華胥の夢
第十五話
「総司・・・・テメェ・・・・・。」
「な・・・・・・何をなさって
いらっしゃるんですか!!
沖田さん!!」
総司を怒鳴りつけようとした土方よりも早く、千鶴は床机から立ち上がると、
ツカツカと総司に近寄る。
「まだ体調が良くなっていないんですよ?暖かくなったとは言っても、
病み上がりにその恰好では、風邪がぶり返してしまいます!」
プクリと頬を膨らませ、上目使いで自分を見る千鶴に、総司は唖然としていた
のだが、徐々にニッコリと微笑むと、そっと千鶴の手を握る。
「うん。ごめんね?僕、どーしても千鶴ちゃんが心配で。でも、千鶴ちゃんが言う
通りみたいだ。ちょっと眩暈が・・・・・・。」
業とらしくフラリとよろめく総司に、千鶴は慌てて総司を支える。
「大丈夫ですか!沖田さん!!」
そう言って、右手を総司の額に当て、次いで左手を自分の額に当てて、熱を
比べる。
「・・・・・熱はないみたいですね。」
「ねぇ〜千鶴ちゃん?そ〜じゃなくって、額と額をくっ付けた方が、より熱が正確に
測れると思うんだけどな?」
ホッとする千鶴に、総司は面白くな〜いと文句を言いながら、千鶴に抱きつく。
「・・・・いい加減にしねぇか!
総司!!」
千鶴に懐く総司に、我慢ならんとばかりに、土方は二人の間に割って入ると、千鶴を
自分に引き寄せながら、鋭い視線を総司に向ける。
「人のものに手を出すんじゃねえ。
そんなに具合が悪いんだったら、さっさと屯所に戻って、寝てろ!」
「う〜ん。そうですね。大人しく寝ることにします。」
ニッコリと笑う総司に、文句の一つや二つ、当然出てくると身構えていた土方は、
虚を突かれたように、唖然と総司を見る。
「じゃあ、行こうか。千鶴ちゃん♪」
「えっ!?あ・・・あの・・・?」
一瞬の隙をついて、土方から千鶴を奪還することに成功した総司は、ニコニコと
千鶴に笑いかける。
「おい!ちょっと待て!総司!!」
一瞬呆けていた土方だったが、直ぐに我に返ると、慌てて総司を呼び止める。
「千鶴ちゃん、帰ったら、また、僕に膝枕してね〜。」
だが、総司は土方の呼びかけを無視して、そのまま千鶴を引き摺るようにして、歩き出す。
「沖田さん!?離して下さい〜。」
「待てって言ってんだろ!おい!」
慌てて総司を追いかけようとする土方だったが、その前に立ちふさがる黒い影に、足を
止める。
「お嬢様!危ない!!」
黒い影は、そう叫ぶと、土方達が座っていた隣の床机にあった、お皿を手にすると、
総司に向かって投げつける。
「山崎君、危ないなぁ・・・・・・。千鶴ちゃんに当たったらどうす・・・・・・。」
素早い動作で、飛んできたお皿を受け止めた総司は、振り向きざま、お皿を投げつけた
人物に顔を向けると、次の瞬間、総司にしては珍しくアングリと口を大きく開いた。
「・・・・・山崎君。君、一体何してんの?」
「山崎ではない!お・・・俺は・・・見ての通り、忍者だ!!」
唖然と呟く総司を、黒い影ーーー山崎は睨みつけながら、キッパリと言い切った。
