屋。テキパキと手際よく土方の
布団を敷くと、千鶴はその隣にある、普段薬の調合をしている部屋で、薬棚の中を
ガサゴソと漁りだす。
「えっ?歳三さん、具合が悪いんですよね?熱はないようですが、風邪の引き
初めは大事ですから。暖かくして、安静にしなくては・・・・・。
今、お薬を用意しますね。」
不機嫌な土方の声に、千鶴はキョトンとした顔で振り返った。
「・・・・・・・・・違う。」
土方は、深くため息をついてツカツカと近寄ると、グイっと千鶴の身体を抱き寄せる。
「と・・・歳三さん!?」
今度こそ、望み通り、真っ赤な顔で慌てふためく千鶴の姿に、漸く土方は
安堵のため息をつくと、少し腕の力を緩めると耳元で囁く。
「・・・・・・・・今日、何の日か知ってるか?」
「ふえ!?えっと・・・あの?」
いきなり耳元で囁かれ、千鶴は真っ赤な顔で固まる。
「今日は、1月31日で、愛妻の日なんだそうだ。」
「あ・・・・愛妻!?」
更に真っ赤になる千鶴に、土方はクククと喉の奥で笑うと、ギュっと
千鶴を抱きしめる腕に力を込めた。
「何赤くなってんだよ。おめえが、俺の【愛妻】だってことは、
この村は元より、近隣の村々まで有名だろ?いい加減慣れやがれ。」
「ですが・・・その・・・・あ・・・あい・・・・愛妻と、こ・・・この体勢は、関係ないんじゃあ・・・・・。」
控えめな千鶴の抗議に、土方の眉がピクリと跳ね上がる。
「屯所時代、毎日のようにお前は総司や原田達に、こうやって抱きしめられて
いただろう?・・・・・・・・・夫の俺がそーゆー事をしたことがないと思ったら、
無性にやりたくなってなぁ・・・・。」
ニヤリと笑う土方に、千鶴に顔が引きつる。
「えっとぉ〜・・・・そ・・そ・・・そうでしたか?」
目をキョトキョトさせながら、何とか誤魔化そうとする千鶴だったが、相手が悪かった。
土方は、逃がさないとばかりに、千鶴の腰に腕を回すと、更に自分に引き寄せる。
「そ・う・な・ん・だ!!だから、あいつらがやってきた事を、
この際、全部俺もやってみようと思ってなぁ。」
この際ってなんなんですか!?と叫びたい千鶴だったが、それをすると、
更にドツボに嵌りそうで、何とか堪える。
「そうだなぁ・・・・・。次は、総司が良くやってもらっていた
膝枕でもしてもらおうか・・・・。後は・・・・よく斎藤と
買い出しと称して、出かけてただろ?今日は、一緒に麓の町まで買い出しに
行くのもいいなぁ。そういえば、何回か平助と一緒に茶屋で団子を食った
とか言っていたな。よし!今日は団子でも饅頭でも好きなだけ食っていいぞ。
それから、後は・・・・・・・・。」
「ふえええええええええええ!?ちょ・・・ちょっと待ってください
歳三さん!!」
スリスリと頬にすり寄られ、千鶴は慌てる。
「なんだ?今日は愛妻の日だから、一日中目いっぱい千鶴を堪能しようと
だなぁ・・・・・。」
上機嫌な土方に、千鶴はこのままでは、恥ずかしさのあまり、自分の身が
持たないと判断し、意を決したように唾を呑みこむと、必死に訴える。
「た・・・確かに、屯所時代、沖田さんを初め、幹部の方々には、可愛がって
頂きました。」
その言葉に、土方の目がスッと細められる。だが、構わず千鶴は言葉を
繋げる。ここで土方を説得できなければ、これからの予定がメチャメチャに
なってしまう。ここ数日の吹雪が、今日漸く良い天気になったのだ。
これから洗濯もしたいし、掃除だってしたい。
ここは負けていられないとばかりに、千鶴の説得に熱が入る。
「で・・ですが・・・・私が心からお世話をしたいと思っているのは、
歳三さんただお一人です!!」
「ち・・・千鶴・・・・。」
千鶴がそう言い切った瞬間、まさかそんな事を言われるとは思って
いなかったのだろう、土方が真っ赤な顔で、千鶴の顔を凝視している
のに気づき、もうひと押しとばかりに、千鶴は更に説得を試みる。
「今まで、歳三さんのお心は、全て新撰組に向けられていたんです。
それが漸く・・・わ・・私のものになったのですから・・・その・・・
わ・・・私は・・・歳三さんのお世話がしたいのです!
歳三さんの為に、お食事だって作りたいし、歳三さんが気持ちよく過ごせる
ように、洗濯もお掃除もしたいんです。あと・・・歳三さんのお召し物
を縫っている途中ですし・・・・あと・・あとは・・・・・。と・・・
とにかく!私は出かけるよりも、もっと歳三さんと一緒にいたいと
いいますか・・・その・・・・・。」
「わかった。千鶴。」
真っ赤な顔で、必死に言い募る千鶴に、土方は優しく微笑みながら、
ギュっとその華奢な身体を抱きしめた。
「歳三さん・・・・わかってくれましたか?」
真っ赤な顔で、コテンと首を傾げながら見上げる千鶴に、土方は
優しく微笑みながら頷いた。
「ああ。お前の言い分は分かった。」
「歳三さん!!」
自分の言い分が通ったことに、千鶴は嬉しさのあまり、土方に
だきつく。だから気づかない。土方は意地の悪い笑みを浮かべた
事に。
「俺ばかりではなく、・・・・・・・お前も俺を堪能する
権利があるよなぁ?」
「ふえ?堪能?権利?」
何の事だろうと、訳がわからず唖然となる千鶴に、土方は
ニヤリと笑いながら、そっと耳元で囁く。
「そうかそうか・・・・。今日は一日、俺から離れたくないと
いう訳だな。・・・・・・・・・夫として、愛妻の願いを
叶えないとな。」
「え!?あ・・・あの・・・・・・?きゃあ!?」
キョトンとしている千鶴を、土方は、一瞬の隙をついて、横抱きに
抱え上げる。急に抱きかかえられ、千鶴は思わず目の前にある
土方の首にしがみ付いた。
「さて、今日は愛妻の日だからな。いつも以上に可愛がってやる。」
そう言って、土方は千鶴を抱き上げたまま、先ほど千鶴が
勘違いから敷いた布団へと向かう。その時になって漸く
思考が動き出した千鶴は、慌てて足をバタバタさせて抵抗を試みるが、
土方はビクともしない。
「歳三さん!?全然私の言葉を理解してないじゃないですか!!
私が言いたいのは!!」
「わかっているとも。俺の傍にいたいんだろ?安心しろ。絶対に
離さねえから・・・・・・・・・・覚悟しておけ。」
そっと布団の上に千鶴を横たわらせると、土方は千鶴に覆い被さるように
して、唇を重ね合わせた。



                   FIN



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