このお話は、『小さな祈り』のおまけSS(ギャグ)です。




         小さな親切大きなお世話

 

 

           「・・・・・・・・・・では、沖田さん。私、そろそろ失礼しますね。」
           「そうだ。千鶴ちゃん。ちょっと頼まれて欲しい事があるんだけど。」
           甲府へと出発する前日、総司の元を再び訪れた千鶴に、総司はニヤリと笑うと、
           懐からあるものを取り出し、千鶴に差し出した。








           「・・・・・・・・・・・・佐藤のぶさんって、どんな方なんだろう・・・・・・・。」
           屯所へと戻る道すがら、千鶴は総司から手渡された手紙を、興味深そうに
           しげしげと見つめる。
           「もしかして、沖田さんの恋人・・・・?」
           もしそうだとしたら、何て悲しいんだろうと、千鶴は心を痛める。
           労咳という病を患った上、羅刹になってしまった総司。
           彼は一体どんな思いで、恋人にこの手紙を書いたのだろうか。
           「・・・・・・・きっと、愛する人に心配をかけさせないように、この手紙を書いたんだよね。
           沖田さん・・・・・。」
           健気だ。
           すっごく健気だ。
           千鶴は、クスンと鼻をすすった。
           実際、総司は手紙の宛先の人物を、恋人と言った訳ではないのだが、千鶴の中では、
           すっかり二人が恋人同士になっていた。
           二人の為に、自分に何が出来るだろうかと、真剣な顔で考え込んだその時、
           背後から声が聞こえた。
           「千鶴?」
           「ふえっ!?」
           自分の考えに没頭しすぎていた為、急に背後から掛けられた声に、驚いた千鶴は思わず手にした
           手紙を取り落してしまう。
           「あっ!?」
           「・・・・・・・・・・・ったく。何してやがんだ。」
           声を掛けてきたのは土方で、慌てて手紙を拾おうとする千鶴に苦笑すると、千鶴より
           先に手を伸ばし、手紙を拾う。
           「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい。」
           だが、宛名を見た瞬間の、土方の眉間に、これでもかというほど深い皺が寄ったのを
           見た千鶴は、反射的に身体を竦ませた。
           ”うううううう・・・・とっても怖いです!土方さん。”
           別に疾しい事はしていないが、明らかに機嫌を悪くしていく土方に、千鶴はどうしたらよいか、
           狼狽えてしまう。
           「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで千鶴がこの手紙を持ってるんだ?」
           返事も出来ないくらい怯えている千鶴に気づかず、土方は、更に問いかける。
           「何でって・・・・・・それは、・・・・・。」
           沖田さんに頼まれてと言おうとして、千鶴はハッと我に返る。
           ”そ・・・・そういえば、沖田さん、この手紙の事を土方さんにだけは知らせないでほしいって
           言ってたんだっけ。”
           何故、土方に手紙を知られるのが嫌なのか、総司に問いかけた時、彼は寂しそうな顔をした。
           「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・土方さんに知られてしまったら、きっとこの手紙は届かないと
           思うんだよね。」
           そう言って、溜息をつく総司の姿が、あまりにも哀れで、不審に思いつつも、千鶴はそれ以上
           何も言えずに、手紙を手に、そのまま帰ってきてしまったのだが、目の前の怒り心頭の
           土方を見ると、総司の心配は、あながち間違いではないのだろうと、千鶴は思った。
           ”何で、土方さんはこんなに怒ってるの?”
           泣きそうになりながら、千鶴はキュッと両手を握りしめる。いやいや、ここで自分が
           負けてしまってどうするのだ。ここは、何としても、手紙を取り戻さなければ。
           そう決心すると、キッと真剣な表情で、千鶴は土方を見つめた。
           対峙する土方も、少しの嘘も見逃すまいと、眼をスッと細める。
           ひゅうううううううううううううう。
           二人の間を一陣の風が通り過ぎる。
           「おい。千鶴・・・・・。」
           最初に沈黙を破ったのは、土方だった。土方は、手にした手紙を千鶴の目の前で、ヒラヒラさせながら、
           じっと千鶴を見据える。
           「聞こえなかったのか?俺は、何でこれをお前が持っていると聞いてんだが?」
           「・・・・・・・・・・・・・・申し訳ありませんが、お答えできません。」
           強い瞳でキッパリと断る千鶴に、土方は一瞬驚きに目を見開くが、次の瞬間、意地の悪い
           笑みを浮かべる。
           「そうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・なら、副長命令だ。包み隠さず、全部話せ。」
           「ふ・・・・副長命令って・・・・・・・・・・・。」
           途端、青い顔でダラダラ汗を流す千鶴に顔を、土方は凶悪なまでの笑みを浮かべながら覗き込む。
           「どうする?千鶴?」
           ”どうするって・・・・・・。そんなぁ・・・・・・。”
           副長命令には逆らえない。かと言って、沖田との約束を破るのは、気が引ける。
           どうしたら良いか分からず、だんだんと千鶴の顔色が青から白に変わる頃、
           耐え切れないとばかりに、土方は吹き出す。
           「土方さん!?酷い!!からかったんですね!!」
           肩を震わせて笑う土方に、千鶴は頬を膨らませて抗議する。
           「悪ぃ。あんまり、お前が真剣だからよ。」
           コホンと咳払いをして笑いを治めた土方は、千鶴に笑いかける。
           「まっ。筆跡を見れば、だいたいの事は、わかるけどな。大方、総司の奴にでも、頼まれたんだろ?」
           苦笑する土方に、千鶴はコクンと頷く。
           「・・・・・・・・だが、何故隠そうとする?」
           そこがわからんと、腕を組んで千鶴を見下ろす土方に、千鶴はおずおずと口を開く。
           「沖田さんが、土方さんにはだけは、絶対に知らせないでほしいと。」
           「・・・・・・・・・・・なんだって?」
           ピクリと土方の眉が跳ねる。
           「知られると、絶対にこの手紙は届かないとおっしゃられて・・・・・。」
           そこで、言葉を切ると、千鶴は潤んだ瞳で土方を見上げる。
           「土方さんは、お二人の仲を反対なさっているんですか?」
           「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
           思ってもみなかった千鶴の言葉に、土方はポカンと口を開ける。その間に、千鶴の暴走は
           止まらない。
           「ひどいです!沖田さんがどのような気持ちで、この文を認めたのか・・・・・・。確かに、
           沖田さんはご病気です。恋人のおのぶさんに、心配は掛けさせたくないという気持ちも
           わかります。でも、女にとって、愛する人の事は、どんなことでも、知っていたいんです!
           私、土方さんが何と言おうとも、おのぶさんに沖田さんのお手紙をお届けします!!」
           拳を握って力一杯主張する千鶴に、土方は慌てる。
           「待て!待て!待て!!どうしたら、そんな突拍子もない話になるんだ!総司がそう言ったのか!?」
           「え?いえ、沖田さんは、ただ、手紙を届けてほしいと・・・・・・。」
           千鶴の言葉に、土方は深いため息をつくと、ガシガシを頭を掻く。
           「ったく。変な考えすんじゃねえよ。焦っちまったじゃねえか。いいか!良く聞け!そののぶって
           人間は、俺の姉だ。」
           「え・・・・・・・・ええ!?」
           驚く千鶴に、土方は呆れた顔をする。
           「前に言った事があるだろ?俺には4つ上の姉がいると。誤解がないように、言っておくが、
           姉は、結婚して子供もいる。」
           「そんな・・・・・・・・・・沖田さん、人妻に片思いを・・・・・・。」
           それなら、土方さんが反対するのも、道理ですね・・・・と、半ば呆然に呟く千鶴に、土方は
           ガックリと肩を落とした。
           「そーじゃねえって!総司は俺の姉貴に、横恋慕なんて、してねえよ。」
           「え?では、何故土方さんは、反対を?」
           キョトンとなる千鶴に、土方はうんざりとした顔で答える。
           「反対も何も、総司と姉貴は、そんなに親しくは・・・・・・・・・。」
           そこまで答えて、ハタッと土方はある事に気づいた。
           ”そうだ・・・・・。一応知り合いだと言っても、総司と姉貴は、それほど親しい間柄じゃねえ。”
           それが、何故自分の姉に、総司は手紙を出すのか。
           土方は、キョトンとなったままの千鶴をじっと見つめる。
           「土方さん?」
           じっと自分を見つめる土方に、千鶴は居心地が悪くなり、頬を染める。そんな千鶴の
           様子に気づかず、土方は自分の考えに没頭していた。
           ”しかも、何でこいつに手紙を託した?一体何考えてやがんだ。総司のやつ・・・・・。”
           土方は、手の中の手紙を乱暴に上着の内側ポケットに入れると、未だ呆けている千鶴に
           笑いかける。
           「これは、俺から姉貴に渡しておく。」
           その言葉に、千鶴は驚きの声を上げる。
           「ですが、それは私が沖田さんに頼まれたもので・・・・・・・・・・。」
           困ったように眉を下げる千鶴に、土方は笑みを深めると、言い聞かせるように言葉を繋げる。
           「総司の事だ。俺に頼んだら、手紙を渡し忘れるとか、思っただけだろう。他意はねえよ。
           それに、日野に行ったら、お前には、色々と仕事を頼みたいと思っているんだ。
           お前を姉貴の元へ行かせるほどの時間は、悪いが取れそうにねえ。」
           「・・・・・・・・そういう事でしたら。申し訳ありませんが、お手紙を宜しくお願いします。」
           深々と頭を下げる千鶴に、土方はバツが悪そうに視線を逸らせる。
           「こっちこそ、悪かったな。総司が我儘言って。さて、屯所に戻るか。」
           千鶴を促しながら歩き出した土方は、胸元にしまった手紙をどうするべきかと
           内心頭を悩ませながら、千鶴に気づかれないように、そっと溜息をついた。









           「・・・・・・・・・・・なんだ。普通の手紙か。どうやら取り越し苦労だったみてえだな。」
           人の手紙を勝手に読むなど、かなりの罪悪感を感じた土方だったが、過去、総司に
           された悪戯の数々を思い出し、心を鬼にして手紙を開いた。
           だが、その手紙は、予想に反してまともなもので、時候の挨拶から始まり、日々の不義理を詫びた
           後、自分は病の為、江戸に残る事など、淡々と認められていた。
           「・・・・・・・だが、何故この手紙が姉貴宛てなんだ?普通、義兄さんの方だろうが・・・・・。」
           釈然としないまでも、これ以上考えても仕方ないだろうと、
           土方は、ゆっくりと手紙を折りたたもうとした時、ある違和感を感じ、その手を止める。
           「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで、日付の後に、総司の名前が書かれていないんだ?」
           普通、文末に書かれた日付の後に、署名があるはず。しかし、そこには、ただ余白が
           あるばかり。嫌な予感がして、土方は、最後まで、手紙を開く事にした。
           「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・総司のやつぅううううううううううう!!」
           日付の次に、かなりの余白を取った後に書かれた追伸を見つけた土方は、思わず
           手にした手紙を握り潰した。
           





           

 






















    この手紙を携えてきた雪村千鶴という子は、土方さんのお嫁さんです。      
   ついでに申し上げます。                              




                                   沖田総司


   佐藤ノブ様