ロイから漸く黄金の天使を紹介されて、そろそろ
一年が経とうかという、ある日の早朝、
いつものように、花に水をあげようと、老婦人が
如雨露に水を入れている時、店の扉を
ガンガンと叩く音が聞こえた。
「まぁ、まぁ、こんな早朝に、一体何事かしら?」
首を傾げながら、老婦人が扉の鍵を開けると、
そこには、流れる汗も拭かずに、肩で息を
しているロイの姿があり、そのあまりにも
切羽詰った様子に、老婦人は、何か良くない
事でもと、不安そうに見つめる。
「マスタングさん・・・?一体どう・・・・・。」
「こどもがっ!!」
ロイは、老婦人の言葉を遮ると、ガシッと
老婦人の両肩を掴んで興奮気味に話し出した。
「こどもがっ!妻を産んで!!」
「・・・・・・・は?」
子供が妻を産む?
何だそれは。
「マ・・・マスタングさん、少しは落ち着いて・・・・。」
ハーブティを煎れますからという老婦人の言葉に、
漸くロイは己の今の状況を思い出し、真っ赤な顔で
頭を掻く。
「す・・・すみません!こんなに朝早くに。ですが、
どうしても、真っ先にお知らせしたくて!!」
ロイは、昂揚した気分のまま、老婦人の手を握る。
「さきほど、妻が・・・エディが男の子を産んだんです!!」
「まぁ!それは、おめでとうございます!!」
良くない知らせかもと不安な気持ちが一変、
祝い事に、老婦人の顔に笑みが広がる。
「そ・・・それで、こんなに朝早くご迷惑だと
思うのですが・・・・・。」
ロイは照れ臭そうに笑った。
「特別な女性(つま)へ、特別な赤い花束を・・・・・。」
ロイの言葉に、老婦人は穏やかに頷いた。
「エディ!!」
出産が終わり、興奮しきった夫の熱い抱擁に、
意識が飛んだのか、次にエドが目覚めたのは、
赤い薔薇の花束を一杯腕に、慌てて病室に
ロイが駆け込んできた時だった。
「ろ・・・い・・・・?俺・・・・・。」
ボンヤリと自分を見上げているエドに、ロイは
穏やかに微笑むと、そっとベットに近づく。
「男の子だよ。ありがとう。エディ。」
そう言って、差し出したのは、真っ赤な花束。
「今日から、夫婦二人だけの生活が終わり、
新たに親子三人の生活が始まる。
この例えようもないくらい、幸福を私に与えて
くれた君に、尊敬と感謝と何時までも変わらない
愛情を・・・・・・・。」
そう言って、ロイは花束ごとエドを抱きしめると、
労わるように、優しく口付けをする。
十分エドの唇を堪能したロイは、名残惜しげに
ゆっくりと唇を離そうとするが、その前に、エドの
両腕がロイの首に絡まり、再び唇を重ね合わせる。
「エディ!?」
まさか、エドからキスを貰えるとは思っていなかった
ロイは、真っ赤になってエドを見つめる。
そんなロイに、エドは悪戯が成功したように、クスリと
笑うと、ロイから貰ったばかりの花束の中から、
一本花を取り出して、ロイの胸につける。
「今日から、【お父さん】のロイにも、
俺から感謝と尽きない愛情を込めて・・・・・。」
そう言って、ニッコリと微笑むエドに、感極まった
ロイがギュッと抱きしめる。
「エディィィィィィィィィ〜!!」
「ロイィィィィィィィィ〜!!」
「・・・・ボクがここにいるの、すっかり忘れているんだね
お二人さん・・・・。」
固く抱きしめ合う馬鹿ップル夫婦の姿に、すっかり
その存在を忘れ去られたアルが、疲れたように
ため息をつくのだった。
「と、いうわけでぇ〜、ロイは、
俺にぃ、赤い花束をくれるよーに、なったわけ。」
おーい、アル!聞いてるか!!
