私の<想い>をベースに、
最高の紅茶を、大好きなあなたへ煎れる。
今日こそは「おいしい」と言わせるために。
そして、もっと私の事を好きになってもらうため、
【紅茶】という【惚れ薬】を今日も煎れる。
「なーる♪こっちでお茶にしよー!!」
ぴったり3時になったと同時に、所長室を軽くノックすると、
ドアの隙間から顔だけを出しながらニッコリと微笑む。
「・・・・・ここに持ってこい。」
チラリとも視線を上げずに、相変わらず書類に埋もれた机の
向こうから声だけが聞こえる。
「そーしたいのは、山々なんですけどね、所長。」
予想通りのナルの反応に、私はわざと聞こえるように溜息をつくと、
スタスタと机の前まで移動する。そして、腰に手を置くと、グルリと
部屋の中を見回す。
「ここのどこに置けって?」
所狭しと詰まれた書類の山。山。山。
いつ雪崩を起こしても、不思議じゃないぞ。これは。
「・・・・・・ここ。」
相変わらずパソコンから眼を離さず、ナルは起用に右手だけで
キーボードを打ちながら、辛うじてティーカップが置ける
だけのスペースが空いている机の上を左手で指す。
「・・・・・・置けっていうなら、置くけど。」
そこで一旦言葉を切ると、ニヤリと笑いながら、ナルの顔を
覗きこむ。
「その代わり、大事な大事なだーいーじーな資料に紅茶を零しても、
文句言わないでね。」
「なっ!!!」
私の物騒な言葉に、流石にナルもびっくりしたのか、
ここにきて、漸く顔を上げた。
ここ2・3日、まともにナルの顔を見てなかっただけに、
間近で見るナルの顔に、思わず顔が真っ赤になるのを
感じ、慌てて身を引くと、照れ隠しにドアの方へ行きかける。
「確か、来週締め切りだったよね。本部への報告書と
論文。」
そうなのだ。運が悪いことに、SPR本部への報告書と
学会の発表が重なった為、ここ1週間ほど前から、ナルのお篭り
が始まっている。
「大事な資料が駄目にならないように、気を使って、
こっちでお茶を飲んでもらおうと思ったんだけど。」
ちらりと顔だけナルに向ける。
「それでも良いと言うんじゃ・・・・・・。」
「・・・・・・・そっちで飲む。」
ナルは私の声を遮り、観念したように溜息をつくと、データを
保存して席を立つ。
へへへ。やったね♪一種の紅茶依存症のナルの事だもん。
絶対に断らないと思ったけど、所長室から出てくるのは、
賭けだったんだよね。だって、天上天下唯我独尊のナルシストの
ナルちゃんだよ?天地が引っくり返ったって、自分の意見を曲げない。
ナルが所長室で飲むと言ったら、絶対に所長室で飲む人なのだ。
でも、今回は私も引く気は全然なかった。だって、折角人が
心を込めて煎れたお茶をただ飲んで欲しくなかった。
例え美味しいと言ってくれなくてもいい。
ゆっくりと味わって飲んでほしいもん。
ただそれだけ。
でも、こうも簡単にこっちの思惑通りになるなんて、
よっぽど疲れてるんだ。ナル。身体大丈夫かな・・・・・。
唯でさえ食が細い上に、ここ暫くの缶詰状態に、絶対に
ナル痩せたよ。心配だよ。無理しないでね。ナル・・・・。
「・・・おい。何ボーッとしている?」
「えっ?あっ・・・・何でもない。へへへ。」
思わず自分の思考に嵌って、じっとナルを凝視していたらしい。
訝しげなナルの顔に気づくと、私は笑って誤魔化す。
チラリとテーブルの上に視線を向けると、丁度砂時計が
終った瞬間だった。うん。時間ピッタシ。
「今日、調理実習で、クッキー焼いたんだ。」
ティーカップに紅茶を注ぎながら言う。
「疲れている時は、甘いものがいいんだよ。
遠慮無く、食べてね♪」
「・・・・・・食えるのか?」
ムッ。失礼な。それが仮にも恋人に対する言葉か!
「食べれるに決まってるでしょ。これでも、綾子にみっちり
仕込まれて、料理の腕は上がっているんだぞ!!」
家庭科の先生も大絶賛だったんだから!という私の言葉に、
ふーんと気のない返事をしながら、クッキーを一口齧る。
「どう?ナル。おいしい?」
ナルに食べさせるのを想定して、ちょっと甘さ控えめにして
みたんだけど。
「・・・・・・悪くはない。」
「・・・・・素直に美味しいって言えないのか?ナル。」
頬を膨らませる私に、ニヤリとナルは人の悪い笑みを浮かべる。
「谷山さん。この程度で満足してはいけないと忠告して
差し上げたのですよ。」
「それはご親切に。」
くーっ!どこまでも嫌味な奴。私は両手でカップを持って紅茶を
飲みながら、ナルをじっと見つめる。
リンさんは本国だし、安原さんはゼミ合宿だとかで今日はお休みだ。
イレギュラーズもどういう訳か、今日は誰も来ない。
久々のナルと二人だけのお茶会ということに気づき、
なんだか、一人ドキドキしてきた。
「ね・・・ねぇ。ナル。」
「・・・・なんだ?」
長い脚を組んで、紅茶を飲むナルの仕草の格好良さに、
また頬が赤く染まるのを感じ、それを誤魔化すように、
口早に言葉を繋げる。
「あ・・あのさ!私って、紅茶煎れるの上手くなったでしょ?」
「・・・・・・・・ご馳走様。」
ナルは残りの紅茶を飲み干すと、ソファーから立ち上がって
所長室へと向かう。
「ちょ!ナル!!」
人の質問を無視かい。それとも、不味いってこと・・・・?
「麻衣。」
ドアの前に立ち止まったナルは、こちらに背を向けたまま
私を呼ぶ。
「確か、来週から大学の夏休みが始まるな。」
いきなりの質問に、戸惑いつつ肯定する。
「そ・・・そうだけど?」
「お前さえ良ければ、来週から1ヶ月イギリスへ来ないか?」
「え?」
それって・・・どういう・・・・・。
「勿論、旅費はSPR持ちだ。お前が来ればルエラ達も喜ぶ。
それに・・・・僕が麻衣の紅茶を1ヶ月飲めないことが辛い。」
ナルは、ゆっくりと私の方へ振り返ると、ゆっくりとした動作で
私の前に歩いてきた。
「ナル・・・・。」
呆然と見上げる私の様子に、ナル小さく笑うと、そっと優しく
抱き締めてくれて、それだけで、私の許容範囲は
軽くオーバーしてしまいカチコチに固まってしまった。
「・・・・・一緒にイギリスに来てくれ。正式に家族に
紹介したい。」
耳元で囁かれるナルの言葉が、ゆっくりと私の心に浸透していく。
「・・・・・結婚しよう。」
待ち望んでいたナルの言葉に、私は嬉しくなって、ナルの首に
抱きついた。
「返事は?麻衣?」
ナルの問いに、私は自分からのキスで応えた。
勿論OKだよ。ナル。
これからも、ずっと、ずっと
ナルの為に
飛び切りの紅茶を煎れてあげるね。
そして、今日も私は【紅茶】という【惚れ薬】を煎れる・・・・・。
FIN
おかしい。ラブラブを目指したはずなんですけど。
これでお題をクリアーしているのか?って聞かれると
笑って誤魔化せって感じ。
次回こそはっ!!