雪ウサギ

 

 

          「雪・・・・・。」
          あかねは、落ちてくる雪に気がつくと、そっと手のひらで
          雪を受け止めて、祈るように眼を瞑る。
          「あかね殿・・・・?」
          その様子に、頼久は、不信の声を上げる。
          「どこか具合でも・・・・・。」
          心配そうに、顔を覗き込む、頼久に、あかねは笑って、首を振る。
          「いいえ。違うんです。私の世界では、その年で一番先に降った雪に
          祈ると、願い事が叶うって言われているんです。」
          「・・・・・何をお願いしていたんですか?」
          頼久の言葉に、あかねは、にっこりと微笑む。
          「それは・・・内緒です。・・・・・あら?」
          頼久の後の茂みから出てきた、白兎を見つけてあかねは、歓喜の声を
          上げる。
          「かわいい!」
          「雪ウサギですね。」
          頼久もウサギに気づく。ウサギは、あかね達に気づくと、再び茂みの中に
          姿を隠した。
          「あ〜あ。行っちゃった・・・・。」
          がっかりするあかねに、頼久は苦笑すると、そっとあかねの肩を抱く。
          「あかね殿。何故、雪ウサギの目が赤いか知っていますか?」
          頼久の言葉に、あかねは首を振る。
          「・・・・寂しいからだそうです。」
          「寂しい?」
          あかねは、首を傾げる。
          「ええ。寂しくて。寂しくて。散々泣いて、目が赤くなった。そう、昔から
          言われています。」
          「・・・何故、寂しいのでしょうか・・・・。」
          悲しそうな眼のあかねに、頼久は雪ウサギを連想させる。


          あかね殿。あなたは、今、幸せですか・・・・?


          「頼久・・・・さん・・・?」
          あかねの声に、頼久はハッと我に返る。
          「・・・理由までは、わかりませんが・・・・。ただ、雪ウサギを見た人間は、
          出来る限り、雪ウサギに優しくするそうです。寂しくないように。泣かないように・・・。」
          頼久は、そこで言葉を切ると、あかねをじっと見つめた。
          「・・・あかね殿・・・・。私は・・・・。」
          その時、また後の茂みが揺れて、今度は雪ウサギが3匹出てきた。父親と母親の後に
          続いて、子供のウサギが、その姿を現す。親子は、頼久とあかねの前を通って、反対の
          茂みの中へと、入って行った。
          「・・・どうやら、雪ウサギは、幸せそうですね・・・・。」
          にっこりと微笑むあかねは、頼久を振り返ると、頼久が浮かない顔をしている事に
          気づき、心配そうに顔を覗き込んだ。
          「どうかしたんですか?」
          「・・・・いえ、何でもありません。さぁ、そろそろ屋敷に戻りましょう。だいぶ身体も冷えてきた
          ようですし・・・・・。」
          労わるようにあかねの肩に、腕を回そうとしたが、あかねは、その腕から逃れると、ジッと
          頼久を見据えた。
          「嘘!頼久さん、何か隠している。」
          「・・・・あかね殿・・・。」
          困惑する頼久に、あかねは、感情を抑えきれずに叫ぶ。
          「頼久さんにとって、私はまだ子供なのは判ってる!でも、子供だからって、何も知らない
          訳じゃないわっ!子供でも・・・・、大切な人が悩んでいれば、力になりたいって思うもの!!」
          興奮のあまり、涙を流すあかねを、頼久は、きつく抱き締めた。
          「・・・・すみません・・・。あかね殿のお心を、乱すつもりはなかったのです。私はただ・・・。」
          「ただ・・・何ですか?」
          泣きながら、自分を真っ直ぐに見詰めるあかねに、頼久は意を決して口を開いた。
          「ただ・・・不安だったんです。あかね殿は、私の願いを聞き届けて、<ここ>に残って下さった。
          全てを捨てて私の元にいて下さるあかね殿を、果たして私は幸せに出来るのかと・・・。
          ・・・・本当の<世界>に帰りたいのではと・・・・。」
          皆まで言わせず、頼久の頬に、あかねの平手が炸裂する。
          「・・・・あかね殿・・・。」
          「頼久さんの、馬鹿!私は、自分の意志で<ここ>に残ったの。私が、頼久さんと離れたく
          なかったから。それなのに・・・・。」
          泣きじゃくるあかねに、頼久は、そっと抱き締めた。
          「・・・・申し訳ありません・・・。」
          「・・・・頼久さんの・・・・・馬鹿・・・・。」
          あかねは、キッと頼久を睨むと、頼久の懐をグイッと引っ張って、頼久を屈ませると、その耳元に
          何やら、囁いた。
          「・・・・あ・・・あかね殿!それは・・・!!!」
          途端、真っ赤になる頼久に、あかねは、くすくす笑うと、そのまま歩き出す。
          「あかね殿!」
          頼久は、なんとかあかねに追いつくと、有無を言わせず、そのまま抱き上げると、しっかりした
          足取りで、屋敷へ戻る道を急ぐ。
          「よ・・・頼久さん!!」
          今度は、あかねの方が真っ赤になり、そんなあかねの様子に、頼久はにっこりと微笑む。
          「大事な身体の貴方に、雪道など歩かせられません。」
          「・・・・頼久さん・・・。」
          あかねは、微笑むと、頼久の首に腕を回した。
          「・・・・・あかね・・・・。ありがとう・・・・。」
          頼久の言葉に、あかねは、嬉しそうに微笑むと、頼久の首に抱きついた。
          「あのね・・・頼久さん。来年は、3人で、雪ウサギを見に来ましょうね・・・・。」
          あかねの言葉に、頼久は微笑むと、答えの代わりに、そっとあかねに口付けした。




                                                    FIN.