酔っ払った姉に、手加減ナシの力で、
背中をバンバン叩かれたアルは、深い
ため息をついた。
「聞いてるよ・・・・姉さん・・・・。」
何でこんな事になってしまったんだろうと、
アルは、何がおかしいのか、キャラキャラと笑い
続ける姉を、ぼんやりと眺めた。
自分の隣の席では、もともとお酒に免疫がない
妻のウィンリィが、早々に潰れていた。
今の現状を知らずに、スヤスヤと幸せそうに
眠っているウィンリィを、羨望の眼差しで見る。
”ああ・・・。ボクもお酒に弱かったら・・・・。”
そうなれば、ウィンリィのように、姉の惚気攻撃を
受けずに済んだものを・・・・・。
アルは、己の酒の強さに、深いため息を洩らした。
そもそも、最初から嫌な予感はしていたのだ。
姉が夫を置いて、里帰りしてから、こうなることは、
わかっていたのかもしれない。
あの、エドがいなければ、息すら出来ない!と
言い切っている義兄が、後から姉を追いかけて
来る事も、しかも、エドと子供達が迷惑をかけたという
名目で、大量のお酒を持参する事も、全てアルには
予想できていた。
そうなれば、当然子供達を寝かしつけた後、
酒盛りになるのは必定で、飲み会開始から約2時間。
エルリック家は、完全なる無法地帯になっていた。
「ロ〜イ〜。だっこ〜。」
散々アルに惚気て満足したのか、今度はロイを次の
ターゲットに定めたエドは、真っ赤な顔でふらふらと
ロイに近づく。
「えでぃぃいいいい!!寂しかったよ!!」
だが、相手も酔っ払い。
最愛の妻が漸く自分の元に帰ってきた喜びに、
ロイは、ぎゅゅうううううううううと、エドの身体を
抱きしめる。
「いしゃい〜。ろい、ひのいのら〜。」
既に呂律が回らなくなっているエドは、自分を
きつく抱きしめる男の腕を、ペシペシと叩いている。
「エディが私を捨てたのが悪い。」
グリグリと頭をエドの身体に押し付けているロイに、
いや、捨ててないから。と、アルは内心突っ込みを
いれる。
「ロイ・・・・エディを捨てるの・・・・?」
だが、酔っ払っているエドは、自分がロイに
捨てられると勘違いして、ぎゅゅううううううううううと、
ロイの首に腕を回す。
「いやら〜。絶対に〜離れないもん!!」
「私だって離れないぞ!!」
ぎゅゅううううううううううううううううう。
酔っ払い夫婦は、さらにきつく抱きしめ合う。
そのまま、ロイはエドに激しい口付けを与えながら、
ゆっくりと押し倒していく。それに慌てたのは
アルフィンスだ。
「ちょっと!ロイ義兄さんも姉さんも、ここを
どこだと思ってるのさ!!」
冗談じゃない。
ここは、家族の憩いの場であって、姉夫婦の
寝室ではないのだ!
家長として、ここは何としても阻止しなければ!!
アルは、ガタンと立ち上がると、姉夫婦を
引き離すべく、二人に近づこうとしたが、その前に、
扉が荒々しく開けられた。
「探しましたよ!大総統!!大総統就任式の準備を
サボるとは、いい度胸ですね!!」
銃を片手に現れたのは、リザ・ホークアイ准将。
その後ろでは、ジャン・ハボック大佐が、咥えタバコ
をピコピコ動かしながら、ヨッとアルに片手を上げて
挨拶している。
「准将!!」
地獄に仏。
救世主の登場に、アルはぱぁああああと
明るい笑みを浮かべる。
ホークイアイは、ツカツカとエドに覆いかぶさっている
ロイに近づくと、容赦のない蹴りを入れる。
「ごめんなさいね。アルフォンス君。大総統が
迷惑をかけて。」
謝るホークアイの後ろでは、ゴロゴロと転がって、
壁にぶつかったロイの襟首を掴んだハボックが、
ロイをズルズルと引き摺っている。
「准将!大総統の回収完了です!」
ビシッと敬礼するハボックに、ホークアイも敬礼で
返す。
「では、アルフォンス君。また、式典で!!」
そう言って、ホークアイは、来たときと同じように、
颯爽と帰っていく。
「ふにゃぁ〜。ロイ〜。好き〜。」
これだけの大騒ぎにも、エドは床に転がったまま、
すぴょすぴょと寝息をたてている。
そんなエドに、酔っ払いながらも、ロイは、必死に手を伸ばす。
「え〜でぃ〜。」
「大総統〜。行きますよ〜。」
だが、ロイの必死の努力も、ハボックに引き摺られた為、
無駄に終わった。
「え〜で〜ぃ〜!!」
だんだんと遠ざかるロイの絶叫を聞きながら、リビングの
惨状に、アルは頭を抱えた。
「誰がこれの後片付けをするんだよ!!」
二度と姉夫婦をこの家に入れない!とアルは
決意を胸に、黙々と片付け始めるのだった。