愛言葉 

                   〜あかね編〜

 

 

 

                幾千もの
                幾万もの言葉なんていらない。


                たった一言だけでいいの・・・・・・・。

 

 

                「我侭なのかな・・・・・・・。」
                「何かおっしゃいまして?神子様?」
                私の呟きを聞き咎めた藤姫が、
                きょとんとした顔で、私の顔を覗き込んだ。
                「う・・・ううん!何でもないの〜。」
                まさか、10歳の子に恋愛相談なんて
                出来るわけないし、適当に笑って誤魔化そうと、
                していたところに、タイミングが良いと言うか、
                悪いというか、友雅さんが、御簾越しに
                声をかけてきた。
                「我らが姫君は、どうやら浮かない様子。
                さては、恋でもしているのかな?」
                ドキン!!
                いつもの友雅さんのからかいに、
                私の胸がドキンと撥ね上がる。
                「・・・・・神子殿・・・?」
                ”気づかれた!!”
                私の動揺に気づいた友雅さんの顔を
                正視出来ずに、私は慌てて立ち上がる。
                「私!ちょっと用事があったのを思い出しちゃった〜。
                じゃ・・・・・じゃあ、ちょっと出かけてくるから〜。」
                「ちょっ!!神子様!?」
                藤姫の静止を振り切って、友雅さんがいる方向とは
                反対の方向へと駆け出した。
                「お待ち下さい!神子様〜!!今日は・・・・・!!」
                後ろで藤姫の切羽詰った声が聞こえたけど、
                私は自分の事で精一杯で、ただ、その場を逃げ出す
                事しか、考えてなかった。
                だから、今日がどういう日なのか、全く気づかなかった。







                「私って、何やっているんだろう・・・・・・。」
                気がつくと、私は墨染までやってきていた。
                ここは、頼久さんとの想い出の地。
                ここで両想いになったのに・・・・・・。
                はぁ〜っと深い溜息をつく。
                ここ数日、私を悩ませているものの正体。
                両想いだと思っているのは、私だけではないか。
                そう不安に苛まれる時がある。
                だって、あまりにも頼久さんの態度が変わらないから。
                いつまで経っても、
                私は神子で、
                頼久さんは、神子を守る八葉で・・・・・・。
                神子を守る八葉としての言葉は欲しくない。
                だからと言って、普通の恋人同士のように、
                甘い言葉を囁いて欲しい訳ではない。
                ただ一言欲しいだけ。
                神子ではなく、私に向けた、
                <特別な>言葉を・・・・・・・。
                「・・・・・・・・はぁ・・・・・。」
                だんだんと気分が滅入ってきた。
                気のせいか、身体がだるいような・・・・・。
                風邪か・・・・な・・・・・・?
                うわーっ。ヤバッ。眼が回ってきた・・・・・。
                「神子殿!!」
                倒れると思った瞬間、背後から腕が伸びてきて、
                地面と激突する前に、支えてくれた。
                「ありがと・・・う・・・・・。」
                霞む視界の先には、珍しく怒りの表情を浮かべた
                頼久さんの顔があったけど、ボーッとする頭では
                何故ここに頼久さんがいるのかまでは働かずに、
                ただぼんやりと、頼久さんを眺めていた。
                そんな私の様子に、頼久さんは、軽く舌打ちすると、
                失礼と小声で呟き、私を抱き上げた。
                「え・・・・?あ・・・あの・・・・・?」
                ふわふわする感覚に、私の思考はついていけず、
                ただぼんやりと頼久さんの顔を見つめる事しか
                出来なかった。
                「・・・・・・・・・・。」
                「あ・・・あの・・・・・。」
                「・・・・・・・・・・。」
                声をかけるけど、ずーっと頼久さんは無言のままで、
                私は居心地の悪さを味わっていた。
                ちらりと頼久さんの顔を見上げると、ここまで顔に表情を
                出すのは珍しいほど、頼久さんは怒ってた。
                ズキリ・・・・・。
                頼久さん、私の事、すごく怒っている。
                私の事、嫌いになったのかなぁ・・・・・・。
                ずっと不安に思った気持ちまでもが
                ぐるぐる混ざって、心の中は悲しみで一杯になってしまった。
                ズキリ。
                胸の奥が痛いよ・・・・・。
                頼久さん・・・・・・・。
                「み・・・・神子殿!?」
                焦った顔の頼久さんに、私は知らず涙を流している事に
                気づいた。
                でも、頼久さんに嫌われたかと思うと、涙は止まるどころか、
                ますます溢れてくる。
                「きら・・・・な・・・っ・・・・う・・・うっ・・・・。」
                「神子殿?」
                嫌いにならないで。そう、頼久さんに言いたいのに、
                喉が詰まって、ちゃんと言葉が出ない。
                「神子。」
                でも、頼久さんは、全て判っていると言ったように、
                ポンポンと、あやすように、私の背中を叩いてくれる。
                それだけで、心の奥底に澱んでいた不安が、少しずつだけど、
                無くなっていくのを感じ、少し肩の力が抜ける。
                「何故、お一人でお出かけになられたのですか?」
                ピクリと私は肩を揺らした。
                答えられず俯く私に、頼久さんは、さらに言葉を繋げた。
                「今日は、神子殿の物忌みの日。」
                そういえば、そうだった。だから、藤姫はあんなに慌てたんだ。
                「あなたにもしもの事があったらと・・・・・。」
                「・・・・・神子を守るのが、八葉の役目だか・・・ら・・・・?」
                頼久さんの言葉を遮って、私はそんな言葉を口にした。
                本当は、こんなに冷たく言いたくないのに。
                本当は、1人で出てきてごめんなさいと言いたいのに。
                本当は、迷惑をかけてごめんなさいと言いたいのに。
                本当は、探してくれてありがとうと言いたいのに。
                でも、頼久さんの態度が、あまりにも八葉としての
                言葉だったから、ここ数日の不安が溢れてきて止まらない。
                「神子・・・・。」
                頼久さんが、ハッと息を飲むのが判った。
                「・・・・・最近のあなたの様子がおかしいのは、
                そういう訳だったのですね・・・・・。」
                どこか安堵の表情を浮かべた頼久さんに、私は
                どうしたらいいかわからなくなった。
                「安心して下さい。私があなたを守りたいのは、
                <神子>だからではないのです。あなただから・・・・。
                元宮あかねだから、守りたいのです。」
                判って下さい・・・・・。そう呟くと、頼久さんは、そっと
                私に唇を重ねた。
                頼久さんのKISSを受けながら、私は自分の心が、
                今度こそ完全に満たされるのを感じた。
                







                やっと手に入れた、<特別>な言葉・・・・・・。                                

 

 

 

                                              FIN