何かに呼ばれたような気がして、頼久は天を仰いだ。
雲の隙間から零れる日の光に、一瞬目を細めた瞬間、
小さな物体が、頼久目掛けて落ちてくるのに気づき、
慌てて頼久は手を差し伸べると、抱き止めた。
「父上!!」
いきなり空から降ってきた子どもは、頼久の顔を一目見るなり、
嬉しそうにそう叫んだ。
「ち・・ち・・・ちちうえぇええええええ!!!」
幸か不幸か、その場に居合わせてしまった、地の青龍、森村天真は、
子どもの爆弾発言に、腰を抜かすほど驚き、絶叫した。
そして、まじまじと頼久の腕の中にいる子どもを見つめた。
「お前、子持ちだったのかよ。あかねに何て、説明する気だ?」
途端、不機嫌になる天真に、頼久は、困惑する表情で、子どもと天真を
見比べた。
「私には、心当たりがない。」
その言葉に、腕の中の子どもが、火がついたかのように、泣き出した。
「おい!何とかしろっ!てめぇの子どもだろうがっ!!」
あまりの煩さに、天真は両耳を押さえながら、怒鳴りつける。それが余計に
子どもの泣き声を煽る。
「何とかしろと、言われても・・・・。」
子どもをどう扱って良いか判らず、ますます困惑した顔になる頼久に、
背後で笑いを噛み締めた声が掛けられた。振り返ると、同じ八葉の
友雅が扇で口元を隠しながら、立っていた。
「頼久に子どもがいたとはね・・・・。」
「・・・・・・私の子どもでは、ありません。友雅殿。」
憮然とした顔で、頼久は答えるが、当の友雅は、頼久の言葉を無視して、
じっと子どもを見つめる。
「おや。おや。男か。女の子だったら、良かったんだが・・・・。」
「・・・・どういう意味ですか。友雅殿。」
友雅は、にっこりと微笑んだ。
「いや、何。別に深い意味はないんだよ。気にするな。頼久。」
「メッチャ気になるぜ・・・・。」
隣にいる天真がボソリと呟くが、友雅は黙殺する。
「ほほう。父親の頼久にそっくりだな。」
「ですから!この子どもはっ!!」
「天から降ってきたと?だが、こんなにそっくりなのだから、誰も信じては
くれないと思うよ。実際、現場を見ていた私でも、疑ってしまいそうだからね。」
「ですが・・・・。」
「ちちうえ!早くははうえの所へ行きましょう!!」
頼久が口を開く前に、いつのまにか泣き止んだ子どもが、大きな瞳でじっと
頼久を見つめながら、真剣な表情で言った。
「ははうえ?」
その言葉に、友雅はピクリと反応する。
「君の母上は、美しいのか?」
真顔で、子どもにそんな事を尋ねる友雅に、がっくりと天真は肩を落とした。
「何言ってんだよ・・・・。」
「ふっ。天真は気にならないのか?頼久の妻を。」
「友雅殿!!」
あまりの言葉に、真っ赤になって怒鳴る頼久を尻目に、天真と友雅は
こそこそと話し出す。
「そりゃあ、気にならないと言えば、嘘になるけど・・・・。」
「そうだろう?あの頼久の心を掴んだ女人だぞ。どんな方なのか、興味は
尽きないねぇ。」
その言葉に、天真は暗い表情をする。
「ところでよぉ、あかねの奴に、何て説明するんだ?」
「神子殿?」
「この世界は、何人もの女の人と結婚しても、おかしくねぇのかも、しんねーけど、
俺達の世界じゃあ、そういう事はねぇんだ。この事を、あかねが知ったら、あいつ
すっげーショックを受けるぜ。」
「・・・・・八葉として、神子殿を苦しめるのは、不本意だな。」
「だろ?」
我が意を得たりと、頷く天真に、それまで黙っていた頼久が怒り出した。
「いい加減にして下さい。私には身に覚えが・・・・・。」
「さて、それではそろそろ行こうか。」
頼久の言葉を遮って、友雅は二人を残して、歩き出した。
「一体どこへ・・・・。」
天真の言葉に、友雅は振り返ると、意味深な笑みを浮かべなら、立ち止まった。
「その子どもは、空から降ってきたんだぞ。こいいう異常事態に、駆け込む所は
一つしかないだろ?」
「ってことは・・・・・もしかして・・・・『問題ない』の・・・・・。」
恐る恐る尋ねる天真に、友雅はニヤリと笑う。
「良く判っているじゃないか。さぁ、行こうか。」
軽やかな歩きの友雅とは対照的に、足を引き摺るように後をついて
歩く青龍組。そして、状況が全然掴めていないが、父親が側にいる安心感
からか、ニコニコと上機嫌の子ども。その異様な光景に、道行く人は、
まるで怨霊に出くわしたように、そそくさとその場を後にするのだった。