「・・・・・忍者ね。確かに、その装束は忍者なんだけど・・・・・。」
黒装束姿の山崎を、頭の先からつま先まで、見つめながら、総司は呆れたようにため息をつく。
「君、今昼間だよ?そんな目立つ格好で、恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくなど!!俺は・・・雨の日も風の日も、可愛らしいお嬢様を陰から
お守りする忍者だ!助けを求める声を聞きつけて参った!貴様、うちのお嬢様に
何をする!」
ビシッと総司に指を突き付けている姿は、まるで正義の味方。それに面白くない
総司は、不敵な笑みを浮かべて千鶴を自分の背に庇うように山崎に対峙する。
「お嬢様、こちらへ!この忍者山崎、命に代えてもあなたをお守り致します!」
千鶴に向かって手を伸ばして呼びかける山崎に、総司はクスリと笑う。
「どう見ても、君の方が怪しすぎでしょ?僕の方が、可愛い女の子を悪者から守る
正義の味方みたいじゃない?」
言いざま、総司は山崎に刀を突き付ける。そして、徐に刀を上段に構えると、
山崎に向かって刀を振り下ろそうとするが、それを察しした山崎が、傍にあった
床机の片方を思いっきり踏みつける。
「山崎流忍法・畳返し!」
ガタンという音と共に、踏みつけられた反対側が持ち上がり、総司の刀を受け止める。
「・・・・・畳替えしって・・・・言葉間違えてるよ?どーみても、畳じゃないし。」
クスクス笑いながらも、総司は油断なく山崎に詰め寄りながら、自分の後ろで
呆然と立っている千鶴を肩越しに振り返る。
「・・・・僕の背中から離れないようにね。」
片目を瞑ってそう自分に微笑みかける総司に、ハッと我に返った千鶴は
顔を青ざめさせながら叫んだ。
「お・・・沖田さん!?山崎さんも!止めて下さい!!」
そんな千鶴の声を無視する形で、総司は山崎に向かって技を繰り出そうとするが、
済んでの所で、その動きを止める。
「・・・・・一君。何のつもり?」
自分の背後から刀を突き付けている斎藤を、総司は肩越しに振り返ると、
ジロリと睨む。
更に言えば、千鶴を庇うような斎藤の立ち位置も気に入らない。
不機嫌も隠そうともせず、刀を山崎に向けながらも、顔だけを斉藤に向けた
総司は、視線だけで斎藤を殺せるほどの殺気を放っていた。
そんな総司に、斎藤はため息をつく。
「・・・・・・・そこまでにしておけ。それ以上無礼な振る舞いをしたら、
ただでは済まさんぞ。」
「関係ないんだから、一君は黙っててよ。これは、僕と山崎君の戦いなんだから!」
「あいにく、無関係ではない。俺は、彼女の用心棒だからな。
彼女を不埒な者から守るのが役目だ。」
斎藤の言葉に、それまで固唾を飲んで見守っていた野次馬から、いいぞ〜兄ちゃん!と
いう掛け声が掛けられた。
「ったく!山崎君も一君も、おいしい役所を持っていくよね〜。そうだなぁ・・・・・。」
総司はニヤリと笑いながら二人を見回す。
「さしずめ、君達は、僕と千鶴ちゃんの仲を引き裂く、土方・・・じゃなかった、
千鶴ちゃんの親からの雇われ者って所がお似合いだと思うんだけど?
実際そうでしょ?土方さんに命令されてるだけなんだから。」
と言う総司の言葉に、山崎が激昂する。
「何が恋仲だ!現にお嬢様はあなたを嫌がっているじゃないですか!!」
山崎の言葉に、斎藤も大きく頷く。
「そうだ。常日頃、お前の言動で、千鶴は泣かされ続けている。いい加減、
その根性を叩きのめす必要があるようだ。それに、付け加えておくが、俺達は
副長に命じられたからではない。俺達は俺達の意思で、千鶴を守ると決めたのだ。」
ユラリと斎藤から黒い影が立ち上がる。
「・・・・ふーん。そうなんだ。恋敵が多いってのも、嫌だけどね。でも、そいつらを
蹴散らしてこそ、真(まこと)の愛って事だよね?」
振り向きざま、総司は斎藤に斬りかかる。だが、斎藤は全てを見切ったようで、
流れる様な動きで、総司の攻撃を避ける。
「一体どうすれば・・・・・。」
いきなり始まった乱闘に、千鶴はどうしてよいか分からず、オロオロとする。
そんな千鶴は、肩をいきなり叩かれ、飛び上がるようにして、驚いた。
「!!」
「しっ!落ち着け!俺だよ。俺。」
耳元で囁かれる声に、慌てて千鶴が顔を上げると、そこには、忌々しげに三人を
見つめる土方の横顔があった。
「土方さん!一体どうしましょう!!」
半分涙目の千鶴に、土方は無言のまま千鶴の肩を引き寄せ、
そのままそこから立ち去ろうと人混みを抜けていく。
「土方さん、止めなくていいんですか?」
不思議そうな千鶴に、土方は、あれを見ろと、顎で人混みの後ろで、ニコニコ
微笑んでいる人物を指す。
「あれは・・・・山南さん・・・ですか?」
「ああ、どうやら全て山南さんが仕組んだようだな。何の為にこんな事させているのか
良くわからないが・・・・。とりあえず、山南さんや野次馬達が三人に気を取られている
間、とっととずらかるぞ!これ以上茶番に付き合わされてたまるか!」
千鶴の肩を抱き寄せ、そのまま歩く土方の眉間に皺を寄せた横顔をチラリと見ると、
千鶴は心配そうに後ろを振り返る。
時々人だかりから、拍手と歓声が上がる事に、そんなに酷いことになってないのではと、
思い、そっと安堵のため息をつく。
「・・・・・悪かったな。」
「えっ?」
ぶっきらぼうに呟かれる土方の声に、千鶴は慌てて顔を上げる。
「・・・・・山南さんの暴走に付き合わせちまって、すまないと思ってる。」
ボソボソと呟く土方に、千鶴はクスリと笑う。
「別に土方さんが悪いわけではないですよ?・・・・・それに、その・・・・。」
真っ赤な顔で目をキョロキョロさせて俯く千鶴に、土方は歩みを止め、
千鶴の顔を覗き込む。
「千鶴?」
「あの・・・・その・・・不謹慎ですが・・・今日はとても楽しいので・・・・。」
居たたまれなくなったのか、ますます恥ずかしそうに真っ赤な顔で、千鶴は
小さい身体を更に縮こませる。そんな千鶴に、土方は表情を和らげる。
「・・・・・そうか。楽しいか。」
「・・・・・土方さん?」
顔を上げると、土方が照れたように頬を染めている事に気づいた千鶴は、
キョトンと首を傾げる。それに気づいた土方は、照れ隠しのように、咳払いをすると、
千鶴の肩から手を外し、腕を組みながら、後ろを振り返る。
背後では、相変わらず三人が乱闘をしているらしく、人垣が更に大きくなっていた。
「いいか。千鶴。新選組では、局長命令が一番なんだ。」
唐突にそんな事を言われ、千鶴は面喰いながらも、はいと頷く。
「山南さんの思惑より、近藤さんの命令の方が、最優先されなければならないんだ。」
そう言うと、土方はクルリと人垣から背を向けると、真っ直ぐ前を向く。
「店の宣伝はしたし、一応山南さんへの義理は果たした。だから・・・・。」
土方は、ポカンと自分を見つめている千鶴の顔を見ずに、自分の左手を千鶴の右手を取ると、
ゆっくりと指を絡ませるようにして、手を繋ぐ。
「これから、二人でのんびりするぞ。」
まだ頬が紅いまま、土方は横目で千鶴をチラリと見る。
「・・・・・はい!!」
数秒遅れて、何を言われたのか、漸く理解した千鶴は、嬉しそうに大きく頷いた。
その笑顔に、漸くホッとしたのか、土方は千鶴に笑いかけると、ゆっくりと歩き出した。
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薄桜鬼雪華録第二章は、好きな場面がてんこ盛りで、嬉しいです。
第一章の総司編が、全然見せ場がなかったので、ちょっとここで作ってみました♪